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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

恋は盲目と言いまして

作者: ぶる

 恋人と喧嘩をした。

 付き合って一年あまり、数ヶ月前に一緒に暮らしだしたばかりだが、初めての喧嘩だったことに気づいた。いや、喧嘩とも呼べないかもしれない。早々に、俺が逃げたから。

 『あんたが女の子だったらよかったのに』

 ため息混じりに言ったそれは、俺たちの間では絶対にアウトなセリフだろう。続けてまだなにか言おうとした恋人の頬を、ふざけるなと思い切り引っ叩いて俺は部屋を飛び出した。その先を聞いたら、俺はきっと泣いてしまう。別れを切り出されて泣くなんて、それじゃあ本当に女みたいじゃないか。こんなおっさんが捨てないでくれなんて、そんなみっともないこと言えるもんか。

 雨上がりの街に携帯も持たず、サンダル履きで飛び出してきたものだから水溜まりにハマって足先どころかスウェットの裾までびしょびしょだ。おまけに上半身は部屋着代わりの着古したヨレヨレのTシャツ姿。全く、色気もくそもない。立ち止まって自分の姿をまじまじと見下ろしてみたら、女の子の方がいいって思った恋人を責める気にはなれなかった。

 潮時か、いい歳をしてずいぶんと年下の男に惚れて、たった一年だったけれどいい夢を見させてもらった。潔く身を引くべきなんだろう。

汚れたサンダルが滲む。涙が溢れる前に顔を上げて、二人のマンションに戻ろうと振り返った時、駆け寄ってくる恋人の姿が見えた。


「ごめんっ……」

 息を切らしてそう言った顔は左頬が真っ赤で、俺よりもよほど悲しそうな顔をして見えた。

「俺も引っ叩いて、ごめん」

「謝んないで、オレの言い方が悪かったんだ、本当にごめん!」

「もういいんだ、そりゃこんなおっさんより可愛い女の子のがいいよな」

「違うって!そうじゃなくて………ねぇ、ウチに帰ろう?」

 差し出された大きな手を、黙って握った。

 平日の夜、十時。人通りのほとんどない狭い道を、いい歳をした男がふたり、手を繋いで帰った。こんなふうに指を絡ませあうことも、これが最後かもしれないと、そう思ったから。


 家に着くと、恋人は玄関先でひょいと俺を抱え上げた。

「うわっ、なんだよっ」

「足汚れてるじゃん、洗ったげるから大人しくしてて」

 やめろ、降ろせと喚く声を無視して、スタスタとバスルームへ歩いて行くと、俺のスウェットを脱がして温かいシャワーで足を洗い流してくれた。

 バカだな、お前のズボンの裾が濡れてるじゃないか……こんなおっさんになんでそんなに優しくするんだよ。

「まだお湯張ってないから、後でちゃんとお風呂に入ろうね」

「……うん」


 リビングに戻り、二人とも新しい部屋着に着替えると喉は渇いていないかと聞かれたが、そんなことよりも俺たちは話し合わなきゃいけないことがあるだろう。

「なぁ、さっきお前が言ったことなんだけどさ」

「……うん、ごめんね」

「やっぱり、こんなおっさん無理だったよな、お前は女とも付き合え……うげぇっ」

 突然、馬鹿力で思いっ切り抱きしめられた。

「おっさんがいいっっ!」

「いたいいたいいたいっ!!」

「おっさんがいいのっ!!」

「いいから一旦離せって!死ぬっ!」


 どうにか馬鹿力から逃れ、恋人にソファーに座るよう促した。

「俺と別れたいんじゃないのか」

「違うよっ、大好きなのに……そんなこと思うわけない」

「嘘つけ……女の子がいいんだろ?」

「だから違うって、そこらの女の子なんかよりあんたの方がずっと可愛いし」

「……はい?」


「あのね、一緒に暮らしだしてから、どこをどう見てもおっさんのはずなのにあんたが可愛く見えて仕方がないの、ボクサーパンツの上に乗ったお肉を見られるのを恥ずかしがったり、オレが料理苦手なのに頑張って作ったからって無理して美味しい美味しいって嫌いなピーマンを食べてくれたり、十歳も年上だからって生え際を気にして朝晩頭皮マッサージしてたり、寒がりなのに暑がりなオレのためにエアコンの温度を二度も下げてくれたり、いつも背を向けて寝るくせにオレが寝たあとこっそり背中にくっついてきたりとか、あっ、寝たふりしててごめんね、起きてるとくっついてくんないからさぁ、もう、あんたの全部が可愛すぎて可愛いしかないのに、俺が年上だから!とか言ってカッコつけてるのわかってるから可愛いって言えないの辛くて、いっそあんたが女の子だったらなぁって……」


「ストップ!もうわかった……」

「え、顔真っ赤じゃん……マジ可愛い♡」

 こいつの目にはいったい俺がどう見えてんだ。

「マジかお前……」

「うん、マジで可愛い♡」

「いや、そうじゃなくて……」


  ♪お風呂が沸きました♪


 お風呂で洗ってあげるとすぐ勃っちゃうあんたも最っ高に可愛い!と幸せそうな顔で宣いながら、恋人はまた俺を軽々と抱え上げてバスルームへ向かった。


 風呂の中で俺が勃っちまったばっかりに盛り上がり、ベッドの上でもまた俺が幾つかわかってんのか?ってぐらい盛り上がったあと。

「お前の方がよっぽど女の子みたいに可愛い顔してると思うけどな」

「なに言ってんの?オレが女の子だったらあんたを抱いてあげられないでしょ?」

 ……本当に意味がわからないって顔して言うな。

「俺がお前を抱けないと思ってんのか?」

「あはは、無理無理」

 こんなに可愛いのにって、ゴツい両腕で俺を抱き込んできた。こいつ……本っ当に。

「言いすぎだ、もう可愛い禁止!」

「嬉しいくせにぃ〜もう、可愛いなぁ〜オレの恋人は本当に可愛い♡」

「ああん!?」

「あっ、こ、恋人がもっさいおっさんでよかったです!」

「よし」

可愛いから許してやる、が、もっさいは余計だろ。

「ねぇ、ぴーちゃん♡って呼んでいい?」

「……はい?」


 俺の名前はひろしです!


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