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うさぎのぬいぐるみと鴇乃茶屋

作者: 昼月キオリ

〜鴇乃茶屋〜






鴇乃茶屋(ときのちゃや)

和雑貨を売っている小さな茶屋


<メニュー>

〜団子一本百円〜

みたらし、あんこ(粒)、あんこ(こし)、ごま、きな粉、桜あん

〜飲み物三百円〜

お茶、紅茶、コーヒー




鴇音(ときね)

ピンク色の花柄のちりめんでできたうさぎのぬいぐるみだ。

目は粒のような黒いボタン、鼻と口は赤い糸、お腹や手、足、口の周りには白い布が使われている。

鴇乃茶屋の店長をしている。


不知火(しらぬい)

男性。27歳。フリーター。鴇乃茶屋の常連客。


吉ノ(きちのせ)

男性。20歳。若手作家。





吉ノ瀬は鶯色の暖簾をくぐり、カラカラと扉を開けた。

暖簾には鴇乃茶屋と白色の文字で書かれている。

最近できた団子屋らしい。


吉ノ瀬は新しいお店ができると行くようにしていた。

新しい刺激が入ることで創作活動の手助けになるのだ。


鴇音「いらっしゃいませ〜!」


透き通るような綺麗な声とともに

てててっと出てきたのはピンク色の花柄のちりめんでできたうさぎのぬいぐるみだ。

大きさは野生のうさぎと同じくらいだろうか。


ピンク色の花柄のちりめんでできたうさぎのぬいぐるみだ。

目は粒のような黒いボタン、鼻と口は赤い糸、お腹や手、足、口の周りには白い布が使われている。


肌色の浴衣を腕まくりしていて下町茶屋の働き者の娘さんって感じだ。

とても可愛いらしい見た目だ。




店内はカウンターが3席。畳のテーブル席が2席。

こじんまりとしたお店だ。

テーブルにはうさぎのぬいぐるみと同じくピンク色のメニュー表が置いてある。

ちりめんで作られているらしく味がある。

扉の近くにはレジがあり、そこに和雑貨を売っている小さい棚が置いてあった。


 

吉ノ瀬「え、ぬいぐるみが歩いてる!?中に機械が入ってるのか??」

 

吉ノ瀬がじっとぬいぐるみを見つめる。

 

鴇音「いえいえ、私はこの茶屋で店長をやっています鴇音です」


 

ぬいぐるみの口が動いている。

本当にこの子が喋っているのか?目の前で見ているのに夢を見ている気分だ。

 

 

吉ノ瀬「ぬいぐるみが喋った!?」

鴇音「お兄さん、とりあえず席に座って下さいな」


 

色っぽい声で言われ思わずドキッとする。

なんだこの見た目とのチグハグ感は。

 

 

吉ノ瀬「は、はい」


とりあえずカウンターに座る。

一番左端に男性が一人。強面な人が座っている。

甚兵衛姿に長髪の髪を後ろにひとつ結びにしている。

そして日に焼けた肌。

ちょっと怖い。


桜あんの団子を食べた後、お茶をずずずっと飲んでまったりしている。

可愛いらしい店内の雰囲気とミスマッチ過ぎる。


 

鴇音「注文どうしますか?」

吉ノ瀬「あ、えーと、みたらし団子二本とお茶をお願いします」

鴇音「はい」

 


うさぎのぬいぐるみがショーケースからみたらし団子を二本皿に乗せた。

その姿を見ているとついやってあげたくなる。

そう思うのは俺だけじゃないはず。

おぉ!!急須でお茶まで入れてる!

あんな小さな体でなんて器用なんだ・・・。


 

鴇音「どうぞ」

吉ノ瀬「あ、ありがとうございます」

 

吉ノ瀬がカウンター越しにそれを受け取る。


鴇音「あら、お客さんひょっとして作家さん?」

吉ノ瀬「え?どうしてそれを・・・」

鴇音「あ、ごめんなさい、つい癖で、

指にペンダコができていたから文字を書く仕事をしているのかと思ったんです」

吉ノ瀬「なるほど・・・パソコンで作業はしているんですが、意外とペンで書いて欲しいという機会も多くて・・・」

鴇音「なるほど、それは大変ですね」


 

吉ノ瀬「あの、何でぬいぐるみであるあなたは喋れるんですか?何で茶屋をやってるんですか?何で団子を作ってるんですか?」


 

不知火「おうおうおう!兄ちゃん!そんなまくし立てちゃ鴇音ちゃんが可哀想だろ、

ぬいぐるみが茶屋を経営しちゃ、団子作っちゃいけねぇってのかい?」


吉ノ瀬「す、すみません、そういうつもりで聞いたわけでは・・・つい癖で」


鴇音「まぁまぁ不知火さん、落ち着いて下さいな、私なら大丈夫ですから」

不知火「だってよぉ」



吉ノ瀬「不知火さんって言うんですね、珍しい苗字ですね」

不知火「まぁな、あんたは?」

吉ノ瀬「吉ノ瀬って言います」

不知火「吉ノ瀬な」

吉ノ瀬「不知火さんはお仕事何されてるんですか?」

不知火「俺ぁ自由なふりー、えー」

鴇音「不知火さん、フリーターですよ」

不知火「おっと、そうだったそうだった、フリーターだ!」


 

ふ、フリーター?・・・この人、俺より歳上だよな?

何でまたフリーターをやってるんだ?と聞きたかったがまた怒られそうなので聞かないでおこう。

 


鴇音「不知火さんはうちの常連さんなんですよ、

見た目は怖いですけど情に熱い良い人なんです」

不知火「よせやい」



鴇音「それと吉ノ瀬さん、先程の質問お答えできる範囲でならお答えしますよ」


吉ノ瀬「本当ですか!?ではまず何故話したり動いたりできるんですか?」

鴇音「うーん、何ででしょうね?」

鴇音さんが首を傾げ、うさぎの耳の部分が左右に揺れる。


 

誤魔化している、秘密にしている、というよりは本気で本人(?)も分かっていない感じだな。

 


吉ノ瀬「じゃ、じゃあお店を始めたきっかけは?」


鴇音「実は理由がないのです、気付いたらここにいたものですから」


吉ノ瀬「気付いたらってことは誰かに頼まれてとか?」


鴇音「いえいえ、違いますよ」


吉ノ瀬「じゃあ本当に理由もなくやってるんですか??」


鴇音「はい、そうです」


鴇音は気まづそうにする様子もなくはっきりと答えた。


吉ノ瀬「そんな・・・」


もっと凄い理由があれば小説の題材にしようと思ったのに・・・。


鴇音「吉ノ瀬さん、物事全てに意味があるわけではありません、

一つ一つに意味を見い出そうとしては疲れてしまいます、

何者にもならない自由な時間とは時に必要なのですよ」


不知火「くぅ〜!いい事言うねぇ!さすが鴇音ちゃん!だとよ!分かったか吉ノ瀬」


吉ノ瀬「は、はぁ・・・」


 

その時はしっくりこなかったけど

後から気付いたんだ。

鴇音さんの言っていたことの大切さに。






それから二か月後のことだった。

項垂れた吉ノ瀬がお店にやって来た。

二か月の間にも何度か茶屋には訪れて色々な話をしていた。


カラカラ。

茶屋の扉が開く。

 

鴇音「あ、吉ノ瀬さんいらっしゃいませ」

不知火「おい、どうした??そんなとこ突っ立ってねーで座んな」

 

突っ立っていた吉ノ瀬が二人の声にようやく引っ張られるように入り口からカウンターまで歩き出し椅子に俯いたまま座った。


そして一言。


吉ノ瀬「彼女に距離を置きたいって言われました」


しーん・・・。


鴇音「それは・・・何が原因だったんですか?」


吉ノ瀬「理由は?って聞いたら、理詰めにされるのが疲れるのよって、もっとリラックスした関係がいいって言われました」


しーん・・・。


不知火「ま、まぁ、なんだ、俺みたいにフラフラしてる奴なんかよりお前の方がずっと立派だと思うぜ!

元気出せよ!」


不知火が励まそうと吉ノ瀬の背中をバシバシと叩く。


吉ノ瀬「意外です・・・不知火さんはそんなだからフラれるんだとか言うのかと思ってました、ちゃんとフォローしてくれるんですね」


不知火「そりゃあまぁ、失恋は辛いもんだからな」


鴇音「不知火さん、いけません、思いっきり失恋などと口にしては」


不知火「おっっと!?そうだったそうだった、悪かったよ失恋なんて言葉出して」


吉ノ瀬「いえ、下手に気を遣われるよりいっそ清々しいです」


しーん・・・。


不知火「鴇音ちゃん!肉だ!肉を焼くんだ!」


鴇音「えぇ?どうしていきなり肉なんですか?」


不知火「そりゃあ肉は元気の源だからよ!」


鴇音「残念ですがうちにお肉はありませんよ、あるのはお団子とお茶とえーと・・・」


不知火「そりゃそうだよな!悪かった悪かった」


吉ノ瀬「気持ちは嬉しいですけど、俺、お腹空いてないんでコーヒーだけでいいです」


不知火「そうかそうか、なら俺がコーヒー奢ってやる、鴇音ちゃん、コーヒーを頼む」


鴇音「はい」


吉ノ瀬「いいです、自分で払いますから、不知火さんお金ないでしょう、フリーターなんだから」



不知火「おうおう、そんだけ憎まれ口が叩けるんなら大丈夫だな!

いいか吉ノ瀬、後は野となれ山となれだぜ!」


そう言って不知火は吉ノ瀬をビシッと指を差した後、

会計を済ましスタコラさーと店を出て行った。

上手く逃げたようだ。





鴇音「吉ノ瀬さん」

吉ノ瀬「は、はい」

鴇音「あんまり先を急がないで下さいね」

吉ノ瀬「え?俺ってそんなせかせかして見えますか?」

鴇音「はい、正直」

吉ノ瀬「や、やっぱりそうなんですね・・・ガ〜ン」



鴇音「元気な時でも階段は何段も飛ばして行こうとすれば転んでしまいます、

一段一段降りていきましょう、

元気じゃない時は手すりを使って一段一段確認しながら降りたっていいんです、

ゆっくりゆっくりいきましょう」


 

吉ノ瀬「そう言えば俺ってゆっくりするの苦手だったな・・・何かと作業してる方が楽で・・・」

鴇音「はい吉ノ瀬さん、リラックスリラックス〜!」


そう言って鴇音さんがぬいぐるみの両腕の部分をゆらゆらと上下に揺らす。

綺麗な声とその可愛いらしい姿を見ているだけでも癒される。



吉ノ瀬「確かに俺、なんか常に焦ってたかもしれません、

でも、ゆっくりしてたら彼女と距離がどんどん離れてしまいます・・・いや、焦っても同じか・・・」


吉ノ瀬がまた項垂れる。


鴇音「いえいえ、彼女さんの話を聞いていた限り、

彼女さんは吉ノ瀬さんを受け入れようと必死なんだと思いますよ」


吉ノ瀬「え?・・・」


鴇音「本当に吉ノ瀬さんに愛想を尽かしているのならキッパリ別れを告げているはずです、

そうしないでズルズルする人もいますけど、話を聞く限り吉ノ瀬さんの彼女さんは誠実な方だと思うので」


吉ノ瀬「鴇音さん・・・俺、変われますかね?」

鴇音「相手の為に変わりたいというその気持ちさえあれば大丈夫ですよ」


吉ノ瀬「俺、今度強引にでも休日取ってリフレッシュして来ます、そんで頭冷やして来ます」

鴇音「それなら滝に打たれてみるのもいいかもしれませんよ、私もやったことあるんですが気持ちがスッキリするんです」


 

こんな小さなぬいぐるみが滝に打たれて大丈夫なのか?

とゆーか鴇音さんも打たれたことあるのか。

想像するとシュール過ぎる光景だ。

体がもげてしまわないか心配になる。



吉ノ瀬「滝・・・それいいいかもしれません、まずは坊主にするところからスタートします」

鴇音「吉ノ瀬さんって意外と極端なんですねぇ、

何もそこまでしなくても・・・いえ、案外いい手かもしれませんね」

吉ノ瀬「本当ですか?ありがとうございます、鴇音さんに褒められるとなんだか元気出るなぁ」


 

鴇音「それは良かったです、

吉ノ瀬さん、きっと大丈夫ですよ、

だってこんなに自分の為に変わりたいと想ってくれていると知ったら彼女さん喜びますよ」

吉ノ瀬「そうですかね?」


 

鴇音「吉ノ瀬さん、応援してます!」

そう言って鴇音は両手でガッツポーズをする。

(上手くできているかは分からないが)


吉ノ瀬「はい!」


こんな可愛らしいぬいぐるみにこんな可愛いポーズで見送られたら上手くいく気がするよ。






それから二週間後。


不知火「なんでい、もうよりを戻しちまったのかつまらない」

鴇音「こらこら不知火さん」

不知火「だってよぉ鴇音ちゃん、こいつ頭まで丸めちまって、まさか坊さんにでもなるつもりか?」

吉ノ瀬「いえ、お坊さんにはなりませんよ、

この頭まだちょっと慣れないですけど、

でも、なんか色々スッキリしました!」

鴇音「似合っていますよ」

吉ノ瀬「ありがとうございます」

 


不知火「その色々ってのは何だ」

吉ノ瀬「色々です!」(ドヤァ)


 

今までの俺なら一つ一つ理由を考えてた。

なんなら説明できるくらいに。

でも、何となくとか何かって言葉が今の自分にはしっくりくる。


 

不知火「そうかい、色々かい、そりゃあ良かったな、

良い顔になったじゃねーか」


吉ノ瀬「そうですか?鴇音さんと不知火さんのおかげですよ」

不知火「俺ぁ何にもしてない」


鴇音「不知火さん、何だかんだ言って吉ノ瀬さんを気にかけてたんですよ」

吉ノ瀬「えー、そんな風には見えないです」

不知火「そうだぜ、俺ぁそんな優男じゃねぇよ」


鴇音「そんなこと言ってこの店に来るたびにソワソワしてだじゃないですか」

不知火「へっ、そんなことしてねぇやい」

吉ノ瀬「あはは」

不知火「吉ノ瀬ぇ、なーにがおかしいんだよ」


ジロっと睨まれたが怖いとは思わなかった。


吉ノ瀬「すみません」



鴇音「吉ノ瀬さん何にしますか?」

吉ノ瀬「みたらし団子二本とお茶をお願いします」

鴇音「はい」

不知火「そんじゃ、俺もみたらし団子一本追加で頼む」

鴇音「あら、珍しいですね、いつも桜あんかきな粉なのに」

不知火「何となくな」

鴇音「ふふ、分かりました」



不知火「吉ノ瀬、さっきも思ったがお前、何となくって何ですかって聞かなくなったな」

吉ノ瀬「聞きませんよそんなこと」

不知火「いーや、最初の頃の面倒くさいお前なら何となくって言われたら気になって聞いてたはずだ」

吉ノ瀬「言われてみれば確かに・・・って!面倒くさいって思ってたってことですか?酷いなぁ」

不知火「吉ノ瀬が成長したってこった」


吉ノ瀬「不知火さんは相変わらずですね」

不知火「おう、それが俺だからな!」

吉ノ瀬「いいと思いますよ」

不知火「なんでい、すっかり頭も心も丸くなっちまいやがって」



鴇音「平和で何よりです」

不知火「鴇音ちゃん、そんなばばくさいことを・・・

とても子どもとは思えねぇなぁ」

吉ノ瀬「え、鴇音さんって子どもだったんですか!?

俺、歳上なのかと・・・そもそもぬいぐるみに歳なんてあるのか!?いや、てことは作られてから10年??

うーん・・・」


 

鴇音「私、中身は10歳の子どもですよ」

不知火「まぁ、話すと長くなるがな」

 


吉ノ瀬「えぇ!?二人って繋がりがあったんですか?」

不知火「まぁな、鴇音ちゃん、どうだい、吉ノ瀬には話してみるかい?」

鴇音「そうですね、事情を知ってくれてる人がいたら心強いかも・・・あ、でも作品にはしないで欲しいなぁ」


不知火「だとよ、どうする?」

吉ノ瀬「分かりました、作品には関与させません」

不知火「鴇音ちゃん、もし嘘吐きやがったら打首でどうだ?」

鴇音「不知火さん、それは物騒過ぎますよ」

吉ノ瀬「打首って・・・いつの時代ですか・・・」



不知火「じゃあま、話してやるかね」

吉ノ瀬「お願いします」







〜鴇音と不知火〜

鴇音と不知火は江戸時代の生まれだ。

出会ったのは街で市をやっている時だった。


不知火は仕事が上手くいかず、金が底をつきていた。

腹が減って動けずにいた時、目の前に団子を差し出された。

10歳くらいの女の子だ。

 

不知火「俺ぁ金がねぇんだ、買えねーよ」

鴇音「お金なら私が払います」

 

ゆったり口調で子どもとは思えねぇほど妙に大人びた話し方だった。

相当苦労してきたんだとすぐに分かった。

俺は気付けば女の子から団子を奪い取るようにして食べていた。



鴇音「あの、美味しかったですか?」

 

鴇音がキラキラとした目で不知火を見る。


こういう仕草は子どもっぽいな。

 

不知火「あ、ああ、美味かったよ、この江戸で一番な」

鴇音「良かった〜!!お兄さんお名前は?」

不知火「不知火だ」

鴇音「不知火さんですね、私、鴇乃茶屋で団子を売ってる鴇音って言います」

 

不知火「鴇音ちゃんか、助けてもらった俺がこう言うのもなんだが、

世の中危ねぇ奴は多い、無償で食いもん渡したり、名前とか店の名前を無闇やたらに教えたりすんのは止めときな」

 

鴇音「私だって普段は声掛けたり名前教えたりしませんよ」

不知火「は?だって今ペラペラと」

鴇音「不知火さんは優しい人だと目を見てすぐに分かったんです、

色んな人を見てきたから分かるんです、その人がいい人か悪い人か」

不知火「なんだそりゃ、それじゃあ丸っ切りただの感じゃねぇかよ・・・」

鴇音「私、感が鋭いってよく言われます」

 

不知火「つったってまだガキだろうが・・・

はぁ・・・まぁとにかく用心に越したことはねぇ、気を付けてくれよ」

 

鴇音がゆっくり頷く。

 

不知火「それと必ず借りは返す」

そう言って不知火はその場を去った。



それからなんとか働き口を見つけて働いた。

持ち家もなく裕福ではなかったがこれで鴇音ちゃんにカンザシの一本でも買ってやれると

そう思っていた。



街に出て鴇乃茶屋を探した。

しばらく歩いていると見つけた。


"鴇乃茶屋"


あった、ここだな。


だが、次に店に行った時、鴇音ちゃんの姿はなかった。

母親らしき人がいたので聞いてみる。


不知火「あの、鴇音ちゃんは?」

母「鴇音は病で寝込んでいますよ、あなた見かけない顔ですが鴇音とはどこで?」



怪訝そうに見られて俺はハッとした。

こんな小汚い男がいきなり現れて娘の名前を言ったらそりゃあ警戒するのも無理はねぇよなぁ。

だが、俺も引き下がる気はない。

 


俺は事情を全て説明した。

すると、母親が警戒心を解いてくれたようで鴇音ちゃんの眠っている場所まで案内してくれた。




 

俺は見舞いに行った時、あることを鴇音ちゃんに頼まれた。

 

鴇音「不知火さん、私が死んだらこのうさぎのぬいぐるみを祠に置いてきて欲しいんです、

願いを込めてありますから、あ、これ私が一番最初に作ったんですよ、ふふ、

私、生まれ変わったら自分の団子屋をやりたいなって思ってるんですよー」


鴇音ちゃんの声がやけに遠くに聞こえた。


不知火「なぁ鴇音ちゃん、死ぬなんて弱気なこと言うなよ、俺ぁあれから真面目に働いて金を稼いできたんだ」

鴇音「そうだったんですか、良かったですねぇ」


不知火「俺はこんなしょうもない奴だけどよ、

鴇音ちゃんが欲しいものがあるなら何だって買ってやる、願いがあるなら何だって叶えてやる、

だから、だから死ぬなんて言わねぇでくれよ」


鴇音「不知火さんはしょうもない奴なんかじゃないですよ」


俺は泣きそうになるのをなんとか堪えた。

泣きてぇのは俺じゃなくて鴇音ちゃんなんだ。

俺が泣いたって何にもならねぇじゃねぇかよ。






不知火の願いも虚しく、鴇音はそれから一週間後に亡くなった。



神様よ、死ぬのは俺で良かっただろうが。

何で鴇音ちゃんなんだよ。

何で、何であんないい子が死ななくちゃならないんだ。

こんなのあんまりじゃねぇか。




不知火は山奥にある祠に向かった。

なんでも願望成就に強力な祠らしい。

知る人ぞ知る場所なんだとか。


そして不知火は鴇音がいつも大事に持ち歩いていたうさぎのぬいぐるみを取り出した。

 

ピンク色の花柄のちりめんでできたうさぎのぬいぐるみだ。

目は粒のような黒いボタン、鼻と口は赤い糸、お腹や手、足、口の周りには白い布が使われている。


 

鴇音ちゃんの願いは自分の団子屋を開くことだった。


 

頼む。次に鴇音ちゃんが生まれ変わったら幸せにしてやってくれ。

俺は何万回地獄に落ちたっていい。

だから頼むよ。なぁ、神様。


 

祠にぬいぐるみを置こうとした次の瞬間。

追い風が吹いた。


びゅう!!

 

不知火「うわっ!?」

不知火は思わず目を閉じた。

 

次に目を開けた時。

不知火とうさぎのぬいぐるみは現代にタイムスリップしていた。

更にうさぎのぬいぐるみを抱えた不知火の目の前に突如店がぬうっと現れた。

ちょうど祠があった場所だ。



不知火「おい、ここはどこだよ・・・何でいきなり茶屋が現れんだ?」

 

呆気に取られている不知火に可愛いらしい声がお腹の辺りから聞こえてきた。

 

鴇音「別の世界ですよ不知火さん」

不知火「え、その声、鴇音ちゃんかい!?」

 

不知火はギョッとした顔で持っていたぬいぐるみを持ち上げた。

互いに向かい合っている状態だ。


鴇音「はい」


本当に手やら口やら動いている。


不知火「なんたってぬいぐるみの姿なんかに・・・

それにこの茶屋は一体・・・」

鴇音「神様が私にくれた私のお店ですよ」

不知火「えぇ!?そりゃ本気で言ってんのかい?」


 

それにしたって鴇音ちゃん冷静過ぎるだろう・・・。

本当にのんびり屋と言うか何というか。

俺は驚きのあまり腰が抜けそうだってのによ。

これじゃどっちが子どもか分からなねぇじゃねぇか。



鴇音「はい、死んだ時、神様とお話ししました」

不知火「そんなことあるのか・・・」

鴇音「私もびっくりしてます」

不知火「そ、そうかい?そんな風にゃ見えねぇけどな」

鴇音「いえいえ、私まだ子どもですから」

不知火「まぁ、そりゃ年齢だけで言ったら鴇音ちゃんは

俺の半分以下だけどよ」



鴇音「不知火さん、私、この世界で茶屋を開きますから一番最初のお客さんになってくれませんか?」

不知火「もちろんだ!俺ぁ鴇音ちゃんの為なら何だってするぜ」


何が何だか分からねぇが鴇音ちゃんがそうしたいって言うんなら俺は何だってするぜ。

 

鴇音「ありがとうございます」



それからは色々大変だったが店が軌道に乗るまで俺も店を手伝った。

今でも重い荷物を運んだり鴇音ちゃんの用心棒をしたり

まぁ色々とな。



不知火「良かったな鴇音ちゃん、団子屋をやりたいっていう願いが叶って」

鴇音「はい!不知火さんに一番最初のお客さんになってもらいたいなっていう願いも叶って嬉しいです」

不知火「え?鴇音ちゃんの願いの中にはこの俺もいたのかい?」

鴇音「そうですよー、あら?不知火さん、ひょっとして泣いてるんですか?」

不知火「馬鹿野郎、男が泣くかよ」



鴇音「手拭い・・・あ、私の体で拭きます?ちょうどちりめんです」

不知火「いや・・・いくらぬいぐるみの姿でも女の子の体でそんなことできねぇよ」

鴇音「そうですか」

 

しゅんとなっている耳を触りたくなったがなんとか堪える。

 

不知火「気持ちだけ受け取っとくよ、ありがとな、

袖で拭くから大丈夫だ」



鴇音ちゃんは普段は優しくてしっかりしてるがたまにこういうちょっとズレたことも言う。

その辺はやっぱり子どもだなぁと思う。

それがこの子の魅力なんだろうなぁ。



鴇音「あの、不知火さん」

不知火「なんだ?」

 

鴇音「不知火さんを巻き込んでしまってすみません」

不知火「なんでい、そんなこと気にしてやがったのか、

俺ぁ鴇音ちゃんの力になれるんならそれでいいのよ」

鴇音「でも、よりによって別の世界でうさぎのぬいぐるみとだなんて・・・」


不知火「いや、新しい世界でうさぎのぬいぐるみと茶屋を開く、なんて粋じゃねぇか」

鴇音「粋・・・ふふ、そうですね」







吉ノ瀬「なるほど、そんなことが・・・」

不知火「信じられねぇだろうが事実だ」

吉ノ瀬「信じますよ」

不知火「へぇ、意外だな、常識的に考えてあり得ねぇって言い出すのかと思ったぜ」

吉ノ瀬「だってうさぎのぬいぐるみが茶屋をやってる時点で常識は覆ってますから」

不知火「あー、そりゃまぁそうか」


鴇音「私もびっくりですよー、死んだと思ったらうさぎのぬいぐるみになって違う世界に来て、

気付いたら団子を売ってて」


不知火「いや、鴇音ちゃんはもっと驚いたり取り乱してもいいと思うがな・・・」

吉ノ瀬「すんごい冷静ですよね」

不知火「冷静っつーか、鴇音ちゃんはのんびり屋さんだからなぁ」

吉ノ瀬「あー、確かにそうですね」


鴇音「え、私ってそんなにのんびりしてますか?」

不知火&吉ノ瀬「かなり」




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