退屈を祓う:中編
学校にいる幽霊を祓ってほしいという依頼を引き受けた杏華。
自身の式神、翠の力を借りながら巡回の先生を捜索する。
途中、翠のことが見える謎の少年に出会いながら先生の存在を確認。
翠に少年を任せ、いよいよ本格的に幽霊の捜索を始めるのだった。
理科室を出ると先程の先生が向かった方へ進む。
新任の先生が巡回役の時のみ幽霊が現れるとなると先生自体に幽霊が取り憑いている可能性もある。
実際に会って確認しなければ。
と言っても…
「どこに居るんだ…」
足音もしなければ人の気配もしない。
この学校は一学年六クラスで、特別教室も多い。
校舎は東館と西館の二棟に体育館棟とかなり広い。
闇雲に探してもすれ違うだけだ。
「さて、どうしたものか…」
まずは今いる東館から探そうかと階段に足をかけたその時…
「きゃーー!!!」
!
今の悲鳴はあの先生の…
ということはまさか!
急いで階段を駆け上がり悲鳴が聴こえた方へ向かう。
一つだけ扉の空いた教室を見つけ中に入ると窓の方を向いて腰を抜かしている女性がいた。
足元には懐中電灯が転がっている。
「おい、何があった」
震えたまま動かない先生の肩をつかみ目線を合わせる。
我に返ったのか震える手で窓の方を指さす。
「ひっ、人が…上から、っ」
先生から離れて窓から身を乗り出し周りを見る。
人らしいものは見当たらず、誰かが飛び降りたような痕跡は残されていなかった。
「一足遅かった…」
「あ、貴方は…」
先生はゆっくり立ち上がりながら恐る恐る聞いてくる。
「倉橋杏華。ある先生から依頼を受けて幽霊を祓いに来た」
「何か知ってることがあれば教えてほしい」
「祓い、に…!た、助けて!」
「うおっ」
先生は祓うという言葉に反応し、勢いよく私の肩を掴んできた。
驚いて体を仰け反らせるが先生は手を離そうとしない。
目を大きく開き、はっきりとした声で話し始める。
「助けて!このままじゃ、私、殺される!」
「殺される?」
「急に鏡が割れたり、掃除道具入れが倒れてきたり、それだけじゃないの!鉛筆が飛んできたり、家庭科室の前を通ったらハサミが飛んできたり。包丁が飛んできたことだってあるのよ!」
確かに、この話だけを聞けばまるで幽霊がこの先生のことを殺そうとしているように聞こえる。
だが、疑問に思うところがある。
やり方が回りくどすぎる。
わざわざ物を操るなんてやり方をしなくても、取り憑いてしまえばそのまま自殺にみせかけて殺すことなんていくらでもできる。
けどそれをしない。
していない。
となると殺すことは目的でないと考えられる。
じゃあ、何故こんなことをするのか。
それを考えるのは私の仕事ではない。
それに、気になるなら本人に聞けばいいだけ。
おそらく、本人は今屋上にいるだろう。
今から向かってもいいが、その前に…
「1つ質問。幽霊とあなたの関係は?」
「関、係…?」
どうして、とでも言うような目でこちらをみてくる。
私は掴まれたままの肩から手を剥がし、先生に背を向ける。
そのままどこへ行くでもなく歩きながら話し始める。
「先生の話によると、あなたが巡回の時にしか幽霊は現れない。しかも、あなたに危害を加えてもいる。あなたと幽霊の間によっぽどのことがあったと考えるのが必然的でしょ」
歩くのをやめ、先生の方を振り返る。
先生は動揺したような様子でこちらを見ていた。
そんなことは気にせず、先生の方へゆっくりと歩きだす。
「さぁ、教えてもらいましょうか」
先生の前でピタリと止まる。
そのまま顔を近づけて目を捕える。
「あなたと幽霊の関係は?」
「ッ、!」
先程の動揺した様子とは一変、怯える様子に変わる。
先生の瞳が恐怖で染まる。
その対象は幽霊ではなく、私だ。
「関係なんて…」
ない、と言おうとする先生に私は追い討ちをかけるように言葉を紡ぐ。
「ない?そんはずないでしょ。嘘はつかなくていい。私はただ知りたいだけ。で、関係は?」
「ッ、た、ただの元同級生よ!友達でもないし、そもそも同じクラスになったことすらない。ほ、本当よ!」
どうやら、少し怖がらせすぎたようだ。
これ以上はやめておいた方がいいと判断し距離をとる。
「じゃあ、私はもう行くから。あ、屋上には来ない方がいいよ」
そう言葉を残して教室から出ていく。
―――――――
「うーん、やっぱりあの揺さぶりのかけ方はやめた方がいいかもな。今のところ上手くいった試しがない」
そんなこと言いながら屋上へ続く階段を登る。
屋上へ近づくにつれて幽霊の気配が強くなっているから、そこに幽霊が居るという予想は当たっているのだろう。
「この先か…」
万が一に備えてポケットから札を1枚取り出す。
そのまま服の袖の中で構え、屋上の扉を開ける。
そこには誰も居なかった。
人はもちろん、幽霊の姿も見えない。
「誰も居ないね」
「そうだな、ただ、気配はするからここに居るのは間違いな…」
「?」
「…!?おま、なんでここに!家に帰ったはずじゃ」
私の横に帰らせたはずの少年が当たり前のように立っていた。
ありえない光景に思わず2度見する。
「どうやって見えるようにするの?さっきみたいに不思議な力を使うの?」
「それはこの札を使って…じゃなくて、翠はどうした!」
「主ぃ〜!」
声がした方を振り返れば肩で息をしながらこちらを見ている翠が居た。
着物は少し乱れていて、ここまで走ってきたことは容易に想像がつく。
「翠がここまで疲れるなんて、お前、どんだけ翠のこと振り回したんだよ」
呆れ気味に少年の方を見るが、そんなことはお構いなしのようだ。
「札を使って何?どうするの?」
「はぁ…お前、いいんだな?」
帰らなくていいのか、幽霊を見る覚悟はあるのか、色んな意味を込めてそう尋ねる。
「いいよ」
「えぇー!主、いいの?今からでも私この子を無理やり家に連れ帰って」
さっきまで膝に手を当てて呼吸を整えていた翠が慌てて駆け寄ってくる。
「仕方ない。どれだけ言っても聞かないし、もうお手上げ。ねぇ、ここにいるのはいいけど、邪魔はしないでよ」
少年が頷いたのを確認してからもう一度札を構える。
目を閉じて呼吸を整え、心を落ち着かせる。
「ふぅー…ここに留まる哀れな魂、その姿現したまえ。急急如律令」
札が光り、私の周りが光で包まれる。
「…貴方が、先生の言っていた幽霊ね」
そう言って目の前に視線を向けると、そこには小学校6年生くらいの背丈の女の子が立っていた。
「あなたは?」
床に落とされた箒を拾う。
その声は純粋な疑問から発せられた、ただの小学生の声だった。
「私は」
倉橋杏華。
そう続けようと思った言葉は元気な声に遮られた。
「凄い!お姉ちゃんが幽霊?ねぇねぇ、浮けるの?名前は?なんでここにいるの?」
こいつ…
「おい、邪魔はしないって約束は」
「やっぱり!」
突然後ろから声がした。
今度はなんだと振り返ってみれば、先程の先生が掃除道具である箒を持って立っていた。
「ちょっと、来ない方がいいって言って」
「私の生徒から離れなさい!」
どいつもこいつも、人の話は最後まで聞け!
と、そんなツッコミはおいといて、先生の目ははっきりと少女のことを捉えていた。
そして、対する少女の目も先生を捉えていた。
「なんだ、貴方か」
先程の少女の声とは対称的な冷たい声が少女から発せられる。
「なんだ、って、早くその子から離れなさい!生きてる時もそうだけど、死んでからも人に迷惑をかけることしかできないの?」
「…は?迷惑?」
「そうよ、勝手に死んだくせに今になってこんなことして。一体どれだけ迷惑かければ満足するのよ!」
「勝手に死んだ?」
「!」
まずい。
周りの雰囲気が変わった。
居るだけで背筋が凍るようだ。
「お前らが」
「何よ、はっきりと言わないと聞こえないわよ!」
「っ!私が死んだのはお前らのせいだ!人の事を殺しておいて、勝手に死んだ?迷惑?ふざけるな!」
「!危ない!」
先生の方へ駆け出し、そのまま胸に飛び込む。
突然の出来事にバランスを崩した先生が私を抱えたまま後ろに倒れる。
その真横を何かが通る。
カランカランとその何かが地面に落ちる。
それは、鉛筆だった。
「は、鉛筆、なんで…」
「…」
状況を理解できていない先生をよそに立ち上がる。
少女の方を見れば先程の純粋な少女は居なかった。
「殺す、殺してやる!」
悪意や殺意に飲まれた、哀れな悪霊がそこに居た。
「ッ、悪霊化したか。おい!お前はここから離れろ」
「で、でも!」
「今度こそ、本当に殺されるぞ!」
「っ!」
少し脅しをかければ、先生は震えた足で立ち上がり屋上から逃げていく。
「翠!そいつのことを守れ!」
「わかった!主!」
翠に少年を守るように指示を出し、悪霊の方を見る。
「なんで逃がしたの。貴方も、あんたもあいつの味方をするの?」
「それなら、殺してやる!」
「…」
今の彼女に私の声は届かない。
ならば、やることは1つ。
悪霊の周りを数十の鉛筆が囲い込み、その全てがこちらを向いている。
床に落とされた箒を拾う。
1度呼吸を整え悪霊の方をまっすぐと見る。
「大丈夫、すぐに元に戻してあげるから」
すぐに鎮めてあげるから。
翠
杏華の使役する式神
代々倉橋家と契約を結んでいる
今は杏華の影響で少女の姿をしているが、かつて杏華の祖母に使役されていた時は大人の姿をしていた
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