カルフ
近未来、便利な機器のある快適な生活は、ドーム都市に住む人々だけの特権となっていた。
荒れ地の村に住む少年少女たちは「関守」の一員となって、いつかドームで暮らせる日を夢見ていた。
セリカとテンマはトルトリ荒地の関守「白狐隊」に入隊し、ドーム都市、コメコドームを遠くに眺めながら日々を過ごしていた。
そんなある日、セリカは擬似生命体、カルフに出会う。
荒れ地の獲物を追いかけて生きる少年少女たちの冒険を描く、サイエンス ファンタジー。
其の一
やっぱり空っていいなあ~。
身を切る風の冷たさにもかかわらず、セリカは思った。
あせて色のわからなくなったジャケットの襟を引き寄せる。その指先も冷たかった。
セリカは、カイトと呼ばれるほぼ三角形をしたエンジン付きグライダーを風に乗せ、動力を切った。
地上は赤い岩と土に覆われた乾燥した荒れ地で、所々に緑灰色の草がへばりついている。
見渡す限りの広大な荒れ地に、地下から湧きでる水でできた沼があり、その周りだけに木々が茂りブッシュと呼ばれる林を作る。
そこに、人々の住む村があった。
瓦屋根の家が一軒ある。村長の家だ。カヤぶきの家がほとんどで、あとはトタン屋根の小屋といった方が適切と思える家々。
セリカたちのアジトは、そんな村からも離れた岩山の麓だった。
はるか彼方に何かが光っている。
あれがきっとコメコ ドーム、とセリカは思う。
ガラスの城と村人が呼ぶドーム都市には、幸運な人たちだけが住んでいる。
いつかあんなところで、暮らせるのだろうか?
暑くも寒くもない、ドームで守られた社会。食べ物は豊富にあり、病気などないと聞く。そこには機械でない機械があって、人の代わりに働いてくれる、とも言う。
もちろんセリカには、その意味はわからなかったが、ともかくブッシュの周りで細々と家畜や野菜を育てて生きている村人とは、全く違う世界がドームにはあるようだった。
彼女が知る限りいつもそうだったので、セリカは不思議にも思っていなかった。しかし元々の原因は、磁気軸の反転だったらしい。
変動期には、ナビゲーションシステムに支障が生じるが心配するほどのことではない、そしてその変換は緩やかに行われる、などと高くくっていた人類は文字通り足元をすくわれた。
もっとも、一部の科学者や権力者たちは知っていたのだろう。
対策の取れない大事変を発表して、パニックを起こしたくなかっただけだ。異常気象の理由は人的要因が挙げられ、対策が進められた。
そうして世界のあちこちで、ドーム都市が作られたのである。
公式には「省エネ、造エネに加え異常気象から人々を守る」ためだったが、本当の動機は自分たちのサバイバルだったのではないか?
今となっては知りようもない。
やがてその時が来て、人工衛星は落下し宇宙ゴミも降ってきた。コンピューターやスマホはもちろん、地下に埋まっている鉱物も影響を受けた。火山が一斉に爆発し、気候は激変し両極の氷は溶け、陸地は減った。
極端な寒波や熱波、急激な気候の変動に、生きているものたち全てが影響を受けた。
それでも、やがては安定期が訪れるものだ。
しかし人口が大減少した人類に、もはやかつての科学力は残っていなかった。
ドーム都市でさえ人材不足に陥り、混乱の中で沢山の知識が失われた。
ただ、ドームの外では人類は生きられない、という科学者たちの予測は見事に外れ、人々はそれなりの方法を見出し、しぶとく生き続けた。
国境すらなくなった人類の暗黒時代。世界は二つの人種に分かれた。
ガラスの城の住民と荒れ地の住民。
科学の断片のようなものが残っているドームと、そのドームが出す廃棄物で生きている村。
それが今、セリカたちの生きる世界である。
セリカは縄張りの偵察を命じられ、カイトでアジトを離れた。
遠い昔のグライダーと違いコックピットはなく、上にも乗れるし、ぶら下がることもできる折りたたみ式の翼にエンジンの付いたカイトは、空を飛ぶ機械の少ないこの時代には、奇異ともいえるスグレモノだ。
カイトでの偵察は、小柄でほっそりとしたセリカによく与えられる任務であったが、空を飛ぶのが大好きな彼女には、任務というよりは楽しみであった。
あ、、。
邪魔だと思い、結んでいた髪の紐が解けてしまった。
セリカの黒い長い髪が風になびく。
その髪が陽ざしの中でキラキラと美しくさざめいてているのを、彼女は知らない。
どうせ草で作った紐だ。どうでもよかったのだが、反射的に振り返ったセリカは、遠くの動くものに目を奪われた。
あっ!
カイトを方向転換させ、急いで仲間のもとに戻った。
「シオン!ミオ!」
カイトが完全に停止する前に飛び降りた。
「もっと丁寧に扱え!」
と怒鳴るテンマを尻目に、皆のいる広場に駆け込んだ。
「山猫隊が!私たちの縄張りを荒らしてる!キャラバン隊を囲んでいる!」
「なんだって!?」
「バカな!そんな連絡は入ってない!」
キャラバン隊とは荒れ地を渡る商人の群れで、彼らが来るときは、連絡が入るはずだ。
セリカは白狐隊と呼ばれる「関守」の一員だった。
トルトリ荒地は白狐隊の縄張り、隊長はシオン、副隊長はミオ。隊員数は男女二十名余りで、関守としては多くも少なくもないが、平均年齢は通常より低く、小さな子供もいた。
それはそのまま近隣の村々の経済力のなさを示していた。食いっぱぐれた子供たちが集まった、と言ったところだ。
「縄張りを荒らされては黙っていられない!戦闘準備だ!旗を掲げろ!」
隊員はすぐ支度すると、それぞれの乗り物で出撃した。
セリカはカイトで再び上空に舞いあがり、皆を誘導する。シオンはバクやゴローと、銛を発射できるバギーに乗っている。キリンも同じバギーに跳び乗り、一番小さなシュンは、キリンが足で押し出そうとする間をくぐってもぐりこんだ。
バイクやチャリンコは早いもの勝ちなので、取り損なえば走るしかないからだ。
ミオは駆鳥と呼ばれる飛ばない鳥にまたがり、先頭を走る。
石の混ざったゴロゴロの荒れ地では、強く長い脚を持つ駆鳥はバギーより速い。
ドームからドームへ商品を持って荒れ地を渡るキャラバン隊は、関守には絶好のカモだった。戦いをさけるためにキャラバン隊は通行料を払う。彼らはカネを払うことは気にしない。
もともとドームの住民は、厳しい外の環境を嫌って他のドームに行くことは少ない。盗賊や関守への恐怖がそれに拍車をかける。そのためキャラバン隊は、ドームで物品を高く売れる。
それぞれに利益があるので、関守もキャラバン隊もハッピーなのだ。
なのに、連絡無しで素通りするなどはもっての外。しかも近隣の関守である山猫隊は情報を入手していた。そして白狐隊の縄張りを荒らしている。
ドームの人々は関守を盗賊のように呼んだが、そうはいっても関守にも掟がある。それが破られることは言語道断!とんでもないことなのだった。
三重の裏切りに、シオンは三つ編みカチューシャにしてきれいに整えた頭から湯気を立てていた。
ああ、、。セリカは声にならない悲鳴を上げた。Uターンして戻り、あとから来る皆に合図し、着地した。
「止まれ!」
「何だ?」
「き、キャラバン隊が、、武器を使ってる!」
「そんなバカな!ホンモノか!?」
合意があるのだ。キャラバン隊は、盗賊に襲われたときはともかく関守には武器を使わない。武器はドームの住民に、自分たちがどんな苦労をして荒れ地を渡っているのかを示すためのものだった。
セリカも自分の目を疑ったのだ。だが、たった今、山猫隊の一員が胸になにか受けて駆鳥から落ちるのを見た。
「も、もう少し偵察してくる。ここで、、待っていて」
上空に戻りエンジンを切り静かに近づく。少し高度を落としながら旋回した。
信じられない光景が眼下に広がる。武器が使われているのは明らかだった。逃げる山猫隊のメンバーをキャラバン隊員が追う。いつもの商隊ではない、、何か変だ。
あれってニンゲン?
武器が変だ。腕にくっついているように見える。
地上で何かが光った途端、耳元が熱くなり髪の焦げる匂いがした。
セリカはカイトをひるがえし皆のいる場所に戻った。
「近づかないほうがいい」
というセリカの言葉に、バクがつばを吐いた。
「臆病者!」
「用心深いものが臆病というわけではない!バクのような猪突猛進型は早死するのがオチだ!」
セリカに掴みかかろうとするバクを、ミオがさえぎった。
「髪が焦げてる」
セリカは触れてみた。焦げた髪がパラパラと落ちた。耳は熱いが血は出ていなかった。
「地上から何かが発射されたんだ。ライフル銃じゃない、音がしなかった。光って熱かった」
「火傷というほどではないね。赤くもないけど、、薬、塗っておくか」
ミオがセリカの耳を見て、薬を塗ってくれた。
関守とは思えない白い細い指先が、セリカの耳をくすぐる。桜色の爪が羨ましい。厳しい生活環境にも拘らず、シオンもミオも美しかった。
玉の輿グループになぜ選ばれなかったのだろうと、皆、不思議に思っている。いや、実際、グループには入っていた、という噂もあった。
その時、音がして皆が顔を上げると、山猫の旗を掲げたバギーが猛スピードで走ってきた。ドライバーはハンドルに倒れかかっていて、眼の前に迫った岩を避けずにした激突した。
すぐに火がついた。セリカは燃え上がるバギーに近づこうとしたが、止められた。
「誰か来る。隠れろ。音を立てるな」
皆、岩陰に隠れた。
キャラバン隊員がバギーに近づき、何かを放り込んだ。バギーが大爆発を起こし、部品などがバラバラと隠れている白狐隊のそばまで降ってきた。キャラバン隊員はしばらくくすぶり続けるバギーを見ていたが、それ以上は調べもせず去って行った。
「重装備のキャラバン隊か、、。連絡がなかったのは普通のキャラバン隊ではなかったからかな?」
シオンが美しい眉をひそめた。よく見ないと気づかないが、眉の上に白くなった傷がある。
玉の輿グループからはずされたのは、そのせいかもしれない。グループのメンバーは、完璧でなければならないのだ。
玉の輿グループに選ばれるるような美しい村の子たちは、男女ともに仕事はしなくていい。美味しいものを食べて礼儀作法を学ぶ。年頃になった者は、とりわけ美しく着飾ってどこかへ行く。
年に一度ある行事、それを皆は玉の輿行列と呼ぶ。戻ってくる子はいない。
きっと、ドームへ行くんだ。あの中で極楽のような生活をしているんだ、とセリカは思う。
爆発で飛び散ったバギーの部品やら何やらの中から、皆は使えそうなものを集めだした。
セリカは呆然と突っ立っていた。彼女は見られたのを知っている。なのに彼らは探さなかった。それが逆に恐ろしかった。
荷物に手を出すものは殺す、それ以上でもそれ以下でもない。彼らの腕についていた武器のように、機械的で無慈悲に思えた。
しばらくして、キャラバン隊が立ち去ったのを確認してから戦いの中心部に行き、あちこちに残っていたものを物色した。
アジトに戻り、セリカはカイトが静止する前に飛び降りた。
「もっと丁寧に扱え、と言ってる!」
テンマが怒鳴る。足の悪い彼は、出撃任務から免除されている。ファスナーの効かなくなったジャケットを、紐で縛って着ている。それには、あちこちに油染みや継ぎ当てがある。
まるで蓑虫が落ちていた色紙を身体にくっつけた、というようなミノムシルック。しかしその分、セリカのジャケットよりはずっとカラフルだった。
「それどころじゃない!」
「自分の命がかかっている乗り物を邪険に扱うな、と言ってるんだ」
「テンマが整備してくれるから安心して乗れると言ってる!つまり、褒めているんだ、トンマ!」
「なにがトンマだ!俺はテンマだ!」
「二人ともいい加減にしろ。喧嘩するなら村に帰れ」
ミオに叱られセリカとテンマは黙り込んだ。村になどは帰りたくない。どうせこき使われるだけだ。
二人のようなチビは、畑仕事や水汲み、燃料集めにかりだされ、服はもちろん食事も満足に貰えないのだ。
痩せこけた身体、日に焼けて黒くなった肌、パサパサの髪。目だけが大きいセリカは、母親からタドンと呼ばれて、口をきくことなどめったになかった。
そんなセリカが変わったのは白狐隊に入ってからだ。相変わらずほっそりしてはいたが、肌も髪も艶やかになった。
変わったのは容姿だけではなかった。気性にも変化があった。
怒ると大きな目はランランと燃え上がり、今にも噛みつきそうな形相となる。
皆は豆炭がはじけた、とおののいた。
小柄なセリカにできるのは言い返すことくらいだったので、これは単なる気迫負けである。
だが、決して後に引かないセリカが怖い、というより面倒だったのだろう。皆の間にはセリカを怒らすな、というような風潮が生まれた。
ただしテンマは別で、彼はセリカをよくからかった。
テンマの両親は死に、叔父夫婦にいじめられていたので、母親に疎まれていたセリカとは小さい頃から慰めあって育った。
二人で村はずれの丘からコメコ ドームの方を見て、そこで暮らせる日を夢見ていた。
白狐隊に入ったのも同じ頃、つまり同期、お互いに遠慮はなかった。
胸ペチャ、とテンマがささやいた。
「私の胸はいずれ育つ!テンマの鼻はペチャのままだ!」
セリカは言い返した。ミオがジロッと見たので二人ともそれ以上何も言わず、広場へ向かった。
赤茶けた岩山に自然にできた巨大なほら穴が、白狐隊のアジトだ。
岩穴に入ればすぐ広いホールがあり、壁際には突撃に必要なもの、、防具、武器や救急箱などが置かれている。
更に奥に続く穴は岩を積んでわざと狭くしてある。二つに分かれていて、一つはシオンやミオといったリーダーたちの個室とその奥に保存庫、もう一つはその他のメンバー用の大部屋につながっている。
大部屋のメンバーたちは、それぞれのコーナーをカーテンで仕切ったり、岩壁を削って大きくしたり、できる限りの方法で居心地の良い空間を作ろうと試みていた。
セリカのコーナーは、岩壁にある棚のような窪みをミオに貰った薄い布で仕切ったもので、干した草や乾燥させたツメクサを詰めたベッドがあるだけだ。
しかしそのベッドは詰め物のせいかいい匂いがして、十分心地よかった。寝るとき以外はカーテンを開け、ベンチ代わりにした。
貴重品などは持っていなかったが、それでもキャンディーの包み紙で作った動物や角の取れた色ガラスの破片などが、岩壁を掘って作った棚においてあった。
沢山あるとは言えない着替えの服は、布に包んである。
毒虫が入りこまないようにきちんと包まなければならない。一つしかない短靴も、履くときは必ず調べる。靴に布を突っ込む者もいたが、セリカはつい忘れてしまうのだ。
ほら穴の中は温度が安定しているので、村の粗末な家よりはずっと住みやすかったが、そう考えるのは人間だけではなく虫や小動物がいる上、中には毒を持ったものもいたので注意を怠ることはできなかった。
そんなアジトの前の広場に、戦利品は置かれていた。
戦利品と言っても、やられた山猫隊のバギーの部品や、キャラバン隊が残していった燃えて焦げたりしたワケのわからないいくつかのもの。
だがテンマは嬉しそうに、これは使える、これはダメ、と早速、種分けに熱中している。
「テンマ、部品は後でいい。それよりこれを見てくれ」
シオンはそう言いながら、テンマの前に大きくも小さくもない容器を置いた。容れ物は焦げて内部も溶けていたが、中身は一応形があって、残骸というほどひどい壊れ方ではない。修理可能だろうか?
二十センチくらいの長さの望遠鏡のようでもあるが、やや紡錘形。機械のようだが金属ではなかった。本体から管が何本も伸びている。
うう、、。テンマは唸った。
「こんなもの、見たことない」
「アイツらの腕についていたものと似てるよ」
「腕についていた?光ってセリカの髪を焼いた?」
うわあ~!テンマが跳びのいた。
「何だよ!?」
「う、動いた!」
「機械が勝手に動くものか!臆病者!」
そう言ってバクがその奇妙なものに触った。管が彼の腕に絡みついた。
「ああっ~!」
さすがのバクも悲鳴をあげた。
「と、取れない!」
皆、遠巻きにして見ている。びっくりして動けないのだ。バクは管を引っ張ったり、本体を叩いたりしている。
「痛たたた、、取ってくれ!」
バクは臆病者、といったことも忘れてテンマに懇願する。
彼は恐る恐る本体に触れた。何も起こらない。そっと引っ張っても変わりないので、力を入れて引っ張り始めた。
「痛い!気をつけろ!」
「管が皮膚の中にもぐりこんでるみたいだ。これ以上引っ張ると、肌が破れちゃうかも、、。気分はどう?」
こんな気分だ!と殴りかかるバクをテンマはかろうじてかわした。
「助けてやろうとしているものを殴ろうとなんかするな!バカ!」
「俺は馬鹿じゃない!」
「バクはイノシシだ!野ブタ!」
テンマの代わりにセリカが叫んで、二人の間に割って入った。
「猪突猛進型は早死するといっただろうが!!」
「仲間割れをするようなやつは村に帰れ!」
シオンの声に、バクはつかみかかるように手を伸ばした。腕にひっついた奇妙なものが光った。
ああ!!
誰もが息を止めシオンの胸の横に現れた黒い焦げ跡を見つめた。赤いものがその周りに広がる。
「お、俺のせいじゃない!」
悲鳴のような声を上げながらバクは逃げていった。
誰も動かない。
いつも子分のようにバクのそばにいるキリンすら、あっけにとられたままその場に釘付けになっていた。
シオンが崩れ落ちるように倒れた。ミオはようやく彼女のそばに駆け寄り、胸の傷を抑えた。
「救急箱!」
セリカはその声に弾かれるようにほら穴に駆け込み、救急箱はもちろん、役に立ちそうなものを手早く集めた。
応急処置をして、皆でシオンを彼女の部屋に運んだ。
ミオを始めとする二、三人が手当のために部屋の中に入ってからしばらくたった。ドアが開いた。隊長たちの個室には、他の皆とは違ってちゃんと扉があるのだ。
ちらっと中が見えた。花模様のきれいなベッドリネンが、今は血にまみれていて、セリカは思わず目を逸らせた。
「シオン、大丈夫なの?」
待ちくたびれていた皆が聞いた。
「血は止まった。肺には届いてなかった。化膿さえしなければ大丈夫だと思う」
疲れ切った様子でミオが言った。
「あれは何なの?」
弱々しくテンマに聞く。彼は首を横に振った。
「容器を調べたけどなんの説明もなかった。でも刻印があった。後で村に行って機械屋のじっちゃんに聞いてみる」
***
セリカとテンマは丸太に腰掛けて、戦利品の汚れを落としていた。遠くでは皆が駆鳥の世話をしたり畑を耕したり、ともかくやり慣れた事をしていた。
シオンは怪我をし、怪我をさせたバクは逃げてしまった。皆、隊長が倒れてしまって不安なのだ。
「お前、髪にカメムシ、付いてるぞ」
「えっ?屁こき虫!? 」
テンマにに言われてセリカは激しく頭を振った。
「取れた?」
「いや」
テンマが手を伸ばした。
「アタシはカメムシでも屁こき虫でもない!」
セリカの耳元で何かが叫んだ。
「カメムシが喋った!」
「アタシはカメムシじゃない、といっただろうが!トンマ!」
「俺はトンマじゃない!テンマだ!」
「カメムシじゃないなら、何なの?」
セリカは恐る恐る聞いた。なんたってまだ彼女の髪に引っ付いているのだ。怒らせなくなかった。
「アタシはアーティフィシャル ライフ フォーム、ザ セカンド ジェネレーションである」
「いくすきゅーず みー?」
「カルフ ザ セカンドと呼べ」
「かるふざせ か?」
なんだか悪ふざけのような名前だ。
「カルフじゃダメ?」
カメムシはセリカの髪から離れて、彼女の眼の前で空中停止した。
カメムシって空中停止なんかしたっけ?
「言葉には意味があるのだ。ましてや名前には大きな意味がある。お前らの名前にだって意味があるだろうが!」
「だって、、あまり長い名前は、覚えにくいし、、」
「ほ、ほら、愛称っていうのがあるじゃないか?」
テンマも言った。
カメムシはしばらく黙っていた。
「おおまけに負けてやる。カルフでいい」
「カルフは、、何?」
「今、言ったばかりだろうが!」
「カルフは何が出来るんだ?」
テンマが言い直した。
「何って、、何がしてほしいんだ?」
して欲しいこと?
「おやつ、食べたい!」
反射的にセリカは言った。お腹が空いていた。
バカか、お前は?テンマがささやいた。手がないのにおやつなんて作れない、と言う。テンマは理屈っぽいのだ。しかしカルフは、
「甘いものが欲しいのか?食用の実のありかならわかる」と言った。
「どうやってわかるんだ」
「匂いでわかる」
「鼻なんてないんじゃないか」
とテンマがいぶかし気に聞くと、
「アタシには触覚がある。空気中の微妙なニオイ成分を感知しそれが何かを多くの情報の中から識別し一番適切と思える回答を見い出し、、」
カルフはわけのわからないことを、長々と並べたてた。
「匂う、でいい」とテンマ。
「案内してくれるの?」
本当に木の実はあった。鮮やかな青い実のついた茂み。毒だと言われていて誰も食べたものはいなかった。
「毒なんじゃないの」
「選び方が悪いのだ。触ったら落ちるような実だけ選べ」
恐々、試しに一粒つまむ。大きなトゲに引っかかれたが青い実は思いがけず甘かった。続けて一粒、、また一粒、、。
セリカは久しぶりに甘いものを食べた。思わず微笑みが浮ぶ。テンマは手や口を青く染めて頬張っている。
「テンマってどういう意味なの?」
カルフが言ったことを思い出してセリカは聞いた。
「天の馬。天高く駆け上がれ、という意味でじいちゃんがつけたんだって。じいちゃんなんて覚えてないけどさ。セリカは?」
「セリの花。誰がつけたのか知らない。でも花言葉は知ってる。清廉、高潔、、。貧乏でも高潔であれって、、ひどいよね。もうはじめっから貧乏だ、と決めつけられてるようなものだよ」
「セリの花って結構キレイだ」
珍しく、テンマがほめるようなことを言った。
「芹は食用植物である。豊富な栄養があり香りの成分にはリラックス効果がある上、、」
「わかった、わかった」
「カルフはどうして私にくっついてきたの?カイトに乗っていた私にくっついたんだよね?」
わけもなくそう思った。
「若様がおかしくなられた。よくわからない。アタシは一時気を失ったらしい。気がついたら若様の腕に変なものがついていた。初めは違う人かと思ったがでもやっぱり若様なのだ。だけど呼んでも応えていただけない。不安になった。それでもそのうち応えていただけると思ってくっついていた。でも何かが光って凄く嫌な感じがして、、吹き飛ばされたのだ。怖かった」
「不安?怖い?」
機械のくせに怖いだなんて、とテンマ。
「アタシは機械じゃない!アーティフィシャル ライフ フォームだ!アタシは衝撃を感じた!若様とコミュニケーションが取れないのが正常ではなく状況が今まで経験したどれとも合致せず、、」
「怖い、でいい」とテンマ。
「、、その時アタシは何かを見た。夢中でしがみついた。それは満天の星を宿す漆黒の河のさざ波のようなのになぜか干し草の匂いがした。静かで落ち着いた」
「?」
意味不明、テンマとセリカは互いをを見交わした。それに、
「若様って誰?何でそんなふうに呼ぶの?名前はないの?」
「若様は砂に埋もれていたアタシを見つけて治療してくださったお館様の息子様である。お館様は時代劇のファンであった。そう呼ぶように設定されたのである。息子様のお名前は鳳凰様である」
治療とは直した、ということなのだろうが、時代劇?なんだかまたワケがわからない答えが戻ってきそうだと思って、
「あのキャラバン隊は、、何なの?」と聞いた。
「コメコ ドーム防衛隊の試作武器を運ぶだけではなく試すための実用化に向けた実験部隊である」
コメコ ドームは村に一番近いドームだが、近いと言っても徒歩では数日かかる。
「実験部隊って、あれは、、ニンゲン、、なの?」
セリカは彼らの機械的な行動から、話に聞いた人間型ロボット、アンドロイドではないかと思ったのだ。
カルフが、ポトリと地面に落ちた。
「あ、死んじゃった」
「壊れただけだ。それともエネルギー切れかな?」
テンマが顔を近づけると、カルフは腹を上にしてひっくり返っていた。
どうしようか?二人がそこらにあった棒で突っついていると、カルフは動き出した。
「情報が途絶えて衝撃を感じた。ドームの外の闇ネットは不安定であり危険だ。身を守るために一時停止した。そのデータはアクセス不可能である」
「カルフはこれからどうするの?」
セリカは、また屁こき虫にくっつかれるのは嫌だった。
「若様の姉姫様のいらっしゃる荘園に戻る。姫様なら若様がどうしてしまわれたかわかるかもしれない。アタシは長距離移動ができない。
それでセリカにくっついたのだ。おやつ、探してやった。手伝ってくれるのだろう?」
なんだ、そういう裏があったのか、セリカは癪に障ったが、邪険に断るのもなんとなく気がとがめた。
「協力はしてもいいけど、、その前にバクの腕に絡みついたあの、、武器について教えてくれない?」
「前に調べた、ということを今の衝撃で思い出した。若様の腕についたものと似ているのだ。だがあの時の記憶ははっきりしない。不安だ。あのデータはアクセス不可能である」
とカルフはブルッと震えて、セリカの髪にもぐりこんだ。
「バクは見つかったの?」
広場に戻って、一番初めに出会ったキリンに聞いた。彼は首を横に振った。
「シオン、熱出した。ミオが看護してる」
カルフのことは黙っていよう、とセリカとテンマは決めていた。
広場にはまだ、戦利品がおいてあった。溶けた容器の内側にカルフはとまった。
「アーティフィシャル ライフ パーツすなわちアルパがこの容器には入っていた。アルパには独自のエネルギー源がないのだ。容器が必要なエネルギーを供給していたのだろうがそれが壊れて手近なものに接続したと考えられる。焦げて残っている残骸から察して正常に機能しないと考えるのが妥当であろう」
「壊れてるってこと?」
「細かい数字と述べてもお前らにはわからないだろうから小数点以下を四捨五入して82%の確率である」
「壊れたものをくっつけてるバクはどうなるの?取れないの?」
「アルプの性質上修復機能が作動しないとは言えないが正確な回答はできない。不明部分が多すぎる」
テンマは少し考えていた。
「独自のエネルギー源がないのに武器が働いた、ということはバクからエネルギーを取っている、ってことだ」
「それってあまりいいことではないよね?」
テンマは肩をすくめた。
日が暮れてからセリカとテンマは村に行き、こっそり機械屋のじっちゃんを訪ねた。
村人は、関守を厄介者のように考えているからだ。
しかし実際には白狐隊のほとんどのメンバーはこの村出身で、物品を交換する持ちつ持たれつの関係なのだった。
じっちゃんはひとりきりで村はずれの薄暗い洞穴に住んでいる。
機械好きだが人間嫌い、と言われている。
だがテンマにとっては気が向けば機械について教えてくれる、気まぐれだが優しい人間でもあった。
二人で見たことやバクの腕にくっついたものを説明したが、じっちゃんは聞いているのかいないのか、それについては何も言わず、カイトの調子はどうだ、と聞いた。
カイトは、彼に教えられてテンマが作ったのだ。
「二人乗りが楽にできる、大きなカイトを作りたくないか?」
じっちゃんは言った。今あるカイトは二人乗りはかなり厳しい。小柄なセリカとテンマが乗るだけで、スピードは落ちるし、エンジンを稼働し続けなければならない。テンマも新しいカイトを作りたいのは山々だが、今はそれどころではない。
「材料が手に入れば作りたいけど、今、言ったようにシオンが怪我したんだ。余裕ないよ」
材料は、カイトがあれば白狐隊の役に立つ、とシオンの同意を得て都合してもらったのだ。エンジンを見つけられたのは奇跡に等しい。シオンのコネのおかげだったので、テンマが作ったと言っても、彼の自由にはならなかった。
じっちゃんは長いこと何も言わなかった。それどころか奥に入ってゴソゴソ何やらやり始めた。
こりゃだめだ、とテンマが立ち上がったとき、彼はなにかの機械を抱えて戻ってきた。
「ドームの連中は、また訳のわからないことをおっ始めようとしているのだな?困ったことだ。世界がこんなふうになった原因が、生半可な知識を振り回したせいだ、ということが理解できないのだ」
セリカとテンマは顔を見合わせた。
奇妙な武器について尋ねにきたのだ。世界が今の状態になった理由を聞きに来たのではない。
しかし彼は、その機械をいじりながら続けて言った。
「人を動かす動機は愛憎を除けば、大抵、金や権力だ。手っ取り早くそんなものを手に入れるためには武器が必要だ。
昔はナノ マシーンなどもあったがコントロールできなくなった。
その後、生物の神経と結合する物質が見つかって、肉体に馴染む武器をつくる技術が進歩した。人間の意志でコントロールできる方がやっぱり安全だ、と思ったんだろうよ。
とはいっても、これらは全て磁気軸反転期以前のおとぎ話だよ。真偽の程はわからん。 容器についていた刻印から察するに、その技術がお前らの見たものに使われているんだろう。
今のネットはそれぞれのドーム都市が管理している。フリーネットと呼ばれるドームの外の闇ネットは、誰が管理しているのかすらわからん。武器に関する情報にアクセスするのは危険だから、この程度のことしかわからんよ」
「でも、あの武器は昔からあったということ?」
「持ち主の神経と結合し、その生命体のエネルギーを利用する武器はあった。その一つはサイキガンと呼ばれていた。
だが人間の心に悪影響があるのがわかって発売禁止となった。もちろん軍隊は別扱いだったろうな。その技術は失われたはずだが、再開発しているようだ」
その時、外で悲鳴が聞こえた。そっと外をのぞくと、人が逃げ惑っているのが見えた。
「あ、バクだ」
バクがサイキガンを振り回している。あちこちに青白い光が発射される。無目的というわけではなく、食料を奪うためのようだった。
バクは片腕を振り回しながら、もう一方の手で家々の軒先にぶら下がっている干し柿や干し魚を掴んで、ものすごい勢いで食べていた。
「腹が減るんだよ。人の体が焼けるような高熱を発射しているのだもの。自分の命を削って武器を使うようなものさ」
ええっ!? とセリカとテンマは息を呑んだ。じっちゃんは続けて言った。
「あれにつけられた傷は治らないと聞いた。よほど深く幅広く取り除かないと、ゆっくり毒素がひろがっていくらしい」
「じ、じゃあシオンの傷も!?」
シオンは胸を撃たれた。深く広く取り除くことなど、この村で出来るはずもない。
「他にどうしようもないの?」
「中和薬はあったはずだが、今はどうだろう?人口大増加のはての急変期、人類の数は大減少し色々な知識が失われてしまった。なのに戦う気力だけが残っている。武器だけが蘇る」
「カルフはサイキガン用の中和薬って知っているの?」
アジトに戻りながらセリカは聞いた。
「サイキガンと聞いて知っているような気もしたのだが思い出せない。これはカルフにとっては異常事態である。先程述べた通りアタシの記憶は欠落している。その部分を再生できないか試したが成功しない。お館様の荘園に行けばなんとかなるかもしれない」
「カルフは、若様の姉姫って言う人がいる荘園に帰りたいんだね?協力したら、中和薬について調べて探してくれる?」
「、、保証はしないが全力を尽くす」
周りに誰もいないのを確認してから、ミオにサイキガンのことはもちろん、バクの行動も伝えた。
「バクは、前からリーダーになりたがっていた。ここを引き払ったほうがいいかもしれない。あんな危険な武器を振り回されたら、皆殺しにされてしまう」
ミオは悔しそうに唇を噛んだ。同時にとても心配そうだ。
シオンとミオはいとこ同士なのだ。一緒に育ったので、姉妹に近いのかもしれない。シオンの両親が死んで、彼女と彼女の兄イッセイは、ミオの両親に引き取られたのだ。
引き取られたのは兄妹には残された財産があったのと、シオンの美しさが金になると考えたからで、同情心からではない。何しろミオの父親は村長で、玉の輿グループの責任者なのだ。
ミオも玉の輿グループにいたのだが、ある日、二人で木に登っていたら枝が折れ、シオンは地面に落ちた。
二人とも、かなりお転婆だったらしい。シオンは顔に傷ができてしまって村長は怒って追い出そうとした。
しかし、イッセイはとても頭の良い人だったようで、そうなる前に村長のタブレットから情報を盗み出し、弱みを握っていたのだ。
結果、バギーや駆鳥などを手に入れて村を離れ白狐隊を作った。ミオも加わって、いつの間にか人数が増え現在に至っている。
「白狐隊は一時解散する。私たちはどこかに隠れてシオンの治療に専念する。セリカとテンマは薬を探しているくれるね?」
うん、とうなづき二人は出発の準備をすることにした。
他の皆はともかくとしてキリンに知られたくなかった。彼は悪賢いのだ。強いものの味方につく。
バクの子分のように振る舞っているのは、別に彼が好きだからではなく、大きく腕力も強いバクのおこぼれに授かりたいからだ。
シオンが毒素に侵されているなどと聞いたら、何をバクに吹き込むかわかったものではない。
だが、だからこそ逆に、あの武器が本人にとっても危険なのだと知っておくべきだ。そう、テンマは言ってキリンに近づいた。
「あのさ。機械屋のじっちゃんと話したんだけど、あのバクの腕に絡みついる武器はサイキガンと言って、持ち主の生命エネルギーを使うから危険だって言うことだ。教えてやりなよ、友だちならさ」
テンマはわざと、友だち、という言葉を使った。キリンはそう言われて意外そうだった。しかし、そうか、と言って村の方に歩いて行った。
「姉姫様ってどんな人?名前は?」
「美蕾様、という。その名の通り花開くような美しいお方である。お気の毒なことにおみ足が悪いのだ」
「ねえ、ねえ、私のこともセリカ姫って呼んでよ」
ふと思いついてセリカは言った。
「姫様のような尊称はお館様のご家族様と特別なご来客の方々だけに使うように設定されている」
なんだ、とセリカはうつむいた。お姫様、と一度でいいから呼ばれてみたい。
セリカの姉はしばしば、姫と呼ばれていた。幼いセリカがみても美しい人だった。彼女は母親に愛されていた。少なくともセリカはそう思った。
セリカが泥んこになって畑仕事をしている時も、姉は家の中にいて刺繍をしたりお作法のお稽古などをしていた。日に焼けると黒くなって価値が下がる、と母親は言った。
何年も前に玉の輿行列に加わって行ってしまった。それっきり何の連絡もない。
母親はあの日、美しい布やたくさんの珍しい食べ物を持って帰った。セリカは目を輝かせたが、何も分けてはもらえなかった。それどころか役立たず、姉の半分でも美しければ、、となじられた。それでセリカは家を出て白狐隊に加わったのだった。
白狐隊の一員として、セリカは家にいたとき以上に働いた。だが、それは他のメンバーも同じだった。セリカだけがこき使われたわけではない。
手に入れた金品で買った食べ物や服は、必要に応じて分けられた。余裕があればシオンやミオの取り分となった。
かと言って彼らがそれらを独り占めするわけではない。バギーや他の機械は維持費がかかるのだ。
それに手柄を立てた者には、ご褒美がでた。
セリカは手柄などたてたことはなかったが、ミオは参加賞、と言ってキャンディーなどを分けてくれた。キャンディーは色とりどりで、甘いだけではなく宝石のようにキレイだった。
家にいるときよりずっと公平だと思った。何より、役立たずとか場所ふさぎとか言われずにすんだ。
他の仲間も似たりよったりの境遇だった。
幼なじみのテンマは両親が死んで、面倒見てくれるはずの叔父夫婦にいビリ出された。
彼は機械屋のじっちゃんのお隣さんで、小さいときから機械の扱いに慣れていたので、白狐隊でも重宝されていた。
ご褒美もよく貰った。それらはたいてい工具だったが、食べ物だったりするとセリカにも分けてくれた。
「セリカ姫!」
と声がした。驚いて振り返るとテンマが笑い転げていた。
「姫様なんて、全然セリカに似合わない!」
「うるさい!トンマ!」
少なくともセリカとテンマは言い合いができた。
母親に口答えなどしたらひどい暴言が返ってくるだけでなく、ひっぱたかれた。食事ももらえず、畑から大根を取ってきて生でかじったこともしばしばあった。
白狐隊での生活は大変でもあったが、セリカには楽しいものだった。
だがそれはシオンやミオが好きだったからだ。
二人とも特別、面倒見が良いわけではなかったが、ヒマがあれば読み書きなどを教えてくれた。怪我すれば、薬などを探してくれた。
だからバクに乗っ取られた白狐などはゴメンだった。武器で脅されて子分のように扱われるのは目に見えている。
早く治療薬を見つけてシオンに元気になってもらわなければ、、。
食料、水、燃料を集めて出発することにした。
「ホウオウっていうミライさんの弟さんは、彼女の足を治せる人を探しに館を出たんだよね?」
「お館様は美蕾様が自由に動けるようにとずっと研究をなさっておられた。しかしおととしお亡くなりになった。鳳凰様はコメコ ドームで開発された新しい技術で治せると思われた。でもコネがなければドームでの治療などは受けられないのだ。それでドームで募集していたボランティアに参加するために出かけられたのだ」
「ボランティア?」
「何のボランティアかわからない。アタシは忠告したのだ。でも鳳凰様は募集人数限定。先着順で高報酬という言葉に惑わされて調べもせずに参加してしまわれた。お目付け役のアタシはカタナシである。アタシは悲しい。うる うる うる、、」
「あの、、ウルウル、、っていうのは?」
「泣けないアタシが悲しんでいることを示す擬音語、オノマトペである」
「悲しい? キカイのくせに!」とテンマ。
「アタシはキカイではない!アーティフィシャル ライフ フォームであるといっただろうが!」
「あの、、そのアーテ、って、、何?」
何度、聞いてもわからない。
「アルフ、すなわち擬似生命体である」
カルフは言い直した。
「アタシは学習機能のあるセカンド ジェネレーションであり最新式に劣らないとお館様はおっしゃった。カーボンベイスなのだ」
気のせいかカルフの声は誇らしげに聞こえた。
「感情は学習で得るものではないよ。理屈じゃない」
テンマがバカにしたように笑った。
「光に惹かれ闇を恐れるといったような原始的感情は熱の作る海流に生まれた原始生命体の本能に刻まれた単なる反射機能から始まったものである。しかしながら誇らしいとか悔しいとかいう複雑な感情は経験で得るのだ。アタシには感覚がある。感覚は経験を生む。経験から学習するのである」
う~ん、とテンマ。納得できないが反論もできないのだ。
「もう寝ようよ。明日はずっと飛ぶんだもの」
カルフの言う荘園は、コメコ ドームの先。ドーム上空を飛ぶことは禁じられているので、迂回しなくてはならない。
ともかくそこは、セリカたちが行ったこともない遠くにあるようだった。少なくともカイトで二日は見ておいたほうがいい。
***
翌朝、荘園を目指して飛び立った。
二人乗りは思った以上に大変で、燃料も消費した。
カイトは光起電力で動くのだが、それだけでは足りないときは燃料を使用する。
二人はしばしば休んだが、それでも日が傾く前に疲れ切って何処かで野営することにした。
「あ、煙。左手、みて見ろ」
遠くに煙がたっている。
「うかつに近づけないよ。誰がいるかわからないもの」
「あの方向って確か山猫隊のアジトがあるんじゃないか?」
「だったらなおさら、、」
「あんな煙の登り方って変だ。近づいてみよう」
何本も煙が立ち上っている。たしかに普通ではない。上昇して近づいた。山猫の旗があった。
「やっぱり山猫のアジトだ。なんか様子が変だ」
煙を上げていているのはバギー、そしてアジトそのものもくすぶっている。色々なものが散らばっているように見える。
「低空飛行で詳しく見てみよう」
荒らされているのは確かだった。横たわった人影が見えた。
「降りてみる?」
カイトを少し離れたところに着地させた。
「危険がないとは言い切れない。セリカはすぐ飛び立てるようにここにいろ。俺が見てくる」
そう言い残してテンマは山猫隊のアジトに向かった。
「カルフも行ってくれる?」
「わかった」
テンマは用心深くあたりを探ってから、唸り声を上げている人影に近づいた。
「おい、何があった?」
合皮のジャケットやジャラジャラつけた宝飾品から、隊長か副隊長ではないかと思った。そのジャケットは大きく焦げていた。
「ガセネタ、信じちまった。みんな死んだか連れてかれちまった。ドームの連中の言うことなんか、信じるべきじゃなかった、、」
そう言ってその男は黙った。テンマは彼を起こそうとしたが、もう息もしていなかった。セリカが近づいてきた。カルフが危険はない、と知らせたのだ。
「死んじゃったの?」
「埋めてやろう。セリカは見るな。布を探してこい」
爆弾でも破裂したのか、地面にボコッと開いていた穴にテンマは布で包んだ遺体を安置しようとして気が付いた。
すでに遺体が数体並んで置かれている。
革ジャンの男が仲間を葬ろうとしていたようだ。
セリカと二人で土をかけ、岩をいくつも重ねて獣に掘りおこされない程度の塚を作った。
「ドームの連中にガセネタつかまされた、と言った」
「ドーム?なんで?」
「実地訓練、、かもな」
人間を訓練の標的にするなんて、、セリカはゾッとした。
山猫隊のアジトは燃えていたが、使えそうなものは色々あった。隠しドアの奥の保存庫は無事だったのだ。
カイトでは運べるものには限度があったので、燃料や食料を補充しあとは隠した。
コメコ ドームを迂回してしばらく飛ぶと、間もなく遠くに山が見えてきた。川もある。高山に積もる雪が溶けて、川となって流れている。川に沿って木々が生えていたが、それ以外はなにもない。多分、川は季節的なものなのだろう、と予想がついた。雪が溶けきれれば干上がってしまうのではないか?
「着いたよ。ついたよ」
また少し飛んでから、カルフが嬉しそうに言った。
「何もないよ」
眼下はどこまでも続く赤い荒れ地だ。
このあたりは砂地のようだ。赤い砂丘。枯れて白くなった木が数本立っているだけで、何も変わったものはない。
「見えないようになっている。鍵のないものには見えない。アタシには見える。アタシが鍵だ」
カルフの言うままに着地した。
「カイトは木につないで隠した方がいい。この場所が知られたら大変だ」
セリカたちはカイトの翼をたたんで、カモフラージュ用の布と砂で隠した。
「アタシの言うように歩け。道から反れると次の鍵が開かない」
ふ~ん、厳重なんだな、と思った。
当然なのだろう。ドームでも村でもないところに住んでいるのだから、周りは危険でいっぱいなのだ。
「姫様、姫様。第二の鍵を開けてくだされ。カルフ ザ セカンドが戻ってまいりました」
カルフが歌うように言った。
何か音がしたが、あたりに変化はなかった。しかしカルフの指示通り歩くと、地下道のようなトンネルがあった。暫く進むとようやく変化が現れた。水の音がする。
トンネルを抜けるとそこは、、
楽園だった。小川があってたくさんの植物が生えていた。花が咲き蝶が舞い、虫の羽音がした。美味しそうな実をつけた木が何本もあった。
ああ、、この世のものとは思えない。こんなに美しい場所があるのか?
セリカだけでなくテンマも口をぽっかり開けて見とれている。
花の乱れ咲く園。その中にひときわ美しく大きな花が咲いていた。
桃色から薄紫に、黄色から橙色に、、幾重にも重なった花びら、、のように思えた。しかしそれは美しい裾の長い衣だった。その真中にたたずむ女性の姿があった。
なんて不思議な髪の色をしているのだろう、とセリカは思った。
薄い茶色の長い髪。化粧などはしていないようなのに、ほんのり染まった頬、桃色珊瑚の唇。
着飾ったお姉ちゃんよりずっと、ずっときれいだ、、セリカはうっとりと見とれた。
「ようこそ。美咲荘園へ。私は美蕾といいます」
小川のせせらぎのように静かにその人は言った。その女性は滑るように近づいてきた。
足、、悪くない、、セリカは思った。だが動きが人間ではない。文字通り滑るように動くのだ。歩いていない。低い静かな音が聞こえる。
「足が悪いのです。お気になさらないで下さいね」
ニッコリと微笑む口元の美しさ、暖かな紫と言っていいような目。優しさがにじみ出ている。
「姫様、姫様!美蕾さま!」
カルフは叫んだ。
「カルフ ザ セカンド。一体何があったの?」
カルフはミライにくっついてしきりにズブブ、、と音を立てていた。
しばらくして彼女は顔を上げ、途方に暮れたようにセリカたちを見た。
「私たちはホウオウさんについては何も知らないの」
聞かれもしないのに、セリカは答えた。
「それは聞きました、、。長い道のりをわざわざカルフを送って頂いて、お手数をおかけしましたね。ゆっくりお休み下さい。、、お腹空いていらっしゃるわよね?なにか用意いたしましょう」
滑らかなスロープを行くと、いつの間にか建物の内部に入っていた。前面が庭に面して開いている。大きな広間のようだ。
夢のように美しい食事、、というより果物や野菜が運ばれた。運んでいるのはテーブルに車輪のついた機械だった。勝手に動いて止まった。
「私はお料理が苦手なの。それにここにはお肉がないのよ」
ミライは微笑んだ。
「こんな甘い果物、食べたことない!」
はっきり言って見たこともなかった。何もかもが大きく色鮮やかで、甘いのも甘酸っぱいのも、みな美味しかった。
二人は息もつかずに食べた。飲み物はハーブティー。爽やかな味が喉を潤す。蜂蜜が入っているのか、かすかな甘味もある。
料理は苦手、とミライはいったがフワフワのパンと焼菓子もあった。
「あなた方のお友だちは傷ついて、それはサイキガンによるもの。鳳凰がつけていた武器と同じように思えるが、彼はそのせいかカルフ ザ セカンドと会話ができない状態になってしまった、、。そしてカルフ ザ セカンドはあなた方に治療薬を探すお手伝いをする、と約束した、、そうですね?」
「そ、そうです!」
テンマは、口に入れたばかりの姫トマトを丸呑みにしてから言った。
「保証はできないが全力を尽くす、と言ったのです」
カルフは訂正した。
「鳳凰様はどうなされたのでしょう?」
「今、考えています。どうしたのか私にもわからない。サイキガンについては父たちの残した記録にあるでしょう。デジタル化してないの。カルフ ザ セカンドはあの膨大な記録をどのくらいで読めるの?」
「膨大とは無限に近いのですか?」
「無限ではありません。図書室の長い方の壁の棚にある本の、小数点以下は四捨五入して、92%ほどです」
「美蕾様。お言葉ですがそれは膨大とは言いません」
「それはカルフ ザ セカンドと私の、数の大きさの概念の差によるもの。それを討議しようとは思いません」
「それではそれはお言葉のもままに受け入れましょう。
話を本に戻して誰かがページをめくってくれるのならその時間プラス1秒で読めます」
「必要のないものはすぐに消去して、サイキガンの中和薬と鳳凰の行方の手がかりになりそうなものだけを残して欲しいの」
「読んで必要性の有無を判断するにはページ毎に2.2秒カテゴリーを決めて記憶するのにさらに1秒かかります。
本棚から出し入れする時間も必要です。活字ではなく手書きだった場合にかかる時間は予測できません」
なんか奇妙な会話だ、とテンマはセリカをつついた。普通の人の喋り方ではない。そういえばミライの他に人を見かけない。
「あの、、ミライさん。ここには他に人間はいないの?」
「お父様と一緒にここに来た人たちは皆、亡くなりました。出ていってしまった方々もいる、、それぞれの分野で素晴らしい知識を持った人々でした。とあるドームの軍事独裁政権を嫌って逃げました。
彼らは自分たちの知識を書き残しましたが、デジタル化しませんでした。設備もなく生きるのが精一杯だったのでしょう。時が経ち、父も亡くなり、鳳凰もいなくなって私は一人になりました。
カルフが信頼して招いたあなた方を私も信じて言っているのですから、この荘園のことは他言無用と考えて下さいね。人々の注意を引き付けたくないのです」
足の悪いミライだけがこの屋敷に住んでいるのだ。恐れる気持はよく分かる。だが彼女独りでこんな広い荘園を手入れできるのか、と驚いた。
「環境に適した植物群なので手はかかりません。機械があるし、話し相手はカルフ ザ セカンドのようなカルフたちがいてくれる」
カルフたち?
「カルフがいっぱいいるの?」
「皆、個性があるのよ」
とミライは、また微笑んだ。
「セカンド ジェネレーションですもの。元は同じだけれど、同じ経験をしても成長の仕方が違うの」
「元は同じ?同じなのに違う成長?」
「機械と違って化学反応を利用した擬似生命体は、同じには反応しない。環境は一センチずれても違うのですもの。とても不思議よ。
二つのコガネムシ型カルフを左右につけて数日過ごすとそれだけで個性が出てくる」
ひとりでも淋しくはなさそうだ、とセリカは思った。
「コガネムシ?カメムシじゃないカルフもいるの?」
カルフがピクッと動いた。
カルフ ザ セカンドはその言葉が好きじゃないから使わないでね、と小さい声でミライは言った。そして、
「大きくするには時間がかかるから、たいていは小さいわ。今、一番大きいのはタマリン型」
「おサルさん!? 」
「手が使えるから便利よ。カルフ ザ セカンド、たまちゃんにページをめくってもらいなさい。すぐ始めてくれる?」
「わかりました。美蕾様」
そう言ってカルフは、ブンブンとわざと音をたてて飛んでいった。
ミライはその姿が廊下に消えるのを見て言った。
「鳳凰と何処かに行って帰ってきたら、カメムシという言葉に敏感に反応するようになったの。なにか冷たい言葉を投げつけられたのかしら?言葉だけでなく、それを言った人の感情を感知するのでしょうね」
「感情がわかるの?」
屁こき虫と言ってしまった、とセリカは少しうしろめたかった。ただの名詞だ、といえばそれまでだが、軽蔑的響きがある。
だからといって、虫にまで気を使って話さなければならないのではかなわない。
「感情ではなくって、、心臓の鼓動やホルモンの分泌、そんなものの変化を感知するのよ。今は、カルフ ザ セカンド以外のカメムシ型はいないわ。あの子がこの荘園では全てのカルフの原型なの。
父たちはあの子を元にして、他のカルフたちを作ったのよ。だけど、うまくいかない、と嘆いていたわ。
長く存在していて一番経験があるから、あの子はそれを誇りに思っているわ」
あの子?誇りに思う?セリカとテンマは顔を見合わせた。
「人間のお客様なんて久しぶりよ。私はカルフに囲まれているのに慣れてしまった。きっとおかしな話し方をしているでしょうね。お気になさらないでね」
とミライは言い訳するように言った。
カルフが本を読んで情報を集める間、セリカとテンマは館の内部を案内してもらった。
壁も床も天井も境目のない滑らかなものでできている。色は白に近いクリーム色で、窓がないのに適当に明るい。階段も部屋の境もなく、すべての坂は緩やかである。
ロボットと言えるような人工頭脳を搭載した機械はない、と言われた。
自動の機械にテンマが夢中になっている間、セリカはザリガニを取って茹でたり、魚の料理を作ったりした。
食べられるものがたくさん川や池ににいるのに、足が悪くて捕るのが大変なのが食べない理由らしい。
ミライは水に落ちてしまうのが恐ろしい、と言った。
セリカはミライが好きなとき食べられるように、と思って魚をたくさん取って酢漬けにしたり日干しにした。
「ありがとう。セリカは気が利くのね。お魚をさばくのもとっても上手」
褒められるのは初めてだった。嬉しくて頬を染めた。家族にも抱かなかったような親しみを感じた。
「、、ホウオウさんが向かったドームはコメコ ドームなの?」
「ええ。ここから一番近いドームよ」
コメコ ドームは、白狐隊のアジトからも一番近いドームだ。
「昔はどこにでも擬似生命体がいたそうです。でもそれらを軍隊が武器化、政府を攻撃し、軍事政権を成立、そのうち自滅してしまった、と聞きます。鳳凰もその話は知っているはずだったのに、、。
葬られたその技術を誰が再開発したのやら、、恐ろしいことです。何に使おうというのでしょう?」
それを聞いてセリカも不安に思った。何に使おうというのだろう?
夜になったのか、建物の内部全体が薄暗くなった。しかし真っ暗というほどではない。広間を出てミライに連れられて歩く回廊には、足元を照らす明かりもあった。
「テンマはこの部屋を使ってね」
ミライは明かりのスイッチを入れて、部屋の説明をしてくれた。
ベッドには青い幾何学模様のベッドカーバーがかかっている。
バスルームなどというものがあり、蛇口をひねればお湯が出る。
セリカもテンマも、蛇口など村長の家の庭で見たことがあるだけだ。それは水しか出なかった。
上の方からお湯が降ってくる、シャワーというものもあった。
「後で着替えを持ってくるわね」
そう言ってミライは、今度はセリカを部屋に案内してくれた。
ベッドカーバーは花模様。等身大の鏡がある。
鏡の中に、花のような女性の隣に小穢い痩せっぽちの子供が立っていた。
セリカはその時初めて、自分がどんなにみすぼらしい格好をしているかを知って、うつむいた。
そのセリカの肩にミライが手を置く。
「長旅は大変だったでしょう。バスタブでくつろいでね。セリカに合いそうな寝間着を探してくるわ」
優しい言葉がかえって哀しい。
それでもミライが出ていくと、セリカはバスタブにお湯を張った。尽きることのないお湯、、。ドームの生活ってこんなふうなのだろうかと想像した。シャワーを浴びて、バスタブで手足を伸ばした。
お風呂から出て、まずタオルの白さに、本当にこれで水気を取っていいのかしら、と戸惑った。ミライから自由に使ってね、と言われたのだが気がひけた。初めは恐々手に取り、フワフワの感触に思わず顔を埋めると、いい匂いがした。
バスルームを出ると着替えがベッドの上にあった。
薄い素材の水色のネグリジェはヒラヒラがついていて、まるでドレスのようだ。一緒においてあった、ゆったりとしたコートのようなものも水色だった。
これって、シオンやミオの持っているナイトガウンってやつだろうか?
鏡を覗く。似合う似合わないではなく、キレイなものを着ているというだけで嬉しい。ナイトドレスは勿論、ナイトガウンもシオンたちの持っているものより、ずっと新しく色もきれいだ。
だがその時、血にまみれたシオンのリネンが記憶に蘇ってきて、セリカはゾッとした。
誰かがノックした。扉を開けると、石鹸の匂いのする男の子がいた。
「馬子にも衣装だ。セリカ姫!」
「テンマにはブタに真珠だ!」
そう言って笑いあった。
テンマもすっかりきれいになって、少し大きすぎるチェックの青いパジャマに青いガウンを羽織っている。
「俺、シャワー使った。足元のお湯が茶色になってた」
セリカはバスタブのお湯の色の変化については何も言わなかった。入れたときはきれいな透明のお湯だった。それを見るだけで、身も心もきれいになった気がしたのだ。
ミライが服を持って現れた。
「昔、ここに住んでいた人たちの服なの。少し大きいかもしれないけど、よかったら着て頂戴」
セリカやテンマには、真新しく見える服の数々。二人が目を丸くして受け取ると、ミライは、おやすみなさい。いい夢を、とあいさつして回廊を滑るように移動して消えた。
翌朝、二人が服を着替えて広間に行くと、いい匂いが漂っていた。
「おはよう、よく眠れた?お腹すいた?」
二人がうなずくとミライは、パンケーキという平べったいどら焼きのようなものを焼いてくれた。セリカはそれにジャムや蜂蜜を塗って食べた。ジャムはミライが作ったという。
「蜂蜜もミライさんが作ったの?」
「作るのはミツバチよ。私は集めるだけ」
と言って、クックと鳩のような笑い声を立てた。
テンマはキュウリやトマトを載せて食べていた。ミライは不思議そうな顔をしたが、何も言わなかった。
その後テンマは、また自動で動いている機械を見に行った。
ミライは庭で、セリカの髪を太い三つ編みにして結い上げたり、細かい三つ編みにして花を編み込んだり、と色々試して喜んでいる。
「私が小さなときは、他にも何人か子供がいてこんなふうに遊んだの。だけど、いつの間にか誰もいなくなってしまった。親に連れられて出ていってしまったわ。皆、どこでどうしているのやら、、」
と、少し哀しそうだ。
「セリカやテンマが来てくれて楽しいわ。ああ、セリカの髪には天使の輪っかができる」
と言って鏡を見せてくれた。日差しが強くなって、確かにセリカの頭を丸く囲む輪ができていた。微笑むミライを見てセリカも嬉しかった。
そんなふうに、三日ばかり過ごした。
「姫様、姫様。本はすべて読みました。でもサイキガンについての情報は少ないのです」
「必要のないものは消去した?残す情報は暗号化してロックしたわね?」
「勿論です。美蕾様」
「せっかく読んだものを、どうして消しちゃうの?」
「知識を持つものは危険人物、と多くのドーム政府は考えているのです。特に軍事的知識は覚えないように、と父から堅く言われています。カルフ ザ セカンドは外に出かける機会が多い。武器に関するたくさんの情報を持っていると知られたら、その出所を探られます」
「で、でも誰も知らない知識じゃ、せっかくあっても役に立たない」
とテンマは不服そうだ。
「定期的に情報を流出させている人々はいます。出所がわからない事が重要なの。知識を求めるものは、手がかりをたどって各地に隠されているメモリースティックを見出します。、、読む方にも当然、危険が生じます。皆それなりの覚悟と準備をして読むのですよ。
それよりカルフ ザ セカンド、サイキガンの中和薬をについて何かわかったの?」
「作れることはわかりました。でも材料がここにはありません」
「どこにあるの?」
セリカが聞いた。
「ドームに行けばあると思う」
やはりドームにいかなければならないのだ。
ミライはしばらく考えていた。
「ドームには自由に出入りできません。商品になるようなものを探します。カルフ ザ セカンドはコガネムシたちにキャラバン隊を探すように言ってくれる?通行証を持っている彼らと行動を共にしたほうがいいわ」
わかりました、美蕾様、と言ってカルフは飛んでいった。
ドームに行く準備をした。ミライは蛋白石という石をいくつかくれた。半透明の白い石の中に、七色の光るものが閉じ込められている。
セリカとテンマは値段を聞いて目を丸くした。今まで聞いたことのある金額とはケタ違いだった。
キャラバン隊と交渉するコツも教えてくれた。
「今日と明日、コメコ ドームの市場が開きます。人も増えるので紛れ込みやすいでしょう」
ミライは言った。必要な材料を集めホウオウの行方も探ろうと、カルフは張り切っていた。
「必ずお役に立つ情報を持って帰ります」
「気をつけてね。セリカとテンマをしっかり守ってね」
そうカルフに言って、ミライは二人を振り返った。
「無茶なことはせず危険を感じたらすぐ逃げるのよ。ダメだったらまたで直せばいいのだから」
「うん、大丈夫。気をつける。ミライさんも元気でね」
***
館を出て、セリカたちはカイトでキャラバン隊を探した。コガネムシの情報は確実で、すぐにキャラバン隊が来るのがわかった。
テンマ一人でキャラバン隊に近づき、コメコ ドームに行った兄を探している、仲間とはぐれてしまったのでキャラバン隊に加わりたい、と言った。
そのキャラバン隊の隊長はライリという名前で、とても若かった。
他のむさ苦しい隊員と違ってきれいにヒゲを剃り、なかなか端正な顔立ちをしている。
背もスラッと高く、ボタンのない革のラップコートで身を包んでいた。コートは縁が羊毛で、なかなか上質のものだ。
だが、胸には安全ピンでとめた色褪せたストラップ。その紐に通し入れた石の玉はきれいだったが、テンマですら、安全ピンはやめるとか、紐を新しいものにしたらいいのに、と思った。
しかしテンマはそのことは口にせず、豆粒くらいの小さな蛋白石を料金として見せた。隊長はニッと笑って、連れて行ってやると言い、手をさし出した。二人は握手した。交渉成立だ。
一方、セリカはカルフと一緒に、一足先にコメコ ドームに飛んだ。
ドームの周りを、近づきすぎないように飛んで観察する。
離れて飛んでも、その巨大さに圧倒された。ドームはガラスのように見えるが光起発電ができる素材でできている。
ドーム内部の建物はどれも高かったが、中央に位置する塔はとりわけ高く、上の方になぜか丸い穴が空いていた。
しかもその穴の中に、大きなこんもりとした木がある。まさか本物の木があんな場所に生えるわけがないのだから、作り物なのだろう、と納得した。
他の塔には穴はなかったが、並んで建つその姿は、なんとなく地面から上に伸びた白い氷柱を思わせた。
木々は鮮やかな緑色で、荒れ地では見られないみずみずしさだったが、花などが咲いているような様子はない。白と緑以外の色のない、清潔だが冷たい感じの都市だった。
ドームから少し離れて着地。カイトを隠してから、ドームに向かった。
ドームは高い壁で囲まれているが、外壁の入口は市場が立つ日には開いている。
出店が立ち並んで、ドームの人間の出入りは自由だが、外部から入るにはセキュリティ チェックがあった。
チェックと言っても、四角のゲートをくぐるだけ、禁制品さえ持ってなければ入るのは簡単だった。
警報が鳴って振り返ると、すみません、ただのカンザシです。鋭い金属?まさか、危険物に入るとは知らなかった、、と言い訳している若い男が、乱暴に警備員に連れて行かれるのを尻目に、セリカは中に入っていった。
テンマが石を売ってお金を作るのを待っている間、お店を覗いて必要なものを探すのだ。
沢山の人々で賑わう、色々なものを置いた数ある店。セリカは目が回りそうだったが、やらなければならないことを思い出して気持ちを引き締めた。カルフがアドバイスしてくれるので安心だ。
テンマは、キャラバン隊と共にドームに到着した。
外壁はもちろんドーム自体の入口を通るのも、難しいことではなかった。
武器は防衛用も商品も申告しなければならないが、通行証があるのでご法度品を隠してない限り大丈夫だ。
隊長は、タブレットを使って事前にテンマを隊員として登録していた。キャラバン隊では当たり前のことらしく、偽名を与えられ、生年月日、出生地も間違いなく覚えるように指導された。命がかかっていると思え、と念を押されテンマは緊張した。
しかし実際には、人数があっているかくらいのチェックしかなかった。
カルフは素早く彼を見つけて、セリカに自分も中に入る、と言って離れたが、スキャン装置に気づいて荷物に潜り込んだ。幸いカルフは探知されず、通り抜けるとテンマと合流した。
テンマはライリに付き添われて、宝石商に行くことになった。ライリは、貰った石の鑑定をしてもらうのだと言った。
テンマはほっとした。なにしろドームの中に入ったことはないのだ。
てっぺん近くに穴があき、木の生えているのが中央塔。そこから四方八方に直線に伸びる通路、それを交差する道は、ライリのタブレットで見ると中央塔を中心に円を描いている。
見慣れたものの目には整然としているのだろうが、テンマにはすべて同じに見えた。
ライリがプリントアウトしてくれた地図を見ても、さっぱりわからない。彼は親切に、あちこちで止まり、地図と照らし合わせて目印となるものを教えてくれた。
宝石商に着いてライリが交渉すると、ミライが言った以上の金額で売れて、テンマはぶっ飛ぶほど驚いた。どうやら店主と顔見知りのようだ。
店ではお茶をごちそうしてくれた。
冷たいハーブティーは美味しかった。一緒に出たクッキーはやたら甘かったが、香草の種がピリッと効いていた。一つ食べて、一つをこっそり隠した。セリカは甘いものが好きだと知っているので、食べさせてやろうと思ったのだ。
外に出てから、お礼に、と言ってお金を手渡すと隊長はまたニッと笑って、ホウオウを探すのに必要な情報をくれた。
「ボランティアになろうとしたなら、その本部の建物まで連れて行ってやるよ。そばに安くてうまい飯屋があるから、俺はそこに行くんだ」
そして、お前の兄貴、馬鹿なことしたもんだな、と続けた。
ドーム政府の言うボランティアは、命がけの大ばくちをするようなものらしい。
姉の足を治してやりたくて行ったのだ、とテンマがいうと、同情はしてくれたが、やはり馬鹿げたことだと言った。
「金属やシリコン、グラスファイバーの義足なら結構いいものが苦労なく手に入るのに、なぜ擬似生命体パーツの四肢など欲しがるのだろう?まあ、、」
と言葉を切った。
どうしても他に方法がないって場合もあるよなあ、、とつぶやく。しかし気を取り直したのか、すぐしっかりした声に戻った。
「そりゃ、機械は音を立てるしメンテナンスしなきゃだが、すぐに慣れる。他人の臓器移植は拒絶反応や薬の副作用がひどい上、臓器商人が人の臓器を奪う、などという犯罪が多くなって公には禁止された。細胞増殖で四肢をつくるのは金も時間もかかりすぎる。
だから大量生産できる擬似生命体移植の可能性が高いのは確かだが、磁気軸反転前ならともかく、現在その技術はまだ実験段階だ」
さすがにキャラバン隊の隊長だけあって、いろいろな情報を仕入れているようだ。
「実験段階?」
「ああ、擬似神経を作る物質が不安定で成功率が低いのさ。暴走して切り落とすこともある。昔あった技術の断片を再発見したばかりだ。そんなもので早速、武器なんか作って、どうしようというのだろう?」
と言ってから、
「口が滑った。いまのは聞かなかったことにしてくれ」
とつぶやいた。
彼と別れてドームの入口に戻った。
セリカはすでに待っていて、テンマを見ると手を振った。
妹と話ししたいと警備員に頼むと、別に質問もせずセリカを入り口横の柵まで連れてきてくれた。
越えてはダメだよ、とセリカに言っただけだった。
「俺、ボランティア本部に行ってみる」
お金を渡してテンマは言った。
セリカは止めたが彼は中には入らない、と約束して行ってしまった。カルフはちゃっかり、お金と一緒に外に出たが、材料を手に入れたらテンマを探しに行くと言った。
カルフは当然、ホウオウの情報がほしいのだが、セリカがちゃんと必要なものを揃えられるかも心配なようだった。
セリカが下見しておいた店で必要なものを買っていると、そばでクスクス笑うような声がした。気にもとめずに他の店へと進むと、笑い声もついてきた。
自分が笑われているのか?服のせいだろうか?いや、そうではないだろう、、。
ミライがお古だけど、と言ってくれた水色の小花模様のチュニックは、セリカにとっては晴れ着のようだった。濃紺のロングスパッツは新品に見えたし、外套は朽葉色で周りの人と比べて特に目立つものではなかった。靴だって穴のあいていない茶色の短靴だ。
じゃあ、私自身?チビだから?それとも、、
振り向くのも恐ろしくて、アクセサリー屋に置いてあった鏡で声のする方を見た。セリカより少し年上の三人の少女が、間違いなくセリカを見て笑っている。背の高い、美しい着物を着た美しい少女たちだった。
むやみに悲しくなった。
その場に居づらくなって、食べ物屋の多く集まっている外壁の出入り口に近いエリアに移った。
串に刺さった肉やおモチ、飲み物を買った。
今日は儲かった、食事時間が終わってヒマになった、とお店の人は言って、親切に色々声をかけてくれた。
セリカが、お兄さんがドームの中に用事があって戻ってくるのを待っている、というと飲み物を大きなものに代えてくれた。
優しい人もいるんだ、と思ってホッとした。近くに日陰の席はなかったので、壁際に行って座った。
そのあたりには人はいなかったので、カルフを話し相手に食べていると、眼の前に誰かが立った。先程の三人の少女だった。まだクスクス笑っていた。
「うっそ~!」
「やだ、ホントだわ~!」
少女たちは口々に言った。セリカはなんのことかわからなかったので、ただ少女たちを見上げた。
「カメムシのアルフよ! こんなもの、まだあるの!?」
「や~ん、リサイクル屋だって持っていかないわ」
えっ、とセリカは驚いた。少女たちはセリカを笑っていたのではないのだ、と気づいた。笑われているのはカルフだった。もちろん間接的に、セリカのことも笑っているのだろう。
セリカは何も言わなかった。こういう輩は無視するに限るのだ。
だが、少女たちの言葉にカルフは反応した。
「アタシはカメムシじゃない!アタシはカルフ ザ セカンド、アーティフィシャル ライフ フォーム、ザ セカンド ジェネレーションだ!」
「ザ セカンド ジェネレーション!?」
笑い声がもっと高くなった。もうクスクスではない。ケラケラ キャッキャ。賑やかなものだ。
「ネオのはずないよね!?」
「もしかして、ネオ以前!? そんなのって、、廃棄物じゃない!? 」
ここまで言われれば、いつものセリカなら言い返していただろう。
だが、セリカも全く知らない人から暴言など受けたことはなかった。 一対一ならともかく、三対一、しかも知らない人がわざわざ遠くから近づいて、カルフを擬似生命体と知っていて、ばかにするようなことを言う、、信じられなかった。
カルフは震えだした。
「うる うる うる、、」
「や~だ、やだ、やだ、やだ!」
「ウル ウルだって!」
「涙も出ないのね。前ネオ期のアルフって!恥ずかしくないのかしら?」
「自爆したくないの!?」
言いたいことを言い尽くしたのか、沈黙したカルフと息もせずに固まっているセリカを残して、声高に笑いながら少女たちはいってしまった。
しばらくして、ようやくセリカは息をついた。しかしカルフは沈黙したままだった。
そして突然、地面に落ちて土の上を円を描いて回りだした。セリカは一瞬、笑い出しそうになった。ミズスマシのようで、可愛く見えたのだ。だが、そんな行動は異常なのだ、とすぐ気がついた。
カルフはもうウル ウルとも言えないほど悲しんでいたのだ。傷ついて他にどうしようもなくて身悶えしているのだ。
テンマがいたらフリをしているだけだ、と言ったかもしれない。そうなのかもしれない。
だが、セリカにはカルフが本当に悲しんで悲しんで、言葉もないほど悲しんでいるように思えた。
そんな経験が、セリカにもあった。
母親に役立たず、なんでお前なんかが生まれてちまったのだろう、となじられたたとき、世界がぐるぐる回りだして何も考えられなくなった。上の子が無事に生まれていたら、お前なんか存在もしなかった、、。
カルフがぐるぐる地面を這い回っているのは、あの時の私の頭の中と同じなのではないのだろうか?
カルフはセカンド ジェネレーションであることを誇りに思っている、とミライは言った。それをあの少女たちは、笑ったのだ。
相変わらず地面の上を這いずり回っているカルフを、両手でそっとすくい上げた。
「いい子、いい子。あんないじめっ子の言う事、気にするんじゃないよ。カルフはアーティフィシャル ライフ フォーム。とってもいい子のセカンド ジェネレーションだ」
カルフは手の中で相変わらずぐるぐる回り続けていた。セリカはどうやってカルフを落ち着かせようか、と考えあぐねた。
あ、そうだ。
「子守唄歌ってあげる。私は悲しいときはこれを歌う。聞けばカルフも落ち着くよ」
そう言ってハミングし始めた。
カルフはしばらくモゾモゾ動いていたが、そのうちおとなしくなった。そうして、ようやく声を出した。
「子守唄って言ったのに歌詞がないね。知らないの?」
「知らない。伝わってない。でもきれいな曲だろう?」
「キレイで哀しい、、」
「うん。でも、私はこの曲を口ずさむと、悲しい思いをして生きたのは私だけじゃない、て思えるんだ。辛い思いして、それでも頑張って生きてた人たちがいるって」
「どんなこと歌ったのだろうね?」
「昔、子守りをしたのは、他に何もできないような小さな子どもたちだった、というよ。故郷を離れて働きに出された。きっと、、寒かったのかもしれない。お腹空いていたのかもしれない、、とても寂しかったんじゃないかな」
「セリカは、、寒くもお腹空いてもいないよね?」
「うん、それに寂しくない。話を聞いてくれるカルフがいてくれて嬉しい」
「アタシがいて嬉しいの?セリカは、、アタシがいて嬉しい!アタシも嬉しい!うるるん」
「あの、、ウルルンって何?」
ウル ウルのようだがちょっと違う。
「嬉し涙を流す擬声語。オノマトペ。初めて使ったよ。うるるん、うるるん!うるるん るん るん」
ウルルン、か、、。
「だったら私もウルルン」
「セリカはとっても優しいね。美蕾様もお優しいお方で、お館様は姫様は利用されてもそれに気づかないのではないか、とそれはそれは心配なされていた。
アタシはお館様のお子様方を見守るように、と頼まれた。、、アタシはセリカも見ててあげるよ。意地悪から守ってあげる!」
カルフは使命感に燃えだして、たった今受けた屈辱を忘れたようだった。
「ドームの中で暮らしたかったけど、あんな意地の悪い人たちのいるところはいやだよ」とセリカは言った。
あれは人間じゃないよ、とカルフ。
「同類はすぐわかる。あれは最新式アーティフィシャル ライフ フォーム。すなわちアルフ ネオ、ザ フォース ジェネレーション」
「えっ!? 人間じゃないって、、だって、、人間のようだったよ。柔らかそうなキレイな肌して、頬がピンクで人間のように動いて、笑って、、」
そういえば、キレイすぎる、、。肌の色も唇の色も、、完璧すぎる。
「アクセスできた情報によると、民間では小型はもう流行っていない。それどころか禁止されてる。大きくて、なでたり抱きしめたり出来るものが主流なのだ。彼らを作る新素材は、安く大量に手に入るようだ」
「、、あんな、意地の悪いもの作ってどうするの?」
「ご主人様には意地悪でないのかもしれない。それともご主人様がものすごく意地悪なのかもしれない。彼らは学習するだけだ」
「そ、そんな、、。自分が意地悪いから、意地の悪いものがそばにいるのが嬉しいの?」
「わからない。どんな学習の仕方をしたのかアタシにはわからないよ」
「まるで妖怪だね。美しいけど心を持たない雪女。それを作る人間はきっと、、妖怪王だ」
そう考えると、セリカは悲しかった。
「アルフなどは擬似生命体ではない!意味もない便宜上の名詞、ただの擬似生命体モドキ。
アタシは落ち込んでなどいられないのだ!テンマと合流する。鳳凰様の情報を手に入れるのだ!」
セリカはカイトですぐ飛べるようにしておいてね、そう言ってカルフは、またキャラバン隊の荷物に紛れ込んでドームの中に入って行った。
カルフは、ボランティア本部の建物の裏にいたテンマと合流した。
テンマは正面から入ろうとしたが、小さすぎると言われて見学も許可されなかったのだ。それで裏口でもないか、と思って建物の周りを探っていた。しかし入口どころか窓もなかった。
「何年かして背が伸びてから来い、と言われた」
とテンマは悔しそうだ。
空気が抜けるような音が聞こえた。すべすべだった建物に亀裂が入った、と思ったら、見えないような出入り口が開いたのだった。よく見よう、とテンマが立ち上がろうとしたとき、誰かが彼の口をふさいで引き戻した。
「声を立てるな」
キャラバン隊長のライリだった。
「メシ屋で仲間と話していて、そういえば失敗作はどうするのか、という話に行き着いたんだ。うわさ話ですら聞いてないから、調べようと思ってな。情報は金になる」
それから、
「お前、面白いもの持ってるな。随分レトロなアルフだ」
とカルフを見て言った。
「アタシはアーティフィシャル ライフ フォーム、カルフ ザ セカンドだ。最新式にも劣らないのだ」
「随分レトロな最新式だ。よくドームに入れたものだ。小型アルフは軍事用しか許可されなくなった。あまりレトロなんで逆に探知されなかったのかもな」
褒めているのかけなしているのかよくわからないが、隊長の口調に意地の悪さはなかった。関心しているようだ。
「アタシは探知されないのか?」
「探知されなかったから、ドームに入れたんだ。アルフ ネオ世代の極小型は特別人造危険物と指定され、ドームの連中は厳重に警戒している。お前はネオの新素材とは違うもので出来ているのだろう。それで発見されなかった、と考えるべきだろうか?」
はあ?とテンマ。
「レトロなカルフは探知できないの?」
「そういうことだろう、と言っているだけだ。確証はない。だが、そうだとしたらスパイとしてはとてつもなく利点がある。メモしておこう」
と言って、本当に紙にメモした。
これこそレトロだ、とテンマは思った。
「タブ、どうしたの?」
隊長はタブレットを持っていたはずだ。
「ドーム内のネットはドーム都市が管理している。ネットをオフにすると、タブレット自体が作動しなくなる仕組みだ。つまりデジタル化した情報は筒抜け、と考えたほうがいい。どんなに暗号化しても結局は読まれちまう」
村では村長だけがタブレットを持っている。彼はそれを自慢にしているが、機械屋のじっちゃんによれば、ドームの外は闇ネットにも通じていて情報は誰に渡るかわからない、ということだ。
「俺たちがドームで使えるタブは政府認定のものだけだ。手を加えると警告がドームに届く。公認ビジネス以外には使えないよ。闇で手に入れたタブで公式ネットにアクセスするには、かなりの技術と設備が必要だ」
テンマはどうしてじっちゃんがあれほど用心深いのか、ようやくわかった。
「ああ!鳳凰様!」
カルフが息を呑んだ、、少なくともそんなふうに聞こえた。開いた扉から人が出てきたのだ。
「あれがお前の兄か?」
「う、うん」
そういえば、テンマは兄を探していることになっているのだ。
ホウオウは、他の数人の若い男女とともに建物から出てきた。皆、身体に奇妙なものを付けていたが、その形は全て同じというわけではなく、ついている部位も異なった。
彼らはまるで夢遊病者のように、何の表情もなく歩いている。外壁の扉も開き、外にはトラックが待っていた。
「なんだかはっきりとした意識がないようだ」
「ああ、どうしよう。鳳凰様、、」
「こっそり近づいてくっついてみろ。お前の触覚で異常を感知出来るだろう」
隊長に言われてカルフは静かに飛んでいったが、すぐに戻ってきた。
「とても嫌な感じがする。応えていただけないことに変わりない」
「薬に冒されているのだろうか?サイキガンとの結合に異常があるのかもしれない」
「お助けしなければ、、」
「下手に手など出せるものか。何をするにしてもドームを離れてからだ。失敗作の実験体、他のドーム政府は喜ぶかも」
テンマは不思議に思って隊長を見た。ただの商隊の隊長にしては言うことが変なのだ。もしかして武器商人、、死の商人?
「俺たちは何でも屋。キャラバン隊というのは大抵、そんなもんだ。普段は普通の商隊だが、機会があれば何でもやるのさ」
テンマが聞きもしないのに隊長は答えた。
何でも屋!? もしかして人さらいの臓器商人?こんなのに関わっちゃてどうしよう、、。テンマは呆然とした。
「俺たちは基本的には物品の商人だ。兄を探している子供をかっさらうほど、面倒なことはしないよ」
隊長は笑った。
「それに料金をすでに貰っているから、お前は俺たちのお客様。何でも屋でも仁義はあるさ」
隊長は他の隊員と合流する、と言った。彼は自分の計画をテンマに伝え、お前は兄を助け出せそうだったら勝手にやれ、と言って行ってしまった。
「つまり、彼らがトラックを襲うとき、機会を見つけてホウオウを助けだせ、ということだ。それ以上の手助けはしてはもらえないみたいだ」
ともかくセリカと合流しなければならない。テンマは彼女を探すことにして、カルフはトラックの方向に飛んでいった。
「信用していいの、その隊長さん?」
セリカの心配は、まずそれだった。
「う~ん、他にいい方法は考えつかないし、、カルフはホウオウを助けたい一心で、またの機会に、なんて納得しそうもないし、、ただ、ホウオウを助けても美咲荘園には直接いかないほうがいい」
「そうだね。ホウオウさんどころか、ミライさんが危険にさらされるようになったら大変だものね」
ともかくホウオウを助けたらどうするかが問題だ。カイトの三人乗りは無理だった。
必要最小限のものだけまとめて、他はセリカが持って隠れて迎えを待つことにした。セリカのほうがすばしっこいし、隠れるにしても利点があるように思えたのだ。
隠れ場所になりそうな所は、来る途中ですでに見当をつけていた。
常に逃げ道や隠れ場所を探すのは、関守隊員の習慣のようなものだった。
美咲荘園とコメコ ドームの間には所々に水場があり、どれも迷いさえしなければ生命の危険はなしで行けるくらいの距離だ。なんとかなる。
キャラバン隊は別に隠れるでもなく、遠くにいた。お茶をたてて休憩している、といった様子だ。下手に隠れないほうがいいのだろう。
すぐにトラックの音が聞こえてきた。砂埃を立ててセリカたちが隠れている方に走ってくる。
あ、どうしよう、と思った途端、近くで音がして駆鳥に乗った人々が地面から跳び出してきた。カモフラージュ用の布を被って潜んでいたのだ。セリカたちは全く気づかなかった。
彼らはトラックに向かってわざと大きな音を立てながら走っていく。当然、トラックはすぐに気づいて、キャラバン隊の方に向きを変えた。彼らを盾に使うつもりか?
ともかくセリカとテンマはカイトを広げて飛び立ち、トラックを追いかける。
トラックが直ぐそばに近づいたとき、キャラバン隊も正体を現し武器を使ってトラックを停止させた。
運転していたのはただの運送屋のようだ。抵抗もせずトラックを止め、転がり出てひれ伏した。
三人いた兵は銃を使おうとしたが、それより早くキャラバン隊は彼らに銃を向け制圧した。
二人のキャラバン隊員が兵隊をトラックに乗せ、運転手共々どこかに連れて行く。ホウオウを除いて、他の夢遊病者たちはキャラバン隊本体が連れて行く。
あっけなかったな、とライリが笑った。
擬似生命体パーツがたまに位置確認信号を出すからから気をつけろ、と赤い砂を袋に入れてサイキガンを覆い、電波を妨害する方法を教えてくれた。二人は彼に礼を言って別れた。
***
「さてどうする?」
ホウオウはおとなしかったので、カイトに乗せて落ちないようにベルトで固定するだけでよかった。
「私は、今日はこの先の岩場に隠れるよ。明日、次の地点に向かう」
「そうだな、陽も落ちてきたけど、あそこなら暗くなる前に着ける。俺はなるべく早く戻って来る」
そう言ってテンマはすぐにカイトのエンジンを入れた。
カルフは鳳凰様、鳳凰様、うる うる、、と泣いていた。それでも、セリカに、待っててね、と別れを言った。
カイトが飛び上がると、セリカも歩いて目的地に向かった。
日が暮れる頃、ちょうど岩場についた。岩陰に隠れセリカはすぐ野営の準備をした。
「あれ、カルフどうしたの?何かあったの!?」
カルフが大慌て、といった様子でやって来たのだ。
「セリカ、危険が近づいてる。火を消して隠れろ!」
「えっ?」
「旅人のように見えた。はじめは気にしなかった。そのまま飛んでから急に心配になった。だからアタシだけ偵察に戻ったんだ。あれはただの旅人ではない! 人さらいだ!子供たちは繋がれてる!」
「えっ!? 大変!」
お茶を飲もうと思って火をつけてしまった。急いで消した。暗くなっているし岩陰だし、、きっと大丈夫、、。
考えが甘かった。
見つかってしまって、めちゃくちゃ走ったのだが相手は駆鳥で追いかけてきた。あっけなく捕まった。捕まる前にカルフを逃がした。テンマに伝えて、助けを連れて帰ってきて、と。
「な、なんで戻って来たの?」
繋がれたセリカにカルフは静かにとまった。他の子どもたちと一緒だが、彼らは疲れ切って眠っている。
「アタシは長距離移動できないんだ。風が出てきて、そばにくっつけるようなものが見つからなかった。役立たずでゴメン。うる うる」
ああ、そうだった、、。
「仕方ないよ。逃げ出す方法を一緒に考えてくれる?」
翌日、長いこと歩いて川のそばについた。岩に隠された人さらい賊のアジトが見えた。セリカたちは、今度は足かせをつけられ鎖に繋がれ、早速、水汲みに駆り出された。燃料にする小枝集めに出されたものもいた。
燃料集めのほうがよかった、、セリカは思った。川の水は冷たかった。
疲れ切った身体に水がますます冷たい。
少し手を休めると蹴飛ばされた。泣かなかった。
他の子供たちも泣いていなかった。泣けば打たれるからだ。ただ、寒くて抑えがきかないように震えていた。
水汲みが済むと、岩穴に放り込まれ鍵をかけられた。お湯のようなスープだけが食事だった。
このままでは、すぐに死んでしまう。そう思った。
「アタシは、お館様のご家族様と大切なお客様だけに尊称をつけて呼ぶよう設定されているんだ」
耳元でカルフがささやいた。
「それは聞いたよ」
セリカは足枷のせいで擦りむけた足首をさすりながら言った。冷たくなっていて感覚も鈍く、たいした痛みは感じなかった。
「でも、アタシはセリカを呼ぶときは、心の中で姫様って呼んでいたよ」
「え?」
「アタシはセリカを好きになったから、セリカが呼んでほしい、というように呼びたかった」
セリカは、ありがとう、とつぶやいた。
「私もカルフが好きだよ、、大好きだよ」
うん、そうだ。人間でなくても私がカルフを好きなことに変わりはない。
「嬉しい、うるるん、、。だからアタシはセリカを逃がしてあげる」
「え?どうやって?」
「今度、川に行くときに教える。心の準備しておいてね」
うん、わかった、と言って詳しく聞こうとしたが、カルフはそれについては計算中だ、と言って答えなかった。
次の日、水汲みのグループに入れるように並んだ。難しいことではなかった。水汲みは重いし冷たいので皆は嫌がったからだ。
川について、水をすくって桶に入れているとカルフが言った。
「アタシには足かせは切れない。だから鎖を切るよ」
「え?どうやって?」
足かせの鎖は太い鎖に繋がれている。五人並んで、それぞれが同じ太い鎖に繋がれている。五人一緒に逃げることは不可能だし、逃げてもすぐ捕まえられるからだ。
大変な水汲みだからといって、自由な訳では無い。
「全エネルギーを集中させてアタシを爆発させれば、この鎖は切れる。切れたら、そこにある枯れ枝を掴んで川に飛び込め」
カルフは太い鎖にとまって言った。
「爆発って?そんなことしたら、カルフ、死んじゃう、、よ?」
他に考えられない。カルフにはなにか名案があるのだろうか?
「アタシは死なない。もともと本当に生きてるわけじゃないんだもの。荘園で再生できる。茂みになんか逃げ込むんじゃないよ。川に入って流れに乗ってずっと川下まで行くんだ。さあ、準備して!さん、に、いち!」
セリカが何をいうより早く、足元で爆発が起こった。鎖が切れ、カルフの姿はもうなかった。
彼女が走り出すとほかの皆も自由になったのに気づいて、思い思いの方向へ逃げ出した。
呑気に座っていた見張りはびっくりして跳び起きたが、誰を捕まえていいのかわからないようで、戻ってこい!と叫ぶばかりだった。
セリカはカルフの言ったように、そばに落ちていた太い枯れ枝をつかんで川に飛び込んだ。
冷たい水。しかしかまわず流された。カルフが命をかけて作ってくれたチャンスだ。
アタシは死なない、生きてないんだもの、、そう、カルフは言った。それでも涙が溢れてきた。悲しくて悲しくて、どうしようもなかった。
母親が見たら、ムシケラのために涙しても自分のためには泣かない、薄気味悪い子だと言っただろう。
だが、そのムシケラですらない擬似生命体カルフは、セリカが好きだから逃がしてあげる、と言った。荘園に帰れば、再生できると言った。
冷たい、冷たい、、でも死ぬもんか!
セリカは枝にしがみついて流され続けた。
気を失ったらしい。気がつくと岸に流れ着いていた。はげしく震えていた。なんとか濡れた服を脱いだが震えは止まらない。
湿っていない砂地まで這うように進んだ。砂は陽に照らされているせいか、少し暖かく感じられた。砂にもぐって体を包んだ。
また気を失ったのか眠ったのかはわからなかったが、目を開けるともう震えてはいなかった。半乾きの服を着て、暗くなったあたりを見回した。
遠くにドームの明かりが見える。中心の塔に見覚えがあった。
コメコ ドーム!荘園も近い!ミライのいる美咲荘園が近い!
はやる心を抑えて、川岸に転がっているゴミの中から容れ物に使えそうなものを探して水を入れた。そして荘園の方向へと歩き出した。
足枷が重い。
どうしてカルフは足かせについた細い鎖を切らなかったのだろうか、と思った。そうすればカルフは、粉々に砕け散るようなことには、ならなかったかもしれない。一緒に帰れたかもしれない、、。
どうして?と考えて、思い当たった。
他の子供たちを逃がすためだ。
それがセリカのために有利になるからなのか、他の子供たちを気遣ってのことかは、さすがにセリカにもわからなかった。
カルフは何度も計算して、一番いい方法だと思ったことを実行したのだ。
足かせの重みに途中、何度もくじけそうになった。そのたびにカルフの決意と犠牲を思い出して進んだ。
荘園に帰って、カルフを再生してもらうんだ!
どのくらい歩いたのかわからない。日が昇り暑くなって、水もなくなった。本当に歩いているのかすらわからなくなった頃、コガネムシやカブトムシが、わざとブンブン音を立てて近づいてきた。
***
「アタシはカルフ ザ セカンド2だ」
カメムシのような緑色の小さいものが、セリカの前で空中停止しながら言った。
「アタシはカメムシ型カーボンベイスト アーティフィシャル ライフフォーム、 カルフなのである」
「カルフって呼んでいい?長い名前は呼びにくいし、、ほら、愛称っていうのがあるじゃない?」
カメムシはしばらく黙っていたが、
「おおまけに負けてやる。カルフと呼べ」と最後に言った。
ミライは保存してあるカルフの記憶をコピーして、カメムシ型の擬似生命体に入れてくれた。
「お父様が何体か作っておいてくれたの。でも私たちが知っているカルフ ザ セカンドではないのよ。記憶も原型。お父様が修理したときのコピーなの」
「うん、でも私はカルフが好きだった。元が同じなのだもの、また仲良くなれると思う」
自分の命、、擬似生命をなげうってセリカを助けてくれたカルフなのだ。
「元は同じでも同じ経験をするわけじゃないのだから、セリカの知っているカルフになるとは限らないわ」
「だったら好きになれるように努力する。好きになってもらえるように努力する」
ミライは微笑んだ。
「本当にカメムシ型でいいの?テントウムシや小鳥もあるわ。セリカを主人として登録もできるわ」
「いいの」
テントウムシも可愛いが、知っているカルフのほうがいい。カルフは設定されたからではなく、セリカを好きだから姫、と心の中で呼んでいた、と言ったのだ。
ただし、カルフがそう呼びたければ、お館様の家族でもなくともお姫様、と呼べるようにはしてもらった。
テンマは、怪我をし疲れ切ったセリカが回復する間に、シオンのための治療薬を届けに行った。
彼も彼用のカルフを作ってもらった。手があったほうが助手として使えて便利だ、と言ってタマリン型にしてもらった。玉次郎という名前をつけて、テンマを主人として登録してもらった。
薬の配達から戻ってきたテンマは、玉次郎を見て大喜びだ。
玉次郎は、たまちゃんと同じようにオレンジ色の長い毛をしていて、とても可愛い。
シオンは弱っていたが、薬の効果はすぐにあった、という。熱が下がって腫れも引いた。全快するには時間がかかりそうだが、生命の危険は去ったのだ。
「ホウオウさん、相変わらず?」
テンマは聞いた。
ミライは悲しそうに頷いた。
ホウオウは意識がちゃんと戻らず、しかも腕についた武器は取り外せずそれが自動的に電波を発信するので、地下深くの電波遮断装置のついたコクーンと呼ばれる装置の中で眠らせたままだ。
「たまちゃんがテントウムシたちと一緒に調べてくれてる。きっと良い方法が見つかるわ」
ミライは希望は捨てない、と言った。
「また遊びに来てね」
あれもこれもとお土産をセリカに持たせるミライに、
「絶対、来る!魚釣り機、作ってやるよ!」
とテンマは大声で言った。
「美蕾姫様、ごきげんよう!ご命令通り、セリカとテンマのお目付け役を立派に果たすとお約束いたします!」
「あのねカルフ、命令ではないのよ。そう言ったでしょう?あなたには、、自由な意志があるのよ」
「美蕾姫様のご期待に添えるよう努力いたします」
セリカの髪にくっついたカルフは言い直した。
う~ん、ニンタイ、ニンタイ。セリカは自分に言い聞かせた。カルフは生まれたばかりなのだ。
テンマはカイトのエンジンを始動させた。
「しっかりつかまっていろ」
「うん」
セリカとカルフと玉次郎が同時に答えた。
何もかもうまく行く。いかなかったら、いかせる!
カイトは手を振るミライの上を、二、三回輪を描いて飛んだ。
そして白狐隊のアジトへと速力を上げながら飛んでいった。
其の二
カルフ泣くときは セリカも辛い
連れて行ってあげよう ドーム都市
光るドームには 幸せ住むという
金銀小判や ご馳走がある
だけどドームにいたのは 妖怪だった
冷たく美しい 氷姫
セリカは小声で歌った。カルフ ザ セカンドにどんな歌詞の子守唄だったのだろうねと聞かれたが、その時は曲しか知らず、それからずっと自分で歌詞を考えていた。
聞いているものは誰もいない。
白狐隊のアジトのある岩山のてっぺん、シオンの容態が良くなってきたのに加えバクへの不安も薄れたので、皆は元のアジトに戻ってきたのだ。
気持ちいいから、とセリカはカルフを岩山に誘ったが新生カルフは風が強い、と言って広場のひなたで寝そべっている玉次郎のところに行ってしまった
金銀小判が 何になる
心失い 鬼になる
誰も聞いてくれない子守唄を、セリカは何度も繰り返した。
セリカとテンマが白狐隊に戻ってから、別に大したことも起こらず数週間たった。シオンは日に日に回復していくが、まだミオがすべてを取り仕切っている。
白狐隊の縄張りを通るキャラバン隊の数が増えた。メンバーは大忙しだが、手が回らなくて通行料の収入は伸びない。
数が増えた理由はよくわからず、ドーム間の貿易が増えているのだろうか、とミオは首をかしげていた。
山猫隊が何者かに襲われ全滅したあと、彼らの縄張りは荒れているのかもしれない、とシオンは言った。
関守は自分の縄張り出没する盗賊を取り締まり、関守間の競争によって通行料も相場が決まるので、商隊に取っては交渉しやすいな存在なのだ。つまり関守がいないと、荷物をただ奪う盗賊が増え、危険も増えるということだ。
元山猫隊の縄張りが物騒になったのかと思うと、セリカはショックだった。彼らが襲われた直後、セリカとテンマは彼らのアジトに行って、残っていた使えそうなものを隠しておいたのだ。すぐ取りに行こうと思ていたが、いつの間にか日が経っていた。
危険かもしれない、と思いながらもセリカはカイトに乗って、山猫隊のアジトの方向へ飛んでいった。
新しい関守の縄張りになってしまったら、もう探しに行くこともできなくなる。焦っていたのでテンマにも言わず、カルフを探すこともしなかった。
上空から誰もいないのを確認して、地上に降りた。
「こんなところでなにしてんだ!」
怒鳴られてセリカは恐る恐る声のした方向を見た。見覚えがある。
バク?
しかし、ヒゲがボーボーで髪にも白いものが混ざっている。それどころか灰色に見えた。
ついこの間までは真っ黒な髪をしていたバクだ。
「何って、、前に隠しておいたものを掘り出しているだけだ。バクこそこんなところで、、バクだよね?」
見れば見るほど彼には見えない。目は落ちくぼみ肌にも生気がない。額に刻み込まれたのは、、。
まさかシワってことはないだろう、とセリカは思った。自分と四、五歳しか違わないはずだ。いくらなんだってシワ?
「俺に決まっているだろうが!第一こんな腕のやつ、他にいるか!?」
バクは、奇妙な望遠鏡型のものがついた腕を振り回した。
セリカは他にもそんな物を付けた者たちがいるのを知っているが、それを言うつもりはなかった。
「ヒゲくらい剃ったら?」
「鏡がない。キリンのバカが壊しちまった。それにメンドーだ」
彼はそう言ってから激しく咳き込んだ。
「具合悪そうだね。テンマの言ったこと、バカにして守ってないんだろう」
「テンマ? ヤツが何を言った?」
「聞いてないの? テンマが機械屋のじっちゃんからその腕の機械、サイキガンの話を聞いて、キリンに言付け頼んだんだよ」
キリン? バクの顔が何故か赤黒く変わった。
「何をキリンに言った!?」
聞いてないのは確実だ。
あ、まずい、と思ったが、いいかけてやめるわけにもいかない。殴られたくない。彼にはサイキガンだけでなく、腕力があるのだ。
「何って、、サイキガンは生命エネルギーで動くから、使いすぎると寿命を縮めるって、、」
「なんだって!?」
キリンはなぜ言わなかったのだろう?セリカは思った。理由を考えるとゾッとした。
「ここに住んでいるの?山猫隊のアジト、、バクが乗っ取ったの?」
白狐隊の縄張りを使うキャラバン隊が増えたのは、こういうことか。バクがサイキガンを振り回して暴れているのだろう。
法外な通行料を強要しているのかもしれない。
「誰もいなかった。、、墓があった。、、お前か?墓、作ったのは?」
うん、とセリカは頷いた。
「、、テンマが、、見つけたの。アジトにも火がくすぶっていた。荷物が多かったから、後で持っていこうと思って役に立ちそうなものを集めて埋めておいたんだよ」
見せろ、というので隠していたものを見せた。
鍋やら調理器具、工具が主だ。取り上げられるのではないかと思ったが、バクは上の空だった。
「持ってけ。俺には用がない」
「バクも白狐隊に戻ってきたら?」
「あんなチンケなところに戻るもんか」
「あまりその武器、使わないほうがいい。バクは若いから使うのやめれば回復するよ」
多分、、、?
「相変わらずおせっかいだな」
バクはジロッとセリカを見た。
だがその目つきも言い方も、前のような馬鹿にした冷たいものではないように思えた。もう少し話したかったが、バクが背を向けたので、気の変わらないうちにとセリカはその場を離れた。
「どこ行っていた!?」
アジトにつくなり、なじるようにカルフが言った。
急にいなくなった、探した、これではセリカのお目付け役という役割が果たせない、とたて続けに言った。
ミライの命令ではない命令に従っているのか、とセリカはため息をついた。
「埋めておいたものを取りに行っただけだよ。バクに会った」
「バクって誰だ?」
「白狐隊にいた、サイキガンが腕にくっついたヤツ」
サイキガンと聞いてカルフは興味を持ったようだったが、セリカは続けて言った。
「でも、どうしてキリンはバクに武器を使うな、というテンマの忠告を伝えなかったのかなって思って、、。ひどい事しか思いつかない」
「それしか思いつかないのは、それがきっと正解だからだ」
「人が人にそんな事するなんて考えたくない。他のことはともかく生命の問題なんだよ」
「誰も彼もがセリカのようにヤワなわけではない」
ヤワ、とカルフは言った。優しいとかではなく、ヤワ。やっぱりカルフは前のカルフではないのだ。
比べているわけではない、比べてはいけない、、でも、、。
ホウオウにくっついて旅をして、泣くことを覚えたカルフ ザ セカンド。そのカルフは優しかった。
だが、再生してからセリカのそばで経験をしてきたカルフ2は、前の優しいカルフではない。それが悲しいのかもしれない。
あのカルフはもういない、そう考えるとますます悲しくなった。
ああ、カルフ。カルフが本当には生きていなかっと言うなら、生きているものなどいるのだろうか?
「セリカ姫!」
という声が後ろからを聞こえて、セリカはむっとして振り向いた。テンマがまた悪ふざけして、呼んでいるのかと思ったのだ。
しかしそこにいたのは玉次郎だった。セリカは驚いてタマリン型のカルフを見つめた。
「セリカは姫と呼ばれたい、とテンマが言ってた。セリカ、なんで怒る?怒ってるね?」
セリカの表情を見て、確かめるように聞く。
ああ、そうか、、。テンマに聞いたのか。
「怒ってるわけじゃないけど、人をあまりからかうもんじゃないよ」
「からかってなんかいない。セリカがそう呼ばれたい、と思っているのに呼ばないテンマが変なのだ」
まあ、表面だけ見ればそうかもしれないが、からかわれているとわかっているのだから、姫と呼ばれても嬉しくもない。
「テンマ、どこいったの?一緒じゃないの?」
「機械屋のじっちゃんのところへ行った。機械屋のじっちゃんは玉次郎を変な目で見る。だから一緒に行くのはやめた」
玉次郎は自分を玉次郎と呼ぶ。彼は皆の前では決して喋らない。キッキという声を出すだけだ。
タマリンなどこの辺には生息していないのだから、彼が本物のタマリンではないと当然知っているだろうが、白狐隊の誰もそれについては興味はないようだった。
だが機械屋のじっちゃんは興味津々で、実験に使いたくて仕方ないようなのだ。
いずれにしろ玉次郎は人気の的で、皆、触りたがった。しかし玉次郎は気まぐれなのか、おとなしく撫でられているかと思うと、急に立ち上がって威嚇したりもした。
一方、カメムシ型擬似生命体カルフの存在は、皆には全く知られていない。セリカの髪に飾りのようにくっついて動かない。
セリカは、市場で見つけた髪飾り、と説明していた。誰かの落とし物だろう、と。
「カメムシの髪飾りなんて」と言われて、緑色できれいだものと言い返した。
「でも、、屁こき虫の髪飾り?」
「カメムシが臭いのは、自分の身を守るための自然の知恵だ。ちっちゃなカメムシが頑張って生きている。ヒトは馬鹿にしたようなこというけど、そんなの間違ってる。私はカメムシから学ぶべきだ、と思って身につけてるんだ!」
セリカがそう主張すると、カルフが髪の中でピクッと動いた。
そうかも知れないけれど、でも、、と皆はブツブツ言ったが、セリカの選択にケチを付けるのはやめた。
一番小さなシュンなどはカメムシもかわいい、と言って白狐隊の旗にカメムシを加えることを提案したが、これは皆の反対にあってあえなく却下された。
それでも彼はあきらめず、自分でカメムシのバッジを作って胸につけた。皆にからかわれると、カメムシは偉い!とセリカの肩を持った。
シオンやミオは、セリカたちがどうやって治療薬を手に入れたかを知りたがった。
テンマは「旅人と出会い取引をした。彼らの用事を手伝い、その代わりに薬を作ってもらい、玉次郎もらった」と説明した。
彼らがただの旅人ではないのは明白で、くれぐれも他の人には言わないでくれと言われたし、コメコ ドームで別れてからはどこへ行って何をしているかも知らないので、話そうにも話せないと答えた。
美咲荘園のことは、絶対に言えない秘密だった。夢のような美しい園や優しいミライを、危険にさらすようなことだけはしたくなかった。
セリカたちに生命を救われた手前、シオンもあまりしつこくは聞かなかったが、ミオはセリカが「貰った」と言った青系迷彩柄のジャケットを羨ましそうに見ていた。
これはミライが別れるとき、着れば邪魔にならないから持っていきなさい、と言ってくれたものだ。おそろいのゴーグル付きのパイロットハットも貰った。ジャケットはセリカには少し大きかったが、空を飛ぶには暖かくて重宝だった。
その他にも、セリカやテンマは色々なものを持ち帰った。
荘園で倉庫に案内され、好きなものを選んでね、と言われて貰ったもの。
ほとんどはプリラブドと呼ばれる古着だったが、大切に使われていたらしく、新品同様に見えた。
その中からテンマは、一回り大きいフライトジャケットを選んだ。
セリカは触ったことはもちろん、見たこともないもないような柔らかな皮の細身のジャケットと、彼女には小さすぎる靴を選んだ。
するとミライは縹色のジャケットに合う、といって薄浅葱色のシャツと黒い伸縮性のあるピッタリとしたズボン、そして短靴も探し出してくれた。
前にもらったものは、人さらいに没収されたり、ぼろぼろになってしまっていたのだ。
その上、ミライは白い絹のスカーフに天馬を、薄浅葱色のシャツと同系色のスカーフに芹の花を刺繍してくれた。
それを見たときセリカは、セリの花ってキレイなのだ、と初めて思った。
白狐隊では、隊の活動以外のサイドビジネスで手に入れた金品は自分のものだ。ただし10%ばかりは「お仲間代」として徴収される。
セリカたちの場合はリーダーのために命がけの仕事をした、ということでそれも払う必要はない、と言われたが、カルフたちと服以外のお土産品は皆に分けた。
薬草やスパイスを独り占めにしたってしかたない、皆で使ったほうがいい。反物は手先の器用なミオにあげた。彼女は早速、どう使えば不公平感がないかを考えていた。
小さな靴はシュンにあげた。彼は沼で靴を失くして以来、いつも裸足で指先がしもやけになっていた。
見ていて可哀想だったので、その靴を見つけたときはとても嬉しかった。少し大きめだったが、そのほうが長く履ける、とシュンは涙ぐむほど喜んでくれた。
そんなこんなで、白狐隊でのセリカとテンマのお株も上がった。
皆、彼らが死にそうな目に会いながらもシオンのための薬を探してきたのを知って、年上年下を問わず誰からも尊敬の眼差してみられるようになった。
セリカたちは、シオンからのお礼のご褒美も貰った。それはカイトを好きなときに使える、というもので、セリカはこれ以上の褒美はない、と思った。ただし燃料は別だったので、自由に使えると言っても限度はあった。
「セリカ。何、考えてる?」
玉次郎の声にハッとした。
「あ、ゴメン」
つい考え事に没頭してぼんやりしてしまった。
「テンマがいないなら、私と一緒に木の実を取りに行く?」
「うん」
カルフに教えてもらって、実がたわわになっている茂みを見つけた。玉次郎が手伝ってくれたせいか、短い時間にかごいっぱいの実が取れた。
「ありがとう、玉次郎」
「玉次郎、お利口、役に立つ」
「カルフもありがとう。実を見つけてくれて」
カルフは短くうん、と言っただけだった。取り付く島もない。セリカは、カルフが他の皆のいる美咲荘園に帰りたいのではないかと思った。
「カルフ、ホームシック?」
「別に」
カルフがお館様に修理されてから何年も荘園内で過ごし、やがてホウオウについて旅に出た記憶は全て消滅してしまったのだ。
お父様が修理して目覚めたばかりのカルフ、とミライは言った。ホームシックになる理由もないとも思える。
ミライは美咲荘園での生活は単調で、擬似生命体はどれも泣くことなど覚えない、と言う。
「お父様がなくなったときは、皆、使命感に燃えて悲しむことなどしなかったわ。カルフ ザ セカンドが泣くようになったのは、初めて鳳凰と旅に出て帰ってきてからで、よほど辛い悲しい目にあったのではないのかしら」と言うことだった。
悲しい思いをして泣くことを覚えたカルフ ザ セカンド。でも最後に嬉しいと言った。セリカを好きだ、と言った、あのカルフはもういない。セリカはまた、ため息をついた。セリカの髪にひっついているカルフがヒクっと身震いした。
***
テンマは久しぶりに村に行って驚いた。
家が何件も焼けている。火元は村長の家のようだ。
瓦屋根だった村長の家を除いては、もともと大した家があったわけではない。家というより小屋と呼んだほうがいいようなものばかりだっが、それでも雨風はしのげる、かやぶきやトタン屋根の小屋だった。
焼け跡では焦げたトタンを使って、村の皆が掘っ立て小屋を建てていた。
村長は兵隊に連れて行かれちまってやっと帰ってきたところだ、と人々が言った。だが、詳しいことは誰もしらないようだった。
幸い、機械屋のじっちゃんの洞穴は無事だった。村の外れの岩穴だし、見つかりもしなかったようだ。
「何があったのさ?」
テンマはじっちゃんに聞いた。
「ドームの兵隊が来て、誰かをかくまっている、とか言って火をつけたんだ」
「ドームの兵隊?どうして?」
セリカの言ったことを思い出した。元山猫の縄張りでバクがサイキガンを使って暴れているのを、ドーム政府に気づかれたんじゃないだろうか?
「もしかして、バクを探してるの?」
「バクというよりは、バクの腕についたサイキガンを探しているんだろう」
「だって壊れてるんだよ。壊れてたから置いていったものを、なんで今さら?」
バクの武器は、重装備のキャラバン隊、、ドームの防衛隊が残していったものだ。
「確信があるわけじゃないが、壊れ方が問題なんじゃなかろうか?
彼らにバクを見つけられないのは、所在地を確認するための発信装置が壊れているからに違いない。なのに作動する。ソイツは山猫の縄張りから、こっちへ逃げてきた、と兵隊たちが言っていた」
やはりそうなのだ。
「村長は連れて行かれたが、昨日戻ってきた。ボロボロになってた。
帰れてラッキーだった、と言った。何も知らないのに喋れって言われたって、どうしようもないだろう?」
まあもっとも、とじっちゃんは続けた。
「あの村長もドームとつるんで散々なことしてきたから、自業自得だ。まだ使える、と思って殺されなかったんだろうよ」
「散々って?」
じっちゃんは少し考えてから言った。
「お前ももう小さな子供じゃないから、世の中のからくりを少し教えてやる。お前の叔父夫婦、なんであんなに意地悪だったかわかるか?」
どうして、などはテンマは考えたこともなかった。黙っていると、
「この村は二つに分かれてんだ。ドームにへつらってちょっとだけいい暮らししてるやつと、そうでないやつとにな」
「?」
「お前の両親は、ドームから仕事もらって生きてる弟夫婦を見下していた。大した差があるわけじゃない、人間としてまっとうに生きたほうがいい、ってな」
「人間として、まっとうって?」
「ま、細かいことは自分で考えろ。知らないほうがいいのかもしれないから、俺は言うつもりはないよ。ともかく、兄弟仲は悪かった。お前が悪いんじゃない。叔父夫婦は、お前をいびって腹いせしてしてたのさ」
「そんな、、」
玉の輿行列にしても、この村はドームと取引して生きているというのはテンマも知っているのだが、それ以上の何があるのだろう。
「俺はこの村よりドームに近い村に住んでたんだ。その村はドームにへつらって大きくなっていった。だが、奇妙なことが起こるようになって、、俺はこれはやばい、と思うようになった。
俺が逃げ出してちょっとしてから、その村はなくなったよ。
、、この村も同じ運命かもな。あの村長、白狐隊のアジトのことも話しただろうから、お前も周囲に気を配って、よく考えながら生きろ」
じっちゃんはそう言ってテンマに背を向けた。
テンマがじっちゃんの言ったことをシオンに伝えると、シオンはすぐまたアジトの場所を変えることにした。
前にバクから隠れていたときに使っていたもので、小さいが必要なものは揃っている。
出入りには十分注意するようにと皆には言ったが、シオンは兵隊がバクがいないのに気づいてすぐ移動するのを期待しているようだった。
「キリンが死んじゃった!」
セリカがテンマを手伝ってバギーの整備をしていると、シュンが震えながら近づいてきた。
「キリンが突然、元のアジトに現れた、、僕たちは野菜の収穫に行ってたんだ。キリン、怪我してた。皆に知らせる前に、死んじゃった!」
セリカはキリンがバクと一緒にいた、と知っている。
「も、もしかして私のせいなの?」
どうもキリンはバクを騙していたらしい。サイキガンが危険だということを彼に言わず、利用していたようだ。それを知ってバクは激怒していた。
キリンは嫌なやつだったが、自分のせいで殺されてしまったのではないか、と思うと心臓を掴まれたような気がした。
ああ、どうしよう、、。
セリカは、彼女の髪の中でカルフが震えるのを感じた。
「セリカのせいじゃない。自業自得だ」
テンマは言った。
「それに殺ったのがバクなら、セリカが心を痛めることなどない」
カルフもささやいた。
それはそうなのだが、セリカはやはりいい気持ちはしなかった。
キリンの身体を布で包んで、アジトのある岩山の反対側に埋めた。
キリンは生きていたときより、ずっと痩せて小さく見えた。
狡猾さで身を包んだ彼は、実際より少し大きく見えていたのかもしれない。
皆で一輪づつ花を手向けた。
セリカは、ニセたんぽぽをそなえた。黄色いニセたんぽぽはどこにもしぶとく生えてきて、キリンにふさわしく思えたのだ。
それにキリンという名前は、なんとなく黄色のイメージだ。
村人には特に知らせなかった。キリンには親どころか親戚もいなかった。
簡単な葬儀が終わってしばらくしても、セリカの心は沈みがちだった。
気分転換に木の実を摘みに行った。
カルフはまたいなくなると困る、と言ってセリカから離れることは少なくなっていた。
沼のそばに生えている茂みには、相変わらず沢山の青い実がなっていた。カゴいっぱい取って、アジトに戻ろうと歩き始めた。
おいっ、と声がして見回すと、藪の中にバクがいた。
ああ、、セリカは震え上がった。
「その実、くれないか?」
バクは言った。彼がカゴをただ、ひったくらなかったことは意外だったが、セリカは大人しくカゴを渡した。
バクは青い実を次々と口に放り込んで飲み込んだ。カゴいっぱいだった実がすぐなくなって、彼はありがとうとつぶやいた。その言葉にセリカは驚いた。
「キリン、どうした?知っているか?」
バクは聞いた。本当に知らないようだ。
「死んじゃった」
そうか、と言ってから彼は、
「俺がやったと思ってるのか?」と言った。
「そうなの?」
違うよ、と今度は鼻で笑った。
「ぶっ殺してやりたかったけど、山猫のアジトに兵隊が来たんだ。
俺はアイツをどうやって懲らしめてやろうかと考えていた。
アイツは、、俺が怒っているのを感じたらしく逃げようとして、跳び出した途端、兵隊に撃たれちまった。アイツはそのまま逃げて、兵隊はなにを勘違いしたのか追いかけて行った。そのおかげで、俺は逃げ出せたようなもんだ」
アイツも最後に、俺の役に立つことをしたな、と付け加えた。同情心などはないようだった。
よく見るとバクは前より顔色がよかった。サイキガンを使うのを控えているのだろうかと、セリカは思った。
「兵隊は村にも現れて、家をたくさん焼いていったの。バクもこの辺に潜んでいたらすぐ見つかってしまうよ」
知っている、とバクは言った。
しかし、これからどうするかというアテは、全くないようだった。
セリカにとっての唯一の吉報は、バクがキリンを殺したのではない、ということだった。
キリンが死んだことには変わりはないのだが、自分のせいではないと思うと、胸を締めつけていたものが取れたような気がした。
「食料、集めて持ってきてあげる。それ持ってどこか行きなよ」
「お前って本当にお人好し。皆、俺なんか死んじまえ、って思っているだろうに」
「、、そんなふうには思ってないよ。最近、私たちの縄張りを通るキャラバン隊が増えたんだ。それはいいけど、中にはちゃんとした通行料を払うのを避けるやつも出てきた」
「そんなヤツラ、俺がいたら、、」
「うん。前は後ろで、でっかいバクが睨みきかせてたから、誰も文句言わなかったんじゃないか、ってシオンは言ってた」
「、、俺、シオンを傷つけるつもりなんてなかった」
ポツリとバク。
あれは事故だ、とセリカにもわかった。サイキガンがなにかもわからなかったのだ。バクは手を伸ばしただけだ。
「私は、、あのキャラバン隊を見つけたのは私だし、あのせいで何もかもが変わったのだと思う。こんな事になったのもみんな私のせいだ」
「何もかもを自分のせいだなんて思うものじゃない。自分がコントロールできないことを、そこまで考えるもんじゃない」
それはバクが、自分に言い聞かせていることなんではないだろうか?セリカは思った。
そうなのかもしれないが、簡単に割り切れない。
「私はヤワなんだ。ヤワな人間って人につけ込まれるんだよね。優しいなんて言うのはヤワの美語でしかなくて、それを利用しようとする人たちが使うおだて言葉に過ぎないんだよねっ」
そうはっきり口に出してしまうと、めちゃくちゃ悲しくなって声が震えた。セリカはうつむいて唇を噛んだ。
バクの眼の前で涙など流したら何を言われるかわからない。血の味がするほど噛んだ。
「お前はヤワなんかじゃない。お前の優しさをヤワだと勘違いして足蹴にするようなヤツは、いつかしっぺ返しを食らう。お前やテンマの注意深さを臆病だなんて思うヤツはこうなる」
バクはサイキガンがのついている腕を高く上げた。
「何があったか知らないが、あまり落ち込むもんじゃない。お前は優しくて強いんだよ。理解されないことを嘆くな。俺をイノシシとか野ブタと呼んだ威勢のいいお前に戻れ!」
怒鳴るように言った。
彼の言葉にセリカが顔を上げると、バクはそっぽを向いていた。
猪突猛進型のバクが、何かを考えられるなど思いもしなかった。
第一彼が、ひとセンテンス以上を口にしたのを聞いたことがない。
セリカは彼には何の考えもない、と見下していたのかもない。
なんとなく後ろめたくて、薄暗くなったらアジトの井戸のそばに食べ物の包をおいておく、と約束してセリカはアジトに戻った。
途中、ずっと沈黙を守っていたカルフが、
「セリカがドーム防衛隊を見つけなかったら、カルフ ザ セカンドはセリカに会えず、美蕾様もセリカに会えなかった。鳳凰様も探し出せなかった」と言った。
確かにその通りだった。悪いことばかりが起こったわけではなかった。
「あ、ちょっと待ってよ。カルフ、どうしてそんなこと知っているの?」
カルフの記憶はずっと昔の原型のはずだ。セリカと共に治療薬やホウオウを探して旅した記憶はないはずだ。
「玉次郎が言った。玉次郎はたまちゃんから聞いたのだ。アタシと玉次郎は同期のようなものだ。アタシたちは一番の下っぱだ。アタシと原型が同じのカルフ ザ セカンドは、長老格だったという。とても悲しい、うる うる うる」
「泣くようなことじゃない、と思うけど」
「泣くようなことではないのか?」
カルフは悲しいと言うより、不思議そうにセリカに聞いた。
「白狐隊で私は二年近く、何のご褒美も貰えない平の平だった。私よりあとから来た年下のシュンが、先にご褒美を貰った。それはたしかにショックで悲しかったけど、泣くようなことじゃない」
そんなことで泣いていたら、自分の流した涙の池でセリカはとうに溺死している。
セリカの姉はよく泣いた。彼女が泣くのは同情してもらえるからだった。糸が針に通らない、と言っては涙ぐみ、針が指に刺さった、と言っては泣いた。母親どころか近所の人は皆、心の優しいお姫様だ、と慰めた。
それは違う、とセリカは思ったものだ。姉が優しいのは自分自身にだけだった。
セリカが転んで膝を岩にぶつけて血がダラダラ出て泣いたとき、母親に足元よく見て歩かないからそうなる、と鼻で笑われた。
自分で傷の手当をした。
そんなふうな生活が身についた。
だからセリカが泣くのは、本当に痛い、痛い、痛いとき。辛い、辛い、辛いときだけだった。それも声を抑えて泣いた。
セリカが自分の考えに沈み込んで黙っていると、カルフもしばらく考えてから言った。
「たまちゃんは荘園を出れば、たくさんの経験が短い間にできて、すぐ皆を超えられると言った。
たまちゃんは、荘園の生活は単調で新しい経験などできない、広い世界のことを知りたいなら本を読むしかないが、それはただの知識でしかない。荘園ではタネを撒いて実を収穫するのが、一年のハイライトだと言うのだ」
確かにそれは単調な気がしたが、それにしてもカルフ間にも何かの競争心があるようで、セリカはそれがおかしかった。
「経験を増やすのは、カルフの使命である。生きるために何が必要なのか学ぶのだ。ただの知識ではない経験は武器である」
セリカの口に出さない疑問に答えるかのように、カルフは言った。
「生きるために必要な武器は、破壊や暴力ではない」
カルフの使命?擬似生命体には使命がある?セリカが不思議に思っているとカルフは続けて言った。
「どうしてカルフ ザ セカンドは美咲荘園に戻らなかったのだ?セリカは知っているのだろう?たまちゃんは知らなかった。
美蕾様は、カルフ ザ セカンドは自由な意思を得てそれに従って行動した、とおっしゃられただけだ」
突然、カルフにそう聞かれてセリカの胸は苦しくなった。心臓をよじられたように感じた。涙が出そうだった。
髪を通してカルフがブルッと震えるのを感じた。
「カルフ ザ セカンドが自由な意思を得て、それに沿って行動したことが、セリカを悲しませるのか?」
何も言わず首を横に振った。自由な意思を得たことが、悲しいのではない。しかし、それを説明しようとしたら、声は震えてすぐ涙に変わっただろう。
「アタシはセリカのお目付け役だ。セリカを悲しませるつもりはない。ヤワという言葉がセリカを傷つけるなんて思わなかったから、そう言ったのだ。
アタシはたくさんの言葉を知っている。でもいつ、どういう時に似たような言葉を使い分けるのかは、経験を積まなければわからないのだ。怒らないでほしい。
自由な意志とはなんぞや?それもわからないが、アタシは自由意志を獲得しても、セリカを悲しませるようなことはしない」
セリカは驚いて頭を上げたが、もちろん彼女の髪についているカルフが見えるはずもなかった。
***
「あ、隊長さん」
なんでこんなところで会うのか、とテンマは縮み上がった。
村はずれ、機械屋のじっちゃんの家からの帰り道にキャラバン隊の隊長ライリにバッタリ出くわしたのだ。
「やっと見つけたぜ」
その言葉にテンマは逃げ出したくなった。嘘がバレたんだろうか?
「お前の持っていたレトロアルフな」
「カルフ!? あ、俺んじゃない!貸してもらっただけだ。ホウオウを探すのに」
反射的にテンマは言った。あ、これもまずい言い訳だ、と思ったがライリはニヤッと笑った。
「お前、俺にウソ言ったろう?ホウオウってお前の兄じゃないな」
ああ、どうしよう、、。
「まあ、別に嘘だって構わないんだ。そのせいで危険が増えたわけじゃないし料金は充分にもらったし、、お前の仕事だったようだな?」
隊長はテンマを責めるわけでも問い詰めているようでもなく、ただ淡々と言った。
まあ、、とテンマは口を濁した。
「俺は今言ったように、あのレトロアルフを探しているんだ。手掛かりをくれないか?」
「どうして?」
不思議だった。
「アイツが探知されなかったのは、素材が古いからだけではないみたいだ。ネオの前の世代も探知される。どのくらい古くて、何が違うか知りたいんだよ」
「まさか、解体しようとか言うんじゃないよね?」
「解体なんかするもんか。貴重な個体だ」
貴重なら実験材料にされるかもしれない。言わないほうがいい、とテンマは判断した。
「知らない。どこにいるか、もうわからない。ホウオウを依頼主に渡してコメコ ドームの外で別れたんだ」
このウソは結構うまくつけた、とテンマはホッとした。第一ウソではない。言葉を選んだだけだ。
ふ~ん、と隊長は疑わし気に言った。
「ま、見かけたら教えてくれ。丸ごととは言わん。羽、一枚でもいい。できれば足の一本も加えて欲しいところだ。プラスチックバッグに入れておいてくれ。金は払う。バッグは新しいものを使えよ」
と、まるでテンマはカルフがどこにいるか知っているようなことを言って、去っていった。
あぁ、まずいなあ、とテンマは思った。
セリカに警告しなければ。つけられていないことを何度も確認しながらアジトに戻った。
幸いセリカとはすぐ会えた。カルフは相変わらず髪飾りのように彼女の髪についている。玉次郎も一緒だ。
セリカを岩陰に引っ張って、小声で何があったか伝えた。
「カルフ、解体されちゃうの」
セリカは驚いて言った。
「わからない。そんなことはしない、羽一枚でいいとも言ったけど、もし彼がカルフを見つけたら、試験管に入れられてなにかの実験に使われるかもしれない」
カルフはそれを聞いて、素早くセリカの髪の中にもぐりこんだ。
「なるべくそうしていろ。嗅ぎなれない匂いを感じたら、どこにいてもすぐ隠れろ」
「玉次郎は隠れなくていいのか?」
玉次郎が言った。
「隊長さんはお前のこと知らないし、大きいカルフには興味はないんじゃないかな」
「カメムシ型カルフだけが狙われるのか? そんなのヒイキだ」
と玉次郎は面白くなさそうにいった。
「狙われているのを喜ぶものじゃないよ」
「たまちゃんは物語を聞かせてくれた。悪い奴らに狙われながらも地を走り空を飛び、大冒険をしてめでたし、めでたしなのだ!」
玉次郎はすっかりその気になって、興奮でもしているか手足を激しく動かした。
「玉次郎、全てのお話がめでたしめでたし、で終わるわけじゃないよ」
「悲しいお話も知っているけど、それはどこかでなにか間違いをしたからだ。玉次郎は間違いなんかしない!」
う~ん、とセリカとテンマは顔を見合わせた。
大きな子供が小さな子供の言い分を聞いている。
大人が小さい子供の夢を育てるべきだ、というように、大きな子供も小さな子供の夢を壊してはいけないのかもしれない。
だがはしゃぎ続ける玉次郎にテンマは、
「現実は違うんだ!」
と言った。それにはほとんど怒っているような響きがあって、玉次郎もカルフもビクッと震えた。
テンマはうつむいた。セリカは彼の手を取って握った。玉次郎もセリカのマネをして彼の手を握った。
カルフはセリカの髪の中で縮こまっていた。
「昔のアルフの中に、特殊なのがいたのかな?」
テンマは、ミライがカルフと言いライリがアルフと言う、言葉の差に気がついていた。アルフというのが、今、使われている言葉のようだ。
ライリと会ってから数日後、テンマは、また機械屋のじっちゃんの家にお邪魔していた。
「特殊?」
「今のアルフにないようなヤツ」
さあな、とじっちゃんはいつも通り、何かの装置をいじくりながら言った。
「科学が頂点に達していた頃は、色々試したもんだろうよ。
遺伝子操作で肉体を変え、AIによる記録の改ざんは知識の改ざんとなった。見ることは信じること、そんな時代ではなくなったのを一般の人間は気にもとめなかった。
嘘のほうが華やかだし、そんなことに夢中になっているうちに人間は心を失い、生き物として大切なことを忘れていったんじゃないかな?」
そこでじっちゃんは言葉を切って、今度は全く違う調子でいい添えた。
「お前に説教するつもりはない。俺のしてきたことだって褒められたもんじゃない。俺はずっと逃げてきた。嫌なことからは。これからも隠れて、逃げるのさ」
機械はじっちゃんに磨かれて金色に光っていた。
機械に嘘はない。手入れが悪ければ壊れる。整備して丁寧に扱えばちゃんと動く。機械屋のじっちゃんが機械好きで人間嫌い、という理由がテンマにはなんとなくわかる気がした。
なにか面白いことがわかったら教えてやるよ、とじっちゃんに言われてテンマは彼の家をあとに、沼の周りで野草を採っているセリカと合流した。
セリカはカルフのおかげで、食用や薬用の野草を見分けるのが上手になっていた。テンマもセリカに教えてもらいながら、野草取りを手伝った。
「あ、また出た!」
「何がまた出た、だ。俺は幽霊じゃない」
ライリは顔をしかめた。
「だって、突然、どこにでも出てくるんだもの」
野草取りを終えて、そろそろ帰ろうと考えていたとき、キャラバン隊のライリが突然また現れたのだった。
隊長はセリカを見て、よう、また会ったな、と挨拶した。
「あの時はちゃんと自己紹介する暇はなかったが、俺はこいつを世話した」
とテンマを指さし、
「キャラバン隊の隊長、ライリという」
と言った。確かに会ったというわけではないが、セリカに見覚えがあるようだった。仕方なくセリカも、
「セリカといいます」
と挨拶を返した。カルフはすっかり用心深くなって、セリカの髪の中にいつも隠れている。それでもカルフはこっそり、彼女のうなじの方に移っていった。
「お前ら、ホウオウのほかにもサイキガンを持ってるやつ、知っているだろう?バクっていう名だ」
これは質問というよりは確認だった。
「この辺に出没しているんだ。兵隊が探している。村を焼かれたんだから当然、お前らも知っているんだろう」
セリカとテンマはお互いを見交わした。
「隊長さんは、どうしてその人を探しているの?」
カルフを探している、とも言うし探偵業もするんだろうか?
「兵隊が必死に探しているから、なんでかと思ってな。壊れているんだって?そいつの持っているサイキガン」
村人や機械屋のじっちゃんと話したのだろうか?
そうだったら隠しても無駄だ。バクに義理立てする必要もないのだが、テンマはまたセリカを見た。
「いい情報には、カネを出す」
「バクをどうするの?」
「どうするって、、俺たちの連れて行った夢遊病者たちと比べたいのさ」
「だったらお金より情報がほしい」
テンマは、ホウオウのために情報を集めるチャンスだ、と思ったのだ。
「情報には情報か。どんな情報がほしい?」
「比べるって、サイキガンの取り方とかは調べるの?」
まあな、と隊長。
「取り方がわかったら教えてくれる?」
「そんなもんでいいのか?わかるかわからないか、いつになるかもわからないんだぞ」
それを聞いて、テンマは躊躇した。
「交渉っていうのはな、自分に有利に進めるのが基本だ。こんな事を教えてやる、俺みたいな親切な人間はめったにいない。これだけでも講習料を取りたいところだ」
「ええっ!?」
冗談だよ、とライリは笑った。
「こんな環境の中、欲や憎しみで染まった人間がほとんどだ。悪意を持つのは簡単だが、悪意はたやすく伝染する。
そんな中で暮らすのは結構、大変なんだよ。俺は、周りにそんな輩を増やしたくはない。だから、もう一度聞く、そんなことでいいのか?」
「彼を殺したり拷問したりしないと約束してくれる?」
セリカが言った。テンマが驚いたように彼女を見た。
「バクをかばうのか?」
「だってバクは、いじめっ子、って言うわけじゃなかった。強くて乱暴だったけど、、自分の思い通りにならないと殴ったりしたけど、、」
「それって、立派にいじめっ子じゃないか!」
そうなのかもしれない。だが彼は意地悪ではなかった。
短気で手が早かったが、あれほど腕力がなかったら、きかん気とか腕白くらいに言われたのではないだろうか?
彼自身も親によく殴られていたのを、セリカは知っている。言葉で説明できずに手が早くなったのだろう。
「それにアイツ、キリンを殺したじゃないか」
押し黙ったセリカを見てテンマは言った。
「キリンを殺したのはバクじゃないよ。兵隊だ」
「え?」
セリカはバクに会って、食料も都合してあげたことは誰にも言ってない。
「会ったんだ。アジトから離れたブッシュに隠れてた。兵隊が来て、キリンはほら穴から跳び出したところを撃たれたって。バクも、もうこの辺にはいないと思う。兵隊が村を焼いたのも知っていたから」
「なぜ、そいつのサイキガンは壊れているんだ?」
ライリは答えを促すように、真っ直ぐテンマを見た。
「俺たちが見つけたときは壊れていた。山猫隊のバギーに爆弾投げ込んで、全てぶっ飛んだからサイキガンもバラバラになったと思ったんじゃないかな?実際、入れ物は溶けて中身は焼けていた」
なるほどな、とライリ。
「どこが焼けていたかわかるか?図に描いてもらえるか?」
テンマが隊長の差し出したノートを取って描きはじめた。
「うまいものだ。観察力も画才もある」
ノートを覗いて隊長は言った。テンマは少し微笑んだ。
「その容器、まだお前らが持っているのか?持っているならそれ、売ってくれないか?」
容器は捨てずに保管してある。何をする、というアテはないが珍しいものだったので取ってあるのだ。
「俺のものじゃない。皆のものだ。一人では決められない」
とテンマが言うと、じゃあ、皆で相談して決めろ、と隊長は値段も言った。まあ、いい値だと思った。
明日、ここで正午に会おう、と彼は去った。
セリカとテンマは早速、白狐隊のアジトに戻って皆と相談した。話すうちに、隊長と会ったいきさつを聞かれた。
「キャラバン隊に、コメコ ドームに連れて行ってもらったんだ。許可証がないと中に入れないから。
サイキガンの治療薬を探している理由を聞かれて、、兄の腕に武器が勝手にくっついた、村の子を撃ってしまって治療薬や除去方法を探しに行く、と言ったんだ。
本当のことなんて、言えないだろう?俺たちは関守だなんて」
テンマはウソを考えるのに慣れてきたようだ。
「それにしてもバクが兄っていうのはなあ」
と誰かが言った。
「キリン、殺したのはバクじゃなかったんだ。よかった」
他の誰かも言った。
仲間同士で殺し合いをした、など誰も信じたくなかったのだ。
「ともかく問題はもうたくさんだ。シオンが全快して、前のようにキャラバン隊から通行料もらって、獲物を追いかけたり畑耕して、という普通の生活に戻りたい」
ミオはモンダイが次々起こるのには嫌気がさしているようだった。
バクのせいで兵隊が来て家々を焼かれ、村人は白狐隊が悪い、というような態度をとっている。
シオンは白狐隊やバクのせいではない、ドームが悪いのだ、あんな武器を作って運ぶ彼らが悪い、と言った。
それは事実だったが、ドームのおこぼれで生きている村人には説得力のある言葉ではなかった。
「ともかく私たちには、この容器は役には立たない。買ってくれると言うなら売ろう。でも、向こうがそれほど乗り気なら、もっと出すかもしれない。交渉は私がする」
怪我してずっと何もしていないシオンは、そろそろ何かしなくては隊長としてのメンツがたたない、と思っているようだった。
交渉にはセリカとテンマはもちろん、シオン、ミオのほか、一番背の高いゴロウが参加した。女子供相手と見下されたくない。
隊長は一人で現れた。
さすがにシオンは交渉には慣れていて、折り合える値段で折り合った。
シオンとライリは握手を交わし、交渉が成立した。隠れていた白狐隊の仲間が容器を持って現れ、金も支払われた。
隊長が始めに言った値段より少し高く売れて、皆ハッピーだ。
また会おう、と言って隊長は歩きだした。
その方向に目をやると、遠くに彼の仲間がいるのが見えた。
「良い値で売れたね」
と嬉しそうに言うミオに、シオンは微笑み返した。久しぶりにリーダーとしての存在価値を示せたのだ。
夕食のごちそうは確実だ、とセリカは思った。
ご機嫌なミオは、大福を作ってくれるかもしれない。
***
「私、思うんだけど」
とセリカは、カイトにペンキを塗るのを手伝いながらテンマに話しかけた。セリカのカモフラージュ ギアに合わせての塗り替えだ。
「バクに、隊長がバクのサイキガンに興味ある、っていうこと、教えてあげたほうがいいんじゃないかな?」
「お前って最近、バクにやけに親切だ」
テンマは訝しげに言った。
「そうじゃないけど、バクっていじめっ子だったけど、意地悪ではなかった、と思うんだ。それにあれって体に悪いみたいだし、そのせいで彼が死んじゃったっら、やっぱり後味悪い。
何もかもが私のせいだ、とはもう思わないけど、あのキャラバン隊と山猫隊のことを知らせたのは私だもの」
意地悪でない、いじめっ子なんているのか?とテンマ。
「彼は乱暴だけど、意地の悪いいじめ方はしなかった。乱暴者という意味ではいじめっ子だと思うけどさ。それに、テンマの言うことバカにしたこと、後悔してると思う」
えっ?とテンマ。後悔などという文字はバクの思考の中にはない、と思うのだ。
「まあ、たしかに意地が悪い、というのとは違うかも、、でも、どこに行ったかもわからないのに、どうやって伝えるのさ」
「それも考えたよ。暗号のメッセージを書いて、彼の立ち寄りそうなところに置いておこうって思うんだ」
セリカとテンマは、キャラバン隊長を見つけた。
機械屋のじっちゃんの家から出てくるところだった。
「バクのこと、まだ探しているの?」
「まあ、色々。あの機械屋のじいさんは物知りだ」
「バクを探すの手伝ってもいいけど、見つけても絶対彼を傷つけたり、拷問みたいな実験はしないって約束してくれる?」
セリカは聞いた。
「その傷つける、って言うのには切断手術も入るのか?」
えっ、とセリカもテンマも声を上げた。
「今、機械屋のじいさんと話したんだ。サイキガン兵士が昔、全滅した話。、、俺が連れて行った四人な、、まあ、一概には言えないんだが、彼らを見ていて絶滅の理由がわかった気がしたんだ」
「理由って?」
「俺たちが助け出したとき、連中は薬でおとなしかったようだ。
翌日、暴れ出すやつが三人いた。並みの暴れ方じゃない。凶暴と言うか、、人間とは思えない暴れ方だった。ぶん殴って気絶させたが、一人はすぐ死んじまった。あとは売り飛ばした。もう一人はボウっとしたままで、ソイツは俺たちが、、見守っている」
見守る、というのは見張って観察している、ということなのだろう。
「死んだ一人を解剖した。武器の神経部、、あの管が皮膚の下に入ると擬似神経を伸ばすんだが、、それが脳まで届いていた」
ええっ!とセリカとテンマは息を呑んだ。じゃあ、、ホウオウは、、バクは?
「バクって言うやつは、凶暴になってはいないんだな?」
「乱暴だけどそれは元からで、、特に凶暴にはなってなかったよ。それどころか、私にありがとう、とか言った」
前より考え深くなったようだ。まさか擬似神経のおかげ、ということはないだろう。
隊長は、
「やっぱり壊れているんだ。壊れて逆にあるべき姿になった?とか」
と眉をひそめた。
「隊長さん、バクを見つけても殺したり、変な実験はしないで!」
セリカは再び言った。
「そして治療法や除去法がわかったらちゃんと教えて下さい。それを約束してくれるのなら、私たちも協力します」
「約束する」
そう言って隊長は手を差し出した。セリカはその手を握った。テンマとも握手して契約は成立した。
「ミライさんに教えてあげなくっちゃ。ホウオウさん、起こしちゃダメだって。ちゃんとした治療法が見つかるまで、眠らせて置かなくちゃ。もし凶暴になったりしたら、ミライさんに悪いことが起こるよ」
「でも、今、花咲荘園に行くのは危険すぎる。キャラバン隊が俺たちのこと見ているかもしれないし、兵隊もうろついている」
「私はバク宛の暗号メッセージを書く。テンマはそれを、彼の行きそうなところや水場に置きに行ってくれる?」
関守には独自の暗号や通信方法がある。
暗号も暗号書のありかを示す印も、共通のものもあれば隊ごとに違うものもある。つまり誰と交信したいかによって、使い分けるのだ。
「それはいいけど、セリカはどうするんだ?」
「ミライさんに教えてあげるの。美咲荘園が見つからずにすむ方法も考えてある」
そう言って、セリカはカイトで出発した。
「いい?カルフ。美咲荘園の上空にさしかかったら飛び降りて、あたりに危険が潜んでないか確かめてから、ミライさんに荘園の鍵を開けてもらうのよ。私はそのまま飛んでからまた戻って来る。毎朝、日の出に荘園の上を飛ぶ。何かあって、カルフが三日以内に戻れないならその後、一週間ごとに来るよ」
「わかった。でも明日はきっとムリだ。鳳凰様が心配だ。たまちゃんたちが発見したことも知りたい」
「じゃあ、翌々日から二回、朝飛ぶ。食料や燃料のこともあるから」
「ちゃんと戻ってきてくれる?」
カルフは何故か、心配そうに聞いた。
「もちろん戻って来る」
セリカは前の経験を活かして、人さらいなどに出くわさないように十分注意した。
カモフラージュ用の布も、砂地用と沼地用のリバーシブルだ。
前ほど寒くはなくなっていたので、焚き火などはしなくて済みそうだ。食料は火を使わなくても食べられるものを用意した。
わずか数日、なんとかなる。
前回、セリカばかりかテンマも、直ぐそばに潜んでいるキャラバン隊の駆鳥にすら気づかなかった。
風林火山の如く、とじっちゃんが言っていた。そのようになりたかった。
セリカは二回、荘園の上空を飛んだが、いくら待ってもカルフは現れなかった。燃料も少なくなってきたので、白狐隊のアジトに戻った。
カルフは他のカルフに囲まれて、荘園の生活のほうがずっといい、と思うようになったのではないか、と心配になった。
カルフ ザ セカンドと比べるつもりはなくても、思い出すのはあのカルフ。再生されたカルフ2はそれに気づいているかもしれない。気づいても不思議ではない。
アジトでは、仲間たちも緊張していた。兵隊が近くに隠れていて油断ならない状況、とシオンは言った。
兵隊たちは村では家々を焼いたがアジトには手出しせず、ただ見張っているようだ、と言う。
見かけるのは一人か二人の兵隊だ、バクがそのうち現れるとでも思っているのかもしれない、と言うことだった。
シオンは活動の拠点を、今度は村はずれに移した。兵隊に隠れているものなどいない、ということを見せるためのキャンプ生活。
そしてことあるごとに村人たちに「どこにいるのかもわからないバクのせいで、迷惑している」と不満をまくし立てた。
白狐隊は野菜や卵を、被害を受けた村人に無料で配った。
村人は、はじめはこんな事になったのは白狐隊とのせいだ、と彼らを悪く言っていたが、食料などを分けてもらっているうちに、そういった感情を少なくとも表には出さないようになった。結果、うわさ話はバクの悪口。
どこにいるのだろう、見つけたらドームに高く売ろう、という話があちこちでささやかれるようになった。
白狐隊には吉報だが、バクには気の毒だった。しかしそれはセリカだけの思いで、他の皆は一息つける、と喜んでいた。
明日で一週間。セリカは再び荘園へ行く準備をした。闇に紛れて飛び立ち、全速力で飛べば明日、夜が明ける前に着ける。
「二人乗りは大変だから、俺も行く、とは言わないけど、玉次郎、連れてけ」
テンマはセリカが心配なのだ。
「ありがとう。充分、気をつける」
「玉次郎、お利口、役に立つ」
玉次郎はウキウキと言った。まるで冒険旅行に出かけるかのようだ。
荘園や白狐隊だけではない、バクのためにも注意を怠ることはできなかった。
上空から地上を広く見渡せる、というのはカイトで飛ぶ利点の一つだ。アジトを離れるときはいつも以上に注意を払った。
隠れ場所、水の場所、いつもと少しでも違って見えるところ、、。頭に刻み込んだ。
あ、キャラバン隊?兵隊だろうか。それとも旅人かな?
焚き火が見える。誰だかは不明だが、それがわかるほど接近はできない。方向を少し変え、そのまま飛んだ。
できる限りの注意して飛び、そして着地した。
追い風で早くつけた。明け方までにはまだ間がある。少し休める。
背の低い、あるかないかわからないような葉っぱをつけた数本の木が絡み合って立っている。その陰で休むことにした。
靴を脱ぎ寝袋に潜り込み、カモフラージュ用の布を被った。
だが思わぬ落とし穴が、セリカを待っていた。
ああ!セリカは悲鳴を上げた。激しい痛みを足に感じた。
眠るつもりはなかったのに、疲れていたのだろう。玉次郎に起こされたたときは、夜がしらじらと明けていた。
慌てて跳び起きた。カルフとすれ違ってはいけない、と焦っていたのかもしれない。靴を調べず、足を入れてしまった。
急いで脱いで靴を振ってみると、小さなヘビが地面に落ちてのたうった。
小さな、猛毒の蛇だった。ヘビも潰されて必死だったのだろう。もがいて動かなくなった。
「セリカ!」
毒蛇を見て玉次郎が叫んだ。
応急処置しなくちゃ、ああ!
震える手で傷口の上から膝にかけて、布をしっかり巻いた。心臓がドキドキ烈しく打つ。息が苦しい。
ううん、これは気のせい。怖いだけだ。不安なだけだ。
自分に何度も言い聞かせた。だがバンバンというよう心臓の鼓動が身体全体を震わせ始めた。
落ち着かなきゃダメ!毒が早く回る!
ああ!どうしよう!カルフ!! ゴメン、ゴメン。カルフが守ってくれた命がこんなふうに終わってしまう。ゴメンネ、ゴメンネ、ああ、、。
「姫様!姫様!セリカ様!!」
必死でセリカを呼ぶ声が聞こえたような気がした。
目が覚めると玉次郎が枕元にいた。
「何があったの?」
よく覚えていない。
「みんなが来てくれた」
玉次郎は、色々、説明しなきゃだからよく聞いてね、と言った。しかしその時、テントの入口が開いて誰か入ってきた。玉次郎はキッキと騒いだ。
「あ、隊長さん」
「無事で良かった。解毒剤を打ったからもう大丈夫だ。なんでこんな遠くまで来た?」
「バクを探そうと思ってきたの」
前から考えていた言い訳を言った。
「俺たちもそんな噂に惹かれてきたが、子供が一人でこんな遠くまで来るもんじゃない。危険をちゃんと考えろ」
と言いながら隊長は水筒をセリカの口元に近づけた。
セリカはゴクゴク飲んだ。のどが渇いていた。
「どうやって私を見つけたの?」
やっと一息つくと、体がやけにだるいのに気づいた。
そうだ、私は毒蛇に噛まれたんだ、、。
「お前のカルフ、、自分の持っている全エネルギー使って、お前を助けようとしたんじゃないかな。アイツからメッセージが届いた」
そう言って彼はタブレットを見せた。しかしセリカには、メッセージの文字はぼやけてよく見えなかった。毒の後遺症か激しい頭痛がする。
「方向を示す矢印に従って来たんだ。そばまで来たら何かが光った。それでお前を見つけた」
「カルフは?」
隊長は気まずそうにセリカを見た。そうしてカルフを差し出した。
「ああ!!」
それは黒焦げになったカルフだった。緑の翼が少しだけ残っている。
光ったのはカルフが爆発したからだ、と隊長は言った。全エネルギーを使い果たした最後のきらめき。
セリカには黒焦げのカルフが、カルフ ザ セカンドのように思えた。そうではないのに、そう思えた。
目を大きく見開いたまま、セリカは焦げたカルフを見つめ続けた。涙は出てこなかった。その代わり世界がグルグルと回り始めた。
玉次郎がセリカの手を握ったのも感じなかった。頭がしびれて、周りで起こっていることが無意味になった。
キャラバン隊はセリカをアジトの近くまで送ってくれた。もっと先まで行こうとしたのだが、玉次郎がキッキと激しく威嚇したのだ。
「その金、他のやつには見せるな。お前だけのヘソクリにしとけ。
それとな、お前のカルフ、本当にカルフだった」
ライリはセリカを気遣うように、静かに言った。
「俺は、カルフはアイツの名前だ、と思っていたんだ。だが、カルフとは磁気軸反転前にいたカーボンベースト アーティフィシャル ライフ フォームのことだ。カルフには擬似生命体遺伝子があった。
正真正銘、本物の擬似生命体。
今のネオ世代など、擬似神経のある、AI搭載のアンドロイドにすぎない。カルフに比べればただのおもちゃだ」
隊長はカルフの最後のメーッセージをプリントアウトして、セリカに渡した。セリカはそれを持って隊長を見つめるばかりだった。
悪夢の中にいるのだと思った。同じことが二度も起こるはずがない。
早く起きなきゃ。こんなのイヤ。誰か目を覚まさせて、、。
隊長はカイトも運んでくれた。バクのこともなにか言っていたが、セリカの頭には入ってこなかった。
キャラバン隊の姿が消えても、セリカはそのまま立っていた。玉次郎がしきりになにか言っていたが、それははるか遠くに聞こえた。
ふと手に持っている紙に気がついた。今度は文字が見えた。それにはこう書いてあった。
「セリカを助けてください!アタシはカルフ、カーボンベースト アーティフィシャル ライフ フォーム、ザ セカンド ジェネレーション。アタシをあげます!セリカが毒蛇に噛まれました。お願いだからアタシの姫様を助けて下さい!!」
アタシの姫様、、それがカルフの最後の言葉?
玉次郎がセリカの手を引っ掻いた。その痛みに、セリカはやっと玉次郎を見た。
悪夢じゃないんだ、現実なんだ。
そうわかった途端に涙が溢れてきた。
「セリカ、泣くな!説明しなくちゃだったのに、するヒマがなかった!!キャラバン隊が行ってしまうまで喋っちゃいけない、と懸命に我慢した。それがセリカを悲しませているのがわかって、とってもとっても辛かった!!」
玉次郎が叫んだ。
「セリカ、泣いてる。こういうときには泣いていいんだね?アタシも泣きたかった。爆発してしまうんじゃないかと思うほど心配した。うる うる うるるる、、」
聞き慣れた声が響いて、セリカは心臓が口から飛び出すかと思った。
「か、カルフ?」
カルフが玉次郎の脇のあたりから覗いた。
ああ、、、。
「ど、どういうこと?」
セリカは頭が混乱して、何を考えていいかわからない。
「遅くなってゴメンネ。美蕾様にキャラバン隊がアタシを欲しがっていることとか伝えたら、解決策を考えてくださったのだ。
その準備に時間がかかってしまった。
一週間経って、待ちきれなくなって、たまちゃんやコガネムシたちと一緒にセリカを探していた。
そしたらセリカが毒ヘビに噛まれた、と玉次郎が悲鳴をあげるのが聞こえた。たまちゃんが荘園に走ったけど、解毒剤がなくってどうしていいかわからなくなった。
キャラバン隊なら解毒剤を持っていると思って助けを求めたのだ。間に合ってよかった!うる うる うる」
「で、でも、、だったらあの黒焦げのカルフは?」
「だから、それが美蕾姫の考えてくださった計画なのだ。
あれは、お館様が保存しておいてくださったカメムシ型カルフの一つだ。爆発させて、セリカのそばにおいた。
ライリのキャラバン隊は、この近くでバクを見かけたという偽情報を流して引き寄せておいたのだ。セリカには水がなくなって動けないふりをしてもらう予定だった。
危険などないように準備したのに、とんでもないことになってしまった」
「でも、全てうまく行った。良かった。玉次郎、お利口、役に立つ!」
玉次郎はウキウキしていた。一世一代の大冒険をしたのだ。
「最後にはうまく行った。隊長もようやくアタシの真価を認めた。アタシはカルフだと、ちゃんと言ったのに誰も耳を傾けない。アタシはカメムシ型カーボンベイスト アーティフィシャル ライフ フォーム、最新式にも劣らない、ザ セカンド ジェネレーション。カルフ ザ セカンド2だ!」
カルフがそれを誇りに思っているのが、今度ははっきりと分かった。カメムシ型であることも、だ。
「美蕾姫がおっしゃられた。美咲荘園はセリカたちが思っているほど無防備ではないって。だから心配せずに遊びにいらっしゃいって。もちろんセリカの心配も考慮して、新しい鍵も加えた」
セリカは胸が一杯で何も言えなかった。
「セリカ姫は具合が悪いのか?まだ回復していないのだ。早くアジトに戻って休んだほうがいい」
セリカ姫、、セリカの目に新たな涙が溢れてきた。
「姫様はまだ悲しいのか?なんで?どうして?全てうまく行っただろう?」
「これは嬉し泣き」
「嬉しくても泣くのか?」
「知らないの?嬉し泣き。ウルルン、嬉し泣き」
「うるるん るん るん、嬉し泣き」
そう言ってカルフは歌い始めた。
セリカ泣くとき カルフも辛い
一緒に行こうよ ドーム都市
「えっ?その歌は、、」
少し歌詞が違うが、セリカが岩山のてっぺんで一人で歌った歌だ。
「聞いていたの?」
「アタシは耳がいいんだ。特にセリカ姫の声には耳を傾ける」
光るドームには 幸せがある
金銀小判や ご馳走がある
だけどドームにいたのは 鬼娘
心凍らせる 氷姫
金銀小判が 何になる
心奪われて 鬼になる
玉次郎も加わった。
セリカの幸せは カルフが作る
うるるん うるるん 子守唄
歌ってあげるよ うるるん るん
セリカとカルフと玉次郎は、歩きながら何度も歌った。
しばらくすると、テンマが大きく手を振りながら走ってくるのが見えた。
おわり
本編「カルフ」に登場したバクの物語を、二月にR18のサイトで発表する予定です。
18歳以上の方は、ぜひご覧下さい。