表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/14

一章・|少女《La Pucelle》

「あん? お前が志願兵?」そう言って、黒髪の門兵(おとこ)は目の前に立っている子供を()め回すようにじろじろと見る。「馬鹿言うんじゃねえ。そんな華奢な体で何ができるってんだ。声変わりもしてねえガキが。冗談も大概にしとけ。戦時中ならいざ知らず、平時にお前のようなガキを雇う余裕はねえ」

 冗談めかして門兵(おとこ)は続ける。

「さあ! 帰った帰った! さっさと家に帰って母ちゃんのおっぱいでも飲んでるんだな」

「だーかーらー。これから戦争が起きるんだってば!」男に“ガキ”と、そう呼ばれた子供が声を張り上げる。

「はいはい。いくら世の中が平和だからってガキのくだらねえ冗談に付き合ってやるほど(ひま)じゃねえんだよ。だいたい男のくせになんだその(なげ)え髪は。一丁前(いっちょまえ)に一つに括りやがって。お洒落(シャレ)のつもりか? 兵士に志願するんだったら、んな邪魔なもんぶら下げてねえでとっとと切ってくるんだな!」

「――この、朴念仁(わからずや)!」そう言って男の股間を力一杯蹴り上げる。「邪魔なもんぶら下げてんのはどっちだ! 第一、あんたの隣の男だって長髪じゃないか! それに僕はガキじゃない!」

 言葉にならない声を出し悶える男。門扉を挟んで隣に立つ長髪の兵士は「あひゃー」と素っ頓狂な声を出し、男の苦悶する姿をどこか楽しげな顔で眺めている。

「て、てめえ……。男同士なら絶対に手を出しちゃいけない暗黙の了解を破りやがったな……!」

「べーっ」とわざとらしく声に出し、左手で目尻を引き下げ挑発する。

「野郎! ぶち殺してやる!」

「にっげろー!」と、どこか楽しげにそう言うと、すぐさま駆け出した。人通りの多い大通りを()け脇道へと駆け込み一気に距離を取る。ある程度距離を離したところで今度はわざと人通りの多い道に行き、人混みを縫うようにして逃げる。

「へへっ。『人を隠すなら人混みの中』ってね」

 またしばらく行ったところで人通りの少ない裏路地へと駆け込んだ。

「はあ」と一息()いてから言った。「ここまで来れば大丈夫かな」

『最初から追ってきていませんよ。もう一人の(かた)が止めてくださっていましたからね』

「あ、そーなんだ、アンジェ。なーんだ、つまんないの」

『はぁー、オリヴィエ。ほんとにあなたって人は……。どうするのです? あんなことをして。あれではもう話を聞いてもらえないでしょう』

「んー……どうしよっか。なんも考えてなかった」そう言ってえへへ、と笑う。

『はぁー……。まったく、どうしようもない人ですね。……あなたを選んだのは失敗だったでしょうか』

「小声でなんか言わなかった?」

『言ってませんよ』

「ふーん」

『しかしどうしましょう。子供(オリヴィエ)一人で行ってもまともに取り合ってもらえませんね……』

「アンジェの声、僕以外の人にも聞こえれば手っ取り早いのにね。姿に至っては僕にも見えないし」

『そうですね……。そうは言っても、ないものねだりをしていては埒が明きません。何か解決策を考えねば』

「うーん……解決策ねー……。……そうだ! 僕にいい考えがあるよ!」

『……聴くだけ無駄でしょうけど、一応聴くだけ聴いてあげましょう』

「僕の実力を示せばいいんだよ!」

『どうやって?』

「んー……すぐに功績を立てるのは難しそうだから……たとえばさっきの兵士を僕がコテンパンにやっつけちゃうとかさ!」

『……そんなことをしでかした日には即刻牢屋行きですよ。イタズラでは済ませてもらえないでしょう』

「……まさかアンジェ、僕がいきなり一方的に襲い掛かると思ってる?」

『あら、違うのですか?』

「やだねー、『あら、違うのですか?』だって。白々しくとぼけちゃってさ。僕だってそんなにバカじゃないよ。アンジェ少し僕のこと低く見すぎじゃない?」

『むしろこれでも過大評価しすぎているくらいだと思いますが……。第一、つい先ほどあんな事をしでかしたばかりで取り合ってもらえないでしょう?』

「なんかすごい失礼なこと言われた気がするんですけど」

『気のせいですよ』

「気のせいかなあ?」

『気のせいですよ』

「ふーん……。まあでも向こうも公に僕にやり返せるとなれば乗ってこない手はないと思うけどな。僕のこと甘く見てたみたいだし。……どこかの誰かさんみたいに」

『そう単純な相手だとよいのですが……。先ほどのやりとりを見るかぎりでは直情的な性格の(かた)のように見受けられましたが』

「大丈夫だって! 『ものは試し』って言うしさ。それにダメだったらまた逃げればいーよ!」

『なるほど。どちらに転んでもあなたは楽しめるというわけですか』

「にしし」歯を見せイタズラっぽく笑う。

『はぁ。いまは他に案があるわけでもないしそうするしかなさそうで――』

「――よう! 嬢ちゃん!」

 背後から突然声を掛けられ、オリヴィエの体がびくっと跳ね上がる。振り向くと、そこには頬に傷のある大柄な男が立っていた。

「こんな裏路地(ところ)で何してるんだい? 誰かと話してるようだったけど……」

「えへへ」と誤魔化すように笑う。「ちょっと友達と追いかけっこを……。そんなことよりおじさん! そっちこそこんなところで何してるの?」

「俺かい? 俺は見ての通りこの街を守る衛兵さ。隅々(こんなところ)まで見て回るのが俺の仕事なんだよ」

「そーなんだ。お勤めごくろー様です」

「娘っ子一人でこんな場所ほっつき歩いてっと事件に巻き込まれても知らねえぞ。遊ぶならもっと人目につくところで遊びな」

「ごちゅーこくどーもありがとーございます。それじゃ僕はこれで」

 足早に立ち去るオリヴィエの背後から、

「イタズラはほとほどにしとけよー!」と叫ぶ声が聞こえた。


 ――「あっ! このクソガキ性懲りもなくまた来やがって! 自分(てめえ)から戻ってくるたあ、いい度胸じゃねえか。とっ捕まえてやる!」

 門兵(おとこ)はオリヴィエの姿を視認するや否やすぐに声を上げた。

「どうどう。落ち着きなよ、いい歳した大人がみっともない。何も僕たちは喧嘩しに来たわけじゃないんだ。ちょっと話をしようと思ってさ」

「あん? クソガキの与太話に付き合う(ひま)はねえと言っただろ」

「おにーさんにとっても悪い話じゃないと思うんだけどなあ……」

 オリヴィエの言葉に兵士は訝しげに眉を吊り上げる。

「何、僕とおにーさんでひとつ手合わせをお願いできないかと思ってね。僕が勝ったら兵士に採用するってのはどーお?」

「ほう、おもしれえ。俺様に勝つ気でいやがんのか」男は自分より背丈の低いオリヴィエを見下ろしながらにやりと笑った。「……いや、やっぱりやめだな。よくよく考えたらこっちに何一つメリットがねえじゃねえか」

「僕をぎゃふんと言わせられるっていう最大のメリットがあるじゃない。それともなーに? もしかして僕に負けるのが恐いとか? 怖気づいちゃった? ぷぷぷ」

 そう言ってわざとらしく笑ってみせるオリヴィエに、兵士はわかりやすく額に青筋を立てた。

「おもしれえ。そこまで言うならやってやろうじゃねえか。小生意気なクソガキを懲らしめるまたとねえ機会だ。その小綺麗な顔がクレーターのようにぼこぼこになっても文句は言うなよ」

「ふん」と鼻を鳴らしてから言う。「できるもんならね」

「ちょうどあつらえたかのようにこの時間は誰も訓練場を使ってねえ。早速一勝負と行こうぜ」

「――あ、そっちのおにーさんも見届け人よろしくね♪ この人の性格じゃ負けても負けを認めなさそーだし」

 門を挟んで隣に立っていた長髪の兵士は『俺か?』といった様子で、親指で自身の顔を指さした。

「参ったな、門番の仕事があるんだが。さすがに二人揃って持ち場を離れるわけには……」そう言ってぽりぽりと後頭部を搔く。「ま、いいか。少しくらい」

『……王宮の入り口を預かる門番ともあろう(かた)たちがはたしてこのような調子でよいのでしょうか……。この国の行く末が少し心配になってきました……』


 ――オリヴィエは男に連れられ、訓練場にやってきていた。

 男は近くにあった木剣(ぼっけん)を手に取ると、

「俺はこっちのを使うがお前はそっちにあるやつ使っていいぞ」と、そう言って、いくつも並んで立て掛けられている鉄製と思しき大剣を指さした。オリヴィエの伸ばした手がそのうちの一つに触れようとしたまさにその時、

「お子ちゃまには重たくて持てねえかもな!」と、これ見よがしに大きな声で男は嘲笑った。

「……本当にいいの? 僕がこれ使ったらおにーさん死んじゃうと思うけど」

「はん。口だけは一丁前(いっちょまえ)だな」

「――随分と軽いんだね」そう言ってオリヴィエは片手でやすやすと大剣を持ち上げる。

「馬鹿言えそいつぁ――なっ……!」

 言いかけた男が、信じられない光景に思わず顔を歪めた。それもそのはず、オリヴィエは大の大人でも両手で構えるほどの重量の大剣を片手で軽々と振り回していたのだ。

「これじゃあ木の枝と変わらないや。すぐに折れちゃいそう」

「は、はは……。どうやら馬鹿力だけはあるようだな……」

「やっぱりこっちの木のやつつーかお」そう言って大剣を右手に携えたまま、先ほど男が手にした場所とは別の、木剣が立て掛けられている場所へ歩み寄る。「……ねー。これっていつ仕掛けてもいーの?」

「ん? ああ。大人の余裕(ハンデ)としてお前が動くのを待ってから始めてやろう」

「そー。じゃ、お言葉に甘えて遠慮なく」

 そう言うや否や、左手で掴んだ木剣を振りかぶって投げる。華奢な体から放たれたとは思えない凄まじい豪速球。

()けるのは無理だと思うから、精々頑張って受け止めてね♪」そう言ってすぐにその場から姿を消した。

 男は咄嗟に木剣の柄と刃を左右それぞれの手で持ち、自身の体を守るよう剣身を前方へ差し出し構えた。――次の瞬間、バキィッと激しく木の折れたような音が辺りに響く。

「ぐおっ……」

 凄まじいまでのその衝撃に、木剣を持つ男の腕はびりびりと痺れ、その手に持っていた木剣は、からん、と地に落ちた。

「――これで“決着(オワリ)”だね」

 男の背後から首元へと、オリヴィエが右手で突き出した大剣が鋭く伸びていた。

「汚ねえ……二本使っていいとは言ってねえぞ!」

「二本使っちゃダメとも言われてないけど?」

「ぐっ……」

「ははは!」一連のやり取りを見物していた長髪の兵士が大声で笑った。「こりゃあ一本取られたな。いや、二本か?」

「いまのは反則技(レギュレーション違反)だ! 勝負は無効だ!」

「おいおい。実戦に規定(レギュレーション)もクソもあるか? いまのが戦場ならばお前は死んでいたぞ?」

「っ……くそっ! 勝負を受けるとは言ったが、負けたら採用するとは一言も言ってねえ!」

「なっ、なにそれ! そんなのあり!? ひきょーもの! 子供に負ける雑魚! 人間のクズ! 兵士としても人間としても失格!」

「て、てめえ! いくらなんでも言っていいことと悪いことがあんぞ!」

「――話は全部聞かせてもらっていたよ」

 オリヴィエが、聞き覚えのない声のしたほうを見上げると、煌びやかな礼装に身を包んだ男子が訓練場を見下ろせる位置にある廊下からオリヴィエたちのことを見下ろしていた。

「げっ! シャルル王太子殿下!」

 男は慌てたように声を上げ、跪く。

「君たち、門番の業務を(サボ)って随分と楽しそうな行事に耽っているじゃないか」

「へへっ。こんな末端の人事に至るまでご記憶くださり、感服、光栄の極みでございます」男は下げていた顔を上げて言った。

「悪名高いことが光栄なものか」

「ははあ。仰る通りでございます」と頭を下げる。

「聞けば彼女――彼が勝ったら兵士に採用するという条件の(もと)決闘が行われたそうじゃないか。『勝負は受けるが条件は飲まない』などと暴論を振りかざし約束(それ)を反故にするのはいかがなものか」

「はっ。返す言葉もございません」

「ねーねー、おにーさん。さっきから話してるあの人誰?」

 オリヴィエが耳打ちするようにして言った。

「馬鹿! シャルル王太子殿下であらせられるぞ! 頭が高い!」

「おーたいしでんか?」

「そんなことも知らないで志願してきたのかこの馬鹿は!」

『はあ……オリヴィエ、あなたという人は……。“シャルル王太子殿下”ラフランス王国の第一王子にして王位継承権第一位。次期国王に最も近いとされるお方です。あなたが幼少のころより散々、「シャルル王子を支えるのがあなたの役目でもある」と説いてきたでしょう。くれぐれも、失礼のないようにお願いしますよ』

「んー、シャルル……ボイル・シャルル? きーたことあるよーな」

『全然違います! シャルル・ラフランス。ファミリーネームとファーストネームすら間違っているじゃないですか!』

(よー)はこの国の王子様ってことでしょ! それなら最初からそう言ってよね。『おーたいしでんか』なんてややこい言葉使わなくたっていーじゃんか!」

『……オリヴィエ。皆さんが「一人でぶつくさ何言ってんだこいつは」といった顔で見ていますよ』

「あっ! いっけね! えへへ」誤魔化すように笑う。

「……まるで誰かと会話をしているようだったけれど……君には何か見えているのかい?」

 シャルル王子は尋ねる。

「どーしよー。怪しまれてるよ」オリヴィエは小声で言った。

「――殿下! あまり一人で出歩かれては困りますぞ!」

 話を遮るように、一人の老夫がシャルル王子のもとへ駆けてくる。

「……僕には王宮内ですら自由は許されないというのかい? 随分窮屈な身分だね、一国の王子というのは」オリヴィエたちにも聞こえるような声で言った。

「……どうかご我慢くだされ」

「やれやれ。どうやら楽しいお喋りの時間はここまでのようだ」そう言ってシャルル王子はオリヴィエのほうへ向き直る。「君とは追って話がしたい。のちほど僕の部屋に来てくれたまえ」

「坊っちゃま! いくら坊っちゃまといえどもそれはなりませぬ! どこの馬の骨ともわからぬ(やから)を、あろうことか私室に招き入れるなど!」

「――オリヴィエ・テスタロッサ! ボンワール村の出自でございまする!」そのやり取りを聞いていたオリヴィエが唐突に声を張り上げた。「しがない農夫の娘として育ちましたゆえ、怪しいことなど何一つございません!」

「馬鹿! んなこと言ったって信じられるわきゃねえだろ! 自ら怪しいと抜かす間抜けな間者がどこにいる!」オリヴィエの突然の自己紹介に、思わず男が声を(あら)らげた。「……お前ならそのくらいやりかねないと思わせるところが恐ろしいところだが……。ってゆーか! お前女だったのかよ!」

「ぷっ! あはは!」

 二人のその微笑ましいやり取りに王子は堪らず吹き出し、そばに立つ老夫に向かって話し掛けた。

「どうだい、爺や? 面白い娘だろう? 僕にはとてもじゃないが彼女は悪ノ娘には見えないな。()が王宮の門番でさえもまるで彼女と旧知の仲であったかのような振る舞いじゃないか。彼女には人を惹きつける不思議な魅力がある、そうだろ?」

「ですが――」

「それに……彼女の実力は爺やも目の当たりにしたんだろう?」

「……なれば、なればこそ! 彼女は王子のみならず、この国……いえ、この世界全土すらも揺るがしかねない存在。あまりにも危険すぎますぞ……!」

「だがそれは同時に、彼女は救国の英雄たり()るだけの力を持っているということでもある。彼女の純真無垢なその様を見てごらん? 彼女が“救国の英雄”となるか、はたまた“傾国の美女”となるか……すべては彼女の手綱を握るモノ次第でどうとでもなるとは思わないかい? 彼女のような危険因子こそなおのこと手元に置いて飼い慣らすべきだ」

「……耄碌したこの老いぼれめには到底理解できぬお考え。……されど、それこそが若き覇王たる資質(うつわ)なのでしょう。坊っちゃまのお好きなようになされるとよい。……どの道、この国はもう永くはないのですから……」

 どこか諦めたようにそう言って、老夫はその場を立ち去った。

 〈『この国はもう永くはない』、か。だからこそ、藁にも縋る思いで彼女に――。爺やは彼女の“裏”にいる存在にまでは気がつかなかったようだけれど……。すでに彼女の手綱が何者かに握られているとなれば、いまから彼女を飼い慣らすことは難しいだろう。彼女を操るは善なるか、それとも――〉

 シャルル王子はひとしきり考え込んだあと、訓練場のほうへ向き直って言った。

「君たちには追って処分を下す! 覚悟の準備をしておくように!」

「はっ!」跪き、頭を下げていた男がボソッと小声で言った。「ちっ、忘れてなかったか」

「業務をサボっているついでだ! そこにいるオリヴィエくんを僕の私室(へや)まで案内してくれたまえ! それで今回のことは不問としよう!」

「はっ! 大変ありがたきご温情! 全身全霊をもって(めい)にあたります!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ