追章・|手紙《Lettre》
〇月×日
オリヴィエが世界樹のもとへ旅立ってから、はや一週間が経とうとしている。近年弱りを見せていた世界樹は、近ごろ回復の兆しを見せている。おおかた、彼女の目的が無事達成されたのだろう。元気になりゆく世界樹を心より嬉しく思う。
だが、彼女は帰ってこない。
もう一度、彼女の無邪気な笑顔が見たい。この記憶を風化させぬため、一日の終わりに、徒然なるままに日記なる物をつけることにした。我ながら拙い文章だ。
〇月×日
オリヴィエがその姿を消してから、今日でちょうど半年だ。
心地のよい風に吹かれ、世界樹は今日も元気に枝葉をざわめかせている。そんな世界樹を目にするたび、彼女の笑顔がふと頭をよぎる。
世界樹が弱っていたことなど人々は知らない。彼女と世界樹の関係もいまだ明かせぬままだ。彼女がもう帰ってこぬというのならば、せめて人々の記憶を彼女の功績で飾りたい。
彼女の帰りを信じていつまでも待つ。
彼女は今日も帰ってこない。
〇月×日
オリヴィエがその消息を絶ってから、一年余りが過ぎた。
嬉しいことに、我が国を窮地から救った救国の英雄オリヴィエの名は、“ラフランスの乙女”という誰がつけたかもわからぬ二つ名とともに、いまもなお世間に轟いている。どうやら君の帰りを待っているのは僕だけではないようだ。
一度だけでもいい、顔を見せてくれ。オリヴィエ。
〇月×日
オリヴィエがいなくなってから、数年の歳月が流れた。
人々の記憶からは君のことが徐々に薄れつつある。僕が王になってからでは遅い。父上に嘆願し、オリヴィエを象った石像を建ててもらうことにした。君の名を深く歴史に刻むために。父上もそれはそれは快く引き受けてくださった。これで君の功績は王国の歴史とともに未来永劫語り継がれることとなるだろう。
僕はいまも君の帰りを待っている。早く君に逢いたい。
〇月×日
オリヴィエと別れてから十数年が経った。
「そろそろご結婚の決断を下されてはいかがですかな?」と毎日のようにしつこく催促してきていた爺やが他界した。賑やかだったときは心地よく感じていた一人の時間も、いまはただ淋しい。
また、君の元気な声が聴きたい。悲しいかな、忘れかけてしまっている君の声を。
〇月×日
オリヴィエと会えなくなって数十年。
今日、父上が崩御なさった。晴れて今日から私が王となる。
かつて私を支えた爺やが私のもとを旅立ってから随分と久しい。私をそばで支えるはずのキミの姿ももうどこにもない。
私はこれから誰を頼って生きればいい? 教えてくれ、オリヴィエ。
〇月×日
どれだけ時代が移ろおうとも、どれだけ街並みが変わりゆこうとも、けして色褪せぬ君への想いが変わることはない。
最後に一目でいい、いま一度、君の笑顔がこの目で見たかった。オリヴィ――(日記はここで途切れてしまっている……)