表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ヒューマン・コンプレックス

作者: リグニン

俺は神。まだ司る物は持っていない。優秀な両親を持っているが、俺自身の力と言えば可もなく不可もなくと言った所だった。早く何か司れと言われているので、日々勉学に努めている。


俺には悩みがあった。それは…同じ神に対して恋愛感情を抱けないと言う物だ。両親も早く孫を見せてくれと言って来る。神は不老不死なのだから急かす事なんてないだろうに。


俺の恋愛対象は人間だった。人間にとても惹かれていた。あまり公には言えない。ある日それが家族と友達にバレて白い目で見られた。天界では神が人間に好意を抱く事を異常性癖として見られていた。別に俺が人間を好きになったからと言って誰かが不幸になる訳じゃないのに。


その異常性癖、それは天界ではヒューコンと呼ばれていた。何故かヒューコンは悪魔を恋愛対象とする神にとっての最大の禁忌であるデーコンよりも蔑視されていた。


俺は友達に勧められヒューコンを治すべくセラピーを受けた。趣味が合わないのは悲しいが正直ヒューコンを治したいとは思わない。俺が人間好きだと言うだけで誰が迷惑するのだろう。実際に禁忌を犯した訳でもないのに。だから適当に治ったフリをするのに呼んでいる。


「それで、あなたは人間にどんな魅力を感じているんですか?」


「まず神と似た容姿ですね。これは創造神が自らを模して造ったからですがこの類似性に親近感を覚えずにはいられません。更に魅力的なのはその肉体の脆弱さにも関わらず彼らは勇敢でアグレッシブな事です。彼らは弱さを上手く隠す事を知っています。彼らは理性が故に非合理的な事をします。実に愛おしい」


先生はバインダーの神に色々と書き込んでいく。


「もしあなたの目の前に自由にできる人間がいたらどうしたいですか?倫理や天界法に関わらず自由にお答えください。どんな風でも結構です」


「小さな箱庭に住まわせ可能な限りどんな願いも叶えます。彼らの人生に干渉できると言うだけでもこの上ない喜びです」


神は悪魔との決まりで人間に直接干渉する事は許されていない。これは数億年前の神と悪魔の争いの末に決まった事だ。あの争いで多くの動植物達が甚大な被害を受けた。だから今の俺にできるのは人間の生活を遠くから眺めるだけ。


「ふむ…分かりました。一応尋ねますね。あなたは本当にヒューコンを治したいんですか?もし当人が困ってないと言う事であれば周りに適当に話を合わせて欺く事も出来ます。本当に治したくないなら無理に治療しなくてもいいんですよ?」


「神付き合いが大変なんです。治療しないといけません。あなただってこの瞬間も俺を快く思ってないでしょう」


「そんな事ありませんよ。本当の事を言えば私もヒューコンなんです」


俺は思わず笑った。からかっているんだろう。そう思ってると先生は徐に鞄から人間のフィギュアを取り出した。芸術の神々は変人が多いものでこうした性癖をカバーする様も作品を作ってくれる。漫画も持ってた。こんなものを持ち歩くだなんて…周りにバレてしまったならと思うと俺でもできない。


「分からない。なんでヒューコンのあなたがヒューコンの治療なんかするんです?」


「ヒューコンじゃない神にヒューコンの気持ちなんて分かりませんよ。ヒューコンじゃない神の身勝手なセラピーで苦しめられる同志を想えば自分がなってやろうと思ったわけです」


それは…確かにそうかもしれない。何だ最初から身構える必要なんてなかった。今更帰れとも言えないのでひとまず治療を行う事にした。


「まずヒューコンを治すためにはヒューコンが何なのかを知る必要があります」


そう言って先生は様々な資料を取り出す。誰が何を好きになるだなんて理由はないものだと思ってた。しかし彼が言うには違うらしい。俺達が人間に惹かれるのには理由があるのだと言う。考えた事もなかった。


「結構単刀直入に言うのでショッキングな内容かもしれません。精神的に苦痛に感じたならそこで話をやめますのでいつでも言ってください」


「わ、分かりました」


神は肉体的には非常に強靭なつくりになっている。ほぼ不老不死だ。千年間休まず喧嘩し続ける神もいるほどだ。だが精神はあまり強い方じゃない。隕石をぶつけられても死なない神が愛神の一言で死んだりする。


自分は神の出来損ないとか言われるんだろうか。興味本位で聞いたつもりだがちょっと怖くなって来た。深呼吸をして心の準備をする。


「では言いますよ。我々が人間に惹かれるのは彼らが自分よりも弱い存在で、自分の意思でどうにでもなるからです。神々と違って人間は恋愛のハードルが恐ろしく低く、彼らの願望は神々に比べると非常に規模が小さい。恋愛のリスクとコストが神とは桁違いな訳ですね」


「うっ…」


そうなのだ。人間の願望は彼ら自身が思っているよりもあまり大きくはない。彼らを満足させるのはそう難しくない。多くの場合、彼らの願望は住む星の中で済む様な事ばかりなのだ。しかし神々はそうは行かない。


自身の愛情を示すために星をパンチで砕いて来いだの、宇宙に1つしかない珍しい物を持って来いだの、一昨日告白しろだの、好意を伝えた相手に滅茶苦茶な注文をするのが暗黙の了解になっている。


誰もが馬鹿馬鹿しいと分かっているのだが、自分たちの恋愛成就の経緯がどんなものだったかマウントを取り合う神もいるものであまり安易に交際すると嘲られてしまう事もある。何と愚かしい文化な事か。


「更に好意を告げた神はその後、多くは告げられた神に頭が上がらなくなります。故に自分から告白するのではなく相手からの告白を待つ受動的な神も多くなりました。若神の恋愛離れの要因の1つとなっています。人間が恋愛対象であれば関係ありません」


「でも人間にもその文化がないとは限らないじゃないですか。俺人間は好きですけどそういう文化があるかどうかなんて知りませんよ。人間も告白した側が頭が上がらなくなるなら神でも同様のリスクを負います。関係上の優劣がヒューコンの性癖に直結してるとは限らないのでは?」


「あろうがなかろうが関係ないのです。神の力の前に人間は無力なのですから。例え神から告白して恋が成就しても優位性は神にあります」


「まあ…そうかもしれませんが」


俺は深くため息をついた。


「しかし信じられません。俺が人間に対して抱く好意と言うのはそんなに不純な感情から来てるんですか?それじゃまるで支配じゃないですか」


「他に考えられるとしたら背徳感や禁忌に触れてみたいという好奇心などもあるかもしれませんね。支配と言えば悪い印象ばかり抱きがちですが、延いては自身から様々な脅威を遠ざける自己保存のための欲望でもあります」


自身から脅威を遠ざけるための欲望…。確かに人間が相手の交際なら神と交際するよりもリスクは大きくない。仮に自分の何気ない行いが怒りに触れて惨殺されると言う事もない。安心感と言う点においては確かに人間と付き合う方がいい。


しかしそれでもまだ納得できない。


「で、でも俺が仮に人間と恋愛関係を築くなら可能な限り対等な関係でありたいと思っています。神と付き合うよりリスクが低いのは確かですがその感情は支配欲などではありません」


「例えばあなたは人間に告白し交際する事になりました。どんな付き合いをするつもりですか?世間体や天界法を一切考慮に入れずに自由に想像してみてください」


「豪邸に住まわせたい。そこで色んな美味しい物を食べさせて…気に入る服を調達します。それから星を巡ったり…。銀河の川が美しく見える星で愛の言葉を囁きたい」


「結構。ではもし人間の望みが豪邸でもなく美味しい食べ物や美しい着物でもなく、神としての力や権威を捨てて人間として共に生涯を添い遂げる事だったなら?できますか?」


禁忌を犯さずに人間と恋愛する方法がただ1つある。それが神である事を辞めて地上に降りる事だ。そうすれば確かに合法的に人間と交際できる。


しかし…想像もした事がなかった。神としての力と権威を失ってまで人間と交際すると言う事。力を捨てれば何かと生活に不自由するだろう。権威を捨てればもう天界には死ぬまで戻れなくなる。親にも会えなくなる。


それだけじゃない。俺は人間としての制約まで受ける事になり短命になる。人間として死ねば人間として転生する事になる。死んだからと言って神に戻る事もできない。


「それは…できません。その場合は相手を諦めます」


「相思相愛の人間であっても、神である事に固執するんですか?」


俺は腕を組んで考える。難しい選択だ。


「…つまり俺がこの問いに答えられないのは、人間に対して神としての優位性を失うからだとそう言いたい訳ですか?」


「実際に失う物はその他にも沢山あるのでこの質問1つであなたにそれを認めさせ様とするのは無理がありますけどね。でも少なからずそれも含まれてると思いますよ」


……そうかもしれない。俺が例え人間を自分と対等に扱おうにもやはり神の力がある限り優位性はどうやってもこちらにある事になる。俺は対等なつもりでもいても人間は自分を対等と思えるだろうか。そんな気はしない。ひょっとしたら常々怯えて暮らす事になるかもしれない。


俺が人間と築くつもりでいた対等な関係と言うのは極めて独り善がりなものだったのかもしれない。


「先生、ヒューコンと言うのは一方的な愛情なんでしょうか…」


「そうとも限りませんよ。人間を恋愛対象とする神がいるように、神を恋愛対象とする人間もいます。今回はあなたにヒューコンと言う性癖の側面を知っていただくためにこれらの話をしました。鵜呑みにする事はありません」


先生は話を終えると荷物をまとめだした。どうやら時間が来たらしい。もう少しだけ話していたい気分だったが、数日跨げばまたすぐに会える。今話したい事はきっとまた会った時に話せばいいだろう。


家を出てすぐの所で先生は振り返る。


「我々は人間が好きですが禁忌を犯している訳ではありません。しかし神々が我々に向ける視線はとても冷たい。誰しも何ら禁忌への魅力を感じていると言うのに、ヒューコンだけは特別に蔑視される。おかしな話です」


「かつて神も悪魔も現世に過剰な干渉を行ったためお互いの権利を巡って争いました。その際に多くの動植物を存続の危機に追いやったのです。生きづらく思いますが、その反省をすればこそ争いの種を生まない様に人間への恋愛感情を唾棄すべき性癖と考える事を全くの間違いとは思いません」


「コアビリーフ(※)だけの問題じゃないと思います。我々が社会的に立場が弱いから叩きやすいんですよ。そこに取って付けたような大義名分を掲げているだけです。現に彼らはヒューコンを嫌悪しながら、その性癖の原因である神々の恋愛のハードル上昇の問題について解決しようと考えていません」


(※こうあるべきと言う信念や価値観。この範囲外にあるものに対して不快感や怒りを感じたりする。個人によって広かったり狭かったりする。詳しくはネットで調べてね!)


確かに神々がヒューコンに向ける憎悪は時に常軌を逸している。先生の意見を全面的に肯定する訳ではないが一理ある気もした。もし殺神事件が起きたなら、被害者がヒューコンだったと言うだけで世間からは加害者への同情や共感が集まる。


もしヒューコンへの理解が広がったとしても、また別の所に矛先が向けられるだけかもしれない。


先生は小さくため息をついた。


「すみません、今のはただの愚痴でしたね。あなたの言う事も尤もだと思います」


「同じ性癖同士貴重な意見交換ができるのを楽しみにしてます」


彼はニッコリ笑うと背中を向けて歩き出した。俺は彼の背中を見送っていた。





…気が付いた。またあの夢だ。思わず笑ってしまった。もうとっくに無くしていたものと考えていたのに神だった頃の未練がまだあるようだ。先生は今はどうしているだろうか。元気にしてるだろうか。


ぼんやりとしていると子供たちがやって来た。何やら農作物を篭一杯に持っている。それを俺にくれた。


「ありがとう。でもこんなにいいの?」


「うん!おかげでじっちゃが元気になったからね!ありがとう先生!」


「先生、どうやったら先生みたいに大きくなれる?」


「沢山食べて沢山遊んで沢山寝たら大きくなるよ」


子供達は元気だ。適当にお喋りをしていたが、そのうち親の元へ帰って行った。いつも騒がしくうるさいがおかげで元気を分けて貰えている。


俺は神と言う力と権威を失い人間になった。地上の人間に恋をしたからだ。相思相愛になって…結ばれたい一心だった。初めは熱愛しあっていた。でも…相手が俺に抱く愛情は日に日に冷めて行った。


あの人が愛していたのは俺じゃなくて『神』だったからだ。神じゃなくなった俺を愛する事が出来なくなっていった。一緒にいても気持ちがすれ違うばかりで悲しくなった。お互いに辛い思いをするばかりだと理解してからは自分から別れ話を切り出した。そして別れた。


今でも愛してる。今頃ひょっとしたら他の誰かと結ばれたかもしれない。それでもいい。自分と一緒にいて不幸になるよりずっといい。愛する人間が幸せである事が俺の幸せだ。


「先生…もしまた会えるのなら1つ尋ねたい。もしあなたが最愛の人間ができたとして、その人間が人外になってしまったのなら。あなたはその人に変わらない愛情を注ぐことができるのか」


俺は雲の上を眺め、返らぬ問いを呟いた。


ベーコン食べたい

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ