男使用人達の飲み会
夜、大衆向けの居酒屋に集った私服の男三人組。執事から事情を聞いた庭師は、酒を片手に陽気に笑う。
「そりゃ、お前さん。閣下に嫉妬してんのさ」
「……嫉妬」
料理人は、ぽつりと呟いた。庭師は、豪快に酒を飲み干すと、言葉を付け足した。
「綺麗な嫁さん貰って、金もあって、地位もある。
順風満帆に見える生活にゃ、誰だって妬むわな」
言語化された感情に、料理人は納得した。そして、それを平然と宣う庭師に疑問を抱く。
「……庭師さんは、そういうことないんですか? 」
「俺? んー、まぁ、しないとは言えねぇわな。
けど、閣下の幸せな部分も、不幸な部分も知ってるし、
嫉妬するだけ自分を貶すだけじゃねぇの?
そんなん、誰も何の得もしねぇよ」
庭師は、こんがり焼かれた骨付き肉を食いちぎった。料理人は、卓上に並べられた庶民的な料理を、欝々と見つめる。
「どうして、そんなに前向きになれるんですか? 」
「むしろ、何で、お前さん、そんな後ろ向きなんだ?
人生楽しんでるか? 」
庭師の言葉に、料理人は表情を暗くした。
「……辛いです」
「お、おう。とりあえず、酒飲んどけ。な? すんませーん」
庭師は通りすがりの店員に酒を頼む。料理人の前に酒が置かれるが、彼は手を付けようとしなかった。よくよく見れば、料理も、あまり手を付けていない。庭師が首を傾げた。
「どうした? 何か苦手な食い物でもあったか? 」
「塩分過多すぎます。よくもまぁ、ここまで素材の味を殺しましたね」
「大衆向けの居酒屋に、繊細な料理を求めんなよ。安くて、そこそこ美味い。それで良いんだよ」
庭師の呆れた視線を受け止めながら、料理人は口を引き結ぶ。そして、決心したかのように顔を上げた。
「あのっ」
「ん? 」
「前向きになれる気がしませんけど、
前向きになれる方法を教えて下さい」
「頑張る気あるのか、ねぇのか分かんねぇな。
まぁ、いいや。……あ、これか? 」
「どれですか!? 」
料理人は血走った眼を庭師に向けた。庭師は気にした様子もなく、骨付き肉にかぶりついた。
「考えすぎねぇってことだ。しゃーねぇもんは、しゃーねぇとか」
「真理ですな」
それまで、無心に、塩ゆでされた枝豆を食べていた執事が同意する。料理人は卓上に突っ伏した。
「……一番どうにも出来ない問題じゃないですか」
「坊主は面倒くせぇな」
「っ、っ……! 」
料理人は、涙目になりながら、身振り手振りで、執事に抗議する。その姿に、執事は素っ気なく言葉を返した。
「ご安心ください。客観的な意見ですよ」
辛辣な一言に、料理人は、再度、卓上に突っ伏した。
「傷口に塩ばっか塗られる」
「お前さんが、塩だと思い込んでるだけかもよ」
庭師の優しい言葉に、料理人は卓上に置かれた酒を凝視する。
「……酒は、消毒にもなりましたね? 」
「そうですね。ただ、飲み過ぎは注意です」
「適度が良いのさ、こういうのは」
「……はい」
料理人は、酒をちびちび飲む。不貞腐れた様子に、執事は肩をすくめ、庭師は豪快に笑った。
「いやー、若いっていいねぇ」
「……若くないですよ」
「おっさんからしたら、まだまだ若造よ」
「あぁ」
「あぁって、何だコラ」
「自分で言ったくせに何なんですか!
大体ねぇ、土汚れをつけたまま厨房に入って来ないで下さいよ!
不衛生極まりない! 」
「はぁ!? ちゃんと落としてるっつーの! 」
「じゃあ、長年染みついた汚れですね! 汚い! 」
「人を汚物扱いしてんじゃねぇぞ、コラ! 」
突然始まった言い争いに、執事は呆れる。
「……絡み酒ですね。すみません、お冷を一つ下さい。
それと、枝豆追加で」
「はぁい、かしこまりましたぁ」
灰色の柔らかな髪を揺らした、人形のような美しい少女が返事をする。浮世離れした愛らしさに、料理人と庭師が毒気を抜かれた。美少女の華奢な背中を見送った料理人は、熱の籠った吐息をもらす。
「……告白してきます」
向こう見ずな宣言に、庭師が顔をしかめた。
「お前、メイド見習いに失恋したばっかだろうが」
「何で知ってるんですか! 」
「侍女の婆さんは、耳が早いんだよ。覚えとけ」
「……マジか」
「貴族ですね」
執事の言葉に、料理人は驚きを隠せない。
「え? 何で分かるんですか? 」
「所作ですよ。平民にはない優雅さ。
しかし、裕福な貴族の娘では無いのでしょうね」
大半の貴族令嬢は、働く必要がない。政略結婚に用いられる彼女達は、親の保護下で大切に育てられる。故に、大衆向けの酒場で働く少女が、執事の目には哀れに映った。その事実に気が付いた料理人は、浮ついた気持ちが一気に沈んでいく。
「……告白は諦めます。仕事の邪魔したくないですし」
「賢明なご判断ですね」
「いつも審美眼が冴えてるな」
「ありがとうございます……まぁ、職業病ですが」
陰気な雰囲気を感じ取った庭師は、わざとらしく声を張り上げた。
「よーし! 今日は、嫌なことを忘れて、とことん飲もうぜ! 」
「おー」
酒に酔った料理人は、珍しく元気に手を上げる。お開きになった頃には完全に酔い潰れていたが、庭師と執事は満足げに顔を見合わせていた。
その頃、酒場の裏方では、灰色髪の美少女が店主に呼び止められていた。
「ほい、今月分の給金。
君のおかげで、売り上げ伸びたからさ、増額しといたよ」
手渡されたのは、金貨一枚。美少女は、嬉しそうに微笑む。
「わぁ、良いんですかぁ。ありがとうございます、店主さん。
これで、目標金額に達しました」
金貨を丁重に仕舞う美少女の姿に、店主の目が潤む。
「偉いなぁ、君は。その年で、自力で学費を稼ぐなんて。
でも、酒場で若い娘が働くのは危ないんだぞ。
今度は、もっと安全なところで働きな」
「はぁい、気を付けます」
硝子玉のような水色の瞳を持つ美少女は、無邪気に微笑んだ。その笑顔は、青い瞳を持つ少年に、どことなく似ていた。