じいや相談室
「悩み事があると、閣下から伺いました。
この老骨でお役に立てるなら、悪い気はいたしません。
どうぞ、何でも仰って下さい」
ブルーム大公家使用人達のお馴染みの円卓にて、執事は穏やかに告げる。先ほどまで多忙を極めていた執事だったが、疲労を微塵も感じさせない笑顔だ。彼の正面に座った料理人が、恐る恐る話し始める。
「……色々、あるんです。
でも、今、凄くモヤモヤしてるのは、
閣下に陰口を言っちゃったというか……その……」
彼の発言に、執事は渋い顔をする。
「面と向かって発言したのなら、それは陰口ではありませんよ」
「……仰る通りです」
料理人は項垂れる。執事は溜息をついた。
(使用人が雇い主に対する文句があるとしても、それを面と向かって告げてはいけない。ましてや、相手は元王族の大公閣下です。不敬罪が適応されずとも、相応の罰を課される可能性があります。料理人も、それは御存知のはず)
大公家の使用人達は、メイド見習いのベリーを除いて、全員が良家の生まれだ。その為、幼い頃から、王族に対する非礼は絶対厳守だと教え込まれている。執事は思い悩む。
(……過労ですかね)
執事は、料理人の顔色の悪さから、そう結論付けた。料理人の顔色を注視しつつ、執事は穏やかに話しかける。
「ところで、話は変わりますが、閣下の結婚披露宴の料理は、人手が足りますか? 率直な意見をどうぞ」
「……あぁ、十一名程度なら、自分だけで大丈夫です」
「そうですか、安心しました。普段の仕事も、大変ですか? 」
「……いや、今は、自分だけで大丈夫です。百名までなら、自分だけで捌ききれるんで」
執事は、料理人の有能さに、目を見開く。それと同時に、彼の性格面の未熟さを嘆いた。
(仕事は出来るんですけどね……もしかして、王宮から異動になったのも、人間関係の悪さですかね? )
通常、王宮の厨房から引き抜くならば、長年の経験を経た料理人が選ばれるはずである。執事や侍女、庭師、馬丁も、そのような人選だ。しかし、料理人が大公家の料理人に就職した時、彼は王立学院を卒業したばかりの年齢だ。
また、執事の経験から、料理人の腕前は、白印蝶花の料理人に匹敵する程だと判断出来る。有能さを疎まれて、追い出された可能性も見えてきた。執事は眉間の皺を深く刻む。
(……これも、嫌がらせの一部、なのでしょうな)
死神王弟。ジャンの異名に、ある者は恐れ慄き、ある者は嫌悪する。当時、ブルーム大公家に召集された人員は、人生の墓場とまで揶揄された。
(勿論、我々、使用人は、誠心誠意、閣下にお仕えしております。
しかし、閣下の敵は不明瞭です。閣下は、現在、王妃派に属しているようですが、それも味方と呼べるものか……)
執事は、ジャンの現状を憂う。故に、今も、ブルーム大公家の使用人を増やすことが出来ない。それでも大公家の生活を維持出来ているが、突発的な行事の際に、右往左往するのだ。執事は悩む。
(平民を雇うのは構いませんが、王立学院を卒業した有能な人員も確保したいところですな。本来なら、閣下と御令息様、側妻様に、各々専属侍女が必要ですし。
……人員の余裕が無いからこそ、今回、料理人が閣下に直接文句を言える環境を作ってしまったのです。私は、深く反省しなければなりません)
長考した末、執事は襟を正す。その間に、料理人も何か思い悩んでいたのか、恐々と口を開いた。
「あの、執事さん」
「はい、何でしょう? 」
「……自分は、クズなんでしょうか? 」
頓珍漢な言葉に、執事は目を丸くした。
「……ご自分で、どの辺りを、そう思われたのですか? 」
「可哀想な話を聞いても、自分の方が可哀想って思っちゃいました。ていうか、言っちゃいました」
「……閣下に? 」
「閣下に」
(なるほど。自愛の精神が強い、と)
料理人の話から、執事は彼の性格を分析する。その間も、料理人は言葉を続けた。
「すぐ八つ当たりするし、自分が、自分がってなるし。
こんなんだから、誰にも好かれないんでしょうね」
(未成熟なまま成人した、と)
「……自分、どうしたらいいですか? 」
縋りつくような視線を受けて、執事は言葉を選びながら話す。
「そうですね。
まず、嫌われたくないのは、どなたにですか?
複数でも構いませんよ」
「……使用人、ですかね。職場だし。
閣下に嫌われるのも、困ります。職場だし」
料理人の言葉に、執事は溜息交じりに呟いた。
「私の見立てですが、大公家に貴方を嫌っている方はいませんよ。あなたに対して扱いが、よろしくない方がいらっしゃるのなら、相手は貴方個人に対して関心がないと思います。気にするだけ無駄ですよ」
「……はい」
料理人は弱々しく頷いた。執事は更に言葉を重ねる。
「そして、貴方の卑屈な性格についてですが、
私は治し方が分かりません。
ですが、愚痴を聞くだけなら構いませんよ。
お酒が苦手でないのなら、今夜、庭師も交えて飲みに行きませんか? 」
予想外の誘いに、料理人は目を瞬いた。
「……邪魔になりませんか、自分」
「社交辞令ではありませんよ。
第一、使用人達の愚痴を聞くのも、私の職務ですから」
「す、すみません」
料理人が謝罪をすると、執事が眉をひそめた。
「それから、条件反射で謝る癖は治した方が良いですよ。
何の謝罪か不明瞭だと、相手を不快にさせます。
私は、あなたのそれに慣れましたけど」
「す……あ、はい。気を付けます」
「はい、大変よろしいです」
執事は優しく微笑んだ。