表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/62

傷心中の男達

 厨房にも、女性関係で傷ついている男がいた。料理人は、メイド見習いのベリーに懸想しているらしい。先日、彼は、ジャンの許可を得て、ベリーを口説こうとした。だが、何も始まらないまま、料理人は失恋したようだ。ジャンは言葉に困る。


(ベリー、先手打っちゃったんだ。

まぁ、そうだよね。元娼婦だもん、男の下心には敏いよ)


 女性経験のない料理人の口説きなぞ、彼女の前では無力と化す。その光景が容易に想像出来てしまい、ジャンは腕を組んだ。横目でデボンを見る。


(うちの野郎どもって、どうして、こう……いや、傷口を抉るのはやめよう。誰も幸せにならないや)

「閣下? 」

「何でもないよ、デボン君」


 ジャンは、デボンの疑問を、笑顔で誤魔化す。気を取り直したジャンは、料理人の肩に、努めて優しく手を置いた。


「大丈夫、大丈夫。君、仕事出来るし、『仕事が出来る彼、素敵』って思ってくれる女性が現れるのを待とう」

「……お気遣い、ありがとうございます。

えっと、自分に何かご用、なんですよね? 」


 料理人は、ジャンの笑顔から目を逸らしながら問いかける。その様子に、ジャンは気が付いていたが、あえて指摘する必要もないので、さり気なく距離を取った。


「春の始月中旬ぐらいに、結婚式するんだ、俺。結婚披露の料理、招待客と合わせて、十一名分なんだけど、大丈夫? 」


 ジャンの発言に、料理人は眉をひそめる。


「料理は大丈夫ですけど……一つ良いですか? 」

「何? 」

「フラれて傷心中の男に、結婚披露宴の料理を作らせるって、どういう気持ちですか? 」

(……辛いっ! )


 デボンは、料理人の恋愛事情を全く知らない。しかし、同じ傷心仲間として、容赦なく胸を貫かれた気分だった。一方、ジャンは、先日よりも、会話をしてくる料理人に驚きつつも、少し考え込む。


「んー、正直、男だから、どうでもいいかな。

女性相手なら、多少は気を使うよ」


 ジャンはあっけらかんと言い放つ。料理人は、ジト目をする。


「……男嫌いですか? 」

「男に酷く裏切られた体験のせいかなぁ」


 ジャンは、軽快に笑う。彼の背後では、またしても、デボンが異なる痛みを負っていた。


(……あんな恐怖を子どものうちに体験したら、そうなるだろう)


 最下層でライと対峙したデボンは、ジャンの不遇な過去が痛いほど身に染みた。辛い過去も笑顔で乗り越えようとするジャンに、デボンは感服する。一方、料理人は顔を伏せたまま、平坦な声を出した。


「……不敬を承知で良いですか? 」

「どうぞ」


 ジャンは首を傾げながら許可する。料理人は、苦々しい面持ちで呟いた。


「自分、閣下のこと、可哀想だなと思いますけど、

閣下の『俺、可哀想でしょう』みたいな発言は、イラっとします。

世の中、大なり小なり、可哀想な奴はいますよ」


 厨房が、しんっと静まり返る。ジャンは目を丸くしていた。


(……俺、そんなこと、言ってたのかな? )


 ジャンは、過去の言動を振り返る。その中で、第一王子に対して、かなり挑発的な態度を取った出来事を。



『あぁ、ごめんよ? おじさん、六年間も誰かさんに失踪させられてたから、坊やのこと詳しくないんだ。で、坊やは、今年で、何歳になるの? 』



(んー、言ってた、かも? )


 過去、ジャンとしては、聞かれたから答えただけであるし、言葉で攻撃されたから、攻撃し返しただけである。


(料理人に指摘されるまで、全然気にしたことなかったな。交流関係を円滑にする為にも、発言には気を付けよう……ん? ) 


 不意に、ジャンの近くで、金属音がする。ジャンが視線を向けた頃には、デボンが、料理人の喉元に剣を突き付けていた。デボンは低く唸る。


「貴様、雇い主の大公閣下に何たる無礼か。不敬を承知の上ならば、腕を切り落とされても構わないな? 」

「ひっ……」


 料理人は、デボンの殺気に怯えた。普段は、頼りない印象の強い若者だが、デボンも正当な騎士なのだ。騎士の重圧を受けて、料理人は身動きが取れなかった。その光景に、ジャンは溜息をつく。そして、ジャンは、黒い笑みを浮かべた。


「デボンくーん。馬車で、俺に、何て言ったー? 」


 その一言に、今度はデボンが硬直した。彼は瞬時に剣を収めると、ジャンに深々と頭を下げた。


「その節は、大変申し訳ございませんでしたっっ!! 」


 あまりの切り替えの早さに、料理人は唖然とした。ジャンは肩をすくめると、料理人に笑顔を向ける。


「まぁ、君には無関係な身の上話な訳だし、気分は良くないね。

教えてくれてありがとう、勉強になったよ」


 ジャンの優しい笑顔に、料理人は青ざめる。彼は、しどろもどろに呟いた。


「……いえ、あの、自分で言っといて、あれ、ですけど。

今、自分で、自分の心を痛めつけたというか。

すみません、八つ当たりしました、本当にすみません」


 料理人は、泣きべそをかきながら頭を下げた。ジャンは苦笑する。


「顔を上げてよ。俺も、一つ言っていい? 」

「……はい」


 ジャンは下から覗き込むように、料理人と目を合わせた。料理人は、間近で見る青い目に圧倒されて、目を逸らすことが出来ない。


(これが、神眼。吸い込まれそうだ……)


 徐に、ジャンは微笑んだ。


「話すときは、相手の目を見た方が良いよ。

ま、単純に、俺の顔見たくないのかもしれないけどさ」


 ジャンは、静かに距離を置いた。青い目の重圧から解放された料理人は、我に返ったかのように話し始める。


「あぁ、いえ、あの。料理ばっかで、まともに話すのが。

……使用人同士は、まだその」

「特定の相手以外は、消極的になっちゃう? 」

「……はい」


 料理人の内気な性格を知って、ジャンは軽快に笑った。


「あははは。んじゃ、一回、じいやを間に置こうか。詳しい仕事の話は、じいやから聞いて」


 そう言い残すと、ジャンは頭を下げたままのデボンに声をかけて、厨房を後にする。










 廊下を進むジャンに対して、デボンは不満を露わにした。


「あの料理人を解雇しないで宜しいのですか? 」

「俺は、結婚式の準備で忙しいの。これ以上、仕事増やさないでよ」


 結婚式の事前準備について纏めた目録を、ジャンはデボンに見せつける。デボンは露骨に目を逸らした。


「虐めないで下さい、泣きます」

「ごめん、先に結婚しちゃった」

「……御結婚、おめでとうございます」

「ありがとう、泣かないで」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ