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あなたの言葉

 一行は、ブルーム大公家に帰宅した。ジャンは、出迎えてくれた執事と侍女に、グリィアを紹介する。


「彼女はグリィア、今日からメイド見習いね」

「畏まりました」


 執事が恭しく頭を垂れる傍ら、侍女が目を丸くしていた。


「あら? もしかして、娼館の子どもですか? 」

「そうだよ」


 ジャンの言葉に、侍女は優しい笑みを浮かべた。


「それでしたら、侍女見習いは如何でしょうか?

娼館の子どもは、平民の子ども以上に教育されています。

閣下の許しが頂けるのならば、将来、学院に入学させて、正式に侍女を目指して頂くのがよろしいかと存じます」


 裏方で雑用をこなすメイドより、主君や来客に直接奉仕する侍女の方が立場は上だ。現在、セツナが不在の為、老齢な侍女の穴埋めを務める者がいない。貴族に不慣れなベリーよりは、高級娼館で貴族と接してきたグリィアの方が、非礼は少ないだろう。

 ジャンは、侍女の提案を快く受け入れた。


「そうだね。良いよ、許可する」

「ありがとうございます。では、グリィア、いらっしゃい」

「はいっ」


 背筋を伸ばしたグリィアは、侍女の元に赴いた。侍女は、孫を見るような眼差しで、彼女を連れて行く。心温まる光景を見送ったジャンは、改めて執事を見た。


「ところで、じいや。聞きたいことがあるんだけど」

「はい、何でしょうか」


 ジャンは、花冠の美女に言われた謎の言葉を執事に告げる。執事は、感心したような溜息をついた。


「ほう、博識ですな、その娼婦は」

「じいや、意味わかるの? 」


 ジャンが目を丸くする。執事は、にっこりと微笑んだ。


「はい。

初代神王陛下の王妃様が仰った言葉です。

『私を真に愛しているのならば、永遠の花畑から一輪摘んで来てほしい』。

当時、初代神王陛下は、王妃様とは恋仲ですら、ありませんでした。

どうしても王妃様と結婚したかった初代神王陛下は、彼女の言葉に従い、水神様の花畑に行こうとしました。

ですが、花畑と、我々の世界は別れた直後。

初代神王陛下は、花畑に行くことが出来ませんでした」


 初代神王の馴れ初め話は、ジャンも知らなかった。五千年分の歴史を大まかに把握することに精一杯で、ジャンは歴史の細部には詳しくない。自身の勉強不足を痛感しつつ、ジャンは話の続きを促した。


「何で、水神様は通してくれなかったの? 」

「諸説ございますが、永遠の花畑は死者が赴く場所です。

水神様は、初代神王が自害を図っていると勘違いして、我が子を死なせない為に、花畑に通さなかったのではないか、という説が有力であると存じます」


 その説に、ジャンは青い幻想郷を思い浮かべた。その中央に鎮座する、水神王族の親たる青き者。


(……優しい、おかあさんだったのは、覚えてる)


 ジャンは、執事の説に納得した。かの親であれば、愛する我が子を、ジャンの時と同様に、生かすことを考えるかもしれない、と。


「で、花を取って来れなかった初代神王は、どうやって王妃を口説き落としたの? 」

「死ぬほど頑張って、王妃様が望む物を見つけたらしいです。それで、無事、結婚されました」

「んん? 」


 執事は真面目な面持ちで、いきなり話を端折った。ジャンは目を点にする。決して、執事が悪ふざけをしたのではない。正史に、そのように締め括られているのだ。ジャンは、考え込むように、額に手を当てる。


「……俺は、彼女が一番欲しがっている物を探すんだね? 」

「さようでございます。頑張って下さい、閣下」


 残念ながら、肝心な部分は分からず仕舞いであった。











 執事の話を元に、ジャンは長々と考え込んでいた。気が付けば、自室の窓の外が明るくなっている。ジャンは盛大に頭を抱えた。


「考えれば考えるほど、分かんないなぁ!! 」

「だろうな」


 長椅子に寝転がって、適度な仮眠を取っていたハサは、適当に相槌を打つ。淡白な態度に、ジャンは頬を膨らませた。


「もう、ハサは好みの子を見つけたからって、気取ちゃっ……」


 瞬間、ハサはジャンの顔面を掴んだ。ジャンは完全に油断していたが、同じ部屋にいれば、鈍足なジャンが、俊敏なハサから逃げることは不可能である。


「あ? 」

「ごめんて」


 ハサの低い声音に、ジャンは素直に謝罪した。普段通りの茶番をしていると、ジャンの自室の扉が丁寧に叩かれた。扉の外から、高い声が聞こえてきた。


「侍女見習いのグリィアです、入室してもよろしいでしょうか? 」

「どうぞー」


 ジャンが軽やかに答えると、グリィアが入室して来た。黒い侍女服を身に纏った彼女は、ジャン達に向かって、丁寧な仕草でお辞儀をする。


「失礼します。朝食の支度が整いましたので、閣下と御令息様を呼びに参りました」


 侍女見習いの初仕事は、ジャンとハサを朝食の席に呼ぶことらしい。グリィアは、緊張のあまり声が高くなっていたが、礼儀作法は及第点であった。ジャンは優しく微笑んだ。


「ありがとう。今行くよ」


 廊下に出ると、忘れていた睡魔がジャンを襲う。小さな欠伸をしたジャンに対して、ハサが呆れたように溜息をついた。


「……すっ転びそう」

「嫌な予言しないでよ」


 ジャンは眠気を嚙み殺しながら、ジャンとハサの三歩後ろを歩くグリィアを振り返った。


「そういえば、グリィアは、百花ノ君と親しかったの? 」

「え? あ、えっと、私は、百花ノ君の専属雑用係でしたので、あまりお話したことは……」

「じゃあ、君から見て、百花ノ君が好きなものって何? 」


 ジャンの質問に、グリィアが必死に考え込む。


「えっと……あっ、目が痛くなる赤い料理を好んで召し上がっていました」

「なにそれ、普通に食べて大丈夫な料理なの? 」

「分かりませんけど、私は、危ないから食べちゃ駄目って言われてました」


 グリィアの言葉に、ジャンは顔が引きつった。徐に、ハサを見る。


「危ない赤い料理とは……」

「知らね」


 ハサの答えは予想済みだったのか、ジャンは肩をすくめる。そして、思い出したかのようにグリィアの髪を見た。


「言い忘れてた。グリィア、髪、二つに結ったんだね。似合ってるよ」

「えっ!? あ、ありがとう、ございますっ」


 ジャンの褒め言葉に、グリィアは照れたように顔を伏せる。その光景に、ハサが冷ややかに呟いた。


「……お前、そういうとこが花狂いって言われんだろ」

「あぁ、なるほど」










 朝食を無事に終えたジャンとハサは、再びジャンの自室に戻った。ハサが定位置の長椅子に寝そべり、ジャンは机に両肘をついた。


(グリィアが、花冠のお姉さんの専属雑用係ってことは、あの大量の贈り物は、花冠のお姉さん宛てなんだろうな。恐らく、彼女は高価な品を貰い慣れている。

そして、彼女が好んで食べる料理も、裕福な彼女が誰かに奢ってもらう必要もない。

……詰んでるなぁ)


 ジャンは嘆息した。気分転換に、机の引き出しから、大公家の帳簿を取り出す。


(俺達の生活費と、じいや達の給料を含めた大公家の運営費、を八十年分計算。そして、俺達の学費を引くと……花冠のお姉さんの身請け金は、青玉貨二十枚まで使える)


 身請け金の目途は立った。ジャンは安堵の溜息をついた。ふと、青い紙の契約書が目に入る。確か、第一王子がジャンに接触した場合、この契約書の下に、第一王子は罰則を受けるらしい。


(水神王国、最高峰の契約書、だっけ? 神話級の魔法じゃないと、消えない紙って凄いよね)


 仮に、第一王子やジャンが神話級魔法で契約書を消し去っても契約は続く。青い契約書は、神王の許可無しに、物理的にも法律的にも破棄出来ない最高峰の契約だ。


(貴族の……いや、王族の契約って、大変だ)


 契約。その言葉に、ジャンは何か引っかかる。結婚も、一種の契約だ。ジャンと、花冠の美女。貴族と娼婦。その言葉で、ジャンが思い出したのは火傷女との会話だ。



『私ね、顔が綺麗なとき、高級娼館にいたんだ。

貴族が、利用するような、上質な店よ。

そこそこ、売れてて、とある貴族に身受けされた。

娼婦にとって、身受けされるのは、幸せなことだった。

この生活から抜け出せるから。

でも、私は、駄目だった。

貴族の奥方は、娼婦が嫌いだったから、すごく意地悪。

でも、私、いっぱい我慢したの』



 この社会には身分差がある。貴族と平民の地位は平等ではない。平民の妻は、貴族に何をされても反抗出来ないのだ。最悪を体現をした火傷女。


(……花冠のお姉さん、彼女と同じ首飾り持ってたな)


 火傷女も、花冠の美女も、娼館で生まれ育った。娼館は巨大な檻だ、娼婦を保護する役目も果たしつつ、彼女達を逃がさない。娼婦が産んだ女児も、娼婦に仕立てられていく。彼女達には選択肢が無かった。


(社会構造上、娼婦は必要だ。だからこそ、娼婦には最大限の敬意を払わないといけない。それを疎かにすべきじゃないんだ、貴族は)


 様々な単語が、ジャンの頭の中で組み合わさっていく。無秩序だった単語も、整然と並べられていくうちに、一筋の光明が差した。


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