燃えた礼服
ボスが中央と示した場所は、建物が開けた空間だった。騒ぎを聞きつけたのか、様々な連中が姿を見せていた。その中には女性もいて、ジャンは何となく安心した。皆が取り囲むのは、丸太に括り付けられていたのは子どもを蹴り殺した男性だった。ボスは赤い石を片手で遊ばせながら、男性を見下ろす。
「おう、言い残したいことはあるか?」
「やめろ!!俺が何したってんだ!」
「あぁ?脳みそ鶏か?そこのガキを蹴り殺したのは、てめぇだろうが」
ボスは、布に包まれた小さな影を顎で指す。男性は必死に弁解した。
「わざとじゃねぇんだ!殺す気はなかった!」
「そうか」
男性は、その言葉で許されたと思ったのか、安堵の笑みを浮かべる。だが、ボスの目は全く笑っていなかった。赤い石を握りしめる。
「神秘奏上。聞け、偉大なる火神。我に火の神秘を与えよ。
奏上、偉大なる火神よ。いと勇ましき神よ。神前に清らかなる赤を捧げる。
火のしるべを我に許したまえ 火檻」
ボスが唱えると同時に、赤い石が塵のように崩れ、赤い魔法陣を成型した。それから炎が生まれる。続いて、炎の元に赤い魔法陣が浮かんだ。ボスが腕をかざすと、炎が男性を覆いつくした。丸太ごと男性が燃え上がる。
「ガキは、大人が思うより、簡単にくたばっちまうんだよ。クズ野郎」
ボスは蔑むように炎に呑まれる男性を見た。男性の断末魔を全く気にしていないのか、幼い子どもがボスの裾を掴む。
「ぼす、あの子も一緒にもやすの?」
「……いや、処刑の火と、火葬は別だ。下がってな」
ボスは子ども達を小さな亡骸から遠ざけると、先ほど同様に燃やした。揺らめく炎を見つめながら、幼い子どもがボスに話しかける。
「ねぇねぇ、ぼす。生きてるときと、死んでるとき、どっちが嬉しい?」
「あ?死んだことねぇから、分かんねぇよ」
「そっかぁ」
「でも、まぁ、生きてりゃ、飯が食える」
ボスの言葉に、幼い子どもが笑顔になる。他の子ども達も似た反応をする。
「じゃあ、生きてる方が嬉しいね!」
「ね!」
能天気な子ども達に、ボスは苦笑する。そして声を張り上げた。
「ほら、解散だ、解散!さっさと、飯食って寝ろ!」
「「はーい」」
子ども達の素直な返事を機に、集まっていた人々はどこかに姿を消した。
ジャンも黒髪の少年に連れられて、大鍋の場所に戻った。
茶碗を雑草ババアに預けて、ようやく小屋に戻ってこれた。
黒髪の少年は、早々に横になる。ジャンは暗い表情を浮かべながら隣に寝転がる。
(みんな、普通にしてた。分からない、これが、普通なの?)
目を瞑ろうとしても、先ほどの悲惨な光景が焼き付いて眠れない。恐怖に泣きべそをかいていると、不機嫌な声が響く。
「うるせぇ」
「ご、ごめんっ」
黒髪の少年が目を開けて、ジャンを見ていた。ジャンは慌てて謝るが、涙が勝手に止まってくれるわけではない。黒髪の少年は呆れたように眺める。
「お前、ずっと泣いてんな」
「……ごめん」
「っるせぇ、泣いてる理由を聞いてんだよ」
「……今、知った」
「さっさと、言え。俺が眠れねぇだろうが」
面倒くさいという雰囲気を出しながらも、彼は話を聞いてくれるらしい。ジャンは、おずおずと話し始めた。
「……わかんない」
「はぁ?」
「泣きたいことが、たくさんあって、どうしたらいいのか、わかんない」
ジャンの呟きに、少年は呆れた。
「……お前は、アホか」
唐突な罵倒に、ジャンは口を尖らせた。
「……お前じゃないもん。俺の名前、ジャンだよ」
「あっそ」
興味さなげな返事に、ジャンはしょぼくれる。気を取り直して、彼を見た。
「君の名前は?」
「んなもん、ねぇよ。好きに呼べ」
冷めた物言いに、ジャンは困惑する。ふと、彼が髪色でしか呼ばれていないことに気が付いた。名前がないことは事実なのであろう。
「じゃあ、ハサって、呼んでもいい?」
「んだ、それ」
「俺の一番大好きな本の主人公の名前。難しい本だけど、主人公が色んな人に愛される話なんだよ」
「……くだらねぇ」
少年は寝返りを打った。ジャンは何が彼の機嫌を損ねたのか分からず、怯えながら話しかける。
「……ハサって、呼ぶのは駄目?」
「っるせぇ、好きに呼べっつったろ」
(……確かに)
ジャンは妙に納得した。そもそも、最初から彼はそう言っていた。彼の了承を得たことで、ジャンは小さな笑みを浮かべる。
「うん。君の事は、ハサって、呼ぶ。ねぇ、ハサは、何で俺の事助けたの?一カ月前って聞いたけど、俺、その間ずっと寝てたの?ハサは、ずっと、俺の事、看病してたの?」
矢継ぎ早に繰り返される質問に、ハサは怒りに肩を震わせた。そして感情のままに振り返る。
「~っるせぇ、早く寝ろや!明日も仕事あんだよ!」
「はーい。お休みなさい、ハサ」
怒鳴られても笑顔で受け止めたジャンは、大人しく眠りにつく。呆気に取られたハサは、相槌を打つことしか出来なかった。
「……何なんだ、こいつ」
子ども達が眠りについた頃、ボスは倉庫前の焚火に近づいた。そして、焚火に青い礼服を投げ入れた。彼の行動を不思議に思ったのか、顔に大きな火傷のある艶っぽい女性が振り返る。彼女の首元で、どんぐりの首飾りが揺れた。
「それ、燃やしちゃう、の、?せっかく、綺麗な布、なのに」
「忘れろ」
「?はぁい」
ボスの低い声音に動じることなく、彼女は素直に返事をした。ボスはその辺の箱に腰掛ける。彼の手元には、新聞がある。そこには、王弟殿下失踪事件の記事が。
(ったく、最下層には色んなもんが流れついちまうわな)
ボスは疲れたように息を吐いた。そんな彼の首筋に、するりと細い腕が回った。火傷の女が妖艶に微笑む。
「する、?」
「しねぇわ、ボケ。女買う金ありゃ、串肉買ってくるわ」
ボスの乱暴な物言いに、女はクスクス笑っていた。
「そ?残、念」