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いざ、高級娼館へ

修正しました。

 普段より質素な馬車に揺られながら、ジャンは意気揚々と声を上げた。


「デボン君を預かる身として、デボン君のお手伝いをするべきだと思うんだよね」

「……んで、何で娼館なんだよ」


 隣に座るハサは、つまらなそうに目的地を呟く。ジャンは、正面に座るデボンに笑顔を向けた。


「事情は深く知らないけど、女性の傷は女性で癒すべきだよね! 」 

「閣下……! 」


 自分を気遣ってくれるジャンに、デボンは心の底から感動した。だが、次の一言に叩きのめされる。


「あと、俺も一回行ってみたかった、高級娼館! 」

「……それが本音ですよね!? 私の感動を返して下さい!! 」

「まぁまぁ。気分が落ち込んでるときは遊んだほうが良いよ。どうせ、見合いの肖像画も疲れちゃったでしょ」

「うぐっ……」


 言いくるめられたデボンは口をつぐんだ。ハサは溜息をついた。


「よく、じいやが許したな」

「『女性に興味を持つことは素晴らしいです』って、褒められたよ」

「マジか」


 ハサにとって、じいやは厳しい家庭教師の印象が強い。だが、ハサは思い出した。執事の教えは、実になることが多いことを。


(……つーことは、これも貴族に必要なことなのか)


 ハサは、執事が許可を出した理由に納得した。










 外の賑やかな雰囲気から、花街に突入したことを悟り、ジャンは好奇心が刺激される。ジャンは上機嫌でデボンに話しかけた。


「花街って、子どもでも入れるんだね」

「……まぁ、入学前に、勉強の一環として親が連れてくることもありますし」

「デボン君の初体験どんな? 」

「……む、向こうの方にお任せで良いかと」


 デボンは歯切れ悪く答える。その様子に、ハサが冷ややかに告げた。


「まな板に載せられた魚か」

「し、失礼だな!! 貴殿は!! 」

「まぁまぁ」


 ジャンは憤慨するデボンを宥めつつ、話題を変える。


「ねぇ、デボン君。メイド見習いの、ベリーって知ってるよね? 」

「え? ……あぁ、はい。生誕祭で御一緒した女性ですよね」

「そうそう。彼女、俺の御手付きって思われてるらしいんだけど、何で? 」

「……違うんですか!? 」


 デボンは、驚愕に叫んだ。予想外の反応に、ジャンは面食らう。


「え? 何その反応」

「だ、だって、付き合ってもない女性と一緒に生誕祭回ってるし! 」

「え、駄目なの? 」


 曇りなき眼に見つめられ、デボンは兄貴風を吹かせる。


「お供なら分かりますけど、貴族は異性の使用人と遊びに出かけませんよ! 大体、恋人でもない女性に服買わないでしょ!? 」

「だって、ベリー、働いたばっかでお金ないじゃん」

「だとしても、一緒に選んで買いませんよ! 使用人の服が必要なら、執事や侍女に頼むんです、普通は! 」


 貴族としての常識を説教され、ジャンは拗ねる。


「可愛い服選んでるベリーも見たいじゃん」


 その反応に、デボンはジト目を向けた。


「……薄々感じてましたけど、閣下、花狂いですよね!? ほぼ毎日、メイド見習いに『今日も髪型綺麗だね』とか声かけてるし! 言いたくないですけど、そこそこ色男だからって調子乗ってんですか! この野郎! 」


 思いの丈を感情のままに吐き出すデボン。ジャンにとって聞き慣れない単語はあったが、少なくとも褒められている雰囲気ではない。ジャンは目を瞬いた。


「すごい、言う」

「お前、そこそこ色男だったんだな」

「あ、驚くの、そこなのね? 」


 ハサの斜め上の感想に、ジャンは肩の力が抜ける。


「ていうか、花狂いって何? 」

「女好きのゴミクズ野郎って意味ですよ! 」

「あはははは! マジか! 」


 とんでもない罵倒に、ジャンは腹を抱えて笑った。そんな彼に呆れながら、ハサは頬杖をつく。


「つーか、お前。一応、こいつの方が身分高いんだろ? よく、正面切って文句言えたな? 」

「閣下はそんなことで怒らないでしょうが!! 」

「よく分かってる」


 素直なデボンの反応に、ジャンは笑いが止まらない。そして、ジャンは、わざと意地悪な笑みを浮かべてやった。


「そして、今から、君の娼館代を奢ろうとしている相手に向かって、よく吠えたよ」

「大変申し訳ございませんでしたっっっ!! 」

「切り替えが早ぇな、おい」


 見事な謝罪の姿勢に、ハサは阿保を見るような視線をデボンに向ける。その時、馬車が緩やかに停止した。


「坊ちゃん達。目的地に着きましたよ」

「「「あ、」」」


 大人代表と言わんばかりの渋い声音に、ジャン達は我に返った。恐らく、馬車内の会話は全て、運転手の馬丁に聞かれていただろう。デボンは青ざめながら馬車を降りた。


「私の首は無事か? 無事だよな? 多分」

「……ばーか」


 ハサは、悪態をつきながら降り立った。ジャンは苦笑しつつ、馬丁に向かって、口元に人差し指を当てて見せる。


「内緒ね? 」

「御意」


 馬丁は、無駄口を叩かない男なので、静かに馬車の番をしてくれることだろう。









 ジャンは、ハサの手を借りて、地に足を付けた。目の前には、清潔感溢れる館が佇んでいた。軒先には色鮮やかな造花が、沢山飾られている。そして、窓辺では、綺麗なお姉さん達が通りの男達に手を振っていた。


「ここが、高級娼館っ」


 ジャンは、待望の宝物を見つけたかのように目を輝かせていた。足を止めるジャンの背を、ハサが後ろから押す。一応、この場の最年長であるデボンが先導して、高級娼館の扉を進んだ。受付の男は、デボンの立ち振る舞いから、高位貴族だと気づいたのか、恭しく頭を下げる。


「いらっしゃいませ。本日は、何名様ですか」

「あ、はいっ。えっと……」


 デボンは緊張で声が裏返った。実は、デボンも、親に一度連れてこられただけで、高級娼館には馴染みがない。言葉に言い淀んでいると、我に返ったジャンが身を乗り出す。


「はいはーい。二名です。この子、俺の護衛」


 ジャンは、ハサを指差す。デボンは実力差を思い知らされているので、ハサが護衛を代わることに意義は唱えなかった。デボンが、ジャンに一歩引く姿勢を見せたので、受付の男は三名の上下関係を把握する。そして、ジャンの青い目を見て、内心の動揺を押し殺した。


(例の死神王弟か。……とはいえ、噂は噂。金さえ払ってもらえば良い)


 受付の男は、営業用の笑顔を装備した。


「はい、二名様ですね。では、待合室に御案内いたします」


 ジャン達が案内されたのは、大広間を薄い板で区切った簡易的な個室だ。ジャン達が椅子に腰掛けると、三つの湯呑と、一枚の上質な紙が卓上に置かれた。


「こちら、料金表です。

初回は、一時間、娼婦との会話だけ、性的接触は厳禁です。一番高級な娼婦を除いて、どの娼婦も、一律、銀貨一枚となっております。

初回と同じ娼婦を二回目以降も指名する場合は、その娼婦の価値によって、金額が上下に変動いたします。平均的な娼婦で、三時間、金貨一枚です」


 懇切丁寧な説明にジャンは耳を傾ける。


(やっぱり、最下層のお姉さんとは破格の扱いだね)


 値段だけでなく、娼館自体が娼婦の保護を視野に入れた制度を取り入れている。初回の内容を鑑みるに、客の態度次第では、一発で出禁にされる。ジャンは、館の雰囲気と、受付の男の接客が気に入った。受付の男は、更に、複数の肖像画を卓上に置いた。


「こちら、初心者にお勧めの娼婦です。娼婦の御要望がありましたら、気軽に仰って下さい。私どもで、お客様の好みにあった娼婦を選びますので」


 ジャンは上機嫌で、高級娼館の雰囲気に呑まれているデボンに話しかける。


「デボン君、好みの女性は? 」

「…………清純そうな子で」

「素直で良いね! 」


 デボンの返答に、ジャンは称賛の声を上げた。そのまま、受付の男に目配せする。受付の男は、人当たりの良い笑顔を浮かべると、待合室を行ったり来たりしている、齢一桁程の少女を呼び止めた。そして、受付の男は、デボンに向き直った。


「では、彼女が娼婦の元に案内して下さいます。どうぞ、娼婦との歓談をお楽しみ下さいませ」

「は、はい」


 デボンは緊張した面持ちで、少女に付いて行った。ジャンは苦笑する。デボンの気配が遠ざかると、ジャンは気になっていたことを、受付の男に尋ねた。


「小さい女の子もいるんだね? 」

「はい。彼女達は適齢期になるまでは、雑用係として置いています。貴族の中には、少女達を使用人として身請けする方もいますよ。一般的な少女を雇うより、私どもで教育された子の方が読み書きが出来ますし、何より行儀が良いので」


 受付の男の説明を、ジャンは静かに聞く。ジャンが最も気になっていたことは、それではない。ジャンの喉に痰が絡みつく。


「あの、どんぐりの首飾り、は? 」

「あ、」


 ジャンの言葉に、ハサも首飾りの存在に気が付いた。ジャンは、首飾りを視界の端にいれた瞬間、彼女の面影を思い出していた。受付の男は、当たり前のように話し始める。


「あぁ、あれですか。高級娼館で生まれた子どもの目印ですね。王都の高級娼館で生まれた子は、古い慣習で、どんぐりの首飾りを身に付けてますよ。娼婦にとって、王都の高級娼館は憧れの的ですからね。あの、素朴な首飾りを一生大事に持ってるらしいです」


 受付の男の言葉を聞いて、ジャンは寂し気に目を伏せた。


「……ありがとう、教えてくれて」

「いえいえ。気になることは、何でも質問して下さい。答えられる限り、何でも答えますので」


 受付の男に愛想笑いをするジャンの手を、ハサが、優しく握る。ジャンは不思議そうに彼の名前を呼んだ。


「ハサ……? 」

「……何でもねぇ」


 ぶっきらぼうに言うと、ハサはジャンの手を放してしまった。ハサの気遣いに、ジャンは小さく微笑む。


「ありがとう」

「……別に」


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