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色男とは

 ベリーとは、ジャンやハサが過ごした最下層の元娼婦で、現在はブルーム大公家に勤めているメイド見習いである。その彼女を、料理人は口説きたいらしい。料理人が発した衝撃の言葉から、いち早く我に返ったジャンが、目を吊り上げた。


「はぁぁぁあああ!? 急に何言ってんの!? 

そりゃ、君のお菓子もご飯も美味しいよ!? 

美味しいけれどもね!? ベリーの話は別腹だよ!! 」


 滅多に使用人に怒鳴らないジャンの姿に、料理人は身を縮ませる。


「も、申し訳ございません」


 竈の音で消え入りそうな料理人の声が落ちる。ハサは、紅茶にジャムを入れながら、呆れたように呟いた。


「つーか、何で、ジャンに確認取んだよ。口説きたきゃ、勝手に口説きゃいいだろうが」


 ハサの反応も当然だ。しかし、料理人は気まずそうに口を開いた。


「……ベリーさんは、閣下の御手付きだと思いまして」


 予想外の単語に、ハサは、紅茶を吹き出した。御手付き、すなわち、男女の関係がある。言葉を完全に理解したジャンは、酷く憤慨した。


「はぁぁぁあああ!? ベリーはベリーだよ! 

そりゃ、可愛くて柔らかくて、良い匂いはするけどもさ!? 

初恋のお姉さんより、ドキドキした覚えはないよ! 」


 初恋のお姉さんとは、最下層暮らしの際に、ジャンの初キスを奪った火傷女のことである。そのような昔話を、大公家の料理人が知っているはずがない。だが、ジャンの初キスを目撃したことのあるハサは、口元を拭いながら、露骨に渋い顔をした。


「趣味わりぃな」

「俺の初恋を貶さないでくれる!? 

まぁ、あの意地悪な性格は俺もどうかと思うけどね!? 」

「っるせぇ」


 ハサに文句を言われたジャンは押し黙った。ハサは嘆息する。


「第一、ベリーの色恋は、ベリーの自由だろ。

何で、お前に指図されなきゃなんねぇんだ。

これと付き合うのを決めんのはベリーだろ」


 ハサの正論が、ジャンの心に突き刺さる。


「うぐっ……!

でも、ご飯もお菓子も美味しいけど、料理人が本当に良い奴か分かんないんだもん。ある日、突然、ニコニコしながら俺のこと殺しに来るかもしれないし? 」


 実際、よく仕事も出来て、人当たりの良い男が、ジャンの殺害を実行したのは事実だ。ハサも、その人物も思い出して盛大に眉間の皺を寄せた。


「んな狂人が、あちこちにいて堪るか。

ベリーが泣かされたら、これ、ブッ殺しゃいいだろうが」

(……え? )

「あ、それもそうだね」


 料理人は、何となく自分のフォローをしていると思っていたハサが、物騒な言葉を吐いた現実に戸惑う。その間に、物騒な言葉を料理人の雇い主たるジャンが肯定する。目の前の容赦ない会話に、料理人は現実逃避した。


(……あ、自分、今日が命日なんだ。短い人生だったな)


 人生最後の晩餐の献立を料理人が考えていると、ハサの無愛想な声がかかる。


「なぁ」

「は、はい!? 」

「俺、明日の朝食、オレンジのジャムが良い」

「……はい? 」


 急に現実に引き戻された料理人は、ハサの言葉が理解できなかった。ハサの注文を聞いて、ジャンが身を乗り出す。


「あー、自分だけ、ちゃっかり注文して狡い。俺、はちみつね、パンに塗るの」

「ぎょ、御意」


 どうやら、朝食の要望を告げられたらしい、と認識した料理人。得意の料理のことであった為、比較的、料理人は落ち着いて要望を心に留めておくことが出来た。少し冷静になったことで、彼はベリーの件が非常に気になった。料理人は、恐る恐る、ジャンとハサに尋ねた。


「……あの、それで、先ほどの件は? 」

「「ベリー泣かせたら、殺す」」

「ぎょ、御意!! 」


 先程の物騒な言葉は現実であったと知り、料理人は勢いよく敬礼した。










 小腹が満たされたジャンとハサは、廊下を歩いていた。


「実際のところ、どう思う? 」

「ベリーの好みじゃねぇと思う」


 迷いなく告げるハサに、ジャンは失笑する。


「だよね。お姉さん達、ボスが凄すぎて、他の男連中なんか霞んで見えてそう」


 かつて、ジャン達を保護していた男の存在。一時期、国が信仰する水神よりも感謝されていた男である。子どものジャンに怯えるようでは、有象無象の集団を束ねていたボスに、料理人は敵うまい。


 ボスの話を思い出して、ハサは首を傾げた。


「ボスって色男か? 」

「んー、顔怖いしなぁ。雰囲気がモテたのかも」

「ふーん? 」


 色男という単語に、今度はジャンが首を傾げた。


「俺って、色男? 」

「知らね」


 ジャンは思わず脱力する。


「何でだよ。毎日毎日、この顔見てるじゃん」


 ジャンは、ハサに見せつけるように、前髪をかき上げる。その様子に、ハサは怪訝な顔をした。


「色男の基準なんて、俺が知るわけねぇだろうが」

「……確かに」


 顔の良し悪しなど、人間の最下層で気にしていたのは娼婦ぐらいだ。力仕事をしていたハサや、闇医者の仕事をしていたジャンには、縁のない言葉であった。







 ジャンとハサは、書庫室にいるデボンを尋ねた。


「色男の基準? ……女性に言い寄られてたら、色男の証拠じゃないですか」


 子ども達の純粋な疑問に、デボンは遠い目をした。心なしか、デボンの頬が痩せこけている。その悲惨な姿に、ジャンは目を丸くした。


「どうしたの、デボン君」

「いえ……昔の傷が……うぅ」


 デボンは、悲し気に胸を押さえた。流石のハサも、言葉の殺傷能力の効果が普段以上に大きいことに気が付く。ハサは、物言いたげにジャンを見る。


「ジャン」

「あー、えっと。今、何してるの? 」

「……あぁ。王都の知り合いから送られてきた見合いの肖像画を見てます」


 デボンは、彼の祖父から、結婚相手を捕まえるまでは、帰宅を禁じられている。つまりは、プーガル辺境伯領に立ち入ることを禁じられているのだ。プーガル辺境伯領に存在する第五師団にも帰れない。故に、デボンは客分としてジャンの護衛騎士を務めている。騎士服の紋章も数字ではなく、大公家の紫陽花が咲いていた。


 大公家の居心地は悪くないが、騎士として、自身の志願した組織に帰りたい気持ちがあるのだ。その為、デボンは、ジャンの外出以外は、大抵、書庫室に籠って見合いの肖像画と睨めっこしていた。


「いっぱいあるね。何が駄目なの? 」

「……見ますか? 」


 ジャンはデボンから肖像画の一部を受け取る。中身を確認して、一旦、ジャンはデボンの容姿と見比べた。そして、ジャンは困ったように微笑んだ。


「すごく、年上だね」


 成人したての男性に、本気で嫁ぐつもりなのか、と疑問を抱かずにはいられない初老女性達の絵が沢山あった。初婚にしては、いささか難易度が高い。


「……でしょう!? 絶対悪ふざけですよ! こんなの送ってくるとか! 」

「肖像画の女性達は悪くないでしょ」

「ですよね!? 申し訳ございません! 」


 いつもの調子が戻ってきたデボンに、ジャンは安心する。肖像画の件を横に置き、ジャンは前々から疑問に思っていたことをデボンに尋ねた。


「学院卒業したら、結婚するのが普通? 」

「婚約者なら居ると思いますよ、普通は……普通は、ね。あはは」

(わぁ。何を言っても、傷にしかならないよ)


 デボンにとって、結婚相手探しは予想以上の心的外傷である。そのことを、ジャンは肝に銘じた。



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