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王族会議

 時は、ジャンが首を自傷した件の翌日に遡る。


 王宮のとある一室にて、神王を始めとした現役の王族が雁首を揃えていた。上座に神王リオクスティード、その右隣に王妃マリーアンネ、その左隣に側妃エルナ。下座には、第二王女シェリーアンネ、第一王子ライオティード、第三王女ケイナが座っている。今回、学院に入学中のメアリーアンネは不在だ。


 重々しい空気の中、リオクスティードが眉間の皺を深くして息子を見る。


「ライオティード、説明しなさい」


 名前を呼ばれたライオティードは肩を震わせた。側妃が険しい表情でリオクスティードを睨む。


「陛下。罪を問うべきは、ブルーム大公なのでは? 幼い子どもの前で、故意に血を流して見せたと」

「神の証は、魔法訓練で何度も見る。少量、しかも、ジャンクティード自身の血だ。それだけで、ジャンクティードを罪には問えない」


 リオクスティードは冷ややかな視線をエルナに向ける。


「むしろ、姉と叔父を罵倒し、あまつさえ叔父に不当な罪を科す方が罪深い」

「陛下! ライオティードは、まだ子どもで」

「ジャンクティードも、子どもだが? 彼は、永遠の花畑に行っても構わないと申すか? 」

「っ」


 エルナは口をつぐんだ。リオクスティードは無感情な目で息子を眺める。


「ライオティード。余の言葉が聞こえないのか? 」

「……いいえ」

「ならば、自分の口で説明しなさい。お前は、西の離宮で何をした」


 ライオティードは顔色を悪くしながら、細々と説明する。


「シェリーアンネの稽古中に、邪魔しました」

「それだけか? 」

「……シェリーアンネを馬鹿にして、ジャンクティードに死神王弟って言いました。でも、私は、奴に死ぬことを命じていませんっ」


 ライオティードは必死に言葉を紡いだ。しかし、リオクスティードは眉間の皺を揉んでいる。彼は溜息を我慢して、憐れむような目で息子を見た。


「お前は自分の身分を理解していないな。

不敬罪は、我ら王族を侮辱した相手に発生する罪だ。

罪の重さは、我らの裁量で決まる。明確に死を断言せずとも、死の気配を滲ませるだけで、極刑に等しいのだ。

 お前は、ジャンクティードに、忌み名を吐いたのだろう? 

それは、ジャンクティードにとって、死を暗示する単語と同等。従って、彼の判断は貴族として間違っていない。仮に、あの場に、お前以外の王族がいなければ、ジャンクティードは本当に自害していたかもしれんな」


 リオクスティードは、シェリーアンネとケイナを一瞥した。シェリーアンネは表情を強張らせ、ケイナは顔を伏せた。父親に残酷な未来図を突き付けられたライオティードは恐怖に慄く。そして、自己を正当化する為に、ぼそぼそと喋る。


「でも、いつもは、」

「今まで誰も自害しなかったのは、お前の周囲が、子どもの戯言として扱っているからだ。さもなくば、今頃、お前の周囲は、血の海だろうな」

「……っ」


 子ども扱いだからこそ、王城の使用人達に黙認されてきたライオティードの言動。本来ならば、近しい保護者が、彼の心無い言動を諫めるべきである。だが、それは、ライオティードが十一になるまで、矯正されていない。


「陛下。子どもの前で残酷な表現は控えて下さい」


 ライオティードの実母たるエルナは、あくまでも子どもを気遣う発言をする。それに、リオクスティードは不愉快な表情をした。


「エルナ、お前も事の重大さを理解していない。今、きちんと教育しなければ、将来、ライオティードは大量殺人者となるぞ。くだらない罪状で、どれほどの屍を積み重ねることか」

「陛下! 」

「口を慎め、側妃。その立場で、命の重さを知らないとは申してくれるな」


 温度のない声に、エルナは口を引き結んだ。わなわなと震える肩は、決して、リオクスティードの言葉を受け止めていないだろう。リオクスティードは、溜息交じりに呟いた。


「ジャンクティードへの謝罪は、親の責任として、余が行う。

ライオティードは、ジャンクティードが王立学院に入学するまでの期間、ジャンクティードへの接近を禁じる。また、同期間、東の離宮から出るのを禁じる。自らの行いを深く反省しなさい」

「陛下! 実子に対して酷すぎますわ! 」

「側妃。余に、二度も言わせるな」


 リオクスティードの鋭い視線を受けて、エルナは尻込みする。だが、すぐさま髪を振り乱して立ち上がった。無礼にも、彼女は神王を見下ろす。


「……いえ、親として言わせて頂きますわ! 何故、ライオティードを王太子に任命して下さらないのですか! 実子より、弟が大事だと!? 」


 エルナの叫びに、室内が静まり返った。しかし、リオクスティードは顔色一つ変えない。徐に、無感情にライオティードを眺めた。


「ライオティード」

「……はい」

「お前、何が出来る? 」


 父親の平坦な声音に、ライオティードは身を縮こませた。その様子に気が付いても、父親は容赦なく言葉を重ねた。


「生まれつき病弱で剣も振れない。家庭教師の座学も、白印蝶花の魔法士が直々に行う魔法講義も、全て無断欠席する。現在、王位継承権を持つお前に代わって公務を行っているのは、王位継承の無いメアリーアンネだ」


 紛れもない事実に、ライオティードは唇を噛んだ。そんな彼を気の毒に思ったのか、妹のケイナが恐々と口を開いた。


「あの、お兄様は、」

「黙れ、ケイナ! 」

「ライオティード、ケイナがまだ話している途中だ。静かにしなさい」


 父親に窘められたライオティードは押し黙る。その間に、リオクスティードはケイナに無感情な視線を向けた。


「ケイナ。申してみよ」

「お、お兄様は、花冠を作るのが上手です」


 予想外の言葉に、再び室内が静まり返った。だが、マリーアンネだけは、無邪気に微笑んだ。


「まぁ、素敵。陛下は苦手ですものね、花冠」

「王妃」


 空気を読まない彼女の発言に、リオクスティードは眉間の皺を揉んだ。マリーアンネは大人しく口を閉ざすが、その顔は朗らかに微笑んだままだ。ある意味、場の空気が和んだことにリオクスティードは肩の力が抜ける。彼は、先ほどよりも、柔らかい声音で息子に話しかけた。


「お前、花士になりたいのか? 」

「……え、? 」


 ライオティードは、想定外の言葉に、目を点にした。対するエルナは怒髪冠を衝く勢いでリオクスティードを睨んだ。


「陛下! 王族の男児たるもの、騎士を目指さなければなりません! 」

「ライオティードは病弱だ。無理な運動で、永遠の花畑に導かれるのは、駄目だろう」

「しかし、」

「第一、花は我が国を形成する、大事な文化だ。王族が花を愛でて何がおかしい」


 目から鱗が落ちる。ライオティードは、絶対に父親から叱責を受けると思い込んでいた。だが、蓋を開けてみれば、父親は怒るどころか、ライオティードの密かな特技を否定しなかった。そのことが、ライオティードの幼い心に染み渡る。頬の赤みを隠すように、ライオティードは話題を逸らそうとした。


「あの、父上。永遠の花畑とは? 」

「死者が行き着く先だ。少なくとも、子どもの行く場所ではない」


 しかし、またしても死を暗示する言葉だと知り、ライオティードは肩を落とす。


(……何で、死ぬって言葉に、こんなに違う言い方があるんだ)

「……お兄様」


 そんなライオティードの背中を、妹のケイナが擦ろうとする。だが、ライオティードに煩わしげに睨まれて、ケイナは寂し気に手を引っ込めた。


 その兄妹の光景を眺めつつ、リオクスティードはライオティードを呼ぶ。青い目に見つめられたライオティードは背筋を正した。


「花士を志望するにせよ、王族として最低限の知識と礼儀は身につけろ。具合が悪いなら、使用人に告げるか侍医を呼べ。無断欠席は論外だ」

「……申し訳ございません」


 ライオティードの素直な謝罪に、リオクスティードは溜息をついた。


「謝罪は、お前の教師達に述べろ。お前のために時間を割いて、お前だけの為に講義をしているのだ。何時間も放置される気持ちを、お前は知らないだろう? 賃金を支払っているから良いという話ではない。相手を尊重しなければ、お前の周りに誰もいなくなるぞ。ゆめゆめ忘れるな」

「……はい」


 リオクスティードは、反省の色を見せる息子に、穏やかな視線を向けていた。










 王族の話し合いを終えると、部屋には、リオクスティードと、警護に立ち会っていたローザスタ公爵が残された。リオクスティードは申し訳なさそうに、ローザスタ公爵に頭を下げる。


「愚息が迷惑をかけた、すまない」

「陛下っ、顔を上げて下さい。私の方こそ、その場にいたのに事態を収集することが出来ず、申し訳ございません」

「いや、余が悪い」

「いいえ、私が悪いのです」

「いや、余が」

「いえ、私が!! 」


 ローザスタ公爵は何度も頭を下げる。謎の謝罪合戦に呆れたリオクスティードは、何とも言えない顔になった。


「……ライオティードと、お前の妹は婚約しているだろう? 此度の件、兄としてどう思った? 率直な意見を述べよ」

「……王族に嫁ぐことは、貴族の誉れといえど、殿下に妹を嫁がせるのは不安でしかありません」

(さもありなん)


 リオクスティードは、息子の言動に憂う。


(ライオティードは、ジャンクティードの件で、義兄になる予定のローザスタ公爵を、毛ほども気にかけていなかったしな)


 客がいる場合、従者は、置物のような扱いになる。だが、従者とて心はあるし、記憶を留めておく頭もある。いくら置物とはいえ、彼らの前での振る舞いは最大限気を付けなければならない。


「しかし、殿下はまだ十一です。改善の余地はあるかと」

「寛大な心に感謝する」


 ローザスタ公爵の温かい言葉に、リオクスティードは安堵した。気を取り直して、今度はジャンクティードの話題を出す。


「青花五家当主として、ジャンクティードはどうだ? 」

「青花五家の当主として、申し分ない胆力だと思います。ですが、」

「何だ。忌憚のない意見を申せ」


 言葉を濁す公爵に、リオクスティードは怪訝な顔をする。公爵は、意を決して言葉を紡いだ。


「……まだ、子どもです。庇護されるべき立場です。彼は、私の白に怯えていました。彼の傷は全く癒えていない。それなのに、笑顔で全て蓋をするなぞ、子どもにさせるべき行動でありません」

「……さようか」


 彼らの脳裏に過るのは、白印蝶花の大罪人。同じ白印蝶花の騎士であるルーラを見慣れていても、男性騎士と女性騎士ではジャンの印象が異なる。リオクスティードは顔をしかめた。


(配慮に欠けていた。だが、貴族である以上、避けて通れぬ道だ……)

「陛下の妹君は、彼の後見だと聞き及んでおります。彼の精神保護は、どのように? 」

「ルーラも大概だからな。保護というより、王族に対する信頼を回復させる役目だな。王弟暗殺未遂事件は、余も真相を解明出来ていない。ジャンクティードが、全てを敵だと認識していても、不自然ではないのだ」


 リオクスティードは乾いた笑みを浮かべる。


「余は母上に似ているからな。まず、信頼は得られまい。少しずつ歩み寄るしかないだろう」


 神王の自嘲に、ローザスタ公爵は真剣な面持ちで頭を垂れる。


「微力ながら、信頼回復のお手伝いをさせて下さい」

「具体的には? 」

「……以後、第二王女殿下の稽古に大公閣下と大公令息を参加させます。顔を合わす頻度が多ければ、私の存在に慣れていくでしょう。雑談が出来るようになれば、徐々に陛下の良い話をと」

「余の良い話とは? 」

「……愛妻家、です」


 年若い公爵の態度に、リオクスティードは失笑する。


「お前は、余を、一つの愛に溺れる愚者と申すか」

「滅相もございません。子ども向けの良い話を精一杯思い出します」


 ローザスタ公爵の狼狽え具合に、リオクスティードは溜息をついた。


(ローザスタ公爵は、まだまだ若輩者だな。

弟に年が一番近い公爵家当主だが、後ろ盾にはならないな。

全く、先代公爵も隠居が早すぎる)

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