子どもの会話
後日、王宮に呼び出され、ジャンは戦々恐々としていた。
(あー、ちょっと、やりすぎたかなぁ!? でも、生首じゃないし、ぎりぎり大丈夫じゃないかなぁ!? )
通された無人の応接間にて、ジャンは怯えを隠せない。その隣に腰掛けるハサは、呆れたように溜息をついた。
「ばーか」
「うぐっ……死ぬときは一緒だよ」
「まず、逃げるわ」
「……うん」
ジャンは地味に逃走ルートを思案する。
(ハサの脚力なら、俺を抱えて逃げるくらい出来るかな。で、俺が追っ手を魔法使って撒いて……それから、どこに逃げる? 姉上に見つかったら、駄目だよね。あぁ、ベリーのこと、どうしよう。ただの使用人だし、そこは執事が何とかするか)
ふと、ジャンの頭の中に光が灯る。
「そうだ、海に逃げよう」
「お前の身内、神話級魔法使うんだろ」
「あぁ~! 逃げる場所無いかもしんないっ! 」
ハサの淡々とした一言に、ジャンは盛大に頭を抱えた。
同時に、応接間の扉が開かれる。入室してきたのは神王リオクスティードであった。ジャンとハサが立ち上がると、リオクスティードが制止をかける。
「よい。私的な面会だ」
「……御意」
ジャンは弱弱しく腰を下ろす。その様子に、リオクスティードは悲痛な顔をした。
「すまぬ、我が愚息が迷惑をかけた」
「……え? 」
「ん? 」
ジャンの困惑に、リオクスティードは疑問符を浮かべた。そして、ジャンの暗い表情の理由に気が付いて苦笑する。
「お前に不敬罪が適応されるなら、今頃ルーラは極刑だ」
「……あぁ」
ジャンは、神王の御前に迷いなく生首を置いたルーラを思い出す。
(だよね。姉上が、あれで大丈夫なんだもん。俺なんか、目の前で、自分の首切っただけだし)
罰を受けるわけではないと知って、ジャンは肩の力が抜ける。リオクスティードは弟に労わるような視線を向けた。
「妹が苦労をかけたな」
「いえ、あの、お気になさらずに。……本日は、どのような御用件でしょうか」
「無論、第一王子の件だ」
リオクスティードは真剣に語り出した。
「側妃の話だと、お前が第一王子の幼い心を一方的に傷つけたらしいが、第二王女とローザスタ公爵、侍医の証言と食い違う。故に、お前に非はない。むしろ、暴言を吐いた愚息を寛大な心で許してくれて感謝する」
「気にしないで下さい、陛下。子どもの戯れに本気で怒りませんよ」
あっけらかんと言い放つジャンに、リオクスティードは苦笑する。
「余から見れば、お前も子どもなのだが」
(……まぁ、メアリーお姉様達と同年代だもんね)
ジャンは言葉を呑み込む。リオクスティードの親心を、ジャンは有難く利用することにした。
(じゃなきゃ、死神王弟だなんて異名を持つ子ども、殺してるよね)
ジャンは不安を押し殺して笑顔を作る。
「用件は以上ですよね? では、私達はここで失礼いたします。貴重な時間を使って下さり、ありがとうございました」
「あぁ、待て。慰謝料と」
リオクスティードは後ろに控える侍女を振り返る。侍女の盆には、大金が詰まっていそうな袋があった。ジャンは早口で捲し立てる。
「申し訳ございません! 慰謝料は、その! あぁ、私の治療費と相殺して下さい! 侍医に治療されたので! 」
「いや、」
「でしたら! 姉上の懐にでも放り込んでください! 船旅も、その後も、随分お世話になったので!! 」
「必要経費は既に支払っている」
(わぁ、優秀な王様だ!! )
打つ手なしと悟ったジャンは肩を落とす。急に暗い表情になったジャンに、リオクスティードは困り果てる。
(表情が分かりやすいが、何故、こんなにも……)
リオクスティードは、弟との距離を感じていた。ふと、自分とルーラの呼称の違いに思い当たる。
(そう言えば、ルーラは姉と呼んでいたな。……ん? メアリーアンネもだったか? ……まぁ、それはさておき)
リオクスティードは、気を取り直して、弟を眺める。
「ジャンクティード」
「はい」
「余のことは、兄上と呼んでくれ」
「……え? 」
ジャンは目を点にする。隣に居るハサを見るが、ハサは怪訝な顔をした。
「俺が知るか」
至極当然の反応である。ジャンは、恐る恐るリオクスティードを見つめる。
「……兄上? 」
「うむ」
兄と呼ばれたリオクスティードは神妙な顔付きで頷いた。その目に敵意はないと感じたジャンは安堵する。
「余も、お前を愛称で呼んでも構わないか? 」
「ど、どうぞ」
了承を得たリオクスティードは穏やかな眼差しをジャンに向けた。
「では、ジャン。兄からの慰謝料を受け取ってくれ」
「はい……ちなみに、おいくらでしょうか? 」
「青玉硬貨十枚と金貨百枚だ」
侍女が、卓上に大金が詰まった袋を丁重に置いた。ジャンは、金額以上に袋の重さを感じている。
(……何で、一番高価な硬貨が、ぽんぽん出てくるの)
受け取った手前、ジャンは返すことは出来ない。ジャンは細々と兄に話しかける。
「……国のお金、大丈夫ですか」
「案ずるな。青玉貨数千枚で揺らぐような運営はしていない」
「……そうですか」
ジャンは、リオクスティードが賢者だと肌で感じている。硬貨を湯水のように使う愚かさは持ち合わせていないだろう。必要経費だからこそ使う。ジャンに対する慰謝料も、王族の面目を保つという理由も一つある。
「それと、これを受け取ってほしい」
リオクスティードは、懐から青い紙の契約書を取り出した。恐る恐る受け取ったジャンは、書面の内容に首を傾げる。
「私への接近禁止命令、ですか? 」
「あぁ。お前が、王立学院に入学するまでの期間ではあるが、第一王子がお前に接近することはない。どうか気兼ねなく、余の娘と関わってやってくれ」
「承りました」
ジャンは恭しく頭を垂れる。どの道、メアリーからの頼み事もあるのだ。ジャンに断る理由は無かった。
帰りの馬車で、ジャンは考え込む。
(よくよく考えたら、メアリーお姉様の父親なんだよね。陛下が、俺を保護する理由ってなんだろう。跡継ぎ? 体裁? )
リオクスティードの冷ややかな顔立ちが、王太后と重なる。リオクスティードは、特に王太后に似ているのだ。顔も雰囲気も。だからこそ、ジャンは委縮してしまう。
本心で、ジャンは、彼を兄とは思えなかった。
(遅効性の毒みたい……あんまり面会したくないや)
「ジャン」
ハサの呼びかけに、ジャンは現実を認識する。馬車は止まっていた。当たり前だ、王城から大公家まで、徒歩十分の距離なのだから。ハサは眉をひそめた。
「お前、あいつ苦手だろ」
「……あいつって言ったらダメだよ、本当に不敬罪になっちゃう」
「……おう」
明確に断言しなくとも、ハサがジャンの心情を察した。ジャンはそれだけで気分が軽くなる。ゆったりとした足取りで馬車を降りた。
「さてと、急な大金、何に使おうか」
「俺、武器欲しい」
ハサの素直な反応に、ジャンは笑みを浮かべる。
「いいね。懐に仕舞えるやつとか」
「刺されても大丈夫なやつとか」
「護身用なの、探せばあるかもね。今度、散歩してみる? 」
「行く」
ジャンとハサは顔を見ないまま、穏やかな会話を続けた。それを聞いていた護衛のデボンは戦慄する。
(……こ、子どもの会話じゃない)