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一時の別れ

神王歴5047年、春の中月。

 季節が巡り廻った頃、朝食の席でルーラが告げた。


「来年の入学準備も完了したし、私は、一度辺境に戻る。何かあれば、連絡をくれ」

「寂しくなるね」

「そう嘆くな。年に一度は、新年の式典で、王都に戻ってくるしな」

「……そっか」


 しんみりとした姉弟の別れに、デボンが涙ぐむ。その時、青い小鳥が、ルーラの元に飛んできた。


「ん? 」


 ルーラは、手紙の蝋を確認して、プーガル辺境伯の手紙だと気づく。その場で開封し、中身を改めた。そして、ルーラはデボンを見る。


「デボン少年。我が夫からの手紙だ。結婚相手が出来るまで帰ってくるな、と」

「はあ!? 冗談でしょう!? 」


 ルーラはデボンに手紙を差し出す。デボンは慌てて読むと、顔色を変えた。


「本当に書いてある!! 何故ですか、お祖父様!! 」


 手紙に向かって喚くデボンを横目に、ルーラはジャンに話しかけた。


「というわけで、うちの孫を頼む。護衛騎士に使ってくれて構わん」

「あぁ、うん。俺はいいけど……いいの? 」


 ジャンの視界の先には、手紙を握りしめているデボンの姿があった。ルーラは平然と宣う。


「当主直々の命令だからな、デボン少年は遵守せざるを得ない。まぁ、辺境よりは王都の方が、結婚相手を見つけやすいだろうとは、私も思う」

「そうなんだ」


 確かに、ルーラの言う通り、貴族の結婚ならば、数多の貴族が屋敷を構える王都の方が都合が良い。ジャンは、素直に納得した。


「ス=ニャーニャ、王都、去る」


 ひたすら果物を小動物の如く頬張っていたス=ニャーニャは、ジャン達の会話に口を挟んだ。簡潔な一言に、ジャンは苦笑する。


「ス=ニャーニャ様も、居なくなるんですね。今度はどちらに行く予定ですか? 」

「西」

「ほう、土神王国か」


 ルーラが感心したような声を上げる。ジャンは神妙な顔つきになった。


「何か、あるんですか? 」

「向こうは激辛料理が美味い」


 ルーラのあっけらかんとした物言いに、ジャンは脱力する。


「あー、えっと、ス=ニャーニャ様。どうか、良い旅を」

「ん」


 任せとけと言わんばかりに、ス=ニャーニャは片手を上げる。










 ルーラとス=ニャーニャを見送った後、ジャンとハサは馬車に揺られていた。ジャンは、小窓を見つめながら細々と呟く。


「セツナもお姉様も、学院に行っちゃったし……一気に寂しくなるね」

「うるせぇの残ってっし、そうでもねぇだろ」


 ハサの乱暴な物言いに、ジャンは軽快に笑う。


「デボン君ね。まぁ、確かに、元気にはなるね」


 ジャンは、馬車の外で護衛を全うしている青年の影に微笑む。


「……ていうか、結婚相手ってなに? 成年者って、みんな結婚してないと駄目なのかな」

「そうでもねぇんじゃねぇの? セツナ殿だって、独身だろ」

「あぁ。うちの馬丁も、庭師も、料理人も、未婚だって話だし」


 ジャンは思いつく限り、身近な大人を例に考えてみる。だが、高位貴族の紳士と、使用人を同じ基準で考えることに、ジャンは疑問を抱いた。


「……帰ったら、じいやに聞こう」


 貴族の常識は、人生経験豊富な年長者に聞くと決め、ジャンは背もたれに体重を預けた。









 ジャンとハサが馬車に揺られること十分。両名は、第二王女の招待で、王城にある西の離宮を訪れていた。ジャンは、第二王女シェリーアンネに御辞儀をする。


「ご機嫌麗しゅう、第二王女殿下。本日は、私と子息ともども、剣術の稽古にお招きあずかり、光栄でございます」

「か、顔を上げて下さい、叔父様、ハサ様。私的な交流ですので、畏まらないで大丈夫ですから」


 シェリーアンネは、慌ててジャン達に呼びかける。ジャンが素直に顔を上げると、シェリーアンネは騎士服に類似した青い礼服を着ていた。彼女の後方には、真っ白な騎士服を纏う、紫髪の華やかな男性がいる。彼は、デボンより少し年上に見えるが、佇まいが洗練されている。ジャンは平静を装いながら口を開いた。


「シェリーアンネ様、あちらは? 」

「はいっ。彼は、わたくしの指導をして下さっている、第一師団 師団長 ローザスタ公爵です。公爵、彼は叔父の、ブルーム大公です」


 シェリーアンネは意気揚々に、真っ白な騎士を紹介した。紹介された男性は、恭しく騎士の礼を取る。


「御紹介にあずかりました。本日、皆様に、剣術の稽古を指導する、第一師団 師団長 テクロベラ・デュ・ローザスタでございます。どうぞ、よろしくお願いいたします」

(青花五家の一つじゃん。しかも、現当主)


 ジャンは予期せぬ出会いに困惑するが、持ち前の笑顔で不安を押し潰した。


「これは御丁寧にどうも。ジャンクティード・グ・ブルームです。こちらが息子の、ハサです。本日は、息子ともども、よろしくお願いしますね、ローザスタ公爵」


 礼儀正しい挨拶を終えると、早速、稽古が始まった。だが、淑女たるシェリーアンネに合わせて組まれた内容なので、ジャンも貴族の面を被ったまま稽古が出来る。


(お姫様も、騎士の訓練するんだなぁ。あ、姉上も騎士だったや)


 ジャンは、熱心に木剣を振るう王女の姿に感心する。シェリーアンネの息が上がったところで、素振りの訓練が中断された。


「王女殿下、少し休憩いたしましょう」

「ま、まだ、出来ます」

「殿下、休憩も稽古の一部です」

「……はい」


 侍女に連れられて、シェリーアンネは隅に設置された休憩所に腰を下ろした。その様子を見届けて、公爵は男性陣を振り返る。


「……お二方は、まだ、お元気ですね? では、私と手合わせしましょうか」


 公爵の爽やかな笑顔が、ジャンとハサに向けられた。だが、ジャンは手合わせという単語に、笑顔が硬直する。全くの別人だと頭で理解していても、ジャンは真っ白な男性騎士に苦手意識を持っていた。


(いきなり、殺されはしないだろうけど……)


 困ったように微笑むジャンに、公爵は首を傾げる。そして、何かに気が付いたのか、公爵は決まりが悪そうな顔をした。


「申し訳ありません、大公閣下。私の配慮が足りませんでした。御子息は、私と手合わせ出来ますか? 」

「……はい」


 硬さの取れないハサの返事に、公爵は満足げに頷いた。


「では、大公閣下は見取り稽古を致しましょう。手合わせの様子を観察することも、立派な稽古ですからね」

「気遣い感謝します、公爵」


 ジャンは、静かにシェリーアンネの隣に腰を下ろした。侍女から、清潔な手拭いを手渡される。


「ありがとう」


 ジャンの感謝に、侍女は笑顔で黙礼して後ろに控える。ジャンは、卓上に置かれた紅茶で喉を潤した。以前、メアリーが主催した茶会とは異なる風味の紅茶に、ジャンは目を瞬く。


「ジャムも入れていないのに、強い甘味を感じますね。どちらの茶葉ですか? 」


 ジャンは隣のシェリーアンネに声をかけるが、返事はない。徐に、ジャンはシェリーアンネの表情を見つめる。彼女は熱心に、ハサとローザスタ公爵の手合わせを眺めていた。ジャンも、釣られて手合わせを見る。


(うわ、すご……)


 木剣のぶつかり合う音が響き渡る。ハサの俊敏な動きに戸惑うことなく、公爵は涼し気な顔で受け流していた。公爵は長身かつ細身であるから、力強い剣技よりも、柔和な剣捌きが似合っている。だからこそ、ハサにとって相性が悪かった。


(ちっ、全部流される)


 ハサは密かに舌打ちする。ス=ニャーニャとの訓練で、戦闘能力が上達したとはいえ、相手は白を纏う騎士。容易に急所を取らせてはくれなかった。ハサが一歩後退したのを確認し、公爵は苦笑する。


「反射神経は素晴らしいです。しかし、剣の技術が疎かですね。以前の指導者は、どなたですか? 」

「……ス=ニャーニャ、様」

「あー……」


 公爵の頭に、去年の式典が思い出される。ルーラとス=ニャーニャが、王宮の壁を破壊した案件だ。公爵は失礼な言葉を呑み込む。彼は気を取り直して、優しく話しかけた。


「人間らしい攻撃手段を覚えましょう。まず、私の剣捌きを見て覚えてください」

「……はい」


 公爵の言葉の意味を何となく察したハサは、大人しく受け入れた。


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