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青き美しき者

「おやおや?我は生け贄なんぞは、求めておらんのだが」


 穏やかな声がジャンの頭に響いた。ジャンが重い瞼を持ち上げると、青い花が水面に咲いていた。美しく、清らかな光景が、どこまでも続く。そして、一等神々しい場所に、誰かが鎮座していた。青い髪、青い瞳。唯一青くないのは、真っ白な肌くらいだろうか。ジャンは、不思議と安堵した。


「……だ、れ?」

「 我のことは、父でも、母でも、好きに呼ぶが良いぞ」

「……母、?」


どちらの性別とも見分けがつかない綺麗な顔立ちが、愉快そうに歪む。


「 くふふ、母と呼ばれたのは久しいな。ふむ。我のことは、お母さん、と呼びなさ い。して、どうした?雨乞いの口上を忘れたか?それとも、また国を壊しかけたか?よいよい、何でも申してみよ」


 水のような青い髪が、滑らかに揺れる。まるで、長らく会えなかった孫に会う祖父母のような笑みであった。ジャンは何故か涙が出た。


「……おかあ、さん」

「 どうした、愛する我が子よ」


 母と呼ばれた青き者は、慈愛の眼差しでジャンを見つめる。そして、優しく彼を抱きかかえた。ジャンは、急に訪れた体温に泣き縋る。


「おかあ、さん……」

「 うむ、母であるぞ……しかし、ふむ、ちと幼すぎる。せめて、20まで生きろ」


青き者がジャンの髪にキスすると、灰色の髪の一房が青く染まった。青き者は愛おし気にジャンに話しかける。


「その時に……食ろうてやる」













ジャンは、涙を流しながら目を覚ました。


「おかあ、さん、?」

「誰が母親だ」


 突如聞こえた無愛想な声に、ジャンは辺りを見回した。先ほどの花畑は夢だったのか、今はボロボロの部屋らしき場所にいた。広さは、ジャンの寝室にあったベット程か。そして、今しがた声を発したのは、ジャンの隣に胡坐をかいた黒髪黒目の少年だ。


「……ここ、どこ?」

「人間の最下層」


黒髪の少年は淡々と告げると、ジャンの腕を引っ張った。


「起きろよ」

「あ、うん」


 ジャンは、そのとき初めて自分の服がボロボロの布であることに気が付いた。いつもの青い礼服ではない。ジャンは同じ年頃の少年を見た。


「ねぇ、私の服は、?」

「売った」


あまりにも堂々とした発言に、ジャンは目が点になる。


「売った、?」

「売った」


 再度聞き返しても、黒髪の少年は同じ返答をする。ジャンは何とも言えない感情を抱きつつも、現実を受け入れた。


(まぁ、別に良いか。助けてもらったみたい、だし)

「つーか、お前。男なのに、女みてぇな話し方すんだな」

「え?ど、どこが?」

「ふつー、俺、だろ。私って、男が言わねぇよ」

「そ、そうなんだ。気を付ける」

「……おう」


黒髪の少年は口を閉ざすと、ジャンの小さな手を引いて部屋を出た。


(あれ、小屋、だったのかな、?)


 ジャンは部屋の外が、すぐ屋外に出たことに驚いた。そして更に、町並みがボロボロの建物ばかりなことに驚いた。


(絵本で見た町、じゃない、!)


 ジャンは物珍し気にキョロキョロするが、大人の男性の姿を見つけると体を強張らせた。思わず、黒髪の少年に縋りつく。少年は眉をひそめた。


「あ?」

「ぴ、っ!?」


 少年の苛立った声に、ジャンは泣きそうになる。だが、ライの影がちらつく大人の男性よりは少年の方が怖くなかった。ジャンは必死に少年の手を握る。少年は、しばらく無言で手を見つめた。ジャンは重い空気に泣きたい。


「あ、あの、ごめん。わた……お、俺、男の人、苦手」

「……あっそ」


 少年は興味なさげに返すと、ジャンの手を引いたまま歩き始める。ジャンは大人しく手を引かれながら少年を観察する。


(……こっちはこっちで、なんか怖い。でも、さっきより歩くの、早くになった)







 黒髪の少年に連れられてやってきたのは、ボロボロの倉庫だった。中では、成人男性たちが荷物を運んだり、荷物の中身を確認したりしていた。ジャンは、男性たちに怯えながら少年の腕に絡みついていた。一方、少年は平然と倉庫内を見渡し、近くにいた大柄な男性に声をかける。


「ボスは?」

「ボス、外行った」


大柄の男性は体格に似合わず、たどたどしく返事をした。少年は後ろ髪をかき上げ、煩わしそうに溜息をつく。


「あー、じゃあ、ボスが戻ったら、新入りが起きたって伝えてくれ」

「わかった」


少年は用が済んだと言わんばかりに、倉庫を後にした。最初に目を覚ました小屋に二人で戻ってくると、ジャンは不安げに口を開いた。


「……新入りって?」

「お前」

「……俺、ここにいたら、駄目?」

「あ?俺が知るか」


乱暴な物言いに、ジャンは口をつぐむ。その間に少年はジャンの手を離し、穴の開いた桶をジャンに手渡した。ジャンは首を傾げる。


「なに、これ?」

「仕事」


 それだけ告げて少年は小屋を出る。ジャンは慌てて少年の後を追った。

少年がやって来た場所は、異臭を放つ物資の山々。それが、ゴミの山であると、高貴な生まれであるジャンは知らない。ゴミ山には、ジャンと同じ年頃、あるいはジャンより幼い子ども達が集まっていた。各々、何かを拾っては袋に入れたり、箱に入れたりしている。ジャンは思わず黒髪の少年に声をかける。


「なに、してるの、これ?」

「キラキラしたもんと、使えそうなもん拾ってる」

「……なにそれ」

「ちゃんと仕事しねぇと、飯食えねぇぞ」


 黒髪の少年は、身軽にゴミ山を登っていく。あっさり置いて行かれたジャンは、呆然とする。だが、空腹に耐えきれず、もそもそと周囲を散策する。


(……キラキラしたもの、使えそうなもの……って、なに?)


 一見する限り、きらびやかな物は存在しない。また、使用続行可能な製品も見当たらない。ジャンは、途方に暮れて他の子ども達を観察する。食器の欠片、衣服のようなもの、などなど。


(あの子が言ってたのと、違う。でも、みんな似たようなものを集めてる。それだったら、俺にも出来るかな)


ジャンは不安になりつつも、他の子どもの真似をした。


(あ、これ、フォークみたい。こっちは、コップかな?……いたっ)


 夢中になって拾い上げていると、コップの破片で指を切ってしまった。青い血が滴り落ちる。ジャンは溜息をついた。


「あーあ、切れちゃった……」

「お前、変な血の色してんな」

「うわっ!?」


不意に降ってきた少年の声に、ジャンは酷く驚いた。ドキドキと激しい心音を抱えながら、ジャンは少年を見上げた。


「い、いつから、そこに」


少年は答えることなく、ジャンの腕に布を被せた。


「兵士や騎士が近寄ってきたら逃げろよ」


脈絡のない会話に、ジャンは疑問符を浮かべた。


「なんで?」

「あいつら、ガキを拐うんだと。珍しい奴は、連れていかれやすいって聞いた」

「……なんで、拐うの?」

「 偉い奴にとって、ここの奴らはゴミだから、浚われたら最後、どういう死に方するかわかんねぇぞ。って、ボスが言ってた」

「……ゴミ、じゃないよ」

「 っは、俺はボスの言うとおりだと思うぜ。

だって、ここには、捨てられたもんばっかりだ。俺も、お前も」


少年の皮肉った笑みに、ジャンは何も言えなくなる。


(……傷は、治しておこう)


 ジャンは布の下で密かに神話級魔法を使った。指の傷が綺麗に消える。少年は、その様子を凝視していたが、何も言わなかった。








 日が暮れた頃、ジャンは黒髪の少年と他の子ども達と共に、倉庫にやってきた。ジャンは、大人に怯えつつも、少年の真似をして桶の中に詰めた拾い物を、いろんな箱に分別していく。それが終わると、箱の近くにいた大柄の男性が茶碗を子ども達に配った。ジャンは渡された茶碗を興味深げに見つめる。前を歩く黒髪の少年に話しかけた。


「なにこれ?」

「飯」

「めし?」

「飯」


倉庫から少し離れたところで、大きな鍋のスープをかき回す老婆がいた。どうやら、この茶碗に注いでくれるらしい。ジャンはようやく合点がいった。


「ごはん!」


ジャンは久しぶりの食事に歓喜する。だが、茶碗に注がれた謎の緑色のスープに意気消沈した。隣に並んで座る黒髪の少年は、平然とスープに口を付ける。ジャンも恐る恐る口にするが、渋い顔になる。


「うえぇ……にがい……やだ」

「食わねぇと死ぬぞ」

「うぅぅぅ」


ジャンは草のえぐみに呻きつつ、涙目でスープを啜る。時折、葉っぱが口内に流れ込み、余計な苦さに泣きそうになる。


(ご飯じゃない。これは、薬だ。風邪ひいた時の、薬……)


ふと、王宮の生活を思い出して、涙が零れた。急に本格的に泣き始めたジャンを見て、黒髪の少年がぎょっとした。


「おい、そんなに苦げぇのかよ」

「……頑張る」

「……おう」


 黒髪の少年は全く状況を呑み込めなかったが、必死にスープを飲もうとするジャンを見て安堵の溜息をついた。そんな最中、大鍋の方が騒がしくなった。ジャンと黒髪の少年が振り返ると、目を血走らせた男性が喚き散らしていた。


「俺には、スープをやれねぇってか!?」

「これは、子どもたちの鍋だよ。大人は向こうだ」


 大鍋をかき回していた老婆、黒髪の少年曰く、雑草ババアは鈍い動きで近くに上る煙を指差す。どうやら、大人と子どもで食事の場所が異なるらしい。だが、男性は怒り狂い、彼の近くで茶碗を持っていた子どもを蹴り飛ばした。その子どもは、玩具のように転がっていく。他の子ども達は細い悲鳴を上げた。雑草ババアは男性を睨みつける。


「あんた、こんなことしてタダで済むと思ってんのかい!?」

「っは、ババアごときに、何が出来るって……ぐへっ!?」


 鼻で笑っていた男性が、いきなり後ろに引き倒された。男性の立っていた位置には、前髪を全て後ろに撫で上げた茶髪の男が立っていた。茶髪の男は怖い顔をして男性を見下ろす。


「おいおい、誰かと思えば、一カ月前から住んでんのに、一度も俺様に面を見せねぇ阿保じゃねぇか」

「な、なんで、知って……!」


狼狽える男性に向かって、茶髪の男は嘲笑う。


「ばーか。ここは俺様の庭だぜ。俺様が知らねぇことなんざ、ねぇのさ」


ジャンは直感的に、彼が件のボスだと悟った。知らぬうちに震えるジャン。


(怖い人だ、怖い、怖い、怖い)


不意に、黒髪の少年がジャンの頭をわし掴む。力強くもなく、ほとんど手を載せているだけの状態だった。


「……な、なに?」

「……別に」


少年は仏頂面で答えると、手を離した。突然の出来事に戸惑うジャンだったが、他の子どもの声に意識がそちらを向いた。


「ボスー、この子、動かない」

「あぁ?」


 ボスと呼ばれた茶髪の男は、不機嫌さを露わにした。動かない子どもの元にしゃがみ込み、首筋に手を当てる。そして口元に手をかざす。ボスは舌打ちした。


「死んでる」

「……死んでる?」

「死んだ?」

「死んだって」


 幼い子ども達が、ボスの言葉を繰り返す。まるで伝言ゲームのように、子ども達は死んだと繰り返し発言した。奇妙な光景だった。それは、子どもを蹴り殺した男性にとっても不気味に映っただろう。逃げようとする男性の後ろに、大柄な男性が立ち塞がっていた。逃げ場のない男性に、ボスは非情な言葉を告げる。


「よし、処刑すっか。中央連れてけ」

「わかった」


 大柄な男性は、躊躇いなく男性を引きずっていく。男性の悲痛な叫び声に誰も耳を貸さない。それを見送ると、ボスはジャンの方を見た。三白眼に睨まれたジャンは一瞬呼吸の仕方を忘れてしまう。


(俺、俺の事、見てる?なんで?)


怯えて動けないジャンではなく、ボスは黒髪の少年に話しかける。


「黒髪の。そいつは?」

「川で拾ったやつ。ボスんとこ行ったけど、ボス居なかった」

「あぁ、一カ月前の。とっくに、くたばってると思ってたわ」


 黒髪の少年の言葉に、ボスはジャンから関心を無くしたらしい。ゆったりとした足取りで、彼は引きずられた男性の後を追った。何故か、子ども達も、わらわらと付いて行く。黒髪の少年も、腰を上げた。ジャンは慌てて少年の腕を掴む。


「み、みんな、どこ行くの?」

「あ?処刑って、ボスが言ったろ?」

「う、うん?」


 答えになっていない回答に、ジャンは困惑する。黒髪の少年は、そんなジャンの態度が不思議なのか、ジャンを強制的に立ち上がらせた。


「行くぞ」

「あ、うん」

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