青と緑の問題児
ジャン達が城下の生誕祭を満喫している頃、王宮のとある一室では、寒々しい新年の風が吹いていた。
「言い訳があるなら聞こうか、ルーラ、ス=ニャーニャ殿」
神王リオクスティードの冷え冷えとした声が響き渡る。彼の目の前には、見事に風通しの良くなった壁があった。周囲に広がる残骸の傍らには、青い紫陽花の宝飾を胸に付けた青い騎士服の元王女と、緑色の騎士服を着た風神王国の王族がいた。美形の両者が揃うと、ご婦人方の視線を奪う、麗しき絵姿だった。ルーラとス=ニャーニャは、悪びれなく宣う。
「いやー、壁が脆かったな」
「ス=ニャーニャ、驚き」
「説明しろ」
青い目に睨まれて、ルーラは肩をすくめる。
「私達の戦いが見たいっていうから……なぁ? 」
「ス=ニャーニャ、願い聞いた、だけ」
「どこの馬鹿だ、そんなことを頼んだのは」
「お母様ですわ」
一瞬、リオクスティードは沈黙した。
(マリー……! )
神王の第一王女、メアリーアンネの告発に、リオクスティードは膝から崩れ落ちそうになった。天真爛漫な王妃ならば、無邪気に頼んでいても不自然ではない。だが、ここまでの被害は予期していなかったのだろう。マリーアンネは泣きそうな顔をしていた。
「ご、ごめんなさい。あたくしが、見たいって言ったから……」
「……あぁ」
リオクスティードは、力なく相槌を打つ。マリーアンネは、堪え切らないように両手で顔を覆った。
「馬鹿でごめんなさい! 」
「いや、マリーは馬鹿じゃない。マリーは馬鹿じゃないんだ」
リオクスティードは真面目な顔で、マリーアンネの贖罪を否定する。そんな彼に、ルーラとス=ニャーニャは平然と宣う。
「いや、馬鹿って言っただろ」
「ス=ニャーニャ、聞いた」
「黙れ、問題児ども。貴様らは、自身が羨望の眼差しであることを自覚しろ」
怒りの炎を宿した目に、ルーラとス=ニャーニャは閉口した。
(……兄上が本気で怒っているの、久々に見たな)
(ス=ニャーニャ、黙る)
当然ながら、両名に反省の色はない。それはリオクスティードも承知の上だ。二度も問題児達を叱り飛ばすことなく、彼は最愛の妻に、優しく声をかける。
「……マリー、少し別室で休もう。君は疲れているんだ」
「まぁ、素敵ですわね、陛下。わたくし、弟が欲しいです」
「メアリーアンネ、っ」
最愛の妻に、よく似た容姿の娘が、とんでもない爆発物を投下した。娘の発言を受けて、マリーアンネの頬が紅潮する。ある意味、マリーアンネの気持ちを浮上させた娘に、リオクスティードは言葉に窮した。だが、頭痛の種は尽きない。今度はリオクスティードに、よく似た容姿の娘、第二王女シェリーアンネが首を傾げる。
「? 何故、お部屋で休むと、弟が出来るのですか? 」
「メアリーアンネ、っ」
今年で十二歳になるシェリーアンネの発言に、リオクスティードは切羽詰まって元凶の娘の名を呼んだ。シェリーアンネは、外見こそリオクスティード似だが、中身と胸元は完全にマリーアンネ似の純真無垢な娘である。二つに結い上げた髪型が、彼女の無垢さを際立たせる。そんな彼女と正反対のメアリーアンネは、柔らかな声音でリオクスティードに応じる。
「陛下。わたくし、来年からの学院で使用する剣に、陛下の名前を刻みたいのです」
(……また側妃に喧嘩を売るつもりか、っ)
リオクスティードは、全く可愛げのない娘の意図に頭を抱える。
(メアリーアンネは、余の名前を正しく使いこなせる。だが、それだとライオティードにも、と側妃に迫られる。ライオティードは稚拙だ。余の名前を自由に使わせることは出来ない)
リオクスティードは、最愛の妻を一瞥する。か弱くて、手折れてしまいそうな程に華奢な体。それに反した豊満な胸元。そして、陽だまりのような笑顔は誰もが魅了される。彼女は、花笑乙女、という美しい異名がある程だ。この数秒で、リオクスティードは苦渋の決断を強いられた。
(……マリー似のメアリーアンネを大層可愛がっている、で通そう)
リオクスティードは匙を放り投げた。気怠げにメアリーアンネを見つめる。
「許す」
「ありがとうございます、陛下。では、シェリー。お姉様と一緒に、お菓子を食べに行きましょうね」
姉の優しい微笑みに、シェリーアンネは疑問が吹き飛んだ。彼女は素直に返事をする。
「はいっ、お姉様」
シェリーアンネはご機嫌なまま、メアリーアンネに手を繋がれて部屋を出て行った。リオクスティードも最愛の妻の肩を抱いて退出する。だが、彼は入口付近で足を止め、最後に妹を一瞥した。
「ルーラ」
「ん? 」
「私が戻ってくる間に壁を直せ」
「了解したよ、兄上」
ルーラは、鷹揚と頷いた。リオクスティードは眉間に皺を寄せつつも、マリーアンネと共に退出した。
ルーラは、ス=ニャーニャに向き直る。
「悪いが、土属性は適性が無くてな。代わりに頼む」
「ん」
硬貨を投げ渡されたス=ニャーニャは、目にも止まらぬ速さで飛び出した。数分後、ス=ニャーニャは黄色の石を袋一杯持ってきた。ス=ニャーニャは、袋の中に手を突っ込む。
「神秘奏上。
偉大なる土神に奉る。
我に土の神秘を授けたまえ。
奏上。
偉大なる土神よ、いと粛然たる神よ。
神前に清らかなる黄を捧げる。
土のしるべを、我に許したまえ 土盾」
ス=ニャーニャが唱えると同時に、黄色の石が塵と化し、黄色の魔法陣を成型する。魔法陣から、淡い黄色の土が出現し、崩壊した壁の代わりに、壁の役割を果たす。その光景に、ルーラは溜息をついた。
「兄上は、相当ご立腹だったな」
「怒る、大変? 」
「……一応、手を打つか」
その夜、ルーラがジャンの自室を訪れた。
「兄上を怒らせたから、機嫌を取る方法を考えてくれ」
揃いの額縁を眺めていたジャンとハサは、ルーラの言葉の意味が理解できなかった。言葉と思考が一致した瞬間、子ども達は絶句する。
「神王を、怒らせた、? 」
「いや、何してくれてんですか、姉上。俺の代理で、式典に出席したんでしょうが」
未成年は、当主の座に収まることが出来ても、式典や重要な会議などへの参加資格はない。故に、ブルーム大公の代理として、後見たるルーラが、神王生誕の式典に参加していた。ジャンは、途方に暮れる。だが、ルーラが問題を起こすのは日常茶飯事だと受け入れ、ジャンは仕方なく解決方法を模索した。
「……謝罪の手紙を書こうよ」
「おぉ、名案だな。ス=ニャーニャと連名にしよう」
「ス=ニャーニャ様も、一緒なんだね」
口数が違うだけで、ルーラとス=ニャーニャの根は同等なのかもしれないと悟ったジャン。そもそも、普通に殺しあう両者である。一般常識に当てはめる方が失礼だろう。ルーラは、ジャンの机で手紙を書き始めた。彼女の傍らで、ジャンは思い出したかのように呟く。
「……そういえば、生誕祭って、神王陛下の生誕日なんだよね。俺、何もしてないけど、良いのかな」
俗に、生誕日は身内が祝うものである。異母弟であるジャンは、六年間も会っていないし、何なら北の離宮で生活していた間も、面識はなかった。所詮、王とジャンは、形式上の身内である。
どうすべきか悩むジャンに、ハサが淡白に告げる。
「んじゃ、手紙書けば? どうせ、ジャンの姉ちゃんも書いてんだろ」
「あぁ……ついでに送ってもらおう」
深夜、神王リオクスティードの元に、一羽の青い蝶が飛んできた。リオクスティードは、彼の膝で眠っているマリーアンネを起こさないように気を付けながら寝台を抜け出す。彼らの寝巻は、しっかりと上まで閉じられていた。
「……ルーラか。どういう風の吹き回しだ」
連名の至極真面目な謝罪文に、リオクスティードは眉をひそめる。もう一通は飾り気のない、素朴な手紙だった。送り主は末っ子である。
「……生誕日、おめでとう、か」
純粋な一言に、リオクスティードは頬を緩める。
「弟に免じて、此度の愚行は許してやろう。せいぜい、ジャンクティードに感謝しろ、ルーラ」