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姉弟の会話 その2

 ジャンは、ルーラと共にジャンの自室に戻っていた。セツナは、軽い茶菓子を用意しただけで、廊下に待機する。残された姉弟は沈黙を保っていた。


(……十中八九、昨日の事だよね)


 昨日の訓練で大泣きした後の記憶は定かではない。ジャンは、貝のように口を閉ざしたままの姉に怯えていた。ルーラが、紅茶のカップを卓上に置いた音にさえ、ジャンは過敏に反応する。徐に、ルーラは口を開いた。


「お前、本当にユーノットが好きだな」

「え? 」


 突拍子もないことを言われ、ジャンは目が点になる。ルーラは、ジャンの本棚を指差した。


「北の離宮から持ってきた私物だろう、あれらは」

「あ、あぁ、うん」


 それが先ほどの言葉と、どのように繋がるのか分からず、ジャンは困惑する。その様子に気が付いたルーラも、困惑を隠せない。


「なんだ、お前、知らないのか」

「な、何を? 」

「トットは、ユーノットの筆名だ」


 筆名、本の作者。ジャンは、言葉を完全に理解した瞬間、大粒の涙を零した。突然に泣き始めたジャンに、ルーラは肝を抜かれる。


「おい、どうした」

「あ、えっと、その……」


 言葉に出来ない感情が、ジャンに押し寄せた。色褪せた景色が胸を突く。



『トットの本は、お嫌いですか? 』

『ん? ううん、私は好きだよ。難しい表現ばっかだけど、辞書引くのも楽しいし』

『……そうですか』



 あの時、ユーノットは、どのような顔をしていたのだろうか。凛と澄ました顔だったのか、気難しい顔をしていたのか、穏やかな顔をしていたのか。どれも、今更だ。ジャンには、もう、分かる術はない。ジャンは、息を詰まらせながら呟く。


「俺、ここにある、トットの本、全部、読んだ」

「そ、そうか」

「トットの本、まだ、他にある? 」

「……学院の図書にあったような、なかったような」


 ルーラは曖昧な返事をする。それでも、ジャンの心の拠り所にはなる。ジャンは、ごしごしと目元を擦った。


「ちょっと、顔、洗ってくる」

「あぁ……」


 ジャンは、すぐさま寝室に引っ込んで、聖なる水を盥に流し込んだ。水面に映る自分の顔が、酷く不細工に見えて失笑する。


(……あぁ、もう。駄目だな、俺。いつまで経っても、幼い頃の自分が抜けきらない)


 深く息を吐くと、ジャンは自身の頬を、ぺちぺちと叩いた。


(ユーノットが、命懸けで守って良かったって思える奴にならなきゃ。でないと、彼女の死が無駄になる。そんなの、俺が一番許せない)


 ジャンは水面を見つめて、自分の口角を指で押し上げる。泣かない練習にしては不格好だったが、心情的に、しないよりはマシな気持ちだった。










 寝室の扉から、ジャンは気まずそうに顔を出した。


「ごめん、姉上。お待たせして」

「気にするな。その間に、菓子が増えたぞ」

「……あぁ」


 いつの間にか、卓上に、所狭しと色彩豊かな菓子が並んでいた。優秀な侍女でもあるセツナが、気を利かして並べたのだろう。最近、ジャンが好んでいる、砂糖控えめなシフォンケーキもあった。ジャンは有難く、それを食す。泣き疲れた身に、心地の良い甘さが染み渡った。


(美味しい……)


 一通り食べ終えた頃、ルーラは感慨深げに呟いた。


「とりあえず、お前が情緒不安定なのは理解した」

「え? ……あー、まぁ、そうかもね」


 涙腺の緩さはジャンも自覚している。ルーラは、深く溜息をついた。


「私の話を聞け」

「あっ、ハイ」


 ジャンは、思わず背筋を正す。ルーラは、組んでいた足を解き、真摯な眼差しをジャンに向けた。


「私には、腹違いの妹達がいる。仲が良好かと言われれば、肯定は出来ない。特に険悪だったのが、同じ年の妹だ。第三王女、ミレイアナ。

女の私から見ても、美しき淑女だと思う」


 ルーラは、不貞腐れたように紅茶を睨む。


「だが、奴は私の言動全てが不快だったのか、何を言っても罵倒しかしなくてな。私は素直に褒めているんだぞ。何故、そこで怒る。意味が分からん。極めつけは、嫁ぎ先だ。別に、嫁ぎたいなら行けばいいじゃないか。自分の方が、正妃に相応しいと思うのなら、兄上に打診すればいいじゃないか。何故、そこで私を挟む。全くもって、理解不能な奴だったよ。風神王国に対する忠告だって、ろくに聞きやしない。なのに、兄上には両方悪いと言われた。どう思う? 」


 一息で告げられた内容に、ジャンは苦笑する。


「……姉上って、モテてたでしょ」

「求婚は沢山されたが、それは地位の話だろうよ」

(これは、推測だけど、姉上の言動全てが嫌味に聞こえたんだろうな、その第三王女様)


 身内の贔屓目無しに、ルーラは絶世の美女だと、ジャンは感じていた。そして、ルーラが微妙に自身の容姿を把握していないことも。ジャンは小さく微笑む。


「俺は、姉上の事、大好きになったよ」

「……私は、どう返事をすればいい? 」

「考えて」


 ジャンは、素知らぬ顔で紅茶に口付ける。ルーラは渋い顔になりつつも頭を捻らせた。不意に、頭の中に光が灯る。


「あ、兄上よりは好ましいぞ」

「えー、姉上は誰が一番なの? 」

「夫」


 邪気のない発言に、ジャンは目が点になる。ルーラは、さも当然と言わんばかりの態度をしていた。その様子に、ジャンは気恥しくなる。ジャンは慌てて笑顔を取り繕った。


「惚気だ。姉上も可愛いところ、あるんだね」

「美しいと言え」

「姉上、美しい」

「うむ」


 ルーラは満足げに頷くと、手前にあった菓子を優雅に食べる。咀嚼し終えると、改めてジャンを見た。


「次、お前の話を聞かせろ。聞きたいことでも構わん」


 ジャンは、きょとんとする。


(……あぁ、こういう会話か)


 気の置けない間柄だと、ルーラの会話は一方通行になりがちだ。その彼女が、不器用ながらも対等な会話をしようと努力している。その事実だけで、ジャンは胸が温かくなった。


「……姉上って、ユーノットと友達? 」

「さぁな。互いに確認したことはない」

「そっか」


 噓偽りのない言葉を、ジャンは素直に受け取った。


「姉上は、ユーノットが死んで悲しくないの? 」

「つまらんとは思う」

「何で悲しくないの? 」


 ジャンの悲痛な眼差しに、ルーラは眉を吊り上げた。


「自分が原因で泣かれて嬉しいか。昨日、私は、全くもって、嬉しくなかった。

死んだ奴のことを想うのは結構。

だが、私は興味がない。肉を食して、剣をふるって、健やかに生きてる方が遥かに有意義だ」


 余程、昨日のジャンの態度がルーラに堪えたらしい。ジャンは申し訳なく思いつつも、ルーラの考え方は嫌いじゃなかった。


(……ユーノットだって、嬉しくないよね。自分を泣く理由にされたら)


 淡々と説教されそうな絵図を想像出来てしまい、ジャンは思わず吹き出した。怪訝な顔をするルーラに謝りながら、ジャンは笑顔を浮かべる。


「ごめんね、姉上。俺、いっぱい泣いちゃって」

「まぁ、泣くなとは言わんが、泣いている理由は教えろ。どうしていいか、分からん」

「……正直、俺も何で泣きたいか分かんない時ある。そういう時は、ハサちょうだい」

「分かった」


 素直に頷かれてしまい、ジャンは面食らう。だが、あながち間違いでもなかったので、ジャンは訂正しなかった。


「俺の話終わり。次、姉上の番ね」

「私? ……あぁ、弟子がいる」

「弟子? 」


 予想外の単語に、ジャンは首を傾げた。ルーラは淡々と述べる。


「火神王国の王子……いや、王太子だったか? 

そいつに、妙に懐かれてな。私と、ス=ニャーニャで稽古をつけてやった」

「その方も、刻印天使なの? 」


 ルーラは渋い顔で首を横に振った。


「違う。

 そもそも、刻印天使は、戦闘民族で構成された火神王国と風神王国の両国に対抗する為に生み出された、我が国独自の魔法だ。原則として、水神の支配下、つまり、水神王国の者に限定される。戦闘民族の者が刻印天使の場合、片翼は必ず、水神王国の者だ。戦闘民族に比べて、水神王国の者は脆弱な肉体であるからな。水神も、戦闘民族同士を刻印天使として認可しない。

 まぁ、万が一の保険だ。戦闘民族の者とて、我らとの戦争を望んでいない。それぞれの国には、それぞれが信仰する神が存在する。他国を侵略することは、他の神の支配下を侵害するに等しい行為である。すなわち、神の冒涜だ。故に、各王族は、領土拡大の為の戦争を望まないのだ。

 ただ、表面上だけでも、軍事力が同等であると提示しなければ、国同士の対等な関係を結べないだろう。刻印天使は、本来、その為の魔法だ。覚えておけ」


 ルーラのご高説に、ジャンは神妙な顔で頷いた。そして、姉弟は、雑談と政治的な会話を交えつつ、友好関係を構築していった。


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