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姉弟の会話 その1

 ルーラが王宮に訪問している頃、ジャンは寝台の上で、上質な毛布に包まっていた。その傍らには、治療を終えたハサが座っている。ハサは呆れていた。


「いつまで泣いてんだ」

「だ、だって」


 ぐすぐすと鼻を啜る音に、ハサは溜息をついた。


(あぁ、そういや、こいつ泣き虫だったわ)


ハサは、最下層の日々を思い出す。背丈が今よりも大分低かった時、ハサの後ろに付いて回るジャンは、泣きべそをかいていた。不慣れな環境も、不遇な過去も、全てがジャンを追い詰める。そのことを、ボロボロの小屋で共に過ごしてきたハサは理解していた。


 だからといって、ただ優しく慰めてあげる程、ハサは器用でもない。ハサは容赦なく、ジャンから毛布を剥ぎ取った。


「おう、ジャン」


 突然、障害物が無くなったジャンは、眼前に迫る黒い目に慄く。


「な、なに? 」


 雨に濡れた子犬のようなジャンを見下ろして、ハサは熱を押し潰した声で囁いた。


「てめぇは、誰にも殺させねぇ。

てめぇが死ぬのは、俺に殺された時だ。

だから、俺がてめぇより、先に死ぬことは、永遠に来ねぇんだよ、ばーか」


 何の前触れもない殺害宣言に、ジャンは目を瞬く。言葉を何度も反芻して、ジャンは目を潤ませた。


「本当に? 」

「当たり前だろうが」

「……うん」


 ハサの乱暴な物言いに、ジャンは酷く安堵した。頬を緩ませるジャンを見て、ハサは勢いよくジャンの隣に寝転んだ。両名の上に、上質な毛布が落ちる。


「ハサ? 」

「昼寝」


 ハサはそう言って、目を閉じた。ジャンは不思議そうな顔をしていたが、すぐに笑顔になってハサの懐に潜り込む。


「俺も、昼寝する」

「……おう」


 ハサの鼓動に耳をすませながら、ジャンは静かに眠りについた。











 窓の外が暗くなり始めた頃、ハサは朧げな意識を覚醒させる。自分の腕の中で眠るジャンを起こさないように、辺りを見渡した。


(……あー、寝すぎた)


 ハサの腹は空腹を訴えているが、わざわざジャンを起こしてまで食事をしようとは思わなかった。最下層にいた時とは状況が違う。


(いいや、朝まで寝ちまえ)


 再びハサが目を閉じた瞬間、寝室の扉が勢いよく開かれた。ハサが咄嗟に体を起こすと、扉を開けた主と目があった。


「……ジャンの姉ちゃんかよ」


 脱力したハサは、すぐさま毛布の中に戻ろうとする。それに制止をかけたのはルーラだった。


「待て。お前達、一緒に寝てるのか」

「だったら、何だよ」


 平然と言われ、ルーラは言葉に詰まる。扉に体重をかけつつ、少し悩んだ仕草を見せた。


「……いや、まぁ、それはいい。ジャンは、まだ寝てるのか? 」

「起こすか? 」

「いや……」


 いつになく歯切れの悪いルーラに、ハサは怪訝な表情を浮かべた。


「用がねぇなら、俺も寝るけど」

「……ジャンが起きたら、これを」


 ルーラは一枚の紙をハサに手渡した。ハサは紙の内容に眉をひそめる。


「生誕祭って、なに? 」

「来月行われる、神王の生誕日を祝う行事だ。まぁ、実質、大きな市場で賑わう、遊びみたいな期間だよ」

「……あっそ」


 ハサは興味なさげに、寝台に備え付けられた小さな卓上に紙を置く。そして、ハサは毛布の中に再び潜り込んだ。ルーラは何とも言えない顔で見つめ、静かに寝室を後にした。











 翌朝、ジャンは寝台の横に置かれた紙を目にして歓喜の声を上げた。


「わー、なにこれ! お祭り!? 」


 ジャンの大声に、ハサは不機嫌そうな声を絞り出した。


「……っるせぇ」

「あ、ごめん。おはよう、ハサ」

「……おはよう」


 ハサは煩わし気に前髪をかき上げた。そして、ジャンの持つ紙を一瞥する。


「それ、ジャンの姉ちゃんが持ってきた。来月だってよ」

「姉上が? 」


 一晩寝たことで、姉に泣かされたのも忘れて、ジャンは満面の笑みを浮かべる。


「えへへへ、俺、お祭りって初めて。来月、一緒に行こうね、ハサ」

「……おう」


 ジャンが、治療魔法で軽く目元を整えていると、騎士服姿のセツナが訪れた。いつもの朝の習慣を終えて、ジャンとハサは朝食の席に赴いた。食卓には、既に、ルーラとス=ニャーニャ、そしてデボンがいる。ルーラはジャンの顔色を観察して肩の力が抜けた。


「存外、元気だな」

「え? あぁ、えへへ」


 ジャンはニコニコしながら、ルーラに生誕祭の知らせを見せた。


「これ、姉上がくれたんでしょ。ありがとう。俺、こういうのあるって知らなかったから」


 心底嬉しそうなジャンの表情に、ルーラは閉口する。彼女の脳裏には、しらっと紅茶を飲む兄の姿があった。


(……兄上に、負けた気がするのは何故だ)


 微かな怒りで肩を震わせるルーラに、ジャンは首を傾げた。だが、ルーラの感情の色を察して、ス=ニャーニャがジャンに話しかける。


「ご飯、食べる」

「あ、ごめんなさい。それじゃあ、朝食にしようか」


 本日も美味なる食事を頂いた面々。食後の茶を嗜んでいる時、ずっと無言を貫いていたルーラが、神妙な面持ちでジャンを見る。


「ジャン」

「は、はい? 」

「話がある」


 ルーラの圧に、ジャンは思わずハサを振り返る。ハサは、ちらりと両者を確認しただけで、すぐに大量のジャムを紅茶に放り込んだ。


 次に、ジャンはデボンを見る。デボンは、本当に何も分からないのか、勢いよく首を横に振っていた。


 そして、最後に、ジャンはス=ニャーニャを見た。ス=ニャーニャは、山盛りの果物を、口に突っ込む作業に勤しんでいる。こちらは完全に論外だ。


「えっと、場所を変えようか」

「……あぁ」


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