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兄上、過労気味

 王宮にある執務室の窓が、勢い良く開かれた。凍てついた風と共に、ルーラが現れる。


「兄上! 暇か!? 」

「……お前は、この書類の山が見えないのか」


 兄リオクスティードは、妹ルーラの発言に頭を抱えた。執務室内にいた従者達は、ルーラの登場に、そそくさと退出する。兄と妹だけの空間になったところで、ルーラが重々しく口を開いた。


「話を聞いてくれ」

「何だ」

「弟、泣かせた」


 突拍子もない言葉に、リオクスティードは眉間の皺を揉んだ。現在、彼は年末の大仕事に襲われていた。来月には、新年の式典を控えている他、神王の生誕祭がある。彼に、無駄な時間を食う余裕はない。


(……ルーラを帰らせる方が、体力を消費しそうだ)


 熟考の末、リオクスティードは仕事の手を止めた。


「……お前は、今、いくつだ」

「今年で三二だ」


 真剣な眼差しに、リオクスティードは深い溜息をついた。


「何があった」

「訓練をつけたら、心的外傷を八つ裂きにしたらしい」


 ルーラの言葉に、リオクスティードは額に手を当てる。幼い頃から、妹の事は理解しているので、どのような訓練が施されたのか、兄には想像が出来てしまった。


「……で、お前はどうしたいのだ? 」

「分からんから、兄上に相談している」

(さもありなん)


 リオクスティードは、妹の成長を祝うべきか、三十路を過ぎても無邪気なままを嘆くべきか、悩む。ひとまず、リオクスティードは、彼女を上質な長椅子に座らせ、温かな紅茶を淹れてやる。ルーラは、珍しく、しおらしい態度で紅茶を手に取った。萎れた雰囲気と、儚げな外見は、何も知らない男性の庇護欲をそそるだろう。


(普段から、その態度でいれば、余計な夢を壊さずに済んだろうに)


 リオクスティードは、哀れな男達を想像し、溜息をついた。気を取り直して、凛とした面持ちでルーラに話しかける。


「お前にとって、ジャンクティードは何だ」

「弟、だろう? 」


 ルーラは当然のように答えた。妹の微かな良心に安心しながら、リオクスティードは言葉を重ねる。


「あぁ。そして、お前は、あの子の姉でもある。

姉弟の仲を、良好にしたいのか? 」


 兄の問いかけに、ルーラは少し黙り込む。そして、神妙な顔で呟いた。


「……良好でなくとも良い。ただ、会話が出来なくなるのが嫌だ。

妹達だって、母は違うし、仲は良好でもない。

でも、会話をするのは楽しかった」


 ルーラの素直な感想に、リオクスティードは肩の力が抜ける。


「お前は仕事は出来るのに、身内関連はポンコツだな。不思議で仕方ない」

「兄上に言われたくないぞ」

「さもありなん」


 所詮、似た者兄妹である。リオクスティードは、赤い水面に浮かぶ、疲労が蓄積した目元に溜息をついた。


「ジャンクティードが落ち着いたら、姉弟で話すといい。

あの子は賢いから、お前の価値観を理解してくれるはずだ」


 そう言い放つと、リオクスティードは紅茶で喉を潤す。ルーラは怪訝な顔をした。


「……何故、私が理解してもらう側なのだ? 」

「お前が他者の心に寄り添えるとは思わない。その有様だから、ミレイアナに憎まれたままなのだ」


 先代神王の娘、第三王女の名前を告げられ、ルーラは不貞腐れた顔をする。


「何故だ。嫁ぎ先は、譲ってやっただろうに」

「ミレイアナは、単純に、お前が気に食わないだけだ。

風神王族の妃になる気は、元々なかったのだろう。

だが、引っ込みがつかなくなって、渋々、嫁ぐことになった。

その結果、奴は正妃であるべき身分なのに、離宮に引きこもったままだから、側妃に落ちざる負えなかった」


 第三王女ミレイアナと、第二王女ルーラは同い年である。だが、その方向性は完全に別々であった。ミレイアナが温室の花であるのに対し、ルーラは野生の希少種だ。それにも関わらず、両名は見事に対立していた。実母の生家が関連していた影響もあろう。


「……私のせいか? 」

「両方悪い。外交に姉妹喧嘩を持ち込むな」


 兄に叱責され、ルーラは憮然とした表情で紅茶を飲み干す。


「帰る」

「あぁ……、いや、待て」

「何だ、まだ説教でも……」


 ルーラは苛立ちながら、兄を振り返る。彼女の眼前に、一枚の紙が晒された。


「これを、ジャンクティードに渡してやれ」

「はあ? ただの、生誕祭の知らせじゃないか」

「お前が、弟に嫌われたままで良いなら捨てろ」


 そう言い残して、リオクスティードは仕事を再開する。ルーラは釈然としないながらも、大人しく紙を持ち帰った。











 ルーラが立ち去った執務室の扉が丁寧に叩かれる。リオクスティードは顔を上げることなく、声をかけた。


「誰だ」

「マリーアンネです」


 柔らかな声音が聞こえ、リオクスティードは入室許可を与える。しずしずと執務室を訪れたのは、リオクスティードの王妃だった。彼女の手には、籠があった。


「陛下がお疲れだと思いまして、軽食をお持ちしましたわ」

「あぁ……」


 改めて指摘されると、リオクスティードは疲労を実感してしまう。主に、妹のせいでもあるが。ルーラの来訪を知らないマリーアンネは小首を傾げた。


「あら? どなたか、いらっしゃっていましたか? 」

「ルーラが」


 疲労を滲ませた一言に、マリーアンネは優しく微笑む。


「ふふっ。仲が宜しいですわね」

「そう見えるか」

「はい」


 天真爛漫な笑みに毒気を抜かれたリオクスティードは、彼女が持参した籠に目を移す。


「軽食は、何を持ってきたんだ」

「パイです」

(……ん? )


 籠の中には、ぎっしりと詰め込まれた多種多様なパイが存在した。軽食にしては量が多い。


「アップルパイでしょう、それからベリーパイに……あ、それから、北部の濃厚なチーズが手に入ったので、料理人に作ってもらいましたの。美味しいですよね、北部のチーズ」


 彼女の無邪気な声に、リオクスティードは胃が重苦しく感じる。だが、妻の厚意を無下にするわけにもいかず、リオクスティードは細々と囁いた。


「……ありがとう、マリー」

「どういたしまして、リオ」


 夫の苦悩に気が付かない妻は、嬉しそうに微笑んでいた。

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