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戦闘民族

 暗闇の雪景色で、何度も金属音が響き渡った。ルーラの流麗な剣さばきを、真っ黒な外套を着た者は、難なく槍で受け止める。互いに言葉は無かった。美しい雪景色を抉られようが、丁重に整えられた木々が切り裂かれようが、両名は己が武器を無心に振るうのみ。


 やがて、疾風の如き槍が、ルーラの腹部を貫いた。純白な地面に、青い液体が飛び散る。黒き者が笑みを浮かべた瞬間、ルーラは槍を掴んだ。そして、黒き者の横顔を、剣の柄で容赦なく殴った。吹っ飛ばれた黒き者は、軽やかに着地する。


「ッ、! 」


 着地と同時に、黒き者の眼前に、彼女の剣が宙に浮かぶ。投げつけられた剣先が顔に触れる寸前、とんでもない反射神経で回避した黒き者。


 だが、黒き者の両足が前触れなく切り落とされる。強制的に膝をつかされた黒き者の背後から、ルーラが槍で串刺しにした。心臓を避けて貫かれた体は、地面に縫い付けられる。黒き者から、緑の液体が流れていた。ルーラは、冷めた視線を送る。


「夜明けまで、そうしていろ」

「……ん」


 ルーラは投げ捨てた剣を拾い上げ、屋敷へと戻った。玄関には、騎士服姿のデボンが緊張した面持ちで剣を持っている。


「姫様、何事ですかっ!? 」

「なんだ、お前。わざわざ着替えたのか」

「いえ、まだ起きてました」

「それで、寝ていた私より遅いのか」


 ぐうの音も出なくなったデボンは縮こまる。ルーラは、彼を責めるつもりはなく、純粋に感想を述べたに過ぎない。そして、青い目が、屋敷全体を見渡すかのように動いた。


「……執務室か」

「え? 」

「デボン少年、土属性は得意か? 」


 いつになく温度のない声音に、デボンは勢いよく背筋を伸ばした。


「つ、土属性の適性評価は五でありますっ」

「ならば、玄関の応急処置をしてくれ。流石に寒い」

「御意! 」


 デボンは、急いで橙色の土が入った小瓶を取り出す。


「神秘奏上。偉大なる土神よ。いと粛然たる神よ。

神前に清らかなる黄を捧げる。土のしるべを我に許したまえ 土盾」


 デボンが唱えると同時に、橙色の土が塵と化し、黄色い魔法陣を成型する。魔法陣から淡黄の土が溢れ出て、開け放たれた玄関を塞いだ。


 その間に、ルーラは執務室に赴いた。凍てついた風が吹く中、壁にもたれかかった紺色の影を見つけた。


「生きてるか、セツナ嬢」


 ルーラの呼びかけに反応はない。ルーラは、まじまじと彼女を観察する。どうやら、顎の骨を砕かれて脳震盪を起こしたようだ。


「重傷でもないが……まぁ、いいか」


 ルーラは、自身の指先を僅かに切り、青い滴を作る。


「上奏。我らが父よ、母よ。偉大なる青き美しき長よ。

我はルーラ・ブロッサムロード。

汝の聖なる青き証を受け継ぐ者なり。

感涙の極み。

揺れる青、流れる青、佇む青、注ぐ青。

全ての生を呑み、汝に感謝申し上げる。

親愛なる青き美しき長よ。

我は汝に請い願う。

我に青き純粋たる恩恵を授けたまえ 神性回復」


 ルーラが唱えた瞬間、青い滴が塵と化し、青く神々しい魔法陣を成型する。

魔法陣から、青い光の粒子がセツナに降り注いだ。セツナの怪我が完治する。セツナは、重い瞼を押し上げた。


(っ……状態、状況……っ!? )


 ぼんやりした中で、ルーラの姿を認め、セツナは瞬時に膝をつく。


「申し訳ございません」

「あぁ、気にするな。それより、お前、この部屋を片付けられるか」

「はい」

「そうか。では、私は寝る。終わったら、そこら辺りにいるデボン少年に伝えてくれ」

「御意」


 ルーラは小さく欠伸をして、自身の寝床に戻った。










 翌朝、真っ白な侍女服に身を包んだセツナは、ジャンの寝室を訪れる。


「おはようございます。閣下、ハサ殿……(いない!? )」


 寝台はもぬけの殻だった。セツナは、無表情のまま、急いでクローゼットや戸棚。挙句の果てには、応接間の花瓶を覗き込む。騒々しい物音に、不機嫌な声が聞こえてきた。


「朝っぱらから、っるせぇな」

「ふぁぁ……早いね、セツナ」


 あっさりと寝室から出てきたハサとジャンの姿に、セツナは動きを止めた。


「……どちらに、いらっしゃったのですか」

「「ベットの下」」

(盲点!! )


 セツナは花瓶を置いて、慇懃丁寧に頭を下げる。


「申し訳ございません。気が動転しておりました。

おはようございます、閣下、ハサ殿」

「おはよう、セツナ。怪我してない? 」

「はい。顎が粉砕した程度なので、問題ありません」


 淡白に告げられた事実に、ジャンとハサは、面食らう。ハサは、露骨に顔をしかめた。


「いや、問題しかねぇわ」

「まぁまぁ。元気そうで何よりだよ。今日は侍女服なんだね? 」

「はい。侍女殿が、早朝、中庭の御方を串刺しの死体と勘違いして卒倒されたので、腰の治療と、精神面を考慮して、本日は休みを取らせました」


 ジャンとハサは、目が点になる。一瞬、何を説明されたのか全く理解できないでいた。ジャンは額に手を当てる。


「待って待って。情報が多い。え、なに、昨日の黒い奴、死んだの? 」

「いいえ、存命です。現在、辺境伯令室様と御一緒に朝食を召し上がっております。本日の朝食は、クロワッサン、鶏卵のオムレツ、人参と玉ねぎの野菜スープです。辺境伯令室様には、角兎のステーキをご用意いたしました。デザートは果物の盛り合わせです」


 事実を正確に伝えられても、ジャンは全く理解できなかった。彼は、困惑しながらハサを振り返る。


「……どういうこと? 」

「俺が知るか」


 至極当然な答えに、ジャンは口をつぐむ。だが、考えても埒が明かないので、早々に諦めた。


「……とりあえず、ご飯食べよっか」









 ジャンとハサが朝食を終えた頃、ルーラが何事もなかったかのように話し始めた。


「紹介する。戦友のス=ニャーニャだ」

「ルーラ、友、殺しあう」

「……え? 」

(意味わかんねぇ)


 物騒な発言に、ジャンとハサは唖然とする。


 ルーラが紹介したのは、中性的で格好いい美形だ。肩の上で整えられた真っ黒な髪。前髪の一部分は、鎖骨まで伸びた三つ編み。更に特徴的なのは、緑の目だ。


 ス=ニャーニャと紹介された黒き者は、ひたすら果物を頬張っていた。昨日の恐怖が嘘のように、小動物みたいに食している。ジャンは何とも言えない顔になった。


「……友達なのに、殺しあうんですか? 」

「楽しい」

(会話が、おかしい)


 共通言語を話しているはずなのに、何故か微妙に噛み合っていない。ジャンの困り顔に、ルーラが補足説明を付け加えた。


「風神王国は戦闘民族だ。会話は困難だと思え。出会ったら、武器を向けるな。迷わず両手か白旗を上げろ。さもなくば、殺されるぞ。言っておくが、こいつは、これでも、マシな方だ」

「……どこが? 」


 げんなりしたジャンに、ルーラは淡々と答える。


「セツナ嬢を素手で制圧している。頭おかしい奴だと、武器を向けられた瞬間、問答無用に八つ裂きにしてくるからな。ちなみに、そのイカれた奴が、ス=ニャーニャの兄だ」

「……やべぇ国じゃねぇか」


 ハサの感想は最もである。周囲が困惑する中、ス=ニャーニャは果物に伸ばす手を止めることなく、呑気に話した。


「兄、殺す、やめた」

「おや、随分丸くなったな、あいつは。どういう風の吹き回しだ」

「ルーラの妹、弱い。沢山、気を付ける。血、見ない」

「ふーん。まぁ、良かったじゃないか」


 両名の会話を聞いて、ジャンは恐る恐る尋ねた。


「……もしかして、ス=ニャーニャ様、王族? 」

「ス=ニャーニャ、王族」


 そう言って、ス=ニャーニャは首に下げていたロケットペンダントを見せつける。ジャンとハサは、ペンダントを凝視する。それには、竜と王冠の紋章が刻まれていた。


「……俺の記憶が正しければ、風神王家の紋章だと思う」

「……おう。最近、覚えたわ」


 ジャンとハサは、弱弱しく現実を受け入れた。ス=ニャーニャは、間違いなく風神王家の者であった。ジャンは、恐る恐る尋ねる。


「……姉上を殺しに来たのは、何故ですか? 」

「おまけ」

(あれ、意外と、姉上が被害者だな)


 ジャンは内心、姉に酷いことを思いながら、ス=ニャーニャに質問を重ねていく。


「じゃあ、本命は? 」


 その質問に、ス=ニャーニャは固まった。果物に伸ばしていた手を引っ込み、膝を抱えて俯く。一気に暗い雰囲気を纏うと、表情は今にも餓死しそうだった。


「ゴ=ドード」

「……は? 」


 急に会話が出来なくなり、ジャンは素っ頓狂な声を上げる。ルーラが肩をすくめて、状況を説明した。


「結婚相手に逃げられたんだと。で、絶賛捜索中らしい」

「それは、まぁ、何というか……」


 ジャンは、ご愁傷様という言葉を呑み込んだ。あまりにも、ス=ニャーニャが落ち込んでいたからだ。流石にジャンも同情心が沸く。


「……ス=ニャーニャ様、何で逃げられたの? 」

「風神王国の民族性というべきか、こいつら、即決即断即行動派なんだ。要するに、その日のうちに結婚したくなって、恋人でもない奴のために結婚指輪を仕立てたら、相手が国を出ていたんだと」

「……相手、悪くないよね? 」

「だろうな」


 ルーラは興味なさげに呟くと、紅茶で喉を潤した。ジャンは、欝々と嘆くス=ニャーニャの外見を眺め、ハサの外見と見比べる。


「……ハサって、風神王国の血筋かな? 」

「あ? 」

「あぁ。黒髪と黒い目は、かの国の特徴だ」


 ルーラの言葉に、ジャンはハサを食い入るように見つめる。ハサは、居心地悪そうに眉をひそめた。


「っんだよ」

「んーん、何でもない」


 ジャンは笑顔でハサを丸め込む。頭の片隅にあったのは、最下層の出来事だった。


(戦闘民族の血を引くから、ハサは丈夫なんだろうな。うん、納得)



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