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さようなら

 巨額の資金は、一旦、大公家の保管庫に仕舞うことにした。保管庫の鍵の番号は、執事とジャンだけが把握することにする。資金の目途が立ったところで、執事はルーラに声をかけた。


「辺境伯令室様。閣下と御令息様の今後の教育方針について、話し合いたいのですが、お時間よろしいでしょうか? 」

「構わんぞ。あぁ、デボン少年。お前、去年卒業したばかりだろう? ついでに学院の様子も聞かせてくれ」

「お任せ下さいっ。騎士科と魔法科のことなら何でもっ」

「事務科は? 」

「……」


 事務科とは、水神王国の歴史や算術など、貴族に必須な学科である。苦手分野を突き付けられたデボンは硬直した。そんな彼を無視して、ルーラはジャンに振り返る。


「というわけだ、ジャン。懐かしの私物は、お前達で見てこい」

「うん。行こ、ハサ、セツナ」

「おう」

「御意」





 ジャンは、ハサとセツナと一緒に、北の離宮から送られてきた荷物の元へ向かった。荷物を開封すると、紙の匂いがして、ジャンは目を輝かせた。


「本~っ!! 」


ジャンは、満面の笑みで懐かしい本を取り出した。六年の月日が経ってしまっているが、本の状態は良好だった。ハサは、物珍し気に観察している。


「これが、本……な」


石板と木札は、ジャンが頻繁に使っていた為、ハサも知っている。新聞も、時々ボスが読んでいたが、ジャンの持つ本程、紙質は良くない。ハサは、改めて、ジャンの身分の高さを痛感した。


(……俺、これから貴族として、やっていけんのか? )

「はい、これ! ハサにあげる! 」


 急に押し付けられた分厚い本に、ハサは眉をひそめる。


「んだ、これ」

「ハサの名前の本。俺の一番のお気に入り! 次は絵本が好きかな」


ジャンの上機嫌な声は、ハサの耳を素通りしていく。ハサは、ドキドキしながら表紙を撫でた。


(……俺の、名前)


表紙の一部に、ハサの文字がある。ハサは、先ほどの不安が一瞬で消えた。だが、別の問題が浮上する。ハサは、乱暴にジャンの腕を掴んだ。


「おいっ」

「ん? なに? 」

「……俺、自分の名前しか、書けねぇ」


ハサは、悔しそうに顔を歪めながら、細々と呟いた。その声を聞き逃さなかったジャンは、彼の素直な態度に目を丸くする。


(……これ、面白がったら、駄目なやつだ)


そう判断するや否や、ジャンは、セツナが整理していた紙の束を手に取った。


「んっと……あ、あった。はい、これ」

「……んだ、これ」

「俺が昔使ってた、文字の練習帳。言葉の練習帳、これね」


ジャンは、どさどさとハサの片手に紙束を載せていく。ハサは怪訝な顔をした。


「……どんだけ、あんだよ」

「……いっぱい」

「マジか」


ジャンの遠い目に、ハサは啞然とした。



 ジャンの新しい本棚に並べ終えたところで、ルーラから呼び出しがあった。ジャンは、文字の練習で知恵熱を出すハサを連れて、執務室に向かった。


「なぁに、姉上」

「出掛けるぞ」

「どこに? 」

「来れば分かる」


 ジャンは首を傾げつつ、ハサと共に外出準備をさせられた。ジャンは青い礼服、ハサは灰色の礼服だ。ハサの礼服には、青い布切れが胸元に飾られる。ハサは、じっと布切れを見つめた。


「これ……」

「神王陛下と面会し、ハサ殿は、閣下の御子息である、と陛下に認知されました。

故に、昨日から、ハサ殿は、陛下公認の元、青花五家だけが許される、服装の一部に青を身に着けることが許可されています。誰も、文句は言えません」


 セツナは、神王に面会するまでは、ハサの服装に青を取り入れないようにしていた。彼が、平民である故に、誹謗中傷されることを懸念して。セツナの気遣いにハサは舌を巻く。それと同時に沸き上がるのは歓喜だった。


「俺も、ジャンの色、着ていいのか」

「……俺の色? 」

「っ、ちげぇ! 」


照れ隠しに怒鳴るハサに、ジャンは上機嫌だった。セツナは、更に説明を付け加える。


「閣下は、神の証をお持ちなので、青い礼服ですね。閣下の姉君も、ドレスは青ですよ」


セツナの説明に、ジャンは目を丸くした。


「姉上って、騎士服以外も着るんだ。いや、まぁ、着るだろうけど」










 ブルーム大公家の紋章が掲げられた馬車の中には、ジャンとハサ、ルーラの三名が搭乗していた。セツナは、今回同行しなかった。


「……行く場所、分かんない所に連れていかれるのは、ちょっと怖いな」


ジャンの苦笑に、ハサは無言で彼の手を握った。ジャンは、その手の温もりに落ち着く。その様子を眺めていたルーラは、徐に視線を外に送った。


「着いたぞ」


ルーラの声に、ジャンとハサも、馬車の小窓を覗く。流れる風景は、どこまでいっても変わらない。両名は、目を見張った。


「「墓……」」

「ここは、高位貴族の墓地だ」


 馬車を降りると、ジャンとハサは、ルーラの背中を追った。ルーラは迷わず、一つの墓の前に進んだ。赤いカーネーションの花びらが揺れている。



ユーノット・カーリット



それが、墓石に刻まれた名前だ。ルーラは両名を振り返る。


「私は近くで待機している。気が済んだら、馬車に戻れ」

「……うん」


 ルーラの気配が遠ざかると、ジャンは、恐る恐る墓石に手を伸ばした。彼女の名前を、丁寧になぞる。


「……本当に、死んじゃったんだな」


 自分の呟きに、ジャンは涙を流した。ジャンとて、理解していないわけではなかった。六年前、彼女が命懸けで小さな命を守ったからこそ、ジャンは今ここにいる。


「……ジャン。こいつ、誰? 」

「俺の、家庭教師。お母さん、みたいな、人」


 ハサの問いかけに、ジャンは言葉を詰まらせながら答えた。すすり泣きが木霊する中、ハサが真剣な眼差しで墓石を見つめる。


「……俺、ハサ。ジャンの片翼」


その一言に、ジャンは、動きを止めた。ゆっくりとハサを振り返る。透き通った青い目 に、ハサは憮然とした。


「なんだよ」

「ううん。あってる……あってるんだけども……今、俺、~っ! 」


 ジャンは、慟哭と歓喜が襲ってきて、感情がぐちゃぐちゃだ。また涙が出てきてしまって、ジャンはハサに勢いよく抱き着く。ハサは平然と受け止めながらも、冷たくなる肩口に顔をしかめた。


「……服、濡れる」

「うぅぅ、ベリーが洗ってくれるもん」

「……あっそ」


 散々、泣き腫らした目で、ジャンは墓石に向かって微笑んだ。


「……俺、今ね、ジャンって名前なんだ。あ、正式名称はジャンクティードだし。ちゃんと、公式の場では、私って使うよ? 

……今年で、十三になった。ハサと刻印天使にもなれた。

十六には、学院に通うかもしれないし、まだ、いっぱいできること、沢山ある」


 ジャンは、一度、深呼吸する。泣いてばかりじゃ、言葉が届かない。

ジャンは、深々と、ユーノットに向けて頭を下げた。


「ありがとう、ユーノット。

あなたのおかげで、私は、今も生きているよ。

もし、永遠の花畑で、私のおかあさんと会うことが出来たなら、

伝えておいてくれないかな。

君の愛する我が子は、しわくちゃのじじいになるまで、そっちにいけないってさ」


その言葉に、ハサが小さく吹き出した。


「お前のじじい姿、想像つかねぇわ」

「ハサもね」


ジャンとハサは顔を見合わせる。そして、心の底から、楽しそうに笑いあった。












 子ども達の笑い声に耳をすませながら、ルーラは赤い花びらを空に翳す。


「まさか、お前の育てた子を、面倒見ることになるとは、思わなかったな」


 赤い花びらが、風に吹かれて飛んでいく。彼女と彼女の関係に、明確な名称は無かったとしても、固い絆はあったのだ。


「さようなら、ユーノット・カーリット」


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