表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/62

新たな生活

 翌朝、ジャンとハサは、セツナの声に起こされた。


「おはようございます。閣下、ハサ殿」


ジャンは、目を擦りながら起き上がる。その隣で寝ていたハサは、不機嫌そうに目を開けた。


「ん……おはよう、セツナ」

「……朝、? 」

「はい、朝でございます。本来なら、侍女の仕事ですが、閣下の精神面を考慮して、私が対応することになりました」


騎士服姿のセツナが、慇懃丁寧に御辞儀をする。ジャンとしても、その配慮は有難かった。


「そっか。……よろしく、セツナ」

「はい。よろしくお願いいたします」


 セツナは、丁寧に朝の紅茶を淹れた。ジャンとハサが、眠気眼で紅茶を受け取る。その間に、セツナが淡々と今日の予定を話し始めた。


「午前は、使用人達の紹介を予定しております。朝食が済み次第、順次行いましょう。午後は、王宮から使者が来訪予定です」

「使者? なんで? 」

「恐らく、金品の支給と、北の離宮にある閣下の私物かと」

「あぁ」


 昨日、様々な出来事が一気に押し寄せて、神王の発言が薄れていたことにジャンは気が付いた。ジャンは、物思いにふける。


(結局、何で、ブルーム大公家が青花五家の一員になったのか、全然分かんないんだよね。ラベープル公爵家って、何したんだろう)


古来より存続してきた青花五家の一つ、ラベープル公爵家。それが、ジャンの知らない間に消滅していた。ジャンは不思議に思って、セツナを見上げた。


「ねぇ、セツナ」

「はい」

「ラベー……」

「黙秘します」


ばっさりと言葉を遮られたジャンは目を瞬いた。セツナは無表情で、雰囲気は通常と大差ない。しかし、彼女が、ジャンの質問を遮ったのは、これが初めてであった。ジャンは決まりが悪そうに紅茶を飲む。


(……聞かない方が良い話かな、これ)


ジャンは、一旦、ラベープル公爵家の話は封印することにした。








「姉上って、いつまで王都にいるの? 」

「夫に呼び出されるまで、だが? 」


 朝食の席で、ルーラは、あっけらかんと答えた。明確な期日を求めるように、ジャンはデボンを見るが、彼は力なく首を横に振った。ジャンは、改めてルーラを見つめる。


「それって、すぐ? 」

「今までの所感だと、一年は呼び出されないな。少なくとも、お前の十四の祝いにはいるよ」


そう言うと、ルーラは優雅にデザートを堪能する。ジャンは首を傾げていた。


「お祝い? 」


今度は、ルーラが目を丸くした。


「何だ、知らないのか。七歳と、十四歳の子どもは、身内が祝ってやるものだ。よくもまぁ、この年まで無事に生きたな、と」

「……本当に、よく生きてたね、俺」


 しみじみとした呟きに、デボンが咳き込む。特に重々しい空気ではなかったが、デボンは慌てて話題を変えた。


「そうだ! 私達が滞在中は、閣下達の王立学院入学準備を手伝いましょうよ! 勉強とか、剣術とか! ねぇ、姫様!! 」

「元より、そのつもりだったが」

「ですよね!? 申し訳ございませんでした!! 」

(……っるせぇ)


朝から騒がしいデボンに、ハサは不機嫌さを隠そうとしない。ハサは、相変わらず、低血圧であった。










 使用人の紹介も無事終えたところで、ジャンとハサは、訓練の為に設計された大広間に呼び出された。通称、大公家の訓練場である。


「……んだ、これ」


ハサの視線の先には、不透明な宝石が複数付いた器具があった。ルーラが、快く説明する。


「魔反応石を組み込んだ、魔力適性測定器だ。ジャンは、見たことあるか? 」

「うん。魔法教わる前に、やった」

「そうか。では、試しにやって見せろ」

「はーい」


ジャンは、意気揚々と道具に手を翳した。青色の宝石が十個、緑色の宝石が五個、黄色の宝石が五個、光った。その結果を見て、デボンが驚きの声を上げる。


「うわっ、流石、王族ですね。青が全部輝くの、初めて見ました! 」


デボンの歓声に、ルーラは眉をひそめた。


「当たり前だろうが。我らは、魔法界最高峰の、神話級魔法を扱うんだぞ」

「ですよね!? 申し訳ございません!! 」


デボンの謝罪を無視して、ルーラはハサを見た。


「次、黒猫。やってみろ」

「いや、どうすんだよ、これ」

「手を載せればいい」


ルーラの指示に従って、ハサは恐る恐る道具に手を載せた。光ったのは、青色の宝石一個だけだ。何とも言えない空気が漂う。


「……これ、どうなんだ? 」

「水は出せるよ、ちょっとだけ」


ジャンの身振り手振りに、ハサは顔をしかめた。止めを刺すように、ルーラが言い放つ。


「魔法士は、適性がないな。諦めろ」

「うぐ……っ」

「いや、でも、ほら! 平民って、魔法使えないのが、当たり前だから、ね!? 落ち込むことないって! ね!? 」


デボンの必死の慰めが、ハサの自尊心を傷つける。その間に、ルーラは、再度測定結果を眺めた。


(風の適性ぐらいはあると思ったが……まぁ、いいか)


 ルーラは、愉快気に微笑み、真っ白なマントを靡かせる。彼女は尊大にハサを見下ろした。


「よく聞け、黒猫。お前は、ジャンの片翼だ。

お前が魔法を使えなくとも、ジャンがお前に魔法を付与してやることは出来る。

むしろ、それが刻印天使の本領発揮だ。

お前は、ただ、ひたすら、騎士としての技術を高めればいい。

お前が強ければ強いほど、ジャンが付与した魔法が生きる」

「! ……わかった」


ハサは、力強く頷いた。その反応に、ルーラは満足げに頷く。


「では、早速、体を鍛えるか。幼子どもの実力を知りたいから、デボン少年。

相手をしろ」

「御意」









 模擬戦闘の結果、デボンは、ハサに呆気なく叩きのめされた。ハサは、尻餅をついたデボンの胸倉を掴みつつ、首筋に木剣を向ける。


「……てめぇ、もっと、本気出せや」

「ガラが悪いっ!! 

なんか、もっと、こう、大人しい子じゃなかったですか!? ねぇ!? 」


デボンは、潔く両手を上げた。その光景に、観戦していたジャンは苦笑した。


(ハサ、子猫みたいに大人しかったもんね)


 元来、最下層で生き延びてきたハサの雰囲気は刺々しい。だが、旅の間、ジャンの様子から、セツナやルーラに対して警戒心を完全に解いていた。その為、最下層で培ってきた殺気が、今、復活しただけである。


「止まれ、黒猫。お前が、デボン少年より強いのは理解した」

「姫様っ!? 」


 仮にも、王立学院の騎士科を上位成績で卒業したデボンである。子どもに負けた事実を、容赦なく突き付けられて泣きそうであった。


 ルーラの制止に、ハサは舌打ちしながら、デボンの胸倉を乱暴に離した。涙目のデボンに、ルーラは厳しい声をかける。


「さっさと立て、デボン少年」

「はいっ」


体に染みついているのか、デボンは、上官の命令に、勢いよく立ち上がる。ルーラは、隣にいるジャンを振り返った。


「次、お前の番だ」

「うん」


 ジャンは、いそいそと木剣を構える。あまりの不安定さに、デボンは心配になってきた。案の定、ジャンはデボンに届く手前で、ずっこけた。見事な転倒っぷりに、見ていた連中は言葉を無くす。顔面を強打したジャンは呻いた。


「……痛い、っ」


うるうると目を潤ませるジャンに、ハサが瞬時に飛び出した。ジャンの額から、青い血が流れている。ハサは、淡々とルーラを見上げた。


「ジャンの姉ちゃん。こいつ、怪我した」

「あっははははは! 本気でやってそれか! これは傑作だ! 」


ルーラは盛大に腹を抱えて笑った。壁際に控えていたセツナが一歩前に出る。


「プーガル卿。訓練で無ければ、極刑ですよ」

「えっ!? たっ、大変申し訳ございませんでしたぁぁぁあああ!! 」


 セツナの忠告に、デボンは、額を地面に擦りつける勢いで土下座する。その間に、笑いを抑えたルーラがジャンに治療魔法をかけてやった。ジャンが頬を緩ませていることに気が付いて、ルーラが不思議そうな顔をする。


「どうした、ジャン」

「えへへ。なんか、治療してもらうの、変な感じがする」

「不快か? 」

「ううん。すっごく、嬉しいよ。ありがとう、姉上」

「そうか」


和やかな姉弟の背景と化したデボンは、ふと我に返る。


(あれ、私、悪くないんじゃ……? )










 午前中の適度な訓練を終えると、ジャン達は応接間で、王宮から来た、真っ白な官服の使者と対面していた。卓上には、丁重に積まれた硬貨の山があった。使者は目録を読み上げていく。


「大公閣下と御令息様の養育費、並びに、王弟殿下暗殺未遂・失踪事件の慰謝料として、青玉貨二八二枚・金貨四四二枚、をお持ちいたしました。どうぞ、お納めください。それと、北の離宮にあった閣下の私物も、お運びいたしました。そちらも、どうぞお確かめ下さい」


 使者は、恭しく頭を下げると、目録をセツナに渡す。セツナは、その目録をジャンに手渡した。ジャンは食い入るように目録を見て、正面に鎮座した大金と見比べる。水神王家の紋章が刻まれた青い硬貨に、ジャンの表情が強張った。


「……青玉貨、とは? 」

「水神様の爪、と呼ばれる青い鉱石で作られた硬貨です。青玉貨一枚につき、金貨千枚の価値がございます」


使者の丁寧な説明に、ジャンは動揺する。


(最下層でも、鉄貨か銅貨しか見てないよ!? 金貨って何!? )


 ジャンは助けを求めるように、隣に腰かけているルーラを見上げた。流石のルーラも、この大金には目を見張っていた。


「多いな。慰謝料分、か? 」

「さようでございます」


ルーラの呟きに、使者が慇懃丁寧に頭を下げる。ルーラは嘆息した。


「ジャン。素直に貰っておけ。一生遊んで暮らせる金額だ」

「な、なんで、そんなに……! 」

「それだけの事件だってことさ。王族の暗殺なんて」


 使者が帰った後も、ジャンは唖然としていた。状況がよく呑み込めていないハサは、ジャンの手元を覗き込む。


「……なんか、すげぇのか、これ」

「……ハサ。お金見たことある? 」

「平民が持ってるのは、ある」

「じゃあ、これは? 」


ジャンは、青玉貨と金貨を指差す。ハサは顔をしかめた。


「見たことねぇ」

「だよね!? 良かった! 」


急に振って湧いた巨額の硬貨に、ジャンは憔悴しきっていた。ジャンは、自らを安心させるためにハサに抱き着く。ハサは、硬貨を前にして、首を傾げていた。


「これ、どんだけ、すげぇの? 」

「果物を両手いっぱい買っても、まだまだ買える金額」

「……すげぇな」


幼い会話に、後方で待機していたデボンが何とも言えない顔をしていた。


(我が辺境領を買収しても、お釣りが出てくる金額ですけど……)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ