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初めての晩餐

 ジャンは十三歳にして、ようやく、ブルーム大公家に帰還した。屋敷は、ジャンの灰色髪を基調とした厳かな建物だ。屋敷の入り口にて、真っ白な執事と侍女が、ジャンとハサを出迎えた。


「「お帰りなさいませ、閣下、御令息様」」


老齢二名なのに、異様な圧力を感じる。ジャンとハサは、思わず仰け反った。


「た、ただいま? 」

「……ただいま」


 困惑を滲ませた両名の声に、和やかな雰囲気が使用人から漂ってくる。思いの外、歓迎されているようで、両名は安堵した。使用人を代表して、真っ白な執事服のじいやが前に出る。


「長旅、お疲れでしょう。入浴と晩餐の準備は整っております。それらが済み次第、使用人の紹介をさせて頂きます」

「あ、うん。ありがとう、じいや」

「勿体なきお言葉でございます、閣下」









 湯水をふんだんに使って、体が温まったジャンとハサは、長々とした食卓のある部屋に案内された。そこでは、上座部分を空けて、ルーラとデボンが食事をしていた。ルーラは、葡萄酒を片手に、ジャンとハサを振り返る。


「やぁ、幼子ども。遅かったな」

「……姉上、いつの間に、帰ってきたんですか? 」

「つい、今しがた。なぁ、デボン少年」

「すみません、すみません。姫様が腹を空かせていたみたいで、先に頂いています」

「構わないよ。姉上に逆らえると思わないし」

「……ですよね!? 」


デボンは、安堵した表情で食事を再開した。先程まで辛気臭そうに食べていたが、今では美味しく肉料理を咀嚼している。その光景に、腹を鳴らしたジャンとハサも、いそいそと席に着く。上座に、ジャン。その右斜めにハサが座る。


 両名の前に、沢山の料理が並べられた。ジャンは目を輝かせる。


「すごい、ごはんって感じする! 」


飛び跳ねんばかりに喜ぶジャンに、じいやは温かな笑みを浮かべた。


「まだまだ、沢山ございますので、ごゆっくりお召し上がりください」

「うんっ! 水神様、日々の糧に感謝します! 」


ジャンは手早く祈りを捧げて、匙で黄金のスープを掬った。口に運んだ瞬間、野菜の甘みが広がって、ジャンは頬が落ちそうになる。


(美味しい……辺境伯家のスープも美味しかったけど、懐かしい美味しさの気がする。北の離宮でも、出てたのかも)


満面の笑みで食事を進めるジャンの傍ら、ハサは並べられた銀食器に戦々恐々としていた。


(……なんか、色々出てきた)


 食べたいのは山々だが、匙を使って食事をしたことのないハサは、目の前の光景に戸惑っていた。辺境伯家でも、船旅でも、ハサの境遇を気遣い、セツナは素手で食べられる物を用意してくれていた。故に、ハサは、匙未経験者である。


「ハサ? 」

「お、おう……」


視界の端で微動だにしなくなったハサに、ジャンは気が付いた。そして、彼が借りてきた猫のように大人しい理由を察する。ジャンは手前のフォークに持ち換えた。


「これ、フォーク」

「……フォーク」


ハサは、ジャンの真似をして、おずおずとフォークを手に取った。


「んで、これ、刺す」

「……おう」

「んで、食べる」

「おう」


フォークに刺さった野菜を、ハサは口に運んだ。途端に、果物の香りが口に広がり、ハサは目を輝かせる。


「なんか、味、変だ! 」


 味が変と言われ、給仕をしていたじいやと、真っ白な侍女服を着た老婆の手が止まる。一方、付き合いの長いジャンは、ハサの言わんとしていることを理解した。


「あぁ、ソースの味じゃない? じいや~、サラダに掛かってるソース、何? 」


じいやは、何事も無かったかのように、背筋を正して説明する。


「はい。本日のサラダのソースは、オリーブオイルに、風神王国で採れたオレンジの果汁を混ぜ合わせております」


じいやの説明も聞かずに、ハサは無心でサラダを平らげていく。その光景に、ジャンは、ニコニコしながら、じいやに振り返った。


「じいや~、ハサのサラダ、追加してあげて。ソース多めで」

「畏まりました」


じいやは、温かい笑みで下がっていく。そして、老婆の侍女が優しく微笑みながら、ハサの元に来た。


「御令息様。何か苦手な物は、ございますか? 」


ハサは、敬われることに違和感を感じつつも、ボソッと呟いた。


「……肉、あんま好きじゃねぇ」

「そうでございましたか。では、こちらの魚料理は如何でしょうか。川魚を、軽くバターで焼いた物でございます」


老婆の侍女は、ハサの前から肉料理を下げて、魚料理を丁寧に置いた。ハサは、恐る恐る、食べてみる。


(あ、うまい)

「美味しいって」

「まぁ、それは良かったです」


ジャンの通訳に、侍女は温かな笑みを浮かべた。ハサは何か言いたげにジャンを見るが、ジャンは出された肉料理を満面の笑みで口に運んでいる。


(おいしい~っ。肉汁、すごい、おいし……)


唐突だった。目の前の料理と、生首の光景が重なる。胃から、せり上がってくる苦みに、ジャンは口元を押さえた。ジャンの異変に、いち早く気が付いたハサは、すぐさまジャンの隣に飛んできた。


「おい! どうした!? 」


ハサの大声に、ルーラとデボンも何事かと席を立つ。ルーラは平然とジャンの様子を眺めた。


「なんだ、毒か? 」

「え、じゃあ、早く医者……あぁ、いや、姫様! 解毒を! 」


右往左往するデボンを背景に、うえっと、肉塊を吐き出したジャン。ジャンは、恨みがましい視線をルーラに向けた。


「……姉上のせいだもん」

「私? 」

「……あぁ、あの生首」


ジャンの涙目に、ハサは合点がいった。ルーラも、そこでようやくジャンが吐いた理由に気が付いた。彼女は呆れたように溜息をつく。


「なんだ、そんなことか。たかが、生首くらいで吐くな」

「いや、俺でも吐きますよ。そんなの見たら、肉食べられないじゃないですか」

「軟弱だな」

「姫様と違って、みんな、か弱いんですっ……!! 」


デボンの叫びも虚しく、ルーラは興味が失せたのか、席に戻って食事を再開した。デボンは、そんな彼女に絶句しつつ、弱弱しく侍女に声をかけた。


「すまない。何か、消化に良いものを、閣下に」

「っ、御意」


侍女は動揺を押し隠して下がる。その間に、ハサは、空になった器に、ジャンの吐瀉物を移す。卓上にあった布切れで、ジャンの口元と自身の手を拭う。そして、ハサは、盛り付けられた果物の山から一つ取り、ジャンの口元に押し付けた。


「ほら」

「……ん」


ジャンは、ちゅうちゅうと、果汁を啜る。目を潤ませながら、細々と呟いた。


「……俺、しばらく、ハサと一緒に魚食べる」

「おう」

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