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本当の主

「……なんか、すぐ終わったね、面会」

「……だな」


 早々に部屋を出たジャンとハサは、困惑していた。とはいえ、いつまでも部屋の前にいるわけにもいかないので、豪華絢爛な廊下を歩く。ハサは、キョロキョロしながら口を開いた。


「ここ、お前が居たところか? 」

「ううん。俺、北の離宮ってところに住んでたから、こっち知らない。あ、でも、北の離宮って、どこにあるんだろう? ねぇ、セツナ」


ジャンはセツナを振り返る。セツナは無表情だったが、何か物言いたげな目をしていた。ジャンは苦笑する。


「……君の主は、誰? 」

「あ? 」


ジャンの問いかけに、ハサは怪訝な顔をする。これまでの旅から、セツナの主は、ジャンであるべきだ。しかし、そのジャンが否定する。ハサは咄嗟にジャンの前に立つ。


静寂が場を支配した。


口火を切ったのはセツナだった。彼女は両名に向かって恭しく頭を下げる。


「……閣下、ハサ殿。西の離宮にて、第一王女殿下がお待ちです」









 西の離宮、応接間。

ジャンとハサが連れてこられた部屋には、淡い金髪を半分だけ丁寧に結い上げた美少女が鎮座していた。瞳は、ジャンや神王、ルーラと同じく青い。年齢は、ジャンより少し上に見えた。物腰柔らかそうな彼女は、ジャンとハサに、優しく微笑んだ。


「初めまして、叔父様、従弟様。

わたくしは、マリーアンネ王妃が娘、第一王女メアリーアンネです。

歳は、叔父様の一つ上ですね。さぁ、どうぞ、お座りになって下さいな。

セツナ、彼らに紅茶を入れて差し上げて? 」

「御意」


セツナは淡々と給仕を始める。ジャンとハサは呆気に取られていたが、再度柔らかな声に誘われて、おずおずと長椅子に腰を下ろした。両名の前に、紅茶と菓子が並ぶ。ハサは思わず呟いた。


「叔父って、なに? 」

「あー、うん。ほら、俺と姉上、すごい歳離れてるじゃん? 

そうなると、もう、神王陛下の子って、俺の近い年代になるよね。

でも、形式上、叔父と姪になるんだよ」

「……わかんねぇ」

「大丈夫。俺も分かんない」


主に、この状況が全く理解できないジャン。セツナのことを、姉の誰かの従者だと思っていたら、全く見当違いの姪と面会してしまったのだ。ジャンは、まじまじとメアリーアンネを見つめる。


(さっきの部屋に居た、たわわ美女に顔立ちは似てる。ってことは、彼女が王妃なんだ)


ジャンは、無意識に、彼女の胸と見比べてしまう。どう見ても、メアリーアンネは平らな大地であった。


「叔父様。わたくしの、目を、見て、お話しませんか? 」

「……お前、その癖直せよ」

「ごめんなさいっ! 」


メアリーアンネの柔和すぎる声とハサの呆れた視線が、ジャンに突き刺さる。ジャンは咳払いをして、姪と向き合った。


「……セツナは、君の? 」

「片翼ですわ」

「……あぁ」


ジャンは、王位争いの形式が見えてきた。何故、セツナが、先ほどの部屋で睨まれていたのか理解出来てしまった。そんなジャンの様子に、メアリーアンネは、柔らかく微笑む。


「ねぇ、叔父様。あなた、王位をお望みですか? 」

「いいえ、全く、全然っ」


物々しい発言を、ジャンは素早く否定する。メアリーアンネは、表情を一切変えることなく話し始めた。


「現在、神王陛下を除いた派閥は二つ。

カーネット公爵家を率いる王妃派と、サンソード公爵家を率いる側妃派です。

まぁ、社交界の花である、お母様を旗頭にしているだけで、王妃派の実権は、わたくしにございます。覚えておいて下さいな? 」

「あっ、ハイ」


ジャンの素直な返事に、メアリーアンネは穏やかに微笑む。彼女は、紅茶で口を潤してから、再度言葉を紡いだ。


「先ほど、叔父様は王位は不要だと述べておりましたが、

我が国の王位継承権は、神の証を持つ男児に限定されています。

貴方は、優先度が下がっただけで、継承権は未だにお持ちですわ。

そして、陛下は、第一王子を王太子に任命していらっしゃらない。

陛下は、優秀な方です。良き王となる者を見極めていらっしゃるのでしょうね。

 とはいえ、第一王子の後ろ盾は、哀れな哀れな、本当に、お可哀想な側妃様。

わたくしは、あの女に、玉座を渡したくはないのです」

((……側妃様のこと、あの女って、言った))


メアリーアンネは、優しく微笑む。だが、目は笑っていなかった。その不気味さに、ジャンとハサは顔を見合わせる。


「……どーすんだ、これ」

「でも、もう、仲間に入れられちゃったし」

「は? いつ? 」


ジャンは、セツナを指差した。セツナは黙礼する。刻印天使とは一心同体。彼女が彼女であり、彼女が彼女だ。要するに、ジャンは、六年前から、まんまと第一王女の罠に掛かったわけである。


「第一王女の片翼と一緒に歩いてたら、王妃派ですって宣言しながら歩いてるようなもんだよ」

「……マジか」

「はい、ご協力ありがとうございます、叔父様、従弟様」


メアリーアンネの人畜無害そうな笑みが恐ろしい。


(六年前って、この子、まだ八歳じゃない? 

その頃から、派閥仕切っていたってこと? え、ヤバイ……)


ジャンは、直感的に彼女を敵に回してはいけないと悟った。新たな恐怖を押し隠すように、ジャンは背筋を正した。


「で、私を取り込んで、姪御殿は、何を求めているの? 」

「今は、特に何も」

「え? 」


ジャンは拍子抜けする。せっかく取り繕った王族の振舞いだ台無しだ。メアリーアンネは、優しく微笑む。


「神王陛下が存命の間に、お母様が男児を出産なさるか、わたくしが男児を出産すれば良いのです。叔父様は、万が一の保険です。

それに、あなたは、生きてるだけで価値がありますのよ。

刻印天使、神眼。これらは、喜ばしいことに、第一王子は持ち合わせておりません。だから、あなたは、王立学院で白印蝶花の称号を御一つ獲得して下されば結構です。

あぁ、それと、必ず、守っていただきたいことが、二つ。

一つは、犯罪行為を行わないこと。

もう一つは、正妻の座を空けておくこと。

後は、自由になさって下さいな」

「前者は分かるけど、後者は何で? 」

「わたくしの、優秀な手駒の、保管場所です」

「あぁ、そう……」


最早、何も驚くまい。ジャンとハサは、最初に抱いた彼女の柔らかなイメージが崩れ去る音を聞いた。


「では、来年には、お茶会でもいたしましょう。

……あら、いけない。最後に一つ、よろしいですか? 」

「……どうぞ」


ジャンは力なく受け入れる。そんな彼に対して、メアリーアンネは、慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。まるで、背後に大輪の花が咲いたようだ。


「わたくしのことは、是非、メアリーお姉様、と呼んで下さいな? 」

「あっ、ハイ。メアリーお姉様」

「さぁ、従弟様も。是非、呼んで下さいな? 」

「お、お姉様? 」

「はい。大変素晴らしいです。

これからも、末永く、仲良くしていきましょうね、わたくし達」


メアリーアンネが上機嫌のまま、その場はお開きになった。










 帰りの馬車で、ジャンとハサは暗い表情をしていた。


「最後の圧力、何? 」

「第一王子殿下は、側妃様の影響を色濃く受けていらっしゃいます」


セツナの模範解答に、両名は気が重くなる。


「あぁ……」

「……姉弟、仲悪ぃのな」

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