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白印蝶花の胸章

 無事、船は出航した。ジャンとハサが移り変わる街並みを眺めていると、黒いメイド服に着替えたベリーが現れた。ジャンは感嘆の溜息を漏らす。


「綺麗だよ、苺お姉さん……じゃない、ベリー。綺麗だよ」

「ありがとう、ジャン」


ベリーは照れくさそうに微笑む。だが、すぐにセツナの指導が入った。


「ベリーさん。この方は、ジャン様、と呼んで下さい。復唱どうぞ」

「じゃ、ジャン様」

「そして、こちらが、ハサ様です。復唱どうぞ」

「ハサ様」


一生懸命、呼称を直すベリーに、ジャンは照れる。だが、ハサは怪訝な顔をした。


「……気味わりぃ」


彼の一言で、空気が凍り付く。ベリーは笑顔を貼り付けたまま、無表情のセツナを振り返る。


「ツェヘナ嬢。仕える方に、暴言を吐かれた場合は、どうしたら良いのでしょうか? 」

(……思索)


セツナは、ベリーを凝視しながら沈黙する。徐に、ハサの元へ歩み寄った。頭一つ分ほど、セツナの背が高いため、ハサは威圧感を覚える。


「な、なんだよ」

「部下が不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません。改善のため、ベリーさんの、どこがどのように不気味であったのか、私にお教え下さい」


セツナは慇懃丁寧に頭を垂れた。ハサは言葉に詰まる。


「え? 」

「申し訳ございません。私には、環境改善の案が思い浮かびませんので、ハサ様の知恵をお借りしたいのです」


純粋な眼差しに、ハサは言葉が出なかった。そもそも、条件反射で吐いた暴言である。ハサ自身も、何が不気味であったかなど、答えられるはずもない。一連の会話を眺めていたジャンは、腹を抱えて笑った。


「あっははは! ほら、いつも言い方、気を付けてって言ったじゃん! 」

「う、うるせぇ! 知るか! 」

「……では、こちらは、通常通りの対応でよろしいのですか? 」

「っるせぇ、勝手にしろ!! 」


ハサは、不貞腐れたように顔を背ける。セツナは首を傾げた。


(何故、憤怒? )


当然ながら、セツナは純粋に、ハサが快適に過ごせる環境を整えようとしただけである。だが、無表情が標準装備である彼女なので、皮肉にも嫌味にしか聞こえなかった。案の定、ハサに一矢報いることが出来たベリーは、すっきりした表情を浮かべていた。


「参考になりました。ツェヘナ嬢、ありがとうございます」

「……そうですか。それは何よりです」


セツナとしては納得出来なかったが、ベリーが納得したのなら良しとした。セツナは気を取り直して、ベリーの指導を続ける。


「呼び方は、問題なさそうですね。

 では、公の場と、個人的な場での、呼称の違いを教示いたします。

公の場とは、主に、身内以外の方がいらっしゃる空間、お客様のいる空間、多くの目に止まる場所など、ですね。現在、こちらには、ジャン様とハサ様しかおりませんので、今だけは個人的な場とします。

 まず、ジャン様は、ブルーム大公家の当主でいらっしゃいますので、

公の場ではブルーム大公閣下と呼んで下さい。略称は、閣下です。復唱どうぞ」

「ブルーム大公閣下、略称は閣下、です」

「よろしいです。

 では、ハサ様は、ブルーム大公の息子でいらっしゃいますので、

公の場ではブルーム大公令息様と呼んで下さい。略称は、御令息様です。復唱どうぞ」

「ブルーム大公令息様、略称は御令息様、です」

「よろしいです」


ベリーは、ぎこちなく彼らの名称を繰り返す。今度は、ハサは文句を付けなかった。ただ、むず痒い気持ちになる。


(様って呼ばれるの、慣れねぇ)


ハサという名称でさえ、最初は呼ばれるのに羞恥心が微かにあったのだ。いきなり敬称で呼ばれても、ハサはすんなり受け入れることは出来ない。


「ジャン」

「ん? なに? 」

「何で、お前は平気なんだよ」


ハサの物言いたげな視線に、ジャンは彼の心情に気が付いた。


「俺、生まれた時から、殿下ってしか呼ばれてなかったから。物心つくまで、ジャンクティードって名前で反応しなかったらしいよ」

「……ボス、みたいなもんか? 」

「そうそう、役職名。慣れれば平気だよ。ハサだって、名前ない時、黒髪って呼ばれてたじゃん」

「あぁ」


ハサは妙に納得してしまった。だが、不意に首を傾げる。


(あれ、いつから呼ばれてたっけな。覚えてねぇや)

「ハサ? 」

「あ? ……あぁ、いや、何でもねぇ」


 両名の側では、セツナによるメイド指導が続いていた。


「では、次は、ルーラ・プーガル様の呼称について」

「呼んだか? 」

(否っ)


 賑やかな雰囲気の中、甲板にルーラが現れた。セツナは、素早く壁際に後退する。ベリーも、慌ててセツナの真似をした。侍女とメイドが控える中、ルーラは、セツナの真っ白な侍女服姿に目を丸くした。


「なんだ、お前。白印蝶花の侍女だったのか」

「白印蝶花の侍女? 」


聞き慣れない単語に、ジャンは疑問符を浮かべた。ルーラは、自身の白い胸章を指し示す。真っ白な胸章に描かれていたのは、蝶と桜と王冠が組み合わさった紋章だ。それは水神王家の家紋である。


「これは、白印蝶花といって、王家公認の最優秀者の証だ。これを獲得した者だけが、白い制服を身に纏うことが許されている。王立学院で頑張れば貰えるぞ」

「……姉上は、白印蝶花の騎士? 」

「そうなるな」


ジャンの脳裏に、ライの騎士服が過る。


(そんなに強い騎士だったんだ。じゃあ、ユーノット、凄い頑張ったんだ)


視界が微かに歪む。そんなジャンの様子に気が付いたハサは、彼の顔を覗き込む。


「ジャン? 」

「あ、えっと……何でもない」


ジャンは、誤魔化すように微笑んだ。ハサは眉をひそめる。


(またかよ……)


ジャンの強がりに、ハサは自分の事は棚に上げて辟易した。とはいえ、ブン殴って吐き出させる状態でもない。ハサは呆れたように溜息をついた。


 そんな中、セツナが静かに挙手した。


「……発言をお許し下さい、閣下。

白印蝶花は、王立学院最高学年の各科で首位を獲得した者のみが得られる称号です。御令室様は、王立学院設立以来、初の女性王族出身の騎士であり、あらゆる猛者を倒して、騎士科首位の座を獲得した生きる伝説です」


セツナの告発に、ルーラを除いた面々が沈黙する。ルーラだけが豪快に笑い飛ばした。


「あっははは。王女の名に釣られて求婚しに来る男どもを、叩き潰すのは、愉快な遊戯だったぞ」

(こわ……)

「……姉上は、すごく、強いんだね」


ハサは、無邪気で残酷な彼女を恐れる。ジャンは、出来る限り感情を抑えて、丁寧な言い回しをした。


「他が脆弱すぎたのだ」

「……ご謙遜を」


ジャンの気遣いに、ルーラは淡白に返した。


「いやいや、誠に脆弱だった。女は花のように愛でられているべきだ、とか宣っておきながら、あの様とは。武闘派のリイリー公爵家も、落ちぶれたものだ」

(誰か知らないけど、可哀想に)


ルーラは外見だけは、儚げな淑女である。そんな彼女を守りたいと思う男性がいてもおかしくない。ただ、彼女は、歩く災害という異名を持つ傑物だ。ジャンは、見知らぬ誰かに酷く同情した。


そんな中、セツナがルーラに苦言を呈する。


「辺境伯令室様。公爵家の暴言は慎むべきかと存じます」

「まぁ、あれも、青花五家だしな。……うむ、今の発言は忘れろ」

「御意」


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