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新しい名前

 刻印式で疲れ切った子ども達は、泥のように眠った。セツナは、彼らに上質な毛布をかけると、刻印式に用いた道具を処分する。そして、懐中時計を確認した。


(時刻、黄昏。閣下、ハサ殿、就寝。起床時間、推測、明朝。要、報告)


 セツナは、物音を出さぬよう細心の注意を払って部屋を出た。ジャン達の部屋から遠ざかったセツナは、廊下の窓を開け放つ。誰にも見られないように、魔法で使い魔を作り出した。それを羽ばたかせた瞬間、使い魔が切り刻まれた。


「セツナ嬢。私に、何か、言うことはないか? 」


セツナは、微かに目を見開いた。だが、すぐに冷静になる。突然、背後に現れたルーラに対して簡潔に報告した。


「閣下が、お目覚めになられました。そして、養子のハサ殿と刻印天使になられました」

「ん? 何だと? 」

「閣下が、お目覚めになられました。そして、養子のハサ殿と刻印天使になられました」


ルーラの問いかけに、セツナは無表情のまま同じ報告を繰り返す。ルーラは、セツナの言葉に目を点にした。


 烏が鳴いた頃、ルーラは、腹を抱えて笑った。


「あはははは! いやはや、面白い。お前、ジャンクティードが失敗して死んだらどうするつもりだったんだ? それは、お前の飼い主の意に、反するだろう? 」

「成功すると判断しました。何も問題ありません」


曇りなき眼に、ルーラは白旗を上げた。


「っくく。ああ、なるほどな。私の認識不足だ。まぁ、それはそうだ。

……非礼を詫びよう。お前は、奴の片翼だよ」


ルーラは軽快に笑うと、その場を立ち去った。セツナは首を傾げる。


(信用信頼、上昇。 ……何故? )


しばらく立ち尽くしていたセツナだったが、使命を思い出して手早く使い魔を放った。














 翌朝、ジャンは、色彩豊かなスープに感激していた。


「ごはんって感じがする」

「分かる」


その隣にいるハサは、山盛りの果物に手を付けながら同意した。食欲旺盛な彼らに給仕をしつつ、セツナは口を開いた。


「閣下。申し遅れましたが、プーガル辺境伯令室が面会を希望されております。如何なされますか? 」

「え、いつ? 」

「閣下の遅めの朝食前に、面会希望の申請を頂きました。お会いになられますか? 」


ジャンは、言葉の違和感を覚えて首を傾げつつも、のんびり答えた。


「俺は、いつでもいいけど、辺境伯令室はいつがいいって? 」

「部屋の前にいらっしゃいますので、聞いて参ります」


ジャンは、危うく美味しいスープを吹き出しかけた。


「げほごほっ! なっ、なんで、早く言わないの!? 」

「閣下の御食事が最優先と判断いたしました。閣下より身分の低い辺境伯令室は、お待ち頂くのが当然かと」


セツナは淡々と告げる。流石のハサも食事の手を止めた。ジャンは開いた口が塞がらない。わなわなと肩が震える。


「相手は元王女でしょ!? 何してんの!? 」

「閣下は、元王弟殿下です。王族の序列に照らし合わせるのならば、王位継承権の

無い元王妹殿下にお待ち頂くべきです」

「……あぁ、もう、わかったから! 飯食ったら、すぐ会うよ! ハサも、急いで食べて! 」

「お、おう」

(久しぶりの美味しいご飯なのに! ゆっくり味わう余裕もないよ! )








 部屋の前と言っても、ルーラは寝室の前にある応接室に通されていたらしく、彼女は優雅に紅茶を飲んでいた。その姿に、ジャンは物凄く安心した。


(廊下に立ちっぱなしじゃなくて本当に良かった! お世話になってるのに、心象が悪すぎるもんね!? )


寝室の扉が開いたのを察して、ルーラはティーカップを置く。そして、厳かな雰囲気を纏うと、慇懃丁寧に膝をついた。水色の美髪が揺れる。


「お初にお目にかかります、大公閣下。

私は、水神王国軍 第五師団 師団長、並びに、プーガル辺境伯の正妻、ルーラ・プーガルと申します。

閣下のご健在を、心からお喜び申し上げます。

我ら第五師団が責任を持って、閣下を王都の屋敷にお送りいたしますので、どうぞご安心下さい」

「……あ、あぁ。宜しく、頼む。辺境伯令室」


ルーラの雰囲気に呑まれたジャンは、やや怯えながら応える。


 僅かな沈黙の後、ルーラは静かに立ち上がった。そして、尊大な態度でジャンを見下ろす。


「……では、改めまして。私は、先代神王の娘、第二王女のルーラだ。異母弟である貴殿の存在は、聞き及んでいたが、顔を見るのは初めてだな」


儚げな見かけとは裏腹に、ルーラは青い目を爛々と輝かせた。ジャンは物怖じしつつ、ルーラを見上げる。幼い頃培った王族の振舞いをするが、彼女の前では霞んでしまっていた。何せ、相手はジャンの倍以上王族経験のある女性だ。


「……そなたの、母は」

「母上? あぁ、今は王太后だ」


あっさりと告げられた事実に、ジャンは膝から崩れ落ちそうになる。


(どうしよう、殺されるかもしれない)


ジャンの不安を他所に、ルーラは豪華な長椅子に腰を下ろした。


「まぁ、まずは座れ、ジャンクティード。そっちの黒髪も、一緒に座れ」


ジャンとハサは顔を見合わせる。そして、揃ってセツナを見た。セツナは無言で頷く。両名は、恐る恐るルーラの正面に腰掛ける。セツナは両名の斜め後ろに立った。それらを見届けたルーラは、口角を上げる。


「褒めてやろう」

「……え? 何が? 」


脈絡のない会話に、ジャンは困惑する。ルーラは気にせず話を続けた。


「貴殿の王族離脱は、母上の独断専行。そして、王弟の暗殺未遂・失踪騒ぎだ。

母上は、その責任を追及されて顧問を辞任なされた。確かに、母上は優秀な方ではあるが、いつまでも上に立たれては、我らも煩わしいのだ。

……で、今度は失踪した王弟の帰還だ。

感謝するぞ、弟。これで、私は兄上に借りを作ることが出来た。褒美は何が良い?ある程度の願いなら、何でも聞いてやるぞ」


複雑な話に、ジャンは面食らう。


(えっと……なんか、俺の知らないうちに、俺の政治利用があったのかな? )


意外でもないが、複雑な王族の相関図に、ジャンは戸惑う。だが、ルーラがジャンに対して敵意がないことは理解した。ジャンはハサを一瞥し、意を決してルーラを見た。


「……お墓、最下層の、死んじゃった人達のお墓を立てて欲しいです」


ジャンの願いに、ハサは目を丸くした。


(墓? )

「墓? あぁ、構わないぞ」


あっさりと受け入れられ、ジャンは安堵する。ジャンは彼女に深々と頭を下げた。ハサも、慌てて真似をする。


「ありがとうございます、辺境伯令室」

「姉上と呼べ。公の場以外で、私に対する敬語は不要だ」


ジャンは、目を点にする。尊大な態度でありつつも、青い目は温かかった。ジャンは、小さく微笑む。


「……ありがとう、姉上」

「礼など要らんよ、弟」


ルーラはジャンから視線を外すと、ハサを見た。


「して、そこの黒猫。名前は? 」

「……黒猫じゃねぇ」

「ハサ」


小声でジャンに窘められ、ハサは、不機嫌に口を開いた。


「……俺、ハサ」

「ハサ? どっかで聞いたような……まぁ、いいか。

お前、ジャンクティードの養子になったんだろう? 名前は書けるか? 」


ルーラは、一枚の紙を取り出した。それをテーブルに置く。ハサは、沢山の文字が書かれた紙を凝視する。


「……んだ、これ」

「養子の契約書だ。ここに、ジャンクティードの名前。そして、ここにお前の名前を記入する。それで、法律上、お前はジャンクティードの養子になる」


ジャンは、横から契約書を掠め取った。契約内容を読み込む。


「……本当に、養子の契約書だ」

「お前は、私を何だと思っている」


ルーラの呆れたような視線に、ジャンは苦笑する。


「あははは……でも、これで法律上でも家族になれるよ! ハサ! 」


ジャンの笑顔を受けて、ハサは目を瞬く。恐る恐る、契約書に触れた。


「……名前」

「え、名前書けないの!? あんなに練習してたのに!? 」

「あぁ!? 名前くらい、書けるわ! 」


ハサは憤慨しつつも、どこか嬉しそうに契約書を見ていた。その姿に、ジャンは嬉しくなる。勢いよく、セツナを振り返った。


「セツナ、羽ペン持って来て! 」

「既に」

「ありがとう! 」


ジャンは、逸る気持ちを抑えながら、契約書に名前を記入する。そして、ハサに羽ペンを差し出した。


「はい、どうぞ」

「お、おう」


ハサは恐々と受け取り、丁寧にゆっくりと、自分の名前を書いた。両名の名前が並ぶ。それを観察していたルーラは、不思議そうにセツナを見る。


「セツナ嬢。ジャンクティードは大公になったんだろう? 家名は? 」

「あ、」


ジャンは、いつもの癖で、王族の名前を書いてしまった。彼は申し訳なさそうにルーラを見上げる。


「……契約書、もう一枚、ある? 」








ジャンクティード・グ・ブルーム


ハサ・ブルーム


それらが、彼らの新しい名前になった。


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