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刻印式

 ジャンは気まずさを紛らわす為に、セツナに笑顔で話しかける。


「あ、あのさ。ここ、誰の家? 」

「水神王国東部を纏める、プーガル辺境伯の御屋敷です。閣下の姉君、第二王女ルーラ様が嫁がれた家です」

「東の辺境伯家……」


ジャンは、再び、北の離宮で学んだことを思い返す。


(……俺、すごい遠くまで流されたんだな)


六年前、ライがどこに向かっていたのか知らないが、王都から東の辺境伯領まで、非常に距離があることはジャンも知っている。ある意味、ここまで探しに来てくれたライの執念には、目を見張るものがあった。


(ま、それだけ、俺が憎かったんだろうけど)


ジャンは、ハサとの会話もあって、ライの事を冷静に受け止められた。


(……もう、死んだなら。怖くないよね、? )


ジャンは、ちらりとハサを見る。視線を感じたハサは、ぶっきらぼうに口を開いた。


「何だよ」

「……ハサは、一週間、何してたの? 」

「…………何も」


謎の間に、ジャンはハサを凝視する。ハサは無言を貫く。だが、口火を切ったのはセツナだった。


「ハサ殿は、入浴以外は、閣下の側に居りました。寝食は、閣下の側でされていました」

「お、お前!! 」


暴露されたハサは、セツナに憤る。だが、ジャンの緩んだ笑みに口をつぐんだ。


「えへへへ」

「……わりぃかよ」

「ううん。すっごく、すっごく、嬉しいよ」

「……ふんっ」


ハサは不貞腐れたように顔を背ける。ジャンはニコニコしていた。セツナは、両名の様子をしばらく眺めると、ジャンに話しかける。


「恐れながら、閣下。ハサ殿は平民です。

共に在るのならば、閣下の従者、もしくは片翼にすべきと愚考いたします」

「片翼って? 」

「刻印天使と呼ばれる……」

「刻印天使! 」


ジャンは、一気に目を輝かせた。北の離宮で読んだ懐かしの絵本に、ジャンは思いを馳せる。セツナは、そんなジャンの様子に、内心酷く驚いた。


(……感情、発露)


あくまでも無表情を貫くセツナの心情など、ジャンは気が付かない。ジャンは、興奮を抑えきれずに、ハサに抱き着いた。


「じゃあ、ハサは、これから俺の片翼ね」

「刻印天使って、なに? 」

「んー、なんていうか。一生一緒? みたいな? 」

「よくわかんねぇけど、わかった」

「えっ、わかっちゃったよ、大丈夫? 」

「あぁ? 馬鹿にしてんのか、てめぇはよぉ」


ジャンを罵倒するハサに、セツナが淡々と制止をかける。


「ハサ殿。今は、目を瞑ります。しかし、刻印式以降は、閣下のことは、ジャン様と呼ぶように。貴方は、平民ですから、立場を弁えなければなりません」

「お、おう」

「返事は、はい、です。ハサ殿」

「は、はい。……えっと、セツナ殿? 」


セツナの剣幕に圧倒されたハサ。セツナは、神妙に頷いた。


「大変宜しいです。しかし、私は同僚なので構いませんが、王族や貴族、来客に対する敬称は“様”と付けるようにして下さい。相手次第で、不敬罪になりますよ」

「……偉い奴らって、なんかめんどくせぇな」

「そういう文化です」


セツナの淡白な物言いに、ハサは口を閉ざした。


(まぁ、こいつが偉い奴ってのは知ってたし……今更か)


身分差は仕方ない。ハサは、ジャンと一緒にいられるのなら、身分差を甘んじて受け入れると決めた。だが、ジャンは頬を膨らます。


「俺、ハサに敬語使われたくない。

あ、そうだ。ハサ、俺の家族になろうよ。

ね、ね、セツナ。俺って、養子取れる? 」


笑顔のジャンの質問に、セツナは少し考える。答えは簡単に出た。


「閣下は大公家当主なので、形式上可能です」

「やった! じゃあ、ハサ、俺の養子にする! 」


満面の笑みで喜ぶジャンとは対照的に、ハサは怪訝な顔をした。


「……養子って、なに? 」

「俺、ハサのお父さん! ボスみたいな! 」

「はあ? 」


理解不能な発言に、ハサは面食らう。


「いや、意味わかんねぇ。同い年くらいだろ、俺ら」

「でも、そうしないと、ハサは俺と対等じゃないもん。

俺、やだよ。ハサに、ジャン様とか呼ばれるの。

それとも、ハサは呼びたいの? ジャン様って」

「……なんか、気色わりぃ」

「でしょ? じゃ、養子決定! 」


ジャンの嬉しそうな笑顔に、ハサは呆れたように溜息をついた。そして、どこか変わらない関係に安堵する。


(……今までと同じ)


ハサは、にやけそうになる頬を必死に我慢する。ぐにぐにと自身の頬を押し潰すハサに、ジャンは首を傾げた。


「ハサ? 」

「な、何でもねぇ! ……んで、刻印式って何すんだよ? 」

「え、分かんない」

「おい」


勢いだけで突っ走るジャンに、ハサは低音で唸る。ジャンの代わりにセツナが説明し始めた。


「刻印式とは、刻印天使になる為の魔法儀式です。方法は、私が存じていますので、今すぐにでも始められます」

「じゃあ、やろう! ハサ! 」

「わーったよ。ちった、落ち着け、バーカ」

「えへへへ」


和やかな会話を背景に、セツナは一旦部屋を出る。戻ってきたセツナの手には、羽ペンと墨で満たされた小瓶が握られていた。


「閣下。数滴で構いませんので、墨に神の証を垂らしてください。刻印式の魔法陣に使用します」

「わかった……あ、鼻血でもいいのかな? 」

「構いません。それも、神の証なので」

「良いのかよ」


セツナは、青い血が混じった墨で、床に敷いた真っ白な布の上に魔法陣を描く。ジャンは、その模様が、魔法を使うたびに発現する魔法陣だと気が付いた。


「それって、刻印式以外の魔法にも使えるの? 」

「いいえ。これは、目印に過ぎません。刻印天使は水神様が認められた者同士。

この魔法陣は、認めてもらう両者を、水神様に分かりやすく判別してもらうための、区分けと申しましょうか」

「そっか」


 セツナが魔法陣を描き終えるまで、ジャンとハサは雑談する。


「刻印天使って、ふたりで一つなんだって。昔、絵本で読んだんだ。ハサの心臓が俺の心臓で、俺の心臓がハサの心臓なの」

「……俺は、ジャンの心臓? 」

「うん」

「……ジャンは、俺の心臓? 」

「うん」

「……やべぇな」

「えっ、今更やめるとか言わないでよ。泣き喚くよ? 」

「いや、言わねぇけど……やべぇな、魔法って」

「あはは」





 数分後、青黒い魔法陣が完成した。ハサとジャンは、その中に立たされる。セツナに教わった通り、互いの両手を繋ぎ、声を揃えた。


「「神秘奏上」」

「告げる、我は、ジャンクティード」

「告げる、我は、ハサ」

「「偉大なる水神よ、いと慈悲深き神よ。

我らの愛をご照覧あれ。我らの愛を許したまえ。汝の許しを我に刻め」」


詠唱すると同時に、ジャンとハサの上下に青く神々しい魔法陣が現れる。

眩い光の中、誰かの声が頭に響いた。


『おやおや? 愛する我が子ではないか』


「「っ!?」」


声が聞こえた瞬間、血が沸騰するような痛みがジャンとハサの全身を支配した。魔法陣から伸びた青白い透明な糸が、彼らの心臓を貫く。両者の糸が固く結ばれると、糸が霧散した。そして、青いハートを描いたような紋章が、両者の胸に刻まれる。


 魔法陣が消えてなくなると、ジャンとハサは激痛に叫んだ。


「痛い、痛い、痛い!! なにこれ、すごく痛い!! 」

「死ぬかと思った……! 」

「生きてるって素晴らしいね!? 」


両名は、荒い呼吸を整えると、自分達の胸元を見た。しっかりと、青い紋様が肌に刻まれている。ジャンは、感嘆の溜息をついた。


「なんか、すごいね」

「……これって、成功したのか? 」

「おめでとうございます。お二方は、刻印天使に選ばれました」


セツナは無表情のまま拍手を送る。両名は思わず顔を見合わせた。ジャンが代表して声をかけた。


「……ちなみに、失敗したらどうなるの? 」

「お二方とも死にます」

「え? 」

「おいこら、てめぇ。そういうことは先に言えや」


ハサに問い詰められたセツナは平然と答える。


「お二方の様子を拝見して、問題ないと判断いたしました。素晴らしき友愛ですね」


彼女の言葉にジャンは首を傾げる。


「我らの愛って、唱えてたけど。あれ、どういうこと? 」

「刻印天使は、真の愛を向ける者同士でしか、成功いたしません。お二方は、刻印式以前から、深い愛情で結ばれていたのです」


言葉を理解した両名。ハサは顔を真っ赤にし、ジャンは笑顔でハサに抱き着いた。


「ハサー!! 」

「ちげぇ!! 」

「俺のこと、すごい愛してるじゃん! 俺も愛してる!! 」

「だから、ちげぇっつってんだろうが!! 」

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