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素晴らしき友情

 清潔な寝台の上で、一房だけ青く染まった、灰色の髪の少年が目を覚ました。少年の掠れた声が、広々とした室内に響く。


「……ハサ、? 」


少年の呼びかけに、清潔な毛布に顔を伏せていた黒髪の少年、ハサは勢いよく顔を上げた。


「ジャン! 大丈夫か!? どっか痛いとこねぇか!? 」


ハサの声に、ジャンは朧げな意識を覚醒させていく。ようやく現実を認識した彼は、目を見開いた。


「ハサ、生きてる、? 」

「っ……勝手に殺すな、ばーか」


ハサは、泣きそうな程に顔を歪めながら悪態をつく。ジャンは、ハサの暴言に涙を浮かべた。


「ハサ……生きてる……生きてるよ……っ」


弱弱しく手を伸ばすジャン。その手を、ハサは引っ手繰るように掴んだ。そのまま、ハサはジャンを抱きしめた。ジャンはハサの温度に安堵する。彼は、ボロボロと涙を流した。


「ハサ、ハサ、ハサ……」

「っるせぇ」

「うん……うん、っ」


ハサは文句を言いながらも、ジャンを突き飛ばさなかった。そんなハサは、絶対泣くまいと毛布を睨んでいた。やがて、深く息を吐くと、ハサは静かに呟いた。


「……お前、その、なんだ。大公閣下って偉い奴なんだな」


予想外の単語に、ジャンは涙が引っ込んだ。


「……なにそれ」

「いや、俺が聞きてぇよ」


ジャンとハサは、お互いに首を傾げる。


(大公、なんて聞いたことないけど)


 ジャンは古い記憶を引っ張り出す。

水神王国は身分社会だ。王族の下には貴族がある。

その貴族の最高位は青花五家と呼ばれる、五つの公爵家。

その下には、侯爵家。同格の、三つの辺境伯家。

その下には伯爵家。更に下には、子爵家がある。

そして、貴族の最下位には男爵家だ。

だが、大公家は、歴史上存在しない。




 ジャンが疑問を抱えていると、部屋の扉が勝手に開いた。ハサは、物音に反応して、俊敏な動作でジャンを引き離した。そして、ジャンを背に庇いつつ、ハサは扉の方を睨みつける。


 許可なく入室してきたのは、紺色の髪をしっかりと纏め上げた、紺色の騎士服を着た女性だった。女性騎士、セツナは、ジャンの存在を認めて、一瞬動きを止める。


(……覚醒、確認! )


セツナは、機敏な動作で、彼らに膝をついた。


「申し訳ございません、大公閣下。

生存確認の為、無断で扉を開けたことを、お許しください」

「あぁ、うん。許すけど……君、誰? 」


ジャンは久方ぶりに傅かれたことに困惑しつつも、幼い頃に身についた王族の振舞いを意識する。セツナは頭を垂れたまま発言した。


「申し遅れました。

私は、六年前、大公閣下専属護衛騎士に着任いたしました、

ツェヘナ侯爵の娘、セツナ・ツェヘナと申します」

「六年前……」


ジャンは、ぽつりと呟く。六年前、ジャンは突然王宮を連れ出された。そして、ライの暴挙により、ユーノットが死んだ。ジャンは、ハサの背に隠れつつ、セツナを見た。


「顔を上げて、セツナ……全部説明して。何も分からない」

「はい。

 ジャンクティード王弟殿下はルーシャ王太后陛下の進言により、王族の席を離脱されました。そして、新たに大公の座を授けられました。

しかし、王宮を出発したはずの閣下の馬車は、予定到着時刻を過ぎても屋敷に現れませんでした。その時点になって、ようやく、我々、閣下の新たな従者は、閣下の失踪に気が付きました。

 閣下の捜索開始が遅れたこと、深くお詫びいたします。

この六年、私は閣下捜索の一環として、孤児を保護する任務に携わってきました。

そして、先日、あの原因不明の火事に気付き、突入したところ、護衛騎士……

いえ、王弟殿下暗殺未遂及び失踪を実行した、大罪人ライ・フリッサに遭遇。

第五師団の力添えもあり、無事、奴を確保。

法に基づいて、ライ・フリッサは、この地で処刑されました。

それが、今から一週間前の出来事です」


ライの死亡を聞き、ジャンは力が抜ける。


(死んだ……ライが、)

「ジャン、? 」


ハサの不安げな声に、ジャンは頭を振った。


「大丈夫。……えっと、報告ありがとう、セツナ」

「勿体なき御言葉です」


セツナは物静かに頭を下げる。ふと、ジャンは疑問を抱いた。


「……ねぇ、大公家の屋敷ってどこにあるの? 」

「王都の王宮付近です」

「……歩いて、すぐ? 」

「私の徒歩、10分で着くかと」


ジャンは頭を棒で殴られた気分だった。


(ユーノットも、場所を知らなかった。

……ユーノットが、事前に知らないなんて不自然だ。

ユーノットは、いつも、事前準備をする人だもん。

偶然、俺の引っ越しを当日知ったのかもしれない。

だとすると、ユーノットは、本当は……)


偶然の出来事。

ジャンはユーノットが乗り合わせていなければ、六年前に死んでいた。

逆に言えば、ユーノットは乗り合わせてしまったから、ライの犠牲となった。

ジャンは激しい後悔に苛まれる。


(俺が、私が……死神王弟、だから)

「ジャン」

「あ、」


間近で黒い瞳に見つめられ、ジャンは思考を止めた。ハサは眉をひそめたまま、言葉を紡いだ。


「何が怖い? 」

「え? 」

「これか? 」


ハサは、不躾にセツナを指差す。ジャンは慌てて首を横に振った。


「ち、違うよ! なんか、その、何ていうか、

いろんな情報があって、頭が混乱しちゃっただけだから」

「ジャン」

「う、うん? 」

「てめぇ、俺に嘘つけると思うなよ。何年一緒にいると思ってんだ」


真っ黒な目が、ジャンを睨みつける。ジャンは思わず背筋を反らした。


(お、怒ってる! ハサが、本気で、怒ってる! )


今の今まで、ハサが乱暴な物言いをするのは照れ隠しの一部だと認識していたジャン。だが、声を荒げることなく、感情を全て押し殺した声は、初見である。ジャンは濡れた子犬のように震えた。


「ろ、六年、かな」

「……ボスも火傷女も死んだ。多分、他にも火事で死んでる」

「っ」


ジャンは顔を歪めた。ハサは、淡々と事実を語る。


「ライって野郎は、てめぇを殺しに来たんだな」

「……うん」

「んで、死んだと」

「う、うん」

「……じゃあ、もう、終わったんだろ。何が怖いんだよ」

「う、うん? 」


ハサは心底理解できないという顔をした。ジャンも同じような表情をしていただろう。ジャンは、恐る恐るハサに話しかける。


「……俺の事、憎くないの? 

俺が来なかったら、みんな死ななかったのかもしれないのに」

「てめぇがいなかったら、病気やら怪我やらで、早死にしてた奴もいんだろ」

「で、でも……」


ハサの正論に、ジャンは言葉を詰まらせる。ハサは溜息交じりに呟いた。


「お前、なんか悪いことしたんか? 」

「……生きてること、かな。悪いとしたら」


ジャンの呟きに、ハサの堪忍袋の緒が切れた。ハサは問答無用でジャンの顔面を強打する。ジャンの鼻から、青い血が流れた。ジャンが痛みに呻く間もなく、ハサが怒鳴り散らした。


「馬鹿か、てめぇは! 

生きてることが悪いなら、この世に生きてる奴、みんな悪いわ!! 」

「で、でも、俺、死神王弟だし……」


まだ弱音を吐くジャンの胸倉を、ハサは荒々しく掴んだ。


「てめぇが、誰か殺せるほど、強いとでも思ってんのか! 

じゃあ、俺に勝ってみろよ! ぶん殴ってやる! 」

「殴ったじゃん! 今! これ以上、痛いの嫌だよ! 」

「なら、自覚しやがれ! 」

「何を!? 」


黒い目が、ジャンの心を射抜く。


「てめぇが泣き虫のガキで、殺されそうになったガキだってことを、だよ! 

そんなん、殺す奴が悪ぃに決まってんだろうが! 

お前、昔、見ただろ! 大鍋の前で、大人に蹴り殺されたガキのこと! 

あれ、どっちが悪ぃよ!? 殺された方のガキか!? 」

「ち、違うと思う」

「じゃあ、てめぇも悪くねぇだろ」


そう言うと、ハサは手荒く胸倉を離した。ジャンはせき込み、泣きそうな顔でハサを見る。


「……俺、生きてても、良いのかな? 」

「そんなに死にたきゃ、俺が殺してやる」


乱暴な物言いに、ジャンは目を見張る。そして小さく微笑んだ。


「俺、ハサと、一生一緒にいたいから、死にたくないや」

「……あっそ」


ハサは、不機嫌に視線を逸らした。ジャンは、いつもと変わらない彼の態度に胸が温かくなる。


 唐突に、室内に拍手が響き渡った。ジャンとハサは、無表情で拍手をするセツナを振り返る。彼女は、膝をついたまま、両名を見つめていた。


「素晴らしき友情ですね。感服いたしました」


嫌味なのか、称賛なのか判別がつかない。途端に、ジャンとハサに羞恥心が芽生える。


((ずっと見られてた……! ))



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