表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/62

ごきげんよう

 街の飯屋で、紺色の騎士服を着た若い男性が、憤慨しながら肉に噛り付く。


「子どもを保護するのは、救済措置なのに……あの平民ときたら」

「善意の押し売りは良くないぞ、デボン少年」


デボンと呼ばれた若い男性騎士は、ルーラに精一杯抗議する。


「しかし、姫様! 見たでしょう、あの惨状を! 

あんな劣悪な環境で、子どもが平穏無事に暮らせるとは思えません! 」


デボンは、ぷんすかと麦茶を飲み干した。ルーラは肩をすくめ、周囲の男性達が見惚れるほど優雅に、麦茶を口にした。


「元々、親のいない子どもに対する支援活動だ。

きちんとした保護者がいるのなら、我らが介入する道理はないさ」

「あれのどこが保護者ですか! 

真昼間から娼婦を侍らせている典型的なダメ男じゃないですか! 」

「事前連絡も無しに訪問したのは、我らだ。

他者の私的な部分について、あれこれ文句をつける権利はないぞ。

というか、他者を見る目がないな、デボン少年は。

学院卒業と同時に、恋人にフラれたのが、よく分かる」


デボンは盛大に噎せた。恨みがましい視線をルーラに向ける。


「……その、デボン少年っていうの、やめて下さい! 

自分、今年で、成人ですから! 」


堂々と胸を張るデボンに、ルーラは淡々と声援を送る。


「そうか、頑張れ」

「頑張れ!? 何をですか!? 」

「さぁな」

「ちょ、姫様ぁぁあああ!! ……いたいっ!? 」


ルーラとデボンの賑やかな会話の正面で、紺色の騎士服を着た若い女性騎士が沈黙を貫いていた。彼女の前には、麦茶しかない。ルーラはデボンを軽く小突くと、彼女に話しかけた。


「貴殿も、何か食せ。私の体裁が悪い」

「しかし、」

「セツナ・ツェヘナ」


厳しい声音に、セツナと呼ばれた女性騎士は無表情のまま視線を下げた。徐に、通りかかった店員に声をかける。


「失礼。最短で調理可能な料理を下さい」

「え? えっと、サンドイッチで、よろしいですか? 」

「構いません」

「わかりました! 」


店員は笑顔で注文を受け付け、キッチンに声をかける。数十秒で、紫色のベリージャムが塗られたパンが出てきた。セツナは機械的に食すと、機械的にハンカチで手を拭った。そして、無感情にルーラを見る。


「王妹殿下、これでよろしいですか」


ルーラは、呆れたように彼女を見る。


「サンドイッチが哀れで仕方ないよ」

「そうですか」


どこまでも無を貫く彼女に、ルーラは白旗を上げた。溜息交じりに呟く。


「……今、ボス殿達を刺激したくはない。関係改善は気長にやるものだ」

「しかし、彼は、あの方の存在を知っています」


ルーラは目を細める。だが、セツナが動じる様子は無かった。ルーラは、諦めたように溜息をつく。


「だとしても、だ。街を観光するのは許そう。

だが、あちらへは立ち入るな。我が辺境伯家の領分だ。

貴殿の飼い主とて、私と喧嘩したい訳ではなかろう」

「承知致しました。ご厚意、痛み入ります」


言うが否や、セツナはサンドイッチと麦茶の代金を置いて、店を出ていった。丁度、激痛から回復したデボンは、不思議そうにルーラを見る。


「……姫様は、お探しにならないのですか? 」

「探すも何も、あの建物近辺にいただろう。

まぁ、どうせ、戻ってところで、殺されるのは目に見えているが」


ルーラは、優美な仕草で肉を口にした。言葉を理解したデボンは、みるみる顔色を悪くする。


「それ、自分ごときが聞いたら、駄目なやつじゃ……」

「お? うまいな、この肉」

「肉は、今、どうだっていいでしょうが! 」

「今度、うちの料理人に作らせよう。おーい、そこの店員。これは、何の肉だ?」

「兎みたいな魔物の肉ですよ」

「ほう、角兎か。有益な情報を、ありがとう」


ルーラは、手慣れた様子で銀貨を店員に手渡した。店員は一瞬目を丸くしたものの、笑顔で追加の肉料理を持ってきた。ルーラは、上機嫌で食す。その光景を、デボンは、何とも言えない表情で眺めていた。


(……うちの領から、しばらく角兎が消えるかもしれない)


 無事、ルーラは肉料理を完食すると、メニュー表を手に取った。そして、脈絡のない会話を始める。


「あぁ、冗談だ。気にするな」

「会話続いてたんですね!? びっくりですよ! 

……あの、どこからどこまでが冗談でしょうか? 」

「殺されんよ。セツナ嬢の飼い主が存命な限り」

「……その飼い主って、誰ですか」

「何だ、お前。セツナ嬢が、誰の片翼か、知らないのか」

「片翼……やっぱり、自分が聞いたら駄目な話じゃないですか、もう!! 」

「あははは。そう、カッカッするな。デボン少年」

「少年って言わないで下さい! 自分は正式な騎士で、成人男性で、」


 その瞬間、彼方から、爆音が響いた。

突然の出来事に平民達が戸惑う中、ルーラは即座に剣を手に取り、白銀貨3枚を食卓に叩きつけた。そして、素早く屋外に出ると、爆音の正体を目撃する。遥か遠くで、巨大な炎が燃え上がっていた。


「……あの方向は」

「姫様! 」


遅れて出てきたデボンに、ルーラは声を張り上げる。


「デボン! 先に行け! 私は消火する! 」

「御意! 」


デボンは命じられるや否や、懐から水色の小瓶を取り出した。


「神秘奏上。偉大なる水神よ、いと慈悲深き神よ。

神前に清らかなる青を捧げる。

水のしらべを我に許したまえ 身体強化」


デボンが唱えると、水色の液体が塵と化し、青い魔法陣が彼の両足に浮かんだ。彼は、目にも止まらぬ速さで屋根から屋根に飛び移った。


 ルーラはデボンの背を見ることもなく、軽やかに建物の屋上に降り立った。彼女は剣を抜くと、白い柔肌に青い線をつけた。零れる神の証を纏う腕を、彼女は天に差し出した。


「上奏。

我らが父よ、母よ、偉大なる青き美しき長よ。

我は、ルーラ・ブロッサムロード。

汝の聖なる青き証を受け継ぐ者なり。

感涙の極み。

揺れる青、流れる青、佇む青、注ぐ青。

全ての生を呑み、汝に感謝申し上げる。

親愛なる青き美しき長よ。

我は汝に請い願う。

我に青き純粋たる恩恵を授けたまえ  青い涙」


彼女が唱えると同時に、零れた神の証が塵と化し、青く神々しい魔法陣が天空に描かれた。晴れ晴れとしていた空が、突如、曇天へを変わる。一滴、空から光り輝く青い水が落ちる。それを機に、一帯に大粒の雨が降った。雨が、巨大な炎を消滅させるのを確認。ルーラは水浸しになりながら舌打ちをする。













 時は、炎が消える前に遡る。

最下層の人間達は、突然現れた巨大な炎に逃げ惑っていた。燃えていたのは、最下層の中心部である倉庫。火の粉が、最下層の人間の住む小屋に引火する。最下層は未曾有の事態に陥っていた。

 ジャンは、ハサと共に診療所の患者を外に出す。


「川! みんな川に逃げて! 」

「「「わかった! 」」」


ジャンの呼びかけに、子ども達は慌てず騒がず、落ち着いて川に向かった。だが、全ての人々に声が届くわけじゃない。ジャンは、水色の小石を大量に使って水を作り出すが、炎の勢いは収まらない。


「ジャン! 俺ら、川の水汲んでくる! 」

「わか……待って、俺も行く! 」

「は!? 」


ハサに向かって、ジャンは神妙な顔つきで叫ぶ。


「俺は、俺なら、川を使える、はず!! 」


こんな事態になってしまったのだ。ジャンは、もう、隠し事をやめる。


(神話級魔法でどれくらい血を失うのか分かんないけど、川の水を操るなら、魔力は沢山消費しない。なら、俺は出血多量にならない、かも)


ジャンの泣きそうな顔に、ハサは仕方なさそうに溜息をつく。


「わかんねぇけど、お前なら……っ、ジャン、! 」


ハサはジャンの背後を見た瞬間、ジャンを庇うように飛び出した。ジャンが反応する間もなく、真っ赤な飛沫が、ジャンに降り注いだ。


「……ハサ、?」


ぽつりと、ジャンは呟いた。だが、ハサは、ハサだった物は、真っ二つに引き裂かれていた。上半身が斜めに切り落とされ、ジャンも治療で見覚えのある塊が飛び散っていた。ジャンは、呆然としながら、ハサの黒髪に手を伸ばす。


「ハサ、?……ハサ、ねぇ、ハサってば! 」


ジャンは頭が真っ白になる。


(治療魔法、早く、早く、かけないと、ハサ、ハサが……)


必死な思考を邪魔するように、ジャンの顔面に丸い塊が投げつけられる。ジャンは、小さな悲鳴と共に、鼻から青い血を流した。


「うぐっ。な、にが……っ、え、? 」


ジャンは、今しがた投げつけられた物体が、ボスの首だと気づいて固まった。ボスの口には、どんぐりの首飾りが詰め込まれている。


ジャンは、何も理解できなかった。


 そんな少年を嘲笑うかのように、上質な礼服を着た男性が、大袈裟な立ち振る舞いで現れた。


「ごきげんよう、殿下。あれ、髪の毛染めました?」

「……ラ、イ、?」


かつて、真っ白な騎士服を真っ赤に染めていた男は、黒を基調とした礼服を着ていた。ライ・フリッサ。王弟ジャンクティードの騎士であり、家庭教師ユーノットを殺した人物である。長い月日を経て、ジャンの悪夢がやって来た。


ライは、意気揚々と話し始める。


「死体を確認するまで安心出来ない。

討伐の基本ですね。王立学院で習いませんでしたか?

……あぁ、申し訳ない、殿下はまだ幼子でした。

えぇ、子どもです。

忌々しい、あの男のガキ! 

何故、彼女があの男のガキを生まなければならなかった!? 

何故、彼女はお前を生んで死ななければならなかったんだ!! 

この死神王弟が!! 」


ライの罵倒に、ジャンは肩を震わせた。だが、聞き覚えのある単語に、青い目に光が戻る。


『殿下。他者を貶すことでしか生きられぬ害虫の言葉に、耳を貸してはなりません』


侍女の陰口に対して、ユーノットがかけてくれた言葉。

ジャンにとって、ユーノットの声は魔法だ、ジャンを助けてくれる魔法。

ジャンは震えながら、もう一度、黒髪に手を伸ばした。


(わかんないけど、ハサは、生命力が高い。まだ、大丈夫、大丈夫なはず)


ジャンは鼻から滴る青い血を拭い、深く息を吐いた。


「奏上。

我らが父よ、母よ、偉大なる青き美しき長よ。

我は、ジャンクティード・ブロッサムロード。

汝の聖なる青き証を受け継ぐ者なり。

感涙の極み。

揺れる青、流れる青、佇む青、注ぐ青。

全ての生を呑み、汝に感謝申し上げる。

親愛なる青き美しき長よ。

我は汝に請い願う。

我に青き純粋たる恩恵を授けたまえ」


ジャンは、神の証たる青き血を塵と化しながら、涙を流す。


「お願い、ハサを治して……おかあさん」


青く神々しい魔法陣に、涙が落ちた途端、透き通った青白い手が魔法陣から伸びた。











「ん? 雨? 」


 ライは、急に振り出した空を見上げる。そして、自分を無視して神話級魔法を使い始めたジャンに気が付いた。冷めた目でジャンを見る。


(……神話級魔法の影響か)


彼は、わざとらしく首を傾げた。


「おや、いけませんね、殿下。敵に背中を向けるとは。

それとも、斬首をお望みですか。

っくく、大変殊勝な心がけですね。確かに、罪人に相応しい最後ですね。

はい、では、死んで下さい、殿……っ」


小さな背中に剣を振り下ろす直前、ライは殺気を感じて横に飛んだ。

彼が今しがた居た場所に、紺色のマントを揺らした、セツナの剣が振り下ろされる。

彼女は、静かな怒りを瞳に灯していた。


「誇り高き騎士ともあろう者が、幼子を手にかけようなどと……その愚行、万死に

値する」

「……ただの騎士か」


ライは関心を失ったかのように警戒を解く。一方、剣を構えたセツナは、ライの顔を見て、微かに目を見開いた。


「! ……貴様は、王弟殿下の」

「だったら、どうする。お嬢さん? 」


からかいを含んだ声色に、セツナは剣を握りしめる。


「殺す」

「出来るものなら、どうぞ。彼と一緒に」


背後から忍び寄っていたデボンの剣を、ライは難なく避ける。デボンは驚愕した。


「嘘、避ける!? 」

「プーガル卿! 彼は、白印蝶花の騎士です! 」

「はあ!? じゃあ、白い騎士服着てくれよ!? わかるか!! 」


セツナの忠告に、デボンは、やけくそに叫びつつ、ライから距離を取る。

紺色の騎士に前後を取られても、ライは平然としていた。


「若者は、元気だな。羨ましいよ」

「ライ・フリッサ、王弟殿下暗殺の容疑で、貴様を拘束する」

「先ほど、殺すと言ってなかったかな? 」

「そうなの!? ツェヘナ嬢!? 」

「プーガル卿、敵の言葉を信じないで下さい!! 」

「し、失礼した!! 」


二人の軽快な会話に、ライは肩をすくめる。


「心外だな。私は、事実を述べただけだよ」


ライが、一歩前に出た瞬間、二人は同時にライに突貫した。ライは口角を歪める。彼らの胸に輝く、銀の若葉を見ていた。


「……騎士科上位、か。最近の騎士は、質が落ちたかな」


ライは、瞬時にデボンの剣を弾き飛ばすと、セツナに剣を振り下ろした。セツナは間髪受け止めるが、容赦なく腹部を蹴り飛ばされる。


「が、は……っ」


セツナは血を吐きながら、小屋に吹き飛ばされた。


「ツェヘナ嬢!! 」

「自分の心配をしたまえ、青年」

「うおっ!? 」


デボンは、咄嗟に剣先を避ける。だが、ぬかるんだ地面に足を取られて転倒した。そんな彼に慈悲をかけるわけもなく、ライは剣を突き出した。デボンは、声が出なかった。


(あ、死ぬ……)


だが、剣先はデボンの眼前で停止した。


「貴様か、火属性の攻撃魔法を使った馬鹿は」

「ひ、姫様ぁぁぁあああああ! 」


真っ白に靡く騎士服に、デボンは涙を流すほど歓喜した。水浸しのルーラは、ライの手首を片手で掴んだまま、ライの顔面に拳を叩きこむ。骨の折れる音と共に、ライが無様に吹き飛んだ。ルーラは、酷く激怒していた。


「貴様のせいで、私はデザートを食べ損ねたではないか!! 

貴様、どこの所属の騎士だ!! 名乗れ!! 

私は、水神王国軍第五師団 師団長、この東部を防衛する要、ルーラ様だぞ!? 

第五師団の騎士なら、半殺しにして治して半殺しにしてやる! 」

(もはや、どこから突っ込めば良いのか……)


デボンは、歓喜の涙が引っ込んだ。呆れて言葉も出ない彼の代わりに、頭から血を流したセツナが声を張り上げる。


「ライ・フリッサです、殿下! 」

「……あぁ」


ルーラは、何故か、急激に怒りを鎮めた。

一方、顔面を強打されたライは、鼻血を流しながら本気で剣を構える。


(あれは、歩く災害ではないか……くそ、何故ここに)


ライが睨みつけた瞬間、青い目が彼を射抜いた。咄嗟にライは剣を突き出すが、ルーラの姿は彼の視界から消える。彼が痛みを自覚した頃には、ライの四肢は切り落とされていた。雨でぬかるんだ地面に、ライは無様に落下した。


「デボン少年」


「は、はい!? 」


底冷えする声に、デボンは背筋を正した。


「これの止血を頼む。私は、見張りに徹する」


「ぎょ、御意! 」


デボンは、転がり落ちるように駆け、ルーラの足元に居るライの四肢を止血する。ライの四肢は完全に塞がれ、四肢を繋ぎ直すことは絶望的だった。

 ルーラは、横目でセツナが何処かへ駆けていくのを眺め、改めてライを見下ろした。その顔は、微笑みを浮かべているが、端正な人形のようだった。


「初めまして、ライ・フリッサ。

貴殿には、聞きたいことが山ほどある。

だから、まぁ、なんだ。私の御前で、自害できると思うな」


温度のない声に、デボンは治療する手が震える。だが、ライは臆することなく、ルーラを睨みつけていた。


「……化け物が」


「心外だな。私は、ただの、善良な神さ」


(……善良な神様とは)


デボンは、ルーラの平常通りの態度に安心し、治療に専念した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ