君がくれた甘いお菓子
「ねこ、は、こう書く! 」
「ねこ、? 」
「ボス、は、こう書く! 」
「ぼす! 」
倉庫前に集まる謎の子どもの集団に、ジャンは声をかける。
「ガキども、飯の時間だよ~」
「「「めし!! 」」」
幼い子ども達は、勢いよく顔を上げ、大鍋の方向に走っていった。
残されたのは、かつて、ジャンが文字を教えた三人組。
彼らも成長し、今ではジャンと変わらない目線になっていた。彼らは、大雑把に地面に書いた文字を消す。そして、人懐っこい笑みをジャンに向けた。
「ジャンだ。お久しぶり~」
「いや、昨日も会ったじゃん」
「じゃんじゃん」
三人組は、右から順に、ネー、コー、ネネコと名乗っている少年達だ。
余程、文字を教えてもらったことが嬉しかったのか、いつの間にか、猫をもじった名前を名乗っていた。ちなみに、風邪で豪快に倒れた少年はネネコである。
そんな彼らが、今では、更に幼い子ども達に文字を教えている。勿論、教えられる言葉は限られているが、娯楽のない最下層では人気の遊びになっていた。
ジャンは三人組と共に大鍋に向かう。そこには、老け込んだ雑草ババアの横で、ハサが大鍋をかき回していた。ハサはジャン達に気が付くと、眉をひそめる。
「どういう組み合わせだ」
「薬の納入帰りに、そこで会ったの」
「……あぁ」
ハサは、関心を失うと、大鍋に視線を戻した。
ふと、ジャンは鍋から少し離れたところに置いてある包みが気になった。
「ハサ。なにこれ」
「農家のおっさんがくれた。ボスが、ガキどもで食えって」
ハサの言葉に、三人組が身を乗り出した。
「食い物! 」
「なにかな、なにかな? 」
「果物だと嬉しい! 」
ネーとネネコが、爛々と目を輝かせる。コ―は、ハサを見つつ叫んだ。案の定、三人組はハサに怒鳴られる。
「っせぇ! 三馬鹿! とっとと、器出せや! 」
「「「はーい」」」
その様子を眺めていたジャンは苦笑する。
(子どもって、元気だなぁ……)
濃厚な苦みのスープを、集まった子ども達が食べ終えた頃、全ての視線が謎の包みに注がれた。ジャンが代表して、包みを開く。甘い香りと、ツヤツヤした見た目にジャンは驚いた。
「……お菓子だ」
「「「お菓子? 」」」
最下層の子ども達は、聞き覚えのない単語に首を傾げる。
「ベリーパイ。果物より甘いよ」
「「「甘い!! 」」」
ジャンの補足説明に、ハサ以外の子ども達は目を輝かせた。ジャンは素直な反応に微笑みながら、ハサに切り分けるのを頼む。
「ハサ、お願い」
「おう」
お菓子を受け取ったハサの一挙一動を、子ども達は穴が開くほど見つめる。ジャンは、その光景に笑った。
(あれに動じないハサ凄いなぁ)
切り分けた小さな菓子を、ハサは子ども達の手に載せていく。子ども達は、絶対に落とさないように気を付けながら、菓子を口に運んだ。歓喜の声が沸き上がる。
「あまい! 」
「はじめての、あじ! 」
「うまうま 」
子ども達の歓声に、ハサは表情を緩めた。そして、ジャンの生温かい視線に気づいて、すぐに仏頂面になる。
「……お前は、食わねぇのかよ」
「食べる食べる。ありがとう、ハサ」
「……別に、俺は貰っただけだし」
ハサは、ふいっと視線を逸らす。そして、雑草ババアに菓子を差し出した。
「ババアも食っとけ。いつくたばるか、分かんねぇだろ」
「ハサ、言い方」
乱暴な物言いに、ジャンは困ったように笑う。言われた本人は、ゆっくりと顔を上げた。
「おぉ、甘味はいつぶりか。水神様、恵みに感謝します」
雑草ババアの祈りに、子ども達が疑問符を浮かべた。
「感謝? 」
「何で、感謝? 」
言い寄られた雑草ババアは、穏やかに答える。
「食事の挨拶だよ。全ての食物は神様に感謝するんだ」
そう言って、雑草ババアは嬉しそうに菓子を食した。
常日頃、聞き覚えのない言葉で遊ぶ子ども達だったが、今回ばかりは不思議そうにするだけ。
「わかんない。なんで、神様に感謝? 」
「ねぇねぇ、なんで? 」
「「「え? 」」」
最近、兄貴風を吹かしている三人組に、幼い子ども達は詰め寄った。当然ながら、三人組は食事の祈りをしたことも見たこともない。
(((お、俺たち、知らない! )))
彼らは、助けを求めるようにジャンとハサを見た。ハサは、わざとジャンを見る。ジャンは苦笑した。
(ハサ、こういう時だけ素直なんだから)
ジャンは、人の良さげな笑みを浮かべた。
「ボスに感謝すれば、良いんじゃない? 飯食わせてくれるのボスだし」
その一言に合点がいったのか、子ども達は揃って目を輝かせた。
「うん! ボス、飯くれる! 」
「じゃあ、ボスに感謝~? 」
「それなら、分かる! ボスに感謝! 」
ボスに感謝という言葉が、子ども達に伝染していく。その姿を眺めていたハサは、ボソッと呟いた。
「……俺、知らね」
「ん? なんか言った? 」
「別に」
ジャンの問いかけに、ハサはぶっきらぼうに返した。ジャンは不思議に思いながらも、ハサが多弁ではないと知っているので、追及はしなかった。
大鍋と沢山の器をジャンとハサ、三人組で手分けして川で洗う。不透明で上質な川ではないが、最後にジャンが水属性の適性が低い水色の小石で、色のない聖なる水を魔力で作り出す。それで大鍋と器を洗浄して、本日の業務は終了だ。
「夜更かしすんなよ」
「「「はーい」」」
「じゃ、また明日」
「「「また明日~」」」
三人組と分かれた両名は、帰路につく。
ボロボロの小屋は、相変わらず今にも壊れそうだが、ジャンの安心する我が家である。幼い頃と比べて、少し窮屈になった寝床をジャンが整えていると、ハサが神妙な声で尋ねた。
「なぁ、ジャン」
「ん~? 」
「お前、学院って、知ってるか? 」
ジャンは、きょとんとした。それでも、一応質問には答える。
「あー、あれでしょ、十六歳になったら行くところ」
「……お前、頭良いだろ。行きたいとか、思うのか?」
「いや? 行かないよ。そもそも、金ないし。
まぁ、金があったとしても、俺は行かない方が良いと思うし」
「何で? 」
「俺は、生きてるだけで罪なのさ」
ジャンは、薄っぺらい寝床に転がった。だが、ハサが微動だにしないので、違和感を覚えて振り返る。真っ黒な目は、何を考えているのか分からない。珍しくハサが長い会話を続けた。
「……あの菓子、お前の髪の色に似てた」
「ベリーパイ? 目なら分かるけど、俺の髪色……」
ハサがジャンの言葉を遮るように、髪を一房手に取った。
「ここだけ、違う」
彼の言葉に、ジャンは目を点にした。
「……マジ? 」
「マジ」
ハサは淡々と答え、髪から手を離した。ジャンは、先ほどハサが触っていた箇所を触る。わざわざ手前に持ってこないと気が付かない部分が、確かに青色に変色していた。ジャンは戸惑いを隠せない。
「え、いつから? 」
「俺がお前を川で拾った時には、それだった」
「マジか~。鏡なんて久しく見てないから気が付かなかった」
「……お前、貴族でも偉い方? 」
ジャンの笑顔が固まる。
「何で、急に、そんなこと聞くの? 」
ジャンの声音に怯えが混じる。ハサは、静かに目を伏せた。
「……俺は、ずっと、ここで生きてた。
ここしか、知らない。でも、外に色んなもんがあるって最近知った。
でも、お前の目と髪の色を着てる奴は、いなかった。
あの時、俺がボスに売った服、どこにも売れないから燃やしたってボスから聞いた。
売れないのは、お前が偉い方だったから、売れないってことだろ。
だから、売ったときに、ボスが果物少ししか、くれなかったんだなって、思った」
ハサは、ぽつりぽつりと話し続ける。ジャンは黙って耳を傾けた。
「……血の色も、みんなと違ってた。
普通、赤っていうか、赤が少し黒くなったみたいな。出産の時がそうだった」
真っ黒な瞳の奥が揺れている。ハサは、ジャンを見つめた。
「お前って、本当は、何? 」
「……」
静寂が痛い。張りつめた雰囲気の中、ジャンは泣きそうに微笑む。
「何だったら、ハサは、俺の事、捨てない? 」
ハサは黒い瞳を見開いた。やがて、煩わしげに自身の前髪をかき上げる。
「捨てる気なら、最初から拾ってねぇわ、ばーか」
「……そっか」
ジャンは安堵の息をついた。目元の滴を隠しつつ、ジャンは、わざと意地悪に笑いかけた。
「前から聞きたかったんだけど、ばーかって、ボスの真似、? 」
「っ!? 」
図星だったのか、ハサは頬を赤くした。ジャンは、ニマニマと見つめる。
「ハサって、結構、ボスの事大好きだよね」
「ちげぇ! 」
「隠さないでよ。ボスのことは、みんな大好きだもんね」
「っるせぇ! 寝る! 」
完全に不機嫌になったハサは、勢いよく寝床に転がった。その耳は未だに赤い。ジャンは上機嫌で彼の背を見つめた。
「そういや、ハサ。何で、俺の事拾ったの? 」
「……うるせぇ、寝ろ」
「ふふ、お休みなさーい」
暴言を吐かれても、ジャンはニコニコしていた。甘えるように、ハサの背中に頭を押し付けて、ジャンは目を閉じる。ハサは不機嫌な顔をしつつも、小さく呟いた。
「……お休み」