第8話
「…………」
目の前に広がる光景に、私は何度も瞳を瞬かせました。
テーブルの上には、両手では抱え切れないほどに大きな籠がどんと真ん中に置かれています。
今の状態を一言で表すとしたら『圧巻』――でしょうか。
「ルーク様から、ミリアーナ様への贈り物ですよー」
軽々とその大きな籠を運んで来たリンは、にっこりと笑います。
リンはルーク様が新たに付けて下さった、ライムース王国での私の専属侍女です。
大きな緑の瞳と、ふわふわの茶色の耳に、耳と同じ茶色の細く長い尻尾。
リンはスライムではなく、猫族です。
可愛いらしい見た目に似合わず、とっても力持ちなのです。
メリーとも早々に打ち解けて仲良くなったリンは、マイペースながらも、明るくてとても優しい女性です。
――ライムース王国には、スライム族だけでなく、リンのような猫族や、狼族、竜族をはじめ、その他にも様々な種族の方が生活をしています。
彼らは親和性が高いために、種族の違う国でも普通に生活を送ることができるのだそうです。
『親和性が高い』ということは、『適応能力に優れている』ということなのだそうです。
……融通の利かない人間ではなく、適応能力に優れた別の種族に生まれていたら……私の人生はもっと素晴らしいものだったのでしょうか。
「ミリアーナ様!」
私を呼ぶ声に、ハッと顔を上げました。
……いけません。
少し油断するとネガティブなことばかり考えてしまいます。
「見て下さい!凄いですよ!」
私を呼んだのはメリーです。
籠の中身を覗き込みながら、興奮しているメリーを見ていると、強張りかけた身体がホッと解れます。
……大丈夫。
ここはニンゲル国ではないわ。
スッと深く息を吸い込んで、気持ちを切り替えます。
メリーと一緒に大きな籠の中を改めて覗き込むと、二十色以上の色とりどりの糸の他に、たくさんの種類の布地も入っていることに気付きました。
色鮮やかな糸や布地は、見ているだけで心が踊り出しそうになります。
しかも、贈って下さったのがルーク様だと思うと、更に嬉しくて胸がいっぱいになります。
……ルーク様の『お願い』を叶える為とはいえ、流石にこれはいただき過ぎではないでしょうか。
「……ミリアーナ様。こ、これは、もしかして幻の糸では……!?」
顔を強張らせたメリーが、壊れた玩具のようにぎこちない動きで私を振り返ります。
メリーの指差す先には、一際目を引く糸の束がありました。
まるで宝石をそのまま細い糸に紡いだような、艶めいた光沢のある綺麗な糸です。
「まさか、そんなはずはないわよ」
私は苦笑いを浮かべながら、琥珀色をした糸の束を一つ手に取りました。
幻の糸とは、生態数の少ないアラクネ族が紡いだ希少な糸のことです。
ニンゲル国では、王族でさえも簡単には使えないことから――『幻の糸』と呼称されています。
私が手にしたこの糸が本物ならば、この一束で公爵家が建てられるほどの価値があるのです。
確かに今まで見たことないくらいに綺麗ですが、国宝級と言っても過言ではない幻の糸が、こんなに沢山あるはずがありませんもの。
「まあ、そう簡単にお目にはかかれませんよね」
メリーは残念そうな顔で溜め息を吐きます。
「ふふっ。だからこその『幻の糸』という呼び名だものね」
クスクスと笑いながら、手にしていた糸の束を戻そうとした時。
「幻の糸って何ですか?」
リンがキョトンとしながら首を傾げました。
首を傾げたリンの首の動きを真似るように、茶色の長い尻尾が曲がっている様子がとても可愛いらしいです。
『幻の糸』とは、ニンゲル国内だけでの呼称なので、リンが知らないのは仕方ありません。
私が説明をすると、リンは納得したようにポンと手を打ちました。
「ああ、なるほど……!」
そして、更に『ニンゲル国では――』と、続けようとした私の説明を軽遮ったリンは、私史上で上位になるであろう衝撃発言をしたのです。
「でしたら、ミリアーナ様が手にしていらっしゃるのが、その幻の糸ですよ」――と。
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