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第7話

 ――私がライムース王国にやって来て、間もなく二週間が経とうとしています。


 優しいルーク様達にもてなされ、とても優遇された生活のお陰で、骨と皮しか無かった身体は肉付が良くなってきたように思えます。


 私に与えられた唯一の仕事は、半年間毎日欠かさずにライムース王国の物を食べること。

 これはルーク様と結婚する為に、とても大事なことです。

 ニンゲル国では、醜く太ったりしないようにと、満足な食事を与えられていませんでした。

 その必要最低限の食事も、病気になれば食べられなくなります。

 身体だけでなく、心もまた病んでしまえば、食事は簡単に喉を通らなくなるのです。


 毎日普通に食事が出来るということは、思っている以上に当たり前ではないこと。

 食事を取り続けることの大変さは身に沁みています。


 その管理を任されたと思えば、決して楽な仕事ではありません。


 ……ですが、ニンゲル国にいた頃の私は、朝早くから夜更けまで、勉強や王妃教育と明け暮れていたのです。

 こんな風にゆっくりとお茶を飲む時間はありませんでした。


 何もすることのない時間が不安で堪らないのです。

 不器量な私は、努力することしか取り柄がありません。誰よりも必死に頑張るしかないのです。

 そうして人の何倍以上も努力し続けてきても、私は選ばれませんでした。……簡単に捨てられたのです。


 無駄な努力とはいえ、何もしないよりはマシです。

 いつか努力が報われる日がくるかもしれない――そんな淡い希望を抱けるからです。

 逆に、何の役にも立たない私に、存在する価値はあるのでしょうか?


 今は優しいルーク様達も、いつか私に失望して離れて行ってしまうのではないかと……とても怖いのです。

 一人きりだと余計なことばかり考えてしまいます。


「ミリアーナ様。……大丈夫ですか?」

 心配そうな顔をしたメリーが、私の顔を覗き込んできます。

 メリーを心配させてしまうほどに、暗い顔をしていたようです。


 ……それはいけませんわね。


「大丈夫よ。メリーは心配症ね」

「本当ですか?私の前では無理をしないで下さい」

 笑顔で取り繕ってみるものの、メリーは悲しそうな顔をしています。

 付き合いの長いメリーには分かってしまうのですね。私が焦っていることを……。


 私とは違って、仕事への復帰を許可されたメリーは、私のお世話以外にも徐々に仕事が増えています。

 そんな忙しいメリーを私のわがままで、側に留めておくことはできないのです。


「少し考えごとをしていただけよ。さあ、メリーは自分のお仕事を頑張らないとね」

「ミリアーナ様……」

「どうかした?」

「……いえ」

 私をじっと見つめたメリーは、諦めたように首を横に振りました。


 こうと決めたら譲らないところがあるのも、メリーは分かっているのてす。


「では、休憩の時にお茶をご一緒してもよろしいでしょうか?」

「ええ。勿論よ。待っているわね」

 まだ何か物言いたげな顔をしているメリーを強引に仕事に戻らせました。


 ――また一人きり。

 ソファーの背もたれに身体を預けた私は、天井を仰ぎ見ました。


 いつもは綺麗だと感動するシャンデリアが目に映りましたが――不思議なことに、今は何の感情も湧きません。

『ああ、ただのシャンデリアだな』としか。

 自分の物ではない物を見ても何も感じない、《《あの時》》の感覚に似ています。


 ぼんやりとシャンデリアを見ていたら、何故か頭の中に白い霧がかかったように、段々と何も考えられなくなってきました……。



 ……メリー。私の特別な存在。


 今までずっと、私のせいでたくさんの苦労をかけてきたメリーは、優しくて気立てが良いから、この国でならきっと気心の知れた友達がたくさんできるはずです。

 新しい環境に慣れる為には、私なんかの側にいてはいけないのです。


 ……そうよ。

 私なんかと一緒にいたらメリーは《《また》》不幸になるわ。

 シェリーだけでなく、ルーク様達もみんな……。

 みんなを不幸にする悪役令嬢は死――――



 パチン。


「……っ!?」

 高く弾けるような音に、ハッと我に返りました。


 ……今、私は何を考えていたの……?


 とても悪いことを考えていた様な気がします。

 胸の辺りがざわざわとしていて落ち着きません。


「ミリー」

 私を呼ぶ声に無意識に視線を向けると、私のすぐ目の前にルーク様の綺麗なお顔がありました。


 …………………………え?


「ル、ルーク……様?」

「うん。僕」

 ルーク様はソファーの後ろに立って、天井を仰いでいた私の顔をにっこりと微笑みながら見下ろしていました。


「ル、ルーク様!?」


 メリーが仕事に戻り、一人きりになったはずの部屋の中に、気付けばルーク様がいらっしゃったのです。


 え?……え?どうして……?いつの間に……?


 いえ、それよりも……。

 ぼんやりとしただらしない顔をルーク様に見られてしまったの!?


 動揺した私はガバっと勢いよく、背もたれから身体を起こしました。

 思ったよりも私の近くに顔を寄せていたルーク様の額に、自らの額を強く打ち付けてしまうかと思いましたが、ルーク様は軽々と私の頭突きをスルーして下さいました。


 ……良かった。

 ルーク様の綺麗なお顔に傷を付けてしまったら、お詫びのしようがありませんもの。



「……申し訳ございませんでした」

「それは何に対する謝罪?別に謝られることをされてないよ」

 しゅんと眉を寄せる私を見て、ルーク様は苦笑いを浮かべます。


「突然現れてミリーを驚かせた僕の方こそ、謝らないといけないんじゃないかな」

「いえ、ルーク様からの謝罪は必要ありませんわ」


 確かに驚きましたが、ここはルーク様のお城です。ルーク様はどこに現れても良いのです。


 わざわざ私の元へ足を運んで下さったことが嬉しいです。

 ルーク様はとてもお優しくて、側にいて下さるだけでも温かい気持ちになります。

 ……なんて、恥ずかしすぎて口には出せないですけど、ね。


「ミリーは人間なのに素直で可愛いね」

「……今、何とおっしゃいました?」

 ルーク様の呟き声は小さくて、思わず聞き返してしまいました。


 しかし、ルーク様は瞳を細めて、にこやかに笑うだけで、教えてはくれませんでした。


「それよりも。ミリーにお願いがあるんだ」

 突然そう切り出され、私は首を傾げました。



「私に……お願いですか?」

 私なんかにルーク様のお願いが叶えられるでしょうか……。

 

 自信なんて全くなかったのに……。


「ミリーにしか頼めないことなんだ」

 ルーク様の穏やかな眼差しに促された私の口は、


「私で良ければお引き受けいたします」

 勝手に了承の言葉を紡いでいました。


ご覧頂きありがとうございます!

次話はまた明日の6時に投稿しますm(_ _)m

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