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第5話

 ルーク様と追い掛けっこをした日から、早くも一週間――――ではなくて。


 ライムース王国に嫁いできて一週間が経ちますが、わたくしは何をすることもなく、ただただ大人しく座って紅茶を飲んでいます。


『嫁いできた』と言ってはいますが、実際のところは、まだ婚約者という関係だったりします。


 お義父様達が教えて下さったのですが、人間の私とスライムのルーク様というような、他種族間で結婚するためには、『親和性』というものを高める必要があるそうです。

 特に人間の女性を伴侶に迎え入れるためには、結婚前から相手の国で暮らし、最低半年間は毎日欠かさずにその国の食物を摂取します。そうしてやっと結婚の儀式を行う準備が整うのだそうです。


 魔物の――正しくは、ルーク様達は『魔族』と言うそうですが、元々親和性の高い魔族同士ならば、こんな手順を踏む必要はないそうです。


 他種族と血が交じるのを嫌い、自分達と違うものを認めようとはしない。

 ……そんな人間だからこそ、きっと親和性が低いのですわね。


 私が教わったことは、本来ならライムース王国に来る前に学んでいるべき内容だったようです。

 無知で申し訳ないと謝る私を、お義父様達は優しく慰めて下さったのですが……『半年あれば大丈夫』

 と言って笑っていたお顔が怖かったのは、私の気のせいでしょうか……。


 他にも、王子妃教育やマナー、ダンスのレッスン、結婚式用のドレスの試着や採寸をはじめとして、招待状の準備やお招きするお客様の情報を頭に叩き込んだりと、やるべきことは山のようにあるはずなのですが……


『ミリアーナ様は、ライムース王国で改めて学ぶことは何もございません』


 先生と少しお話をしただけで、何故かそう断言されてしまいました。


 ニンゲル国とライムース王国では、歴史や文化、生活など色々と状況が違うために、教育は必要不可欠のはずなのですが……問題はないそうです。


 招待状の件は、縁のある皆様には既に、ライムース王国独自の通信方法で一報を知らせている為に、通信の届かない招待客の皆様にだけお出しすれば良いそうです。こちらはごく少量なのでお義父様とお義母様が代筆して下さるそうです。


 嫁いで来た身として何もしないだなんで、とても申し訳ないのですが……


『ミリアーナはドレスの採寸を進める為にも一刻も早く太りなさい』


 そうお義父様達とルーク様に言われ、勉強に当てられていたはずの時間を全てお茶の時間に変えられてしまったら……また、嫁いできた私は、言われるがままに従うしかありません。


 式の為に『痩せなさい』ではなく、『太りなさい』なんてあまり聞いたことありませんわね。


 あの時のお義父様達の真剣なお顔を思い出すと、思わず顔が弛んでしまいそうになります。

 心配されることがこんなにも嬉しいだなんて、メリー以外に思ったことはありません。


 表面上では心配してくれる方もいましたが、彼女達は内面では、元婚約者に全く相手をされない私を嘲笑っていましたもの……。


「ミ、ミリアーナ様。……本当に、私も……良いのでしょうか……?」

 隣に座るメリーが、悲壮感漂う顔で私を見ています。


「……メリー、そろそろ観念なさい」

「ですが、ミリアーナ様……!」

 カタカタと身体を震わせるメリーは、この一週間ずっと私と一緒に()()()()お茶の時間を取らされています。


 ライムース王国に来てからのメリーの仕事は、私の最低限のお世話のみで、それ以外はお茶の時間なのです。何故ならば、メリーにも『太りなさい令』が出ているからです。


「メリーの言いたいことは充分に理解できるわ。こんな私でもニンゲル国では貴族だっただもの。でも、一週間が経つのだから、そろそろ慣れても良いんじゃないのかしら?」

「む、無理です……!」

 メリーの顔に悲壮感が増しました。


 ……なんて。

 私もメリーと一緒だから落ち着いていられるのだけど。


 私はメリーに見えないようにカップで口元を隠しながら口元を弛ませました。



 ――ニンゲル国では、使用人が主人と同じテーブルに着くことは、天と地がひっくり返っても許されない禁忌とされています。


 常に主人の側に立ち控え、主人の望むことを読み取り、率先して行動する――それが使用人の役割であり、存在する意味であると使用人達は教え込まれるからです。


 厄介者扱いされていた私でさえ、貴族の常識として、その一線は決して越えてはいけないのだと厳しく言い付けらましたもの……。

 ライムース王国への旅路でも、メリーや護衛達と食事を共にすることは一度もなく、一人だけ馬車の中で食事をしていました。


 ……他の扱いは使用人以下と言って良いほどに酷いものだったのに、変な話ですわね。


 一度心の奥深くに根付いてしまったものを取り払うことは難しいです。

 ニンゲル国の人達と一緒にお茶をしたり、食事をしたいとは思いません。

 ……でも、メリーだけは違う。

 メリーは私の特別な人だから……。


「『郷に入っては郷に従え』と言うじゃない。メリーと一緒にお茶を楽しめる時が来るなんて、私はとても嬉しいわ」

「ミリアーナ様……」

 にこりと微笑むと、メリーは紅茶の入ったカップにおすおずと手を伸ばしました。


「……いただきます」

 ゴクリと唾を飲み込み、深呼吸を数度繰り返したメリーは、覚悟を決めた顔でカップを口元で傾けました。


『毒を飲むわけじゃないのだから』と毎度のことながら突っ込むべきか迷いますが、静かにメリーの行動を見守ります。

 緊張しているメリーに余計な心労を与えてはいけないものね。


 紅茶を口に含んだ瞬間にメリーの瞳がキラキラと輝き出しました。何も言葉を発しなくてもその表情が全てを物語っています。


「ふふっ。いつもながらとても美味しいわよね」

 メリーが大きく何度も頷くのを横目に、私もゆっくりと紅茶の入ったカップを口元で傾けました。


 口に含んだ瞬間から新鮮な茶葉の香りが口いっぱいに広がり、それだけでとても幸せな気分になります。ほんのりとした甘さは、蜂蜜が入っているからだそうです。


「紅茶の香りを損なうことなく栄養も取れる優れものなんですよ」

 紅茶を入れてくれた侍女のリンが教えてくれました。


 何でもこの蜜は、ライムース国のとある森の中に生息する蜂から取れる希少な蜜で、滋養強壮の効果がとても高く、薬として使用することもあるのだそうです。


 ――因みに、人間の幼子には毒とされている蜂蜜ですが、スライムの子供達は大丈夫なのだそうです。


 ……希少なものを私達に惜しみ無く使って下さる皆様の心遣いに胸が熱くなりました。

 この国の為に、誠心誠意尽くしたいと心から思えます。

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