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第4話

「重ね重ね、申し訳ございません……っ!!」


 ――本日、二度目になるルーク様の土下座です。


 ルーク様は、わたくしに禁断の世界へ足を踏み入れることをお望みなのでしょうか……?


 床に額を付けながら、プルプルと小刻みにお身体を震わせるルーク様を見ていると、先ほど心の奥底に永遠に封じ込めたはずの()()が、目覚めてしまいそうです。


 その何かが解き放たれてしまう前に、封印を強化しなければなりませんわ……!


「……ええと、ルーク様。お顔を上げて下さいませんか?」

 私が声を掛けると、ルーク様の身体が一瞬だけビクリと大きく跳ね上がりました。


 私の人生経験上、きっとルーク様は怯えているのでしょう。

 誰に対して――って、それは私にですわね。


「私は大丈夫です。問題ありませんわ。今回も少し驚いただけですから」

 これ以上、ルーク様を萎縮させないように、努めて優しい声音で話を続けます。


「私が無知なばかりに、何度も大声を出してしまって……却って申し訳ありません」

 謝罪をしながら頭を下げると、ルーク様が身動ぎしたのが、気配で分かりました。


 頭を下げたままでチラリとルーク様を見ると、ルーク様はキョトンとした顔をしていらっしゃいました。

 ……何となくですが、ルーク様に歩み寄れるチャンスのように思えました。


「スライムは弾け飛ぶだけでなく、溶けるものなのですね。もう覚えましたので、ルーク様が弾け飛んでも、溶けても、速やかに対処いたしてみせますわ!」

 にこやかに笑いながらグッと握り拳に力を入れると、ルーク様と目が合いました。


 ――その瞬間。


「……!?」


 ルーク様がまたデローンと溶けました。


 液体となって床に広がるルーク様のお姿に、危うく叫びかけましたが……咄嗟に口元を押さえることで、何とか堪えることができました。


 速やかに対処してみせると言ったのに……まだまだ修行が足りないようです。自分の無力さが身に染みます。


「……本当に申し訳ないです」

「いいえ。私は大丈夫ですので、お気になさらないで下さいませ」

 私はそう言いながら首を横に振りました。


 ルーク様がご無事なら問題はありませんもの。


「でも……」

 ルーク様は少し不服のようです。


「あの……それでは、お願いと質問を一つずつ申し上げて構いませんでしょうか?」

「内容にもよりますが……、いくらでもどうぞ」

 ルーク様から同意をいただいたので、まずは『お願い』からしたいと思います。勿論、どちらも、一つずつです。


「敬語ではなく、普通にお話していただけたら嬉しいです」

 これが私の『お願い』です。


 私の願いが叶うと同時に、ルーク様の私に対する罪悪感を無くせる良案だと思ったのですが、ルーク様はパチパチと瞳を瞬いています。

 驚いていらっしゃるようですが、そんなにおかしなことを言ったでしょうか……?

 私は、ルーク様の口調がまた敬語に戻ってしまったことを寂しく思ったのですが……。


「……駄目でしょうか?」

「い、いや……駄目じゃないで――駄目じゃないけど、これが君の願い事なの?」

「はい。早速叶えて下さって、ありがとうございます」


 私なんかのお願いを聞いてくれる人は、ニンゲル国ではメリーだけだったので、不思議な気分です。


 それはルーク様がお優しい方だからなのでしょうか。


「質問の方ですが、差し支え無ければで結構です。あの……ルーク様がそうなってしまわれるのは、何らかのご病気が原因でしょうか?それとも…………いえ、何でもありません」


『私が不快な存在だからですか?』とは聞けませんでした。

 お願いも質問も一つずつと言ったのは私ですし、何よりもルーク様に肯定されてしまったら、立ち直れそうにない気がしたのです……。


「あー……これは病気とかではなく、あくまでも僕の心の問題かな」

 ルーク様は苦笑混じりにそう答えて下さいました。


 デロンと溶けて横に広がったルーク様の身体が、少しずつ中央に集まって固まっていきます。ルーク様はスライムの姿から人型に戻ろうとしているようです。


「ルーク様がよろしければ、そのままのお姿でも構いませんよ?」

「そのままって……スライムの?」

 プルンとした滴型のスライムになったルーク様は、キョトンと瞳を丸くしました。


「弾けたり、溶けたりするのは、何らかの原因によって人の姿を保てなくなるから……で、合っていますか?」

「恥ずかしいけど、そうだね」

「でしたら、私の前で無理をする必要はありませんわ」


 ソファーから立ち上がった私は、ルーク様の前で両膝を床に付きました。


「わっ!」

 両手でそっと抱き上げると、ルーク様は驚いた声を上げながら、ビクリと大きく身体を揺らしました。


「今のお姿のルーク様も可愛らしくて素敵ですもの」


 適度な重さとプルンとした弾力。

 すべすべとした滑らかな質感は、癖になりそうです。

 指先でツンツンと突いたり、頬擦りをしたい衝動に駆られます。


 ……とってもプニプニしたいです。


「ミ、ミリー!?」

 ルーク様の焦ったような声が聞こえました。


「…………!」

 いつの間にか、私はルーク様に頬擦りをしてしまっていたのです。


「も、も、申し訳ありません!」

 慌てて頬を離し、ソファーの上にそっとルーク様を下ろした私は、真っ赤に染まった顔を両手で覆いながら座りました。


 淑女として、とてもはしたない行為をしてしまいました。

 ……恥ずかしい。


「……いや、大丈夫」

 チラリとルーク様を盗み見ると、ほんのりピンク色に染まっているようにも見えるルーク様は、別な方を見ていらっしゃいました。


「……ミ、ミリーが嫌いとかじゃないから」

 こちらを向かずにではありますが、ルーク様は私を気遣ってなのか、すぐにフォローをしてくれました。


 ……やはりルーク様はとっても優しいお方ですわね。


 ルーク様と一緒にいるだけで、胸がギュッと苦しくなります。……ですが、不思議なことに少しも辛くはありません。


「……はい」

 私は頷きながら心臓の辺りをギュッと押さえました。


 今日初めて会ったばかりですが、国王夫妻も城で働く皆も……とても温かくて、優しいのです。

 先ほどお茶を用意してくれた侍女もにこやかに対応してくれただけでなく、メリーにも優しく気遣ってくれました。

 このままどうかメリーと仲良くしてくれると嬉しいのですが……。


 ライムース王国に来て、緊張したり、驚いたり、ときめいたり。

 久し振りに様々な音を奏でている心臓は、自分が生きているということを実感させてくれます。

 虐げられ、蔑まれ、嘲笑われて、心を殺して死んだように生きていたニンゲル国には、もう戻りたくない。


「ミリー」

 名前を呼ばれて顔を上げると、ルーク様は瞳をすごーく細めた状態で私を見ていました。


「ルーク様……?」

 どうして薄目なのでしょうか。


 首を傾げると、更に瞳が細くなりました。


「……気にしないで。これが今の僕の精一杯なんだ」

「分かりました」

 本当は何が何だか分かりませんが、素直に従います。


「ミリーはこの姿でも良いって言ってくれるけど、人型の僕の顔が見られなくても良いの?」

「……え?」

()()()()()()()()なんでしょう?」

「な、な、な……!?」


 何でそれをルーク様が知っていらっしゃるのでしょうか!?

 私……もしかして口に出してました?


 カーッとみるみる内に顔が真っ赤に染まっていくのが鏡を見なくても分かります。

 頬が熱い……。


「ふふふっ。内緒」

 頬を押える私に向かって、ルーク様は瞳を細めたままニヤリと笑います。


「僕だけ格好悪いところいっぱい見られたから、ね」

「ルーク様!?」


 片目を瞑ってウインクをしたルーク様は可愛けど、とても意地悪ですわ……!


「はははっ」

「待って下さい!」


 ――ピョンピョンと部屋の中を跳ね回るルーク様を捕まえようと頑張りましたが、全然捕まえられませんでした。


 くっ。自分の体力の無さが恨めしいですわ……!



「おやおや。子供達は元気だね」

「まあまあ。すっかり仲良くなって良かったですわね」


 淑女らしから私の行動でしたが、実は……扉の外側からそっと国王夫妻が微笑ましい顔で見守ってくれていたそうです。(メリー談)


 ――嫁ぎ先で、初日から色々とやらかしてしまいました。

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