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第3話

 ローズベルト侯爵家の次女として生を受けたわたくしは、この世に生まれた瞬間から、ライル・ソレイユ様の婚約者でした。


 ニンゲル国において『ソレイユ』を名乗れるのは王族だけ。

 ライル様は、ニンゲル国の第一王子――つまり私は、生まれながらに王太子妃候補だったのです。


 王族の特徴である太陽のように濃い金色の髪に、エメラルドのように光り輝く碧色の瞳。すっきりとした鼻梁に形の良い唇。

 ライル様はとても見目麗しい男性でした。


 社交的で、明るく優しい彼を慕う者は、男女を問わず。

 常に沢山の方々がライル様の周りを取り囲んでいるほどでした。



『お前は私の隣に立つな!必ず三歩以上は離れて歩け!』

『愚図でノロマな不細工のお前が、どうして私の婚約者なんだ!』

 ……しかし、ライル様は、私にだけ冷たい方でした。



 癖の強い金色の長い巻き毛に、つり上がった青い瞳。ツンとした可愛げのない顔。

 美人でも可愛くもない上に、愛想も悪い私との婚約が不本意だったのでしょう。


 王族という、何もかも恵まれた立場にいるのに、生涯を共にする予定の婚約者だけは、自分で選ぶことができなかったのですから……。


 せめてどんな形でもお役に立てればと、王妃教育を頑張ってきたのですが、頑張れば頑張るだけ、『お前如きが王太子妃になれると思っているのか!?』と……ライル様からの風当たりは更に強くなりました。


 婚約者だというのに、パーティーでエスコートをしてもらったこともなければ、一緒にダンスを踊ることなんて……夢のまた夢。

 私以外の方と楽しそうに踊るライル様のお姿に、何度涙を流したか分かりません……。


 それを国王ご夫妻は見て見ぬ振りでした。

 愛息が結婚前に可愛いわがままを言っているのだと、取り付く島もありませんでした。


 私は望んでこの容姿に生まれたわけではありません。

 それなのに、実の両親や兄姉達は『お前のせいだ』、『お前が悪い』と口を揃えて言います。


 綺麗でも可愛くないことも、ライル様に好かれないことも、エスコートしてもらえないことも……何もかもが私が悪いのだそうです。


『お前が不出来だからそうなったのだ』と。

 だから、『人の何十倍も努力しなさい』と言います。


 ……私だって、これでも頑張ってきたのです。


 毎日、朝早く起きて政治の勉強をし、王妃教育の合間には、少しでも不器量な顔が誤魔化せるような化粧の仕方を研究したり、流行のドレスの情報をいち早く取り入れたり、苦手な刺繍も練習して、深夜までまた勉強をしました。ダンスの特訓だって一日も欠かしたことはありません。


 寝る間も惜しんで頑張ってきたのに、それでも足りないと言われたら……私はどうしたら良いのでしょうか?

 言い訳をしようものなら、罵声や怒声が方々から飛んできます。


 こんな私が唯一安らげる場所。

 ――それは侍女のメリーの側だけでした。


 六歳の時にたまたま出掛けた先で、孤児だったメリーに助けを求められたのをきっかけに、私の専属侍女として邸に迎え入れました。

 家族には『どこの馬の骨ともしれない娘なんて!』と反対されましたが、これだけは絶対に譲りませんでした。


 ……私の味方がいない邸の中に、自分だけの味方をしてくれる人がずっと欲しかったのです。


 あれから、かれこれ十年来の付き合いになりますが、メリーは私の最大の理解者になってくれました。


 私にとってメリーは、本当の家族のような存在といっても過言ではありません。

 優しくて温かい。かけがえのない大切な人。

 ……メリーは私に恩を感じて、尽くしてくれているだけかもしれませんが……。


 メリーの側以外に、ニンゲル国にはどこにも私の居場所はありませんでした。

 常に気配を消して、隠れるように生活をしていました。


 陰口にも、嫌がらせにも慣れました。

 ……生き残る為には、心を殺して慣れるしかなかったのです。



 ――そして、()()()がやって来たのです。


「ミリアーナ・ローズベルク!貴様をこの場で断罪する」


 いつものようにひっそりとパーティーに参加していたはずの私が、気付けば会場の中心に立っていました。


「……ライル様?」

「ええい!忌々しい奴め!貴様に私の名前を呼ぶ資格はない!!」


 ……私には今の自分の置かれている状況が全く分かりませんでした。


 どうして、こんなにもライル様が激高しているのか。

 どうして、会場中から侮蔑的な視線を浴びせかけられているのか。

 ……どうして、婚約者でもないアンナ・イシモリ嬢が、公の場でライル様にぴったりと寄り添っているのか……も。


「相変わらず、勉学以外では使()()()()愚図だな!」

 ライル様は私を指差しながら舌打ちをしました。


 周囲からはクスクスという露骨な笑い声や失笑が聞こえ漏れてきます。


 公衆の面前で、何故こんなにも酷い仕打ちを受けなければならないのか……じわりと涙が滲みます。

 そんな私の態度に、ライル様はまた苛立ったようにチッと舌打ちをしました。


「……まあ、良い。それよりも貴様は、聖女であるアンナ嬢に対して、執拗な嫌がらせを繰り返したらしいな。大方、美しいアンナ嬢に嫉妬したからだろうが、未来の国母として有り得ない諸行だ!!」


「……え? お、お待ち下さい……!」

「貴様の言い訳など聞きたくもない!アンナ嬢から全て話は聞いている!」


「……ミリアーナ様は、私のドレスに飲み物をかけたり、足を引っかけて意地悪をするだけでは飽き足らずに、侍女から貰った大切なブローチまでも壊したのです」

「ああ……アンナ嬢。そんな酷いことをこの醜女にされたのか……。可哀想に」


 ライル様は私を睨み付けた後に、涙を浮かべるアンナ様を優しく抱き締めました。


「……ライル様」

 アンナ様はうっとりとしたように瞳を潤ませ、頬を赤く染めながらライル様の腕に抱かれています。


 ――この時に、私はようやく気付きました。……『嵌められた』のだと。


 ……何故ならば、アンナ様が私にされたと言ったことは、全て()()誰かにされたことだったからです。


 ドレスに飲み物をかけられたのも、足を引っかけられて転んだことも、侍女メリーが作ってくれた大切なブローチを壊されたことも……アンナ様の仕業によるものだったようです。


 どうしてこんなことを――――なんて、理由は明白ですわね。


 ニンゲル国を救うために召喚された聖女のアンナ様は、愛想もなければ可愛くもない私が、ライル様の婚約者であることを気に入らなかったから、こんなにも酷いことをしたのでしょう……。


 アンナ様の豊満な胸を押し付けられて、デレデレとだらしのない笑みを浮かべているライル様は、既にアンナ様に骨抜きにされている様子です。


 ……ライル様が大嫌いな私がこれ以上何を言おうとも、聞くつもりすらないでしょう。

 信じる、信じない、以前の問題です。


「私はミリアーナ・ローズベルクとの婚約を破棄し、アンナ・イシモリ嬢との結婚をこの場で宣言する!!」

「ライル様!」


 ライル様の宣言にアンナ様はにこやかにほほえみ、会場中が歓声と拍手に包み込まれました。

 完全に悪者にされた私は、涙を流さないように堪えながら、会場から逃げることしかできませんでした。


 その際に、ライル様に抱かれたアンナ様が私に向かって呟いた言葉が『悪役令嬢は断罪されるために存在するのよ』でした。


 悪役令嬢なんて言葉は知らないはずなのに、何故か納得しまいました。

 ああ、私は『悪役』令嬢なのだと。

 だから、みんなから嫌われて疎まれるのだと……。


 ――その後。

 ライル様との婚約を破棄された私は、辺境の地にあるスライム達の住む国『ライムース王国』の第一王子であるルーク様との結婚を命じられました。


 他国の王族に嫁ぐ栄誉という名目での……ただ厄介払いです。

 ライル様が、聖女と結婚するためには、私の存在が邪魔だったのでしょう。

 辺境の地にあるというのも()()()()という醜聞を捨てるには、都合が良かったのです。


 家族には『一族の恥晒しは、二度とニンゲル国の地を踏むな』と厳命されました。


 ……つまり、私にはもう帰る場所がないのです。


 祖国から捨てられた私と一緒に、ライムース王国に来ることになってしまったメリーには、心から申し訳ないと思っています。

 大切なメリーを守る為に私にできることは、ライムース王国内で上手く立ち回ることのみ……。


 覚悟を決めた私は、深呼吸をしてから、国王ご夫妻と旦那様となるお方の待つ謁見の間に入りました。 

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