凪の世界?
(な……に……!?)
自分の運転していたエンジン音とは違う、高回転の音で面食らう。
それと同時に、結月は今まで感じたことない重力で必死になって「へばりつく」状態になる。外の景色は……壁が迫りくると思うと、ギリギリで隣を流れていく。
最初はビックリしすぎて言葉を失った。しかし、少しするとその重力に慣れてくる。恐怖の中に何かしら芽生えてくる高揚感に気づき始めていた。
(凪兄は……この世界を求めていたの!?)
それは想像したことのない、スピードの世界。生死が一体の空間。
ふっと運転席の玲央を見る。
彼はギアをチェンジしながら、ニヤリと微笑んでいた。
その横顔にドキッと心臓が脈打つ。
(あれ? なんだろう……)
その不思議な感覚は、その後もずっと結月に憑りついていた。
峠から下り切ると、峠入り口にある路肩にハザードをつけて停めた。
「ちょっとやり過ぎたか」と放心状態の結月を見ながら、玲央は「やっちまった」と反省していた。
しかし、結月から返ってきた答えは予想と違うものだった。
「凄いですね! こんな世界だったんですか!」
結月は凄く嬉しそうな表情をしている。一瞬拍子抜けして、その後玲央はついつい笑ってしまった。
「ごめんね、怖かった?」
「怖かったは事実ですが……でもなんとなく兄が惹かれた理由が分かった気がします」
笑顔で答える結月だったが、手や足はガクガク震えていた。心と身体が伴っていないようである。そのアンバランスに玲央は正直に「可愛いな」と感じた。
ついつい、結月の頭を無意識でナデナデしていた。
ビクッ!と結月が反応して真っ赤になっている。その反応も玲央にとっては「可愛い」反応だった。
でも結月の口から出た言葉は、玲央の予想を反した。
「私もそんな世界が見られるように頑張ります!」
(え?)
玲央は硬直する。頑張ると聞こえたのは空耳ではなかった。
(まてまてまてまてまてまて、今までに死にかけたと言っていたぞ)
その発言を思い出す。たぶん自己流で頑張っているんだろうが……今までは「運が良かった」だけかもしれない。
玲央は結月をじーっと見つめた。「なんですか?」という感じで結月が玲央を見ている。
ハンドル額を当てて黙り込む。
「とりあえず、展望台に戻るよ」
と気持ちを切り替えるかのように、もと来た道をゆっくり戻り始めた。
「もう帰る?」展望台で降りた結月に玲央は尋ねた。
「今日はたくさん体験できたし……日中は大学があるので、帰ります。」
空は仄かに明るくなってきている。夜明けが近いことを物語っていた。
凪のクルマを見て、ふっと玲央は興味が湧いた。
「結月ちゃん、俺も帰るから走り見せてよ、後ろついて行くから」
「良いですよー」
結月の走りを見て、玲央は今後を考えようと思ったのだ。