久しぶりの感触
「兄の嬉しそうに語っていた世界が見たいと思ったんです。でも私運転下手だし、何がそんなに兄を魅了していたのかまだ分かんなくて……」
少し寂しそうにそう告げる。
「あ、でもなんとなく車を走らせていると、感覚は『楽しい』って思えます。この延長なのかなぁと」
結月は困った顔をしてそう答えた。
玲央はもう走らないつもりだった。
バカやっていた相方は先に逝ってしまった。もう走る意味が見いだせずに自分のGT-Rは封印してしまった。それでも走り屋の未練はあるのか、買ってしまったのが今のAZ-1である。
未練はあっても、ここを走る気にはならなかった。
あの頃は……玲央と凪はモノトーンセットと言われる常連だった。走ることが好きで、二人して走っていたら、いつの間にか「レジェンド」と言われるようになっていた。
自分ではそんな気は全くない。だから、玲央も凪も他の奴とは「バトル」しなかった。ただ、追いかけてくるやつらはたくさんいたのを知っている。お互い抜かれたのは互いに玲央と凪の二人だった。
「結月ちゃんは、凪の体感していた世界が知りたいのかい?」
玲央は静かに結月を見た。何も言わず、頷く結月。
「そっかー」
しばし、玲央は考え込む。結月を見ていると凪の面影が重なった。
「仕方ない。凪の代わりに俺が見せてやるよ」
そう言って手を差し出した。鍵を出せという合図である。
結月の顔が明るく輝いた感じに見えた。そんな結月を見て、玲央は静かに微笑んだ。
「結月ちゃんは絶叫系のアトラクションは大丈夫な人?」
運転席に座り、ベルトを締める。玲央にとって四点式のシートベルトなんて久しぶりだった。
(凪のFDだからそこまで無茶はできんが……)
足元の感覚を確かめる。
久しぶりの心地よい足元のペダル重さが伝わってきた。
軽くアクセルを踏むと、昔のあの記憶が思い出される。
「私絶叫系得意ではないんですけど……でもこのクルマで何回か死にかけたから大丈夫かも」
その返答には玲央は予測していなかった。
(おい……今死にかけたとか言ったよな)
青くなりながら、結月の方を向く。助手席の結月は満面の笑みだった。
「オイオイ」と呟くようにツッコミながら、クルマを発進させる。駐車場の出口へ向かって動き出して言った。
「軽くだけどな。さて、見せてあげるよ。凪の走っていた世界を」
そして、駐車場の出口でエンジンの回転数を上げる。
「いくよ」
その言葉と、発進は同時だった。