片割れ
「また寝てる」
コツンと頭を日葵が突く。結月が「んー」と言いながら上体を起こした。
気が付くと講義は終わっていた。
「あ! また終わってる!」
「いや、またではなく最近はほとんどだよ」
呆れ顔で日葵が結月の顔を覗き込んだ。
「最近は早朝に走りに行ってるんでしょ?」
「何で知ってるの」
「あんな早朝のエンジン音、すぐわかるよ!」
そう言われてぐうの音も出ない。結月は素直に「すみません」と謝った。
「で、なんで早朝にしたの?」
日葵は結月の向かいに座った。
ちょっと考えていたが……「怖いから」と呟く。
「何それ? お化けとか出るの?」
「違う違う! そうじゃなくて……なんか日に日にクルマ増えてる気がするの。あの展望台にだんだんうるさい車増えていくし、男の人がこっち見てたりすると怖いもん」
展望台が、あの時間は空いているのは日葵も知っていたから、驚きだった。
「それは、……その考えは間違ってない」
と唸るように日葵が呟く。
「あそこは夜中には走り屋が屯するのは知っていたけど……夕方なら大丈夫だと思ってたんだけどなぁ」
日葵が記憶の糸を手繰り寄せるように考えている。私もそれには同感だった。
凪は夜中にでかけていたが、それは「男の人」だからであった。その勇気はさすがに結月一人にはなかった。そんな兄の世界の見てみたい衝動はあるが……背に腹は代えられない。
「だから早朝にしたんだよ。流石に朝なら居ないもん」
そう言うと、欠伸を抑えつつ結月は日葵と家路へついた。
❖ ❖ ❖ ❖
もう午前様は軽く過ぎていた。友人である大樹の深夜業務が終わるのを待っていたらその時間となったのだ。
「で、噂の真偽はどうなんだ?」
夏目玲央はファミレスでコーヒー飲みながら、今着いた大樹に問いかける。
大樹は「待て待て」というと、カバンを置いてタッチパネルのメニューを覗き込んだ。同じくドリンクを頼むと、アイスコーヒーをカウンターから持ってくる。それを飲んで一息ついた。
「オレも確かに見た。あれは杠葉のFDだ」
「でも……凪は死んだ。今更なんで走っているんだ? クルマを売ったという事か?」
玲央は少し苛立ちを隠しきれず、吐き出すように呟く。
「いや違う。乗っていたのは『女』だ」
それを聞いて、玲央の動きが止まった。
「まてよ、確か……凪には妹がいなかったか?」
思い出すかのように考え込む。
(あれは……葬式の時だ。あの泣きじゃくっていた子か)
葬儀の時、玲央も参列していた。詳しくは覚えていないが、酷く泣きじゃくっていたセーラー服の女の子の記憶は、なぜか鮮明に覚えていたのだ。
「オレも確認したわけじゃない。声を掛けようにも展望台でクルマから出てこないでトンボ帰りしてしまうんだから」
そういうと、2杯目を取りに行っている。
玲央もその線が濃いのは実感していた。しかし、あの凪のマシンを女の子が乗れるのか……その疑問は拭え切れていなかった。
「何時いったら会えるんだ? 噂の夕方の時間か?」
ちょっと焦るかのように玲央が訪ねる。
「いや、その時間には今はいない。いつ会えるか最近は知らないんだよ。ある日から来なくなった」
「でも……」大樹はプッと笑う。
「あれは杠葉の運転とは思えない代物だ。別人なのは確かだな」
そう言って笑っていた。
「そりゃあ、妹だと仮定して……あいつのあのマシンだぜ。乗りこなせたら奇跡だよ」
呆れたように吐き捨てる。「そりゃそーだ」という返事が返ってきたが、上の空だった。
「俺もちょっと久しぶりに行ってみるかな」
何気に玲央が呟く。
「まじか! あのスカイラインR34GT-R復活かよ!」
大樹は酷く驚いたように喰い付いてきた。それに対して「ハズレ」と付け加えた。
「俺はもうアレは出さない」
寂しそうな笑顔で答える。
「でも、手放す気もないんだろ。そろそろ弔い戦もしたいし、お前も……」
と言いかけて、言葉を止める。それ以上は言っても仕方のない「事実」があるのみだったのを、大樹は知っていたからだ。
「いいぜ、俺のガルウィングちゃんでな」
玲央はニヤリと笑いながら、ウィンドウ前に駐車してある軽自動車を指した。そこには、チョロQのように小さい軽自動車が止まっている。
「そりゃーAZ-1でもお前なら早いだろうさ! でもそれでもこれは軽四!」
ちょっとイラっとした口調で吐き出す。
「いやぁ~軽四も楽しいよ?」
とにこにこしながら玲央は答えていた。
「なぁ、『これなら大丈夫』なのか?」
心配そうに大樹は玲央に尋ねる。
「まぁな、実際全開で走ることないし、あれから峠にも行っていない。まぁ今まで何もなかったさ」
と涼しい顔で答える。
でも少しだけ考えている様子だった。
「今は何時だ?」
「3時になるぐらいだな」
大樹が腕時計を見ながら返答した。
「これから久しぶりに覗いてみようかな」
玲央は真っ暗な外を眺めて、外の街灯を見ながら玲央が独り言のように呟いていた。