兄の通っていた〝峠〟
数ヶ月、父親に手伝ってもらい、広場で練習して……筋トレもして……なんとか結月は「街乗り」できるようになっていた。たまにエンストさせてしまうのはご愛敬、と気にせず乗っている。普段は父親が隣で指導していたので、乗るのは夜が多かった。
父親に「うん、そろそろ一人でも大丈夫じゃないか」とお墨付きをもらうことができ、結月は峠に行く計画を立ててみた。
「本当に大丈夫なの? あのクルマ運転できるの?」
日葵は心配だった。
「大丈夫! でもぉ……日葵、付いて来てよぉ」
弱気になって、懇願する。一人で行くのは勇気が必要だった。
「まぁ、行くだけなら全然大丈夫だけど――、私AT限定免許だから運転できないからね」
と釘を刺される。
「分かってるって~最初はドライブ程度だから」
そういうと、決行は今夜! と申し合わせて、お互いの家に戻って行った。
峠までの行きはなんてことなかった。
暗くなりかけた早目の時間に峠の頂上の展望台に着く。日葵は「乗り心地は最悪だったのね」と正直な感想を結月に告げていた。でも外灯しかない駐車場は静かで居心地が良かった。
「これが凪兄の世界なのかしら……」
結月は不思議に思って日葵に聞いてみる。「え? それはわかんない」と日葵は首を横に振った。
帰り道、ちょっと結月はアクセルを踏んでみた。「ちょっ! 何やってんのよ! それダメ」と隣で日葵が真っ青になっている。少し踏んだだけだったが、結月はちょっとした感覚を「楽しい」と認識していた。
家に着いて、「もー私はパス……」とゲッソリしながら日葵は家へ帰っていった。
それから、学校終わって夕食の間まで、結月は峠で走っていた。ここは、旧道となってからは走る車もほぼいない。夕方でも気軽に走ることができた。
(それにしても……こいつはいうこと聞いてくれない!)
と結月は運転の「壁」にぶつかっていた。
ちょっと機嫌よくアクセル踏むと、後ろのタイヤが滑る感覚がある。そしたらもう止まらない。何回「あ、私死ぬかも」と対向車線に突っ込んでくことが何回かあった。
それでも……乗れる日は兄のクルマを走らせ続けていた。
「違和感」に気づいたのはいつだろう。
気が付くと、自分の周りでスポーツカーを見るようになった気がした。
実際煽られることもあるが……結月はかなり集中して走っているので、気にならなかった。
展望台にも……今まで一台もなかったクルマが、自分が行くと一つまた一つと停車数が増えている事実に、ある日気が付いた。
なんか男の人が展望台にチラホラ居ることが多くなり……結月は展望台で車外に出ることは止めた。
屯している男性陣がじーっとこちらを見ているのが、気持ち悪いというか「怖かった」からだ。
結月は知らなかった。
〝片割れのFDが戻ってきた〟という巷の噂を。
その噂を確かめたい人が日に日に増えていたことを。
噂を突き止めたいその中に〝もう一人の片割れ〟もいたことに。