兄のクルマ、再始動
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結月は家の「開かずのシャッター」を開けた。そこには埃まみれになっていた兄の愛車「RX-7」が眠っている。流線形が綺麗な黒のFD3Sという車種だった。
「某アニメでは黄色だったわよねぇ」
と皮肉を言う結月の顔は嬉しそうだった。
「たぶん、メンテナンスしないとダメだぞ」
と隣で父親が埃を払いながら説明する。確かにエンジンはかからなかった。
「お父さんの知り合いの工場に入れるから、それが終わってからだな、乗るのは。しかし、このままだとたぶん乗りこなすのは難しいぞ。できるところはノーマルに戻すか……」
という父親の言葉を結月は遮る。
「ううん、『このまま』がいいの。このまま乗れるようにして」
それは結月の「決断」だった。兄の意思を乗せて走りたいという、思いがそこにはあった。
「わかったわかった。まぁやってみなさい」
父親はそう言うと、家に戻りながら携帯で電話をかけ始めていた。
「今日は何かご機嫌じゃん!」
幼なじみの日向日葵は嬉しそうに結月の頬を突いた。
「あのねーっ! 今日凪兄のクルマが戻ってくるの!」
結月は満面の笑みで答える。それは待ちに待った日なのであった。
「お兄さんのクルマ復活するんだぁ」
日葵も感慨深げに呟く。日葵にもあの日の出来事は衝撃であった。兄弟のように育った凪の死は日葵にも大きな傷を負わせていた。
「なんか久しぶりじゃない? あの爆音」
日葵はクルマを思い出し懐かしむ。
「そうだねぇ、あれはなかなか騒音だよね」
苦笑しながらも嬉しさは隠せないかのように、結月は微笑んだ。
それでも……あの音がまた聞けるのは嬉しい限りだと思った。兄が帰ってくるような、そんな心境だった。
大学が終わり、帰り道。
家に近づくにつれて、結月の鼓動は高鳴っていった。兄が「おかえり」と言ってくれそうな、そんな期待さえ持っていた。
角を曲がって、家の前へダッシュする。それはもともと居るかのように置いてあった。
「ただいまぁ」
嬉しくて、つい撫でてしまう。
黒のRX-7は家に帰ってきていた。
「おかえり」と父親が玄関から出てくる。
「もう戻っているぞ」というと、鍵を見せてくれた。それはクルマのキーだった。
「セル回すの久しぶりかもなぁ」
父親が、エンジンをかける。最近はボタンを押すと、エンジンがかかる車に乗っていた父親なのでちょっともたついている。
「こんなにうるさかったっけ!?」
結月は耳を抑えながら、かかったエンジン音にびっくりして父親と顔を見合わせた。父親も同じことを考えていたのだろう、目が合い二人が大爆笑する。
その声は、エンジン音でかき消されていた。
早速、運転しようと結月は思った。「乗っていい?」と聞くと、父親は「大丈夫か?」と心配する。
「大丈夫、MT免許持ってるから!」と、運転席に乗り込んだ。
(あれ……足届かない?)
座席を前に出して、最大に出してクラッチペダルを踏む。フルバケットシートは、ノーマルシートより余計に深く座る仕様なこともあり、足はなんとか届くか程度。特にこのシートは「足が届きにくい」状態だった。
よって、結月の姿勢は半分「寝た状態」となっていた。
「ほら、だから言っただろ」
笑いながら父親がクッションも持ち出して、結月の背中に入れる。
それでなんとか「乗れる」体制になった。
すると次は次で問題が起きる。
「このペダル壊れてる? 踏み込みにくいんだけど」
クラッチペダルを「うぐぐぐぐぐぅぅぅぅぅ」と踏み込み、結月が唸る。
「それは、強化クラッチだから重いんだよ。だからノーマルにしようって言ったのに」
父親は笑いながら「やれやれ」と結月の肩をぽんぽん叩いた。
結月のセカンドドライバー計画は、最初から難易度マックスだった。