凪が笑っていた世界
さんーっ! にーっ! いちーっ! ゴォォォォォォォォォォォォォォォォッ!
結月は初めて見ただろう。玲央の走りを。前乗せてくれたものとソレは違っていた。
特訓をしてもらったお陰で、走りの凄さがわかる。後続のインプレッサなど気にならなくなっていた。
ただ、「変化」は中盤から見え始めていた。
感覚の位置が違う感じがしていた。最初は結月の勘違いかと思っていたが……ソレが顕著に表れたのは、あるコーナーのブレーキングだった。
あからさまにオーバースピードだと思い無意識に「玲央! ダメーッ」って叫ぶ。
我に返ったのか、ハッとした表情になる。寸でのところで壁がサイドガラスの外をスライトしていった。
「玲央さん……私傍に居るから! ずっと傍にいるから!」
その言葉にびっくりして玲央は横目で助手席を見た。前を向いているが、真っ赤になってシートベルトを掴んでいる結月の姿が玲央の脳裏に焼き付く。
「それ、約束な」
ニヤリと微笑むと玲央のアクセルワークは一段階上のレベルへ上がっていった。
――スイッチの入ったこのクルマに追随できるクルマはもうなかった。
「お前、俺の奴隷な」
ニヤニヤしながら、腕組みをし、仁王立ちをした玲央は奏多を見下ろす。スーツ姿が様になっていてさらに滑稽だった。
奏多は正座させられていた。周りのギャラリーは笑いをこらえているが、こらえきれていない。各所で噴き出すことが聞こえていた。
真っ赤になって必死に羞恥心と戦っている奏多が少し可哀そうなくらいである。
「あと、結月の練習時はココへ来るな」
と付け加えていた。ある意味俺様発言である。
結月はハラハラしながら見ていたが、大樹が「ココの名物なんだよ、負けた奴の正座は」とコッソリ教えてくれた。だからか余計に途中から可笑しくて笑っていた。
「くっそ! 首洗って待っとけよ!」と捨て台詞を吐いて大急ぎで帰っていく奏多も滑稽だった。
凪兄は――こんな世界の中に居たんだね。
凪兄は――いつもこんな風に笑っていたんだね。
祭りの後、展望台は静かだった。大樹は傍にいた友人に乗せて帰ると玲央に告げた。
耳元で「一つ借りな」と付け加えるとさっさと帰ってしまった。