死の境界線
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<おまえどーすんだよ! 小早川、いたるところで自慢しまくってるぞ>
玲央は携帯を耳から話して「はいはい」とカラ返事をした。
「だって仕方ないじゃん。結月が喧嘩買うからさぁ」
ため息交じりに告げる。
<あいつのことだぞ、凪の妹が『自分の女になった』とか言いかねない勢いなの分かってんのか!>
その言葉にムッとする。
「何とか回避させるさ」
<ってどーするんだよ。今から特訓とか付け焼き刃でしかない>
その言葉で黙り込んでしまった。確かにどれだけ特訓しても無理である。無理をすれば死を意味する世界である。
小早川のメッセージで今週末ということは決まった。もう後がない。
「最悪、俺がAZ-1で走る……」
<チョロQでか! アホかお前は!>
玲央の提案はかき消されてしまった。牛と馬とでスタート状態である。
「でも下りならいける!」
<それ……本気で行ってるのか?>
まだ可能性はあるが、それでもほぼ無謀な賭けだった。
「俺が何とかするよ……もう失いたくない」
その言葉が自分から発して自分に刺さる。玲央は苦笑した。
凪を亡くしてからの喪失感は本当に凄まじいものだった。生きていた時には思っていなかったが、繋がりは深かったことを思い知らされた。
死んだ訃報を聞いてから、玲央には虚無感しかなかった。
大樹との通話を切ってから一度、玲央は1人で峠を走ってみた。
しかし軽自動車の限界を感じる。無理だと悟った。
「仕方ない……」
玲央は覚悟を決めた。
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大学の前で結月を待っている人がいると人伝に聞いて、結月は正門の辺りをキョロキョロしていた。
その行動に気づいたのか、男の人が手を振る。結月が知らない人だった。
「オレは玲央の友達で吾妻大樹って言うんだ。ちょっと時間貰ってもいい?」
そう言われて、大学傍のカフェを指さしていた。
「結月ちゃんは今週末は走ろう……とか思っているの?」
オーダーが終わるとすぐに大樹は切り出してきた。
「はい……私が買ってしまった問題ごとですし……」
結月は泣きそうな顔で答える。本当は「前言撤回」を今にでもしたかったのだ。しかし、それは許してくれないことは……何となく感づいていた。
「あいつが……玲央が走るのやめた理由知ってる?」
唐突に聞かれて面食らう。そんな理由は聞いたこともなかった。
「走るのやめた……もう走っていないのですか?」
そう聞き返す。確かに玲央が走っているところは見たことがない。彼のクルマは軽自動車だと思っていた。
「凪が生きていたときはね、あいつら親友同士だったし、ライバルだったんだよ。二人で白と黒のクルマ走らせて……モノトーンセットってあだ名されていたんだ。凪が急に逝ってから、玲央のクルマは封印させたんだよ。凪の死後、あいつは『死への恐怖』が無くなったんだ」
そう言うと、大樹は悲しい笑顔になった。
「それがどういう意味かは今の結月ちゃんならわかるよね」
結月は何となく理解した。
死を怖がらない……それは限界の線引きが無くなってしまう事。
死すら厭わない走りをしてしまうという意味だった。