ここに留まる理由
「あーいいこと思いついた。お前オレのペットになる、な。夏目もセットで従属関係」
そこまで言うと3人で大爆笑していた。完全にバカにされているのは理解できる。
「おい! お前な!」
「……逃げるなよ」
言葉を遮るように玲央の耳元で囁くと、肩をポンポン叩いて車に乗り込み去って行く。
結月は涙目になって唇を噛みしめた。自分のことより兄の悪口がどうしても許せない自分がいた。
「私絶対勝つっ!」
結月は玲央に向かって叫んだ。しかし、玲央は複雑な表情をしている。しばし考え込んでから、首を横に振る。
結月の顔を見ながら涙を拭った。
「あいつはアホだけど、そこそこ走れるヤツだぞ? 今の結月では勝てない。無理だ」
「そんなっ! あんな言われ方して……私……」
結月の涙は止まらない。玲央も何とかしてやりたかったが、この勝負は最初から分が悪い。しかし、不戦勝では一生あいつらのオモチャになってしまう。玲央はもうこの走るというレールから離脱した人間だからいいが……、結月に何かしら問題が起きるのを見過ごすことはできなかった。
(この子は凪のFDを復活させてくれた。もう見ることもないと思っていたのを……)
「結月はこのクルマをどうしたいんだ? もう楽しむ程度には走れていると思う。これ以上この場所に執着する必要があるのか?」
「自分はなぜここにいるの?」と自問する。その返答を結月は出せなかった。
❖ ❖ ❖ ❖
大学の講堂で、結月は顔を伏せて大きなため息をついた。
「ひーまーりー、大変なことになっちゃった」
その言葉を聞いて日葵はギョッとした表情で振り返る。
「何やらかしたの?」
「走る目的がわかんなくなっちゃった」
はいはい、と隣に座ると、日葵は頬杖をしながら結月を眺めていた。
「今更どうしたっていうのよ」
「だって……」結月の表情は暗かった。
「改めて玲央さんに『なんでまだここにいる?』って聞かれて、答え無くしちゃった」
そ顔だけ横向きで日葵を見てそう答える。
「凪さんの世界を見たい! っていってたじゃない。違う理由があるの?」
それを聞かれて、結月は考える。なぜ自分は毎日欠かさず峠に出向いたのか……
その時、顔が近かった玲央のことを思い出す。急にそんなシーンが思い出され真っ赤になってしまった。それを見逃す日葵ではない。
「ふふーん、目的が『すり替わっていた』だけじゃないの?」
ニヤニヤしながら結月はを見た。
「最近の結月はクルマと玲央さんの話ばかりじゃん。そんなに気になるのー?」
「あ、いや、そんなことない! そんなことないよ」
慌てて言いつくろうが日葵のにやけ顔は止まらなかった。
「素直になったらいいんじゃない?」
日葵は結月の背中を叩いた。
急に刺激が来て、結月はビクッとなってしまう。
「ぶっちゃけどうなのよ、玲央さんとは」
「……凪兄のお友達よ。そして私に車を教えてくれる人」
「それだけ?」
「…………」
結月は戸惑ってしまった。知ってはいけないパンドラの箱を開けた気分である。
「ちゃんと答えは出てるじゃん」
「でも……」
と経緯を説明する。「はぁっ!?」と一瞬叫んで、口元を抑えると、日葵は座りなおすが憤りを隠しきれなかった。
「なにそれ! そんな無謀な約束したの!?」
「だって……売り言葉に買い言葉で……」
結月は反省する。やはりこれは無謀なことだったのだ。
「玲央さんにも迷惑かけちゃうし……」
「そりゃそーよねー、勝たないと下僕とかなんの羞恥プレイよ!」
そこまで言って日葵はため息をつく。
「どーやっても詰んでるのは結月よ」
それは分かっていたことだったが、改めて言われるとかなりへこんでしまっていた。