短編 「聖女様」と駆け落ちさせられた僕に未来はあるのだろうか?
「私はハワードヘイズだ」
「お待ちしておりました。ハワード様。お部屋は六二一号室でございます。こちらが鍵でございます」
「ありがとう。ハンス。六二一号室だ」
「……」
僕は「聖女様」の荷物を持って六二一号室に向かう。たぶん今頃、「聖女様」の屋敷は大騒ぎになっていると思う。執事見習いと「聖女様」が駆け落ちしたのだから。
「ハンス、荷物はそこに置いて。やっと私は解放された」
僕は指名手配される。聖女様誘拐で、捕まれば刑務所に行く。
「あのう、聖女様、僕はどうすれば良いのでしょうか?」
「ハンス、私が聖女にみえるのか?」
「いえ、どう見ても壮年の男性です」
「そうか、壮年の男性か。長かった。三十数年間、聖女にされてから……」
「あのう、僕は……」
「屋敷に戻れ。荷物を持って馬車を用意するように言われて、馬車で待っていたら聖女様が馬車に乗って来たので言われた通り、公園に行ったっら、聖女様がそこで降りて戻ってこなかったと言えば良い」
「僕が屋敷に戻っても良いのでしょうか?」
「私に問題ない」
僕が屋敷に戻る。警察を呼ばれる。誘拐犯の一味として尋問される。結果、一生刑務所での生活。
僕は「聖女様」から荷物を用意するよう言われ、荷物を馬車の中に入れるように言われただけ。指示があるまで、馬車の御者台で待機するように言われただけなのに。
「あのう、あなた様をどうお呼びすれば良いのでしょうか?」
「ハワードで良いが……」
「あのう、ハワードさんとご一緒というのでは、ダメでしょうか? できれば「聖女様」と駆け落ちしていると思われたいので……」
「ハンス、お前は賢いぞ。駆け落ちした聖女は外聞が悪くて公表できない。聖女は自由を求めて束縛するハンスから逃げ出した」
なぜ、僕が聖女を束縛する男なのか意味がわからない。聖女が僕を利用して逃げ出したとはなぜならないのか? 僕は聖女に騙された可哀想な男ってストーリーはないのだろうか。実際、騙されただけなのに。
「素晴らしい。タブロイド新聞のゴシップネタにピッタリだ」
「ハワードさん、これからどうされるのですか?」
「医者のいない地域をまわって、人々の病気を癒す。私の能力はそのためのもの。王侯貴族連中の病を癒すだけのスキルではない」
「ハワードさん、多くの貧しい人たちを癒されていたと思いますけど」
「年に一度、聖女の日に、お金を寄付した選ばれた「貧民」たちにな。あれはコスプレのやらせだ。どこの世界にオートクチュールの貧民服を着た貧民がいるのかね!」
「ハンス君、君は屋敷には戻らないのかね」
「はい、どう考えてもその選択肢はありません」
「そうか、では私の荷物持ち兼マネージャーとして私が雇う。それで良いかね」
「ありがとうございます。僕にはその選択肢しかないように思います」
「ハンス君、私はお金儲けにはまったく興味がないので、かなり苦しい生活になるし、定住は今のところ考えてないので、君、家庭が持てないかもしれんぞ」
指名手配の執事見習いに家庭は持てないと思う。
「僕の将来のことはおいおい考えます」
「ハンス君、サンドウィッチが良いか? それともベーコンマフィンが良いかね?」
「ハワードさん、僕が買ってきます。ハワードさんは僕の雇い主ですから」
「君は聖女と駆け落ち中だからここで待機だ。身分証が必要だね。荷物の中にお貴族様のパスポートが入っているはず。探してみてほしい」
「ハワードさん、これですか? サートーマス伯爵と書かれたパスポート」
「そう、もし私が外出中に警察が部屋を改めにきたら、それを見せれば、一度は帰るはずだ」
「ハワード様、警察の方が部屋を見せてほしいとこられています。開けてもらえますか?」
「あなたが、ハワードさんですか? で、こちらの方は?」
「はい、私がハワードです。こっちは友人のトーマス伯爵ですが。なにか?」
「申し訳ございません。極秘捜査ですので……」
警察官は僕をじっと見ている。
「トーマス伯爵はなぜ執事の服装をされているのでしょうか?」
「屋敷を抜け出して遊ぶためです。お貴族様の服装だと行けない場所に行く予定なので」
「お気を付けてくださいね。危険と隣合わせですから。何かあれば警察まで、極秘で捜査しますから」
そういうと警察官は部屋から出て行った。
「警察に手を回しましたか? メイド長のマーサの叔父は確か警察の偉いさんだったから、その線でしょうね。まあ、正式な捜索願は出ていません。ハンス君、安心してください」
僕の心臓がバクバク音を鳴らしている。思わず自首しようかと思った。
「で、ハンス君、サンドウィッチとベーコンマヒィンどっちが良い?」
「マスタードはあり、それともなし、ケチャップはどうかな」
「ベーコンマヒィンで、全部ありでお願いします。ハワードさん、ここを出なくて良いんですか?」
「今、いなくなったら、怪しまれます。予定通り二泊三日、ここで過ごします。ハンス君の服装ですが、私が適当に買ってきますね。執事見習いのその服は、このホテルを出てから処分しましょう」
翌日、ハワードさんは食事を買いに外出をした。紙袋と新聞を持って部屋に戻ってきた。
「ハンス君、君のことが新聞に載っているよ」
ハワードさんが僕に新聞を見せてた。「聖女、恋の逃避行! 美少年執事と」
「これは私の若い頃の写真だ。なかなかの美少女だろう」
僕は絵姿だ。誰だろうこの少年は? 瞳の中に星がキラキラしている。
「私は恋に生き、恋に殉じます。これは私が侍女たちのために書いた物語の一節だ。なかなか良い感じでまとめてあるね」
僕は安心した。これでホテルの部屋で籠る生活は終わった。
すみません。致命的なミスをしていました。訂正しました。m(_ _)m