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ほうれん草? 違います、ホウ・レン・ソウです

「先生、おはようございます」


「おぉ、おはよう?」


 休み明けの月曜。入学式以来愛用している学校指定のカッターシャツとスカートと上履きに身を包み廊下を歩く教師に一声掛けるも疑問系で挨拶を返される。

 こちらはきちんと言葉を投げているのなぜか気味悪がられているのが気にくわないけど教室は目の前。


 日曜日は曇って本日も快晴とはいえず、空はどんより。けど、こういった天気の方が風通りもいいので窓際属の私にはとても大変有意義とも言える1日になりそうだ。


「おはよう~旭川。まっ、挨拶したところで返事が返ってくるわけーー」


「うん、おはよ」


「えっ!?」


「どうしたの? 急にビックリしちゃって」


「いやぁ~、まさかあんたから反応が返ってくるとは思わなかったからちょっと驚いちゃったわ」 


 陽子さんと初のお出かけを済ませて以来最近妙に私のことを怪しんでいるのかクラスメイトの雰囲気が若干おかしい。

 私は普通に挨拶をされたから返しているだけに過ぎない。まるで今まで口を聞いていなかったみたいじゃないか。


 声のボリュームを若干上げるようにしたから思わず驚いてしまったという可能性があるのかも。


 前まで自信なくて挨拶を返したとしても声量が小さすぎたからよく喋りかけてくる梨奈以外無視されたと誤解されてしまったわけで。

 これからはもっと自信を持ってハキハキと喋れるようにしなくちゃ。


「驚かせちゃってごめん。次から気をつけるよ」


「いや、全然気にしてないから気にするな」


「良かったぁ」


「けどな、その変わりようなんか引っ掛かるんだよなぁ……はっ、まさかあんた!!」


 男顔負けのビジュアルを誇るクラスメイトが顔を近づける。距離を詰められたところで私に答えられることなんてないと思うんだけど。


「彼氏でも出来たのか? こんな女子しかいない学校で!! うはぁ! すげぇ、マジで!」


 勝手に感動しているところで水を差すようだが、私に彼氏という概念は存在しない。


 男性には苦手意識があるので作ろうにもまずはコミュニケーションから改善していかないと難しいと思う。


 女子とならどうにかやっていこうかなと前向きな気持ちで接しようと心掛けはいるのだけれど……この盛り上がりようでは納得させるのは難しいかな?


「いや、いないから」


「えー、そうでないと説明つかなくね? あんた先週までずっと暗かったじゃん」


 自分を見直したのは陽子さんのアドバイスのおかげ。でも、なんか後ろめたさがちょっとあって声を大にして説明できない。


 私としては頼れるお姉さんでも世間からすればどう見られているか定かではない。


 口で言うのは簡単だけど、このあと何が起こるか考えるだけでも恐ろしくて。


 万引きを犯した私が最終的にどうなったとしても構わない。でも、陽子さんだけは何としてでも巻き込みたくない。

 あの人は希望。影に閉じ籠った自分を救い出してくれた救世主なのだから。

 

「変わろうと……思ったんだよね。高校三年間ずっと暗いままのなのもそれはそれでちょっとおかしいかなと思って」


「へぇ、良い心構えしてんじゃん」


「こらぁぁぁ! 浅倉ぁぁぁ!!」


 閉めきっていた扉がドカンと大きな音を立てる。仁王立ちで腕組みをする梨奈は何に腹を立てているのかよく分からないが言葉遣いからして明らかに苛立っているのか周りのクラスメイトも若干ながらおとなしい。

 

 ボーイッシュな髪型で明らかにクラスから浮いている女子は今やポニーテールをぶんぶんと揺らす梨奈に激しく詰め寄られているではないか。

 どうしよう、これけっこう止めないと危ない雰囲気だよね。でも梨奈だいぶ怒っているようにも見えるから早くしないと。


「うげっ!? 平井!?」


「私のはっちゃんをいじめるとは大した度胸よね。その鋭意を称えてあなたには鉄拳制裁という名の拳で沈めてあげる。本気の一発か手加減の五発か好きな方を選びなさい」


 梨奈が間違った方向で盛大に勘違いしている。このままでは学校で障害事件が起きかねない。

 もう、なんで拗れちゃうの? 普通に会話しているだけでひどいありさまになるなんて。


「ま、待て! 早まるな、平井。これはただ単に仲良く会話していただけだ」


「私からすれば脅しているようにも見えるけど?」


「脅してないっての!」


「……はっちゃん、浅倉にいじめられてない? 肉体的にも精神的にも」


「ううん、浅倉さんとは普通に会話していただけだから別に何もされていない。だからその拳を沈めて……皆の注目の的になっているから」


「あっ、そだね……えへへ、ごめんごめん」


「わりい、助かった。恩に着る」


「私の方こそ……なんか、ごめんね」


 ふぅ、上手く丸め込めてよかった。私の発言でまだヒートアップするかと想ったけど意外にも素直に言うことを聞いてくれたから余計な問題を起こさずに済めて満足である。

 しかし、梨奈があんなに怒るのは入学して早々珍しい光景だ。よっぽどいじめというものに過剰になっているのかも。


 ともあれ無事に解決したところでチャイムが鳴り響き、これ以降は穏便に朝礼が始まった。

 一時はどうなることかと思ったけど、案外言葉を紡げばなんとかなるじゃないか。


 人と積極的に関わっていくのはまだまだ難しいだろうけど、私のペースで進めればいっか。

 いつもの適当な挨拶と出席確認とか行う担任の言葉を背けるように窓側に見える向こう側の景色を眺めて時間の経過を待つ。


 今日の放課後の予定は特にない。もうすぐ期末テストが始まるとは思うけどまだ開始期間は知らされていないので別に焦ってもいない。


 優等生でもなく馬鹿真面目な子でもないのでスマホをこっそりと覗く。

 

 別にあの人からのメッセージを待っているわけじゃない、そう待っているわけじゃない。 

 一応念のため二回しつこく言っておく。そこまでして意固地を張る必要はないけれど。


「じゃあ、朝礼は終わり……と言いきりたいところだがお前ら女子全員に悲しいお知らせがあってだな」


「えー、なにそれ」


「来週末、読書発表会を行う手筈になった。対象は一年全員でこのクラスの中でも優勝したら豪華な景品が貰えるようだから手を抜かず全力で挑むように。じゃ、これ発表会の主なルール説明と日時とか色々と記載されている紙配布するんでよーく確認しておくように」


 担任のくせして面倒くさそうに説明するとはこれいかに? とは言いつつも前の席の子から貰った紙を受け取り目を通してみる。

 ふーん、本は漫画以外のもので好きなように書いて皆の前で発表する形か。


 どうしよ。別に本とか嗜んでいないから感想とか求められても書ける自信が。

 

「先公、質問いいですか?」


「質問はいくらでも構わない。だが先公呼びは止めてくれないか? 浅倉」


「景品って自分の希望通りますか? 通るなら但馬牛とか神戸牛とか宮崎牛とかのステーキ一年分欲しいんですけど」


「浅倉、残念だが景品は既に学校側が決めてあるから希望をいくら言ったところで通りはしない」


「なーんだ。テンションが下がるわ、萎えるわ」


「その前にお前はまず国語の基礎練習から始めた方がいいだろう。テーマは目上に対する言葉遣いとか言葉遣いとか……あとはやっぱり最後に残るのは言葉遣いしかないな」


「言葉遣いしかねえじゃん!!」


「「あはははっ!」」


 本って一口に言っても小説やエッセイや辞典など多種多様に多くの媒体がずらりと並んであるので読書家でもない私からすればかなり難しい。


 この場合は……そうだ! そうだった! 私には誰よりも頼れるお姉さんがいるじゃないか! なんで初めから思い浮かばなかったのだろう。

 あとで落ち着いたらラインでやり取りしておこうかな。お仕事中じゃなければすぐに返してくれるだろうから楽しみだ。


「………………」


「ん?」


「おっ、どうかしたか? 旭川」


「い、いえ何でもありません」


 一瞬誰かの視線を感じたような。でも、これって自意識過剰かもしれない。

 わざわざ魅力のない私をジロリと眺めるような人なんていないだろう。

 

 で、あれから結局何事もないまま朝礼は終わり数時間目の授業も特に目立った出来事はなく平穏に過ぎ去っていく。


 語るにしても浅倉さんが体育の後の英語の授業で盛大にいびきをかいて英語の教師にぶちギレられたくらいしかないのでそれ以外のことは割愛しておこう。


「旭川さーん」


 授業時間の終わり空いている時間に女子トイレを済ませ、廊下を歩いて教室に戻ろうとすると関わり合いのない女子が手を振っていた。

 旭川という子は実は私以外にも何人か潜んでいる可能性があるかもしれないので、手を降らずに前を過ぎ去ろうと試みる。


「えっ、なんで無視するの!?」


 肩掴まれた。どうやら本当に私に用事があったようだ。話を聞いてみるだけ聞いてみて判断した方がいいかも。

 面倒なら丁重に断ることも視野に入れた方がいいのかもしれない。


「ごめんなさい。私以外の旭川さんに用事があると思ってつい無視を」


「あぁ、そんな理由で無視されていたんだ私」


「えっと、用件があるならここで聞いておくよ。あとからだとまたいつ会えるか分からないし」


 そもそも私に声を掛けた女の子はA組にいなかった……と思う。確信がないのは人を覚えるのが難しいから。

 別に記憶能力に障害があるからではない。単に苦手なだけだからと釘を差しておく。


「あのね……実を言うと旭川さんにお願いしたいことがあって」


「お願い?」


「うん、いつも仲良さそうにしているから聞けるときに聞いて欲しいの」


 社交的でフレンドリーだからたまたまそういう風に見えているだけだと思うけど。

 でも、仲がいいというのは否定できないかもしれない。まずあだ名で(向こうが勝手に呼んでるだけ)声を掛けてくる時点でそういった関係に捉えるのもあながち間違いではないと思う。


「何を?」


「平井さんの好きなタイプとか好きな食べ物とか嫌いな食べ物とか趣味とか誕生日とか就寝時間とか家を出る時間とか家族構成とかあわよくばスリーサイズとか」


「…………」


「旭川さん? 私の話聞いてる?」


 どう答えた方がいいのか迷う。はっきり言ってしまえば私が聞くよりもこの子が直接勇気を振り絞って梨奈に聞くだけ聞いてしまえば解決する話だと思う。

 後半の就寝時間から家族構成とかは質問にしては深入りしすぎているような気がしていておすすめは出来ないけど。


 最後のスリーサイズについては犯罪臭いし同姓が聞くことでもないと思う。

 というかあわよくばってなんだ。そんなに聞きたければ自分から言えばいいじゃないか。

 いくら友人といえど、その質問だけは難易度高過ぎるでしょ。 


「聞いてはいるけど」


「じゃあ、お願いしてもいいかな? もう頼れる人はあなたしかいないの。私を含めて皆の想いを背負って」


 いきなり責任重大。なにこれ断れないの? というか皆の想いとか話の流れにあったかな? 

 スケールが大きくなっているのがこれがまた分からなくて反応に困るけどここは一旦断りの姿勢で貫き通せば。


「ごめん、私には荷が重すーー」


「平井さんから情報拾えたら……このメアドにホウ・レン・ソウでよろしく!」


「えっ、なに? ほうれん草ってなんのこと?」


「あとは頼んだよ、旭川さん!! 健闘祈ってるから!」


「せめてほうれん草がなにかくらい教えて……って言ってるのに」


 話も聞かず、風のように去ってしまった。追い掛けようにもチャイムの予鈴がなっているからこれ以上下手に追い掛けられない。

 うぅぅぅぅ、胃が重い。梨奈にそれっぽく聞くだけでミッション完了なのにそれまでが憂鬱だ。


 はぁ~、嫌なら嫌ってはっきり言えなかった自分がわずらわしい。


「昼休みに色々聞こう。あの子のお願いを聞くにはそれしかないし」


 というか、このお願いを叶えたところで私に見返りは……ないよね多分。

 あってもどうしようもないし、今は残りの一時間目を終わらせて昼休みに備えればいいよね。

 

「梨奈、ちゃんと答えてくれるかな? お願いだから真面目に答えてよぉ」

 

 風のごとく去っていった見知らぬ女子と名も姿も知らぬ多くの女子生徒の為にも……どうかお願い!

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