ごめんなさい。そして、これからも私なんかでよければ
「ここに座って」
「はい」
長らくの沈黙の中で連れていかれた場所は子供達がよく利用するであろう砂場と遊具が程よく並んだ普通の公園。
陽子さん、この付近よく歩いていたのかな? そう思いつつも私は誘導された場所へ素直に座ると同時に陽子さんもゆっくりとラベンダーのような香りを漂わせて腰掛ける。あぁ、良い匂いだけど自重しておこう。今はそんな雰囲気でもないし。
ブランコ……なんか懐かしい。こういう遊具って気付いた時には小学校卒業辺りから遊ばなくなるもので、今の私からすれば余程のことがない限りわざわざ近づいたりはしない。
でも、その余程というのは今日あったりするのだけれど。
この間特に会話は生まれず、かといって久々にブランコで揺れながら靴をどこまで飛ばせるかやってみようとかいう気分にもならず。
通行人のいない午後四時すぎ。遊具に囲まれた公園の中で時間は緩やかに包まれる。
人の気配がなさすぎて、つい時間が静止しているのかもと錯覚するほどの感覚。
誰も喋らないなら私から話し掛けるべきかも。このままだと陽子さんも納得して帰ってくれないよね。
「……私、気づかないうちに無神経なこと言ってましたね。折角のお出かけを台無しにしてごめんなさい」
「謝らないで。遥はなにも悪くないから」
「でも」
「悪いのは表面上だけ理解して舞い上がっている私。あなたがあそこまでマイナス思考を持っていたと思わなかったからつい堪忍袋の尾が切れてしまったの」
「マイナス思考なのはもう私が物心が付く頃なんです。母も昔の頃に病気でなくなってしまって唯一の肉親は父のみ。けど、仕事のことに全力を尽くす人なんで幼い頃の私は父とたわいもない雑談どころか一言口にするだけでも凄く勇気のいる行為で」
「次第に距離が離れていき、最終的には会話もしなくなっていったと」
「えぇ、今では仕送り金だけ貰って一人で暮らししているんです」
「寂しくはないの? そんな生き方をして」
「寂しくなんかないですよ。一人の方が何も縛られず自由に生活が出来ますから」
「だったら、店であんなことするわけないよね? 本当は心の奥底のどこかでポッカリ穴が空いていて……だから自分の感情を埋めるために社会に反する行いを平然と犯した。いけないことだと分かっていても」
揺すぶられた感情。私と陽子さんは初めてまだ一年いや半年も経っていないのにどうしてそこまで自分のことを昔から知っているかのような感覚で諭してくれるの?
「正直に言えば退屈しのぎでやりました。反省はしています……もう謝っても許されることではありません。けど、償えるなら」
「遥、あなたはまだ青春真っ盛りの16歳。26歳の私と違ってやり方次第で人生いくらでもやり直せるの。それなのにうだうだと後ろ向きになるのって凄く勿体ないことだと思う。あなたは替えの効かない可愛いお人形ちゃんで私にとって旭川遥という存在は世界中の誰よりも……」
「陽子さん?」
「えっと、まあとにかくあなたのそのどうしようもなくひねくれた根性を一から叩き直してあげる。飼い主という立場も抜きに春野陽子として直々に人生の価値観を丸ごと変えて、いつかあなたが生きていることに幸せを感じられたらと思う……だからそんな泣きそうな顔はやめて」
「わ、私泣いてます?」
「あとちょっとで油断していたら泣きそうよ? ほら、私のハンカチ貸してあげるから」
花の模様がついたハンカチに落ちた一滴の雫。やがてポタポタと流れていくのは天候が崩れた空ではなく、私の瞳から流れ落ちる水。
こんな時に涙が出てくるのはどうして? 常に心の中に思いをしまいこんで表では表情を能面のように隠していた私が……なぜ、脆くなったのか?
「ぐすっ! うううっ、うわぁぁぁ」
いつまでもめそめそと泣いていても陽子さんは必要以上に声を掛けたりはしない。
常に隣でされども後ろで包み込んでくれるような感覚。
この人なら私を救ってくれるのかもしれない。暗闇に引きこもる自分を引っ張ってでも太陽の輝きが映し緑の木々が綺麗に並んだ雲一つ残らない極上の世界へと。
「ごめんなさい、陽子さん。ハンカチ盛大に濡らしてしまいました。帰ったあと洗濯してお返ししますので」
「別に返さなくていい。それは今日からあなたが持っていなさい……また、泣かれても困るでしょ」
「えぇ、でも」
「でもでも言い訳しない! 私が良いって言ったんだから素直に受け取りなさい!!」
「ひぇぇぇ、分かりましたぁ」
「分かれば、よろしい……もぅ、手間掛けさせないでよね」
「あの、陽子さん」
「ん?」
「これからも私なんかでよければ、是非ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」
「いつでも頼ってちょうだい。私はあなたにとって飼い主であり永遠の味方でもあるのだから」
「はい!!」
「ふふっ、いい返事ね」
暗く靄が立ち込められていた気持ちはすっかりと消え去り、私は意気揚々とブランコに揺られある一定の場所で飛び降りる。
飛んだ瞬間、フワッとした宙に浮き上がり着地した時にはなんか成し遂げたという感覚にも陥った。
まだ全部が全部解決したというわけではないけど、陽子さんのアドバイスで幾つか吹っ切れたのかもしれない。
あれっていわゆる人生相談なのかな? 嫌な表情どころか優しみのある暖かい瞳。
今日のお出掛けは私が生きてきた中ですっごく貴重な体験かもしれない。
けど、それもここで終わりにしなくちゃいけない。私がめそめそといつでも泣いていたからかすっかり空が暗く染まり始めている。
明日は日曜で私は休みだけど、陽子さんに仕事があっても困るから名残惜しいけど今回はここまでにしよう。
「陽子さん、今日はこんな私に付き合ってもらってありがとうございました!!」
「……あら、もう終わらせるつもりなの? 飼い主の私としてはまだ満足していないのに」
「えっ?」
普通この雰囲気なら一緒に電車に乗って途中で後ろ髪に引かれながらも別れるパターンなのでは?
困惑する私に対してブランコから離れてじりじりと距離を詰めていこうとする陽子さんの目がやけに怖い。
さっきまであれほど優しく接してくれた陽子さんはどこに行ったのでしょうか?
むしろ、あれは幻想だったの? そう思えてしまいくらいに空気がやけに重くなっていて。
「つ・か・ま・え・た」
「い、一旦落ち着きましょ……ね?」
「いつでもどこでも私は落ち着いてるよ? あたふたしている可愛いお人形ちゃんと違って」
「ひぃぃ!」
力の抵抗虚しく、公園の裏側にある草っぱらに連行される。陽子さんの背中しか見えない……けど時折吐息が漏れているような若干危ない雰囲気が漂っています。
「ふふふっ、これでようやく本番ね。さぁ、これから私が満足するまで一緒に楽しみましょ?」
「誰かに見られたらまずいので今日はもう帰り……んぁっ、はぁん」
夜になったら別人になっちゃうのかな? 明らかに目付きが全然違うし、さっきから何度言っても陽子さんの動きが止まってくれない。
それどころか私の弱い部分ばっかり舐められて!! ひゃう!? あぁ、そこ……はぁ!!
「じゅる、んん、ちゅる、れろ」
「あぁ……ん……んんっ……んん……」
「はむっ……はぁ、ごめんもう我慢できない。そんなぱっちりした瞳で欲しそうに見つめられたら私は!」
「えぁ、ようこしゃん!?」
口の中で潜り込む妖艶な舌。がっちりと身体をホールドされ身動きが取れないことをいいことに私は無茶苦茶に乱暴に犯されていく。
でも、脳が震えて頭が何も考えられなくちゃって陽子さんの口に思わず舌を入れちゃったりして舌と舌の絡み合いがこんな公園の裏で見境なく繰り広げられていることに背徳感が尋常になく増していき、更に私達は考えもなしに口づけを交わす。
その頃には何かあったとしてもどうでもよくなり始めていた。誰に見られたって別に構わない。
私はただ陽子さんからこうやって理由も語られず、勝手気ままに襲われるのが好きなのかもしれない。
変な癖が出来ちゃったなぁ。でも病みつきになっちゃって止まろうにも止まれないなら……別に止まる必要はないよね?
「んん、ちゅ、ちゅぱ」
「ああ、もっとぉ」
「ふふっ、甘えん坊さんになっちゃったね」
「だって……ようこしゃんが無理やりするから」
「はぁ、その顔癖になりそう……遥、あなたの唇今からもっともっと貪ってあげるから」
「えっ、ちょっとまだ心の準備をーー」
なんでそんなに体力があるの? もう頭の中真っ白どこかぐちゃぐちゃにされて思考も段々とふわふわしてきて、今自分が何されているのかも分からない。
気付いたら口が口を求めあって、私を求める陽子さんに身を預けて唇にだらだらと垂れていても気にせず貪りあう。
公園の柱に付いた電柱が光り、夜特有の生き物の声が鳴き始めた頃ふらふらと木にもたれ掛かり力尽きた所で。
「さぁ、飲んで。一口も溢さずに」
「……ごくっ」
ねばねばとした食感に口の中が落ち着かない。喉をごくりと鳴らした時点で私の身体中に陽子さんの唾液が広まってる。
あぁ、恥ずかしいってそんな言葉じゃ済まされない。人の唾液を飲むとか完全に変態そのものじゃないですか!
「美味しかった? 私とあなたの口の中で交ざりあった唾液の味は?」
「ノ、ノーコメントで」
「ふふっ、照れてる遥可愛いねぇ。あっ、帰るついでに写真撮っちゃお!」
「わわわわ、冗談でもやめて!」
起き上がったところでつまづく。ドジった……カシャって音がした。
一応ダメ元で追い掛ける。すばしっこくて中々追いつかない。あはははと陽気に笑う陽子さんと羞恥心に悶々としながらも最後の最後はお姉さんの身体に飛び込んでスマホを奪い取……れない。
で、やはり最終的にはなんやかんや叶わないので他人から見ればじゃれあっているだけにしか見えないという光景。
つくづく、私は陽子さんに弄ばれ続けるんだろうなぁ。
けど……一人でいるよりもこの人と一緒に居た方がちょっと充実した日が送れる。
今日はそんな変わった一日でした。
この気持ちの答えはまだまだ見つからないけど。