拒絶ガールはどうにかして告白魔と距離を離したい!(梨奈視点)
「ねぇ、あんたから意見聞かせてほしいんだけど」
「つっても色々と手遅れじゃね?」
「ちょっと! 報酬前払いで渡しているのに、意見出さないとか私を舐めてるの!?」
「舐めてるのはどっちかというとお前だろ。なんだよ、これ?」
「チロルチョコ」
「こんな駄菓子ごときで上から目線とはいい度胸してるじゃねえか」
「あれ、まだ足りなかった? じゃあおまけでもう一つ付けといてあげる」
「いらねーよ!」
はぁ~、少しは役に立ってくれるかなと期待していた私が馬鹿みたいじゃん。
あんたならいい意見くらいもらえると思っていたのに。
「そう突き返さないでよ。こういうナイーブな相談はあんたくらいしかできないんだから」
「他にもいねえのかよ? たとえば、ハルとか」
「はっちゃんだけは巻き込みたくない」
私がこうも頭を悩ませている理由はただ一つ。最近二年生になって、新入生として入学してきた例の問題児だ。
いや、別にこの後輩が暴力を振るってきたりとか嫌がらせをしたりだとかそういうことではない。
しかし、そんなことよりもさらに厄介な問題が校内中に瞬く間に火事のように広まってしまったのだ……後輩による熱烈すぎて逆に恐怖すら感じるアプローチが。
まず最初に登校した際に靴から上履きに履き替える前に決まって。
「好きです! 梨奈先輩! 私と付き合ってくださぁぁい!」
次に休憩時間(授業終わり。各時間)
「好きです! 梨奈先輩! 私と付き合ってくださぁぁい!」
その次に昼休み。
「好きです! 梨奈先輩! 私と付き合ってくださぁぁい!」
その次の次に部活中に。
「好きです! 梨奈先輩! 私と付き合ってくださぁぁい!」
ぐわぁぁぁ! この子は一体何回言えば気が済むんだ!? 毎回毎回振っている私の身にもなれぇぇ!
最初の一言が決まって……好きですから始まって付き合ってくださいで区切る栗茶色のツインテール。
彼女の名前は月島朱里。可愛くないか可愛いかでいえば可愛いに入る分類で、まん丸な目と短い眉毛に小振りな鼻にもちっとした唇。
弾力感がありそうな肌といい全体的に整った造形をしており、まず間違いなく男子にはモテるだろうなと思うくらい容姿は完成されていた。
ただただ、ある一点を除いたら……の話になるのだが。
去年の文化祭でちょっかいを掛けている男子集団を元文化祭実行委員の名の元に制裁してからやけに付きまとう月島。
これが終わったら二度と会うことはないだろうと思っていたのだが……まさか、ここまで私を悩ませてくるとは。
「じゃあ、解決する方法は一つしかねえかもな」
「方法があるの!? 早く、早く教えなさい!!」
「まあまあそう慌てなさんな。まだお昼休憩の時間はたんまりとあるんだから落ち着いていこうぜ」
なにヘラヘラ笑ってるのよ? こっちは真剣に相談しているのに!!
「で……その方法とは?」
「いっそのこと付き合ってみる」
「アホか!! そんなこと出来るか!!」
「いやいや、簡単なことだろ? 実際一回遊びで付き合って、合わなかったらやめたらいいだけ。ほーら、お手軽だろ?」
「浅倉……あんた、きちんと今の状況理解してないでしょ」
「友達として付き合えばいいだけの話だろ? 先輩とか後輩とか関係なく」
「やっぱり理解してないのね……あれだけ好き好き言ってるんだから、普通はそういう解釈にならないでしょ」
「あぁ、Loveの方か……だったら、私の提案はお門違いってわけだ」
今や月島は学校内では告白魔などという意味不明な渾名が広まっている。
対して私は毎回毎回、毎日のよう振っていることから拒絶ガールなどという大変不名誉な名前を付けられている。
なぜ、そうなった!? というか、まず誰が最初にそんなありがたくない名前を付けた?
4月から6月中旬。ここまでずっとお決まりの台詞のように告白し続ける月島。
そろそろいい加減折れていただきたいのだが、一向に収まる気配もないので今日もなお私の悩みの種は尽きない。
月島朱里……入学早々から目立ってしまっても平気なの?
こんなことばっかりしていたら友達なんてできないし、いつかクラスメイトから距離を置かれてしまうことなんて不思議ではない。
拒絶ガールとかいう大変に不名誉な称号と孤立しかねない月島をどうにかして……上手くいけば両方共に解決したいのが本音だ。
しかし、向こうの月島がああも寄ってられると私自身上手く立ち回れるかどうかが心配で。
「頼むから付き合う以外の方法で考えてよ」
「じゃあ、付き合うのを拒むならこのまま持久戦に持っていくかはたまた無視を決め込むかのどっちかしかねえな。それなら、ゆっくりでも時が経てば解決するに違いねぇ」
甘いね、浅倉。あの子の生命力をいくらなんでも侮りすぎている。
なぜなら不意に心の準備もなしに女子トイレや女子更衣室でも性懲りもなく告白してくるからだ。
もはや、そこまでいくので最近では呆れとか溜め息とかじゃなくて感情が無になってしまうくらい以上なストーカーぶり。
やれやれ、いつになったら私の平和は訪れーー
「やばっ! この足音……まずいっ!!」
「はっ? おいおい! 急にどこ行くんだよ!?」
「ごめん! 今日はここまでにして!! それじゃあ!!」
「相談に乗った意味……あるのか、これ?」
三階の隅っこの部屋から飛び出すようにがむしゃらに逃げる。途中で何事だと生徒に見られてしまったような気がするけど全速力で走り抜ける。
あの子は……ほっ、大丈夫だ。一回捕まったら中々逃げ切れないから先生に見つかろうとも走った方が懸命なのでひとまずはこれでよし。
息を切らしながらも教室に戻る。とりあえずは逃れたけど次に会うときは部活……か。
月島め、とことん私を追い詰めてくるな。5月からマネージャーなんて職についたからますます逃げるのが難しくなってしまった。
くっ……納得はいかないが、浅倉の言葉通りさっさと一回ぽっきりで付き合ってみるべきか?
私の心の奥底にはまだはっちゃんという存在が占めているのに……こんな調子できちんと月島と向き合えるのか不安だ。
だが、あの子は間違いなく本気だ。ロッカーに手紙を入れて呼び出してくる女の子とは桁違いで想いが強い……いや、重すぎるの間違いか。
「梨奈先輩! お疲れ様で~す!」
「はぁ……っ………はぁ」
放課後。オーソドックスな黒の陸上ウェアに身を包み、カラスがたまにカーカーと泣き叫ぶ夕方にひたすらがむしゃらにグラウンドを駆け回る。
この瞬間はなにも考えなくてもいい時間。足を上下に機敏にそして無駄のないフォームで地面を蹴る。
持ち前の明るさが功を成したのかマネージャーとしてすぐに馴染んでしまった月島は私が走っている間だけ口を閉じて真剣に見守っている……ように見えた。
断言できないのは、この子が今なにを考えているのかさっぱり分からないから。
今日陸上部専用の更衣室で陸上ウェアに着替えようとしたときだってお決まりの台詞を呟いた。
全く持って懲りない後輩だ。いい加減自分のことは諦めて、別の人を探してほしい。
私の恋ははっちゃんで終わった。見事に失恋してあまりのショックにしばらく道路の上で塞ぎ込んで、それから恋をすることに心を閉ざした。
なのに、この子は。月島朱里という女の子は。
「はい! 一旦スポドリ飲んで栄養を取ってください!!」
「あぁ、どうも」
ふかふかのタオルとスポーツドリンクを受け取り、喉が乾いたのでタオルで顔を拭く前にペットボトルの栓を開けることにする。
よっ……と? あれ、ペットボトルでこんなにギチギチだったけ?
「どうかしました? 梨奈先輩?」
「なーんか、固くない? 市販の物ってこんなに固いものなの?」
「貸してみてください……ふぎぃ、このぉぉ!」
おっ、しばらくしたらきちんと音を建てて栓が開いたではないか。
これでたんまりと飲めそうだ……ふむ、ごくごくごく。
「あぁ、やっと私のお口が梨奈先輩のお口に入っていきましたぁ」
「……ぼげへぇ!? ごはっ! ごはっ!!」
「うわぁー、こんな場所で唐突に吐かないでくださいよぉ」
「唐突に吐きたくもなるでしょ!? つ、月島……あ、あんたこのペットボトルになにしたの!?」
「ペットボトルの飲み口に私の口を混ぜ込みましたぁ。ほどよく、どこから飲んでも全身に行き渡るようにぃ」
ぐぎゃあぁぁ! 折角の栄養補給になにしてくれとんじゃこの女!! って胸元掴みたいけど我慢は大切、我慢は大切。
この狙ってやったぜというどや顔と小悪魔っぷりな態度に段々と腹がむかむかするけど人生一年先をむかえている先輩としては優しさとやらをみせねばなるまい。
「それ間違っても他の子にやったら駄目よ」
「安心してくださぁい。こんなことは梨奈先輩以外絶対にしませんからぁ」
「だったら、いいけど」
「ところで、先輩。一つ頼まれてほしいことがあるのですが」
「なに?」
「付き合ってもらえませんかぁ?」
「……懲りないね、あんた」
「好きです。本当に、好きなんです……先輩のことが」
「……っ!!」
我慢ならなかった。我慢できるはずもなく私はいよいよ性懲りもなくべらべらと恥ずかしい台詞をのたまう月島の手を掴んで、部活中にも関わらず運動部専用のロッカーと簡素なベンチが設置されて頭上にはわずかに小窓がある更衣室に連れ出し壁際に追い やる。
この子……諦めが悪い!! 私ははっちゃん一筋だというのにあと何十回何百回断り続ければいいのよ!?
「きゃん!! 先輩ってばぁ、大胆!」
「私にその気はない」
「私にはその気があるんですぅ」
「タイプじゃない」
「嘘です」
「は?」
「ちらちら見てますよね? つい一週間前からずっと」
「自意識過剰ね」
「……ふっ」
「なにがおかしいの?」
「いやぁ……中々手強いなぁと思ってぇ」
それはどっちかというと月島の方だろと突っ込ませてもらいたい。
壁際に追い詰めて、しかもこっちは両手で壁を叩いているんだぞ?
普通こんなことされてびびらないのか? なんで、そうも笑顔を振りまいていられるんだ?
「とにかく……私はあんたに気はないし、そもそもタイプじゃないし性格も絶対合わない!! だから、今日からでもいいから告白なんかしないで!! これ以上自分を傷つけるような真似もやめて!!」
「自分を傷つける? はて、なんのことですかぁ?」
「しらばっくれるの大概にしろ。月島……あんた、学校で噂になってるの気づいているんでしょ?」
「……告白魔でしたっけ?」
「そう、それ。いやにならない? そんな不名誉な名前」
「言わせておけばいいんです。噂なんてあと少し経てば自然と消滅しますからぁ」
「消滅するのはどちらかというと月島よ。このままだと卒業までずっと孤立しかねない」
「心配してくれているんですかぁ?」
「これは警告よ」
「だとしても、それ言葉に出す必要ありませんよねぇ……嫌いだったら私の前で警告とかしなければいいんです。そしたら勝手に孤立して勝手に自滅していくので」
「……っ、どうやったら諦めてくれるの?」
「諦めませんよ……私は」
「無理! 生理的に無理!」
「旭川先輩のこと……そんなに諦められませんか?」
「……!?」
この子、私がはっちゃんのこと好きだって気づいてる!? そんな馬鹿な!
「ははっ、気づいてないと思っていたんですか?」
「……」
「図星かぁ。まぁ、なんとなく観察していたら雰囲気的にああもしかしてとは思っていましたが。私の直感……案外当たるものですねぇ」
「だとしても……だとしても私は付き合えない。その恋は諦めて、別の人に恋しなさい」
「これでもまだ折れてくれませんかぁ」
「しつこいと嫌われるよ? ねぇ、月島」
「朱里」
「……」
「朱里って呼んでください」
「お断りよ」
「呼んでくれたら……今日のところはもうあなたに告白なんてしませんから」
呼ぶべきか呼ぶまいか? 女の子の下の名前なんて特別意識したことはなかったのに、月島の名前だけはなぜか躊躇してしまう。
他の子なら堂々と呼んで欲しいって言ってくれれば躊躇いなく呼んであげるのに。
けど……駄目だ。この女の子だけは一度でも呼んだら負けのような気がしてならない。
いや、試しに一回……月島のお望み通り叶えてあげるべきか? そしたら満足して今日のところは諦めてくれるだろう。ならばやらない手はない。
幸いにも人が入ってくる様子もないし、見られたとしても名前呼びくらいなら誰にも怪しまれたりしないだろう。
はぁ~、少しくらいは折れてあげよう。もういい加減両手を離したかったしここらが引き際か。
「月島……」
「はい」
「あ、朱里……こ、これで満足? じゃあ、今日はこのくらいでーーんむっ!?」
「んっ……んんっ……んくっ……ちゅる……んふぅ」
「んんんッ!? んはぁ……ぁ……ちょっ……待っ……て!」
「うふふっ。なんですか? せ~んぱい?」
「冗談やめて!! 本当に怒るよ!?」
「なら、力ずくで抵抗したらどうですか?」
「……後輩に手なんか出せるわけないでしょ」
「だったらおとなしく受け入れてください。私が口だけの女じゃないってことイヤってなるくらい、これからたっぷり証明してあげます!! んんっ!」
月島の両腕ががっつりと私の首に絡まる。栗茶色のツインテールがふわっと舞うのと同時にもちっとした唇が私の唇と重なる……だけじゃない。
「んっ!? ……んっ……んはぁ……んくっ」
舌が止めどなくに入るたびに全身から熱が伝わり頭がおかしくなる。
なんだ、この感覚……不思議となにかが吸いとられていきそうだ。
好きでもない子なのに舌をがっつり絡めて。私が好きな人は今でもはっちゃんなのに……後輩に舌を押し付けて。
両腕……いい加減疲れてきたな。あぁ、なにか支えるものがほしい。
おっと、こんなところに丁度いい背中がある……ラッキー。
「んんっ!? んふぅ……ぁ……んんっ……れろ」
「んっ……れりゅ……れろ……ちゅぱ」
「んくっ……んふぅ……んんっ……じゅるるる」
「んはぁ……んんっ、ん、んー」
「ちゅる……れろ……んちゅ」
あ……れ? 私、なに……やってるの? ど……うして夢中になってるわけ? はぁぁ、分からない。
脳がふやけて、視界が定まらなくて全然考えられない。なにをしているのかよく分からないけど気持ちよくなりすぎていて他のことなんて考えていられない。
しばらくは……このままでいいか。私はまだこの感覚に触れあいたいんだ。
なんなら、あと5分……いや、30分くらいはずっとこのまま。
「じゅるるる……んんっ……ちゅぱ……んむっ」
「んふぅ……あふぅ……んっ……ちゅっ」




